昨日の神社についてを丹後が語り終えると、池田と揃って二人は真っ青になっていた。
その様子に何一つ嘘は見えない。
「そんで俺と池田は、そのまま家まですっ飛んで帰った」
「結果、次の日……つまり今日、梶野は学校に来なかったっと」
「ああ。スマホにも返事がない。俺の話は、これで全部だ」
喋りきった彼は沈痛な面持ちで目を伏せた。
マタンゴは昨日のことを鮮明に思い出したのか俯いて震えている。
「信じるか?」
丹後が改めて問う。
俺は一度目を瞑り頭の中で情報を整理する。
「いやもうそれ梶野死んでるだろ」
二人とは対象的に、あっけらかんとした声だった。
探す必要あんの? ねえ。あるの?
「……だと思う」
そんなのは体験した二人が一番よくわかっているはず。
「それでも探せとなると、目的自体は別にあるはずだな」
恐らくそれは二人の中でも漠然としていて、言葉としてまとめると『梶野を探す』という一文になるのだ。
故に、それを俺が代わりに具体的な言葉に直してやることにした。
「まず、お前らの見たものが何だったのか」
この話が真実なら、その女の正体を知りたい。
この世のものじゃないならないなりに、あれが何者なのか答えがほしい。
人は未知を恐れる。
だが、直接もう一度確認しに行く勇気なんてあるわけがなく、そもそもそれは無謀と呼ぶべきだ。
「次に、その場で死体を見ていないという、僅かな希望と見捨てたことへの罪悪感」
仕方なかった。そもそもあいつが無茶したせいだ。
そういう言い訳ならいくらでもあるだろう。
しかしそれは言葉でしかない。
友達を見捨てたという事実を、理屈で割り切るのは案外難しい。
どれだけ自分に言い聞かせて蓋をしても、友達なら尚の事、どうにもならない感情は隙間から這い出てくる。
「最後に、化物に呪われたんじゃないかという恐怖」
「やめろよ!」
マタンゴが今にも泣き出しそうな面で声を張り上げた。
「怒鳴った時点で認めたようなものだろ」
「うぐ……」
「そうだよ。こええよ。正直、俺も池田も昨日から一睡もできてない」
怪異や悪霊と呼ぶべき代物と遭遇したのだ。
自覚ありか無自覚かはともかく、呪いや祟りといった不安は裡に生じているだろう。
まあ、動機としちゃそんなとこだろ。
「聞いた話の信憑性を論じても意味は無いし、真実と仮定しよう」
二人が話すの躊躇った理由もよくわかった。
「問題は俺が受けるか受けないかだ」
こんなお話、最初に聞かせたら仮に信じても絶対こう言うに決まっている。
「お前ら、俺に一人で化物と遭遇しろってのか?」
「他に頼るアテがねえんだよ」
「女のことをぼかして警察に言えばいいだろ」
実際そこで行方不明になったのが事実なら、教師にも相談すれば相応に話は進むだろう。
「警察にあんなん解決できるわけねえよ。もしあそこで、死体が見つかったら……俺らが殺したって疑われるかもしれねえし」
それにしたって、俺に降りかかるリスクは命懸けじゃないか。
平穏こそ生きる目的である俺にとって、これは挑むべき事件なのかどうか。それが一番の問題だった。
「当たり前だが高くつくぞ」
「いくらだ?」
「成功報酬は二百万。異存ないな」
「はぁ? そんなんあるに決まってんだろ!」
一介の学生に用意できるはずもない金額を、俺はさも当たり前のように提示した。
「払えないと?」
「どうやって用意すんだよ」
「じゃあお前はいくらで俺を雇うつもりだった?」
「それは……」
さっきまで飄々と軽い態度を取っていた俺の声は沈み、二人を射抜くよう目を細める。
「俺の命はそんなに安くない」
梶野の生死を確認するには、未知の怪物と対峙しなければならない。
それも、どう考えても人間に対し友好的ではない魔性の存在。請け負う俺からすれば百万すらはした金だ。
「俺に動けというなら、お前らにも相応のリスクを負ってもらう。それが金なら一番わかりやすいだろ」
「でも、現実的にポンっと用意できるもんじゃねえよ」
「ポンと出せとは言ってない。汗水流して必死こいて稼いで百万ずつ払え」
むしろ彼らが百万円を簡単に支払える身分だったなら、俺はもっと巨額をふっかけていた。
「これはお前らが勝手に起こした自業自得の事件だろ」
本来三人が責任を負って何とかすべきものを、一人は犠牲となり、残る二人は俺へと役割を押し付けようとしている。
「本来責任を果たすってのはクソつまらなくて地味で、それでもコツコツやりきらないといけないものだ」
刑務所がそうであるように、罪や責任を果たすというのは本来、死ぬとか辞めるかでどうにかするものではない。
余計な時間と労力を無駄にかけ、人生を浪費することで返していくものだと、俺はそう考えている。
「だから払え。バイトして毎月嫌々働き、生きてることに感謝して、身代わりになってやる俺に貢げ」
身代わりと言っている割に、めっちゃ上から目線だった。
そもそも俺がこの依頼を受けて、その身代わり料金がたった百万ずつで済むのは、俺自身にも思うところがあるからだ。
けれども、それをここで話す気はない。
「わかった……払うよ」
「オッケーオッケー。それじゃあ契約書用意するんで、明日、印鑑持って昼休みに図書室な」
情報の守秘義務についてのうんたらかんたらも、そこに明記してきちんとした契約として交わす。
この場合、それが実際に法的な扱いでどうなるかではなく、契約として交わすことが重要なのだ。
「おう。でもさ、こっちから頼んでおいて言うのもなんだけどよ」
「ホントにこの依頼やれんのか、か?」
「ああ……。あれは、本当の、本当に……この世のものじゃなかった」
先の話が真実を語っているのなら、一睡もできないだけの恐怖や不安、そして罪悪感を真に背負っているのだろう。
本人は気付いていないだろうが丹後の体は小刻みに震えていて、目を充血させながら、額はじっとりとした汗を浮かべている。
それは池田も同様だった。
昨日の体験を誰かに話すだけで、これだけのストレスがかかったのだ。
「神社に棲む者の正体が不明な以上、確固たることは言えないなあ」
「その割には、なんつうか、余裕そうに見えるんだが。本当にわかってるのか?」
報酬の時はやや不機嫌な風を装ってみたが、別に俺は平常通りだ。
丸っきり話を信じていないという風にも見えないからこそ、彼らは不思議に思っているのだろう。
「余裕じゃないから百万円の報酬だろうが。それにな」
問題は根深そうなので解決は一筋縄じゃいかないだろう。脳天気に考えているわけでもない。それでも俺は告げる。
魔性の者と出くわした被害者達に、さも軽々しく言い放つ。
「たかが雑草一本引き抜くのに一々ビビる必要があるのか?」
「雑草って……お前」
「人間はだいたい雑草だ」
教師に否定されようが、再提出になろうが、その意見は曲げない。
曲げないことが暁拓馬である証明だ。
「だから人間じゃねえって!」
「足が見えないだけで女の姿。聞く限り思考もしている。なら人だ」
実際の人間離れ具合は直接見て確かめるしかないだろう。
むしろ人でなしの方が、俺にとっては依頼を受けた意義が強まる。
難易度が高い程、受けた意義が出るというのは難儀な話だった。
席に座る二人は物申したそうな顔をしているが、何も言わない、言えない。
結局のところ、もう俺に頼るしかないのだ。
「じゃ、行くよ。さっそく仕事に取りかかるにも準備がある」
今度は交渉成立として席を立って、ふと一つ思い出しように、残っていたカフェラテを飲み干した。
「ごちそーさま。じゃ、支払いよろしくね」
二人に背を向けて片腕を振り、俺は喫茶店を出ていくのだった。