暁家の食卓は、いつも二人で囲まれる。
家主であるたっくんと、毎日ここに通って朝食とお弁当、そして夕食を用意しているわたし、麻美円だ。
わたしは自分が世話焼きだと自覚しているし、別に今も頼まれてこうしているわけじゃない。
友達からは甲斐甲斐しい、通い妻とまで言われているけれど、これは自分の勝手なお節介だと思ってる。
もっとも、口では毎回否定しているけど、通い妻と言われて悪い気がしないのは秘密。
夕食の献立は帰り際にリクエストがあったオムライスに、小さめのサラダと卵のスープ。
いつも嬉しそうに食べてくれているので、わたしも嬉しい。
だけど、心配なこともある。
「ねえ、たっくん。大丈夫だった?」
それだけでたっくんは丹後くん達に喚び出されたことだと察して、いつもの気軽な笑みを返す。
「見ての通りピンシャンしてるよ」
「それならいいんだけど……」
「あの手の連中には慣れてるって、知ってるだろう?」
「知ってても心配なのは変わらないの!」
彼は普段から飄々とした態度と、独特な価値観で生きている。学校の課題もその一つだった。
たっくんは変わり者だけど友達は多い。
けど彼の感性を快く思わない人達もいる。
そういう人に絡まれる度、たっくんはのらりくらりとかわして、ほとんどを無傷で乗り切っている。
「それより、昼の件は何だったのかな?」
本当に何でもなかったように、スープを啜るのと一緒に話を流して、話題を転換した。
昼休みの相談事を後回しにしたのは、このタイミングがあるとわかっていたから。
「ああ、それはね。ふーちゃんが演劇部なのは知ってる?」
「円とよくつるんでる女子だっけ。それは知らなんだが、どしたん?」
「今週の土曜、劇の発表会があるんだって。そこにふーちゃんも出演するの」
わたし達の通う夜兎乃高校は演劇部の活動は比較的活発で、不定期に市民ホールを借りて発表会を行っている。
「入場も無料だから、二人でどうかなって」
たっくんは舞台や映画といった娯楽は好んで観にいく。それにわたしが付き添うケースも多い。
その逆も珍しくはないのだけど、学校の発表会に誘うのは初めてだった。
「うん、それなら俺も一緒するよ」
たっくんは二つ返事で快く了承してくれた。
ただ、一応あえて二人でを強調したのだけど、そこは反応はしてもらえない。
二人一緒のお出かけはよくあるけど、ちょっとは意識してほしいと思うのは、わたしの勝手なワガママだ。
「ありがとう。そういえば演劇部にはコンクールで個人演技賞を取った人もいるらしいよ」
「気合入ってるんだなあ。引き籠り型の暇人生徒とは雲泥の差ですな」
暇人とはたっくんの自虐だろう。
今日は呼び出しから帰った後、食事ができるまでアニメを観たり、この前一緒に行った映画の原作小説を電子書籍で読みふけったりしていた。
彼のタブレットには、購入から数年でかなりの冊数が貯蔵されている。
本を読んでいなければネットかゲーム三昧が常だった。
「たっくんはその分、アルバイトしてるでしょう?」
「したくてしているわけじゃないしぃー」
彼は一人暮らしのため不定期に親戚の仕事を手伝っている。
探偵のお仕事だとは聞いているけど、細かい内容は守秘義務があるためあまり教えてはくれない。
「探偵って皆の役に立てる素敵な仕事だと思うよ」
「しょせんは名の付かないバイト探偵ですよーぅ」
これはよくあるいつものやり取りで、そこからは段々ととりとめもない雑談になっていった。
そうして食事を終えると、わたし達は自然に席を立つ。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした。お風呂沸いてるからね」
「あー、今日はまだ後で出かけるとこがあってさ」
「こんな時間から?」
もうすっかり日は暮れている時間帯。たっくんの夜遊びはそれこそ引き籠りとイコールなので、食後の外出なら決まってお仕事だ。
「ちょっと新しい依頼がきてね」
「それってもしかして丹後くんから?」
「鋭いなあ」
ぼかした物言いに放課後の出来事があれば、誰だって察しは付くよ。
あれが依頼の話だったとしても、受けるとは思ってなかった。
「それは警察のお仕事じゃないの?」
正式な依頼なら応援するけど、これはたっくんが個人で請け負った、それも人が失踪している事件。
友達として止める権利はあるはずだよね。
「ちょーっと気になることがあってね」
「どういうこと?」
「これ以上はいつものやつ」
人差し指を口元に立てるジェスチャーを付けて、守秘義務を答えとした。
しかし彼は指を下ろして「でもね」と付け加える。
「これは俺自身のために受けたのさ」
彼はいつだって自分のためにしか行動しない。
困っている人を助けても、それは結果論。
わたしは知っている。
たっくんは善人じゃない。
中学一年生の頃、わたしはいじめを受けていた。
それも一部のグループによるものではなく、クラスぐるみでのいじめだった。
最初はわたしが標的だったわけじゃなく、他の子がいじめられていたのを、見るに見かけて庇ったことが原因。
気が付くと、いじめにはわたしが助けた子も加わっていた。
そうしなければ、また自分がいじめられてしまうから。
そこから助けてくれたのが転校生のたっくんだった。
一見するとそれは美談にも聞こえるけど、拓馬はわたしを救うヒーローになりたかったわけじゃない。
彼はクラス単位のいじめを、その体制ごと破壊した。
その動機は『平穏な生活の邪魔だから』。それでもわたしは心からたっくんに感謝している。
「ズルいよ。そう言われたら、何も言えなくなる……」
「いつも心配ばっかりかけてごめんね」
彼は少し困ったように微笑んだ。
自分のためだからこそ、妥協しない。
他人がそんなの無理といっても、やると決めたらやる。そしてやり切るまで諦めない。
わたしはそんなたっくんを尊敬して、そして惹かれていた。
だから、彼が自分のためと言ったら、それはもう止められないと分かってしまう。
「それに週末にゃ円とのデートがあるんだ、ちゃちゃっと片付けるさ」
「もう……ばか」
頬が熱を帯びていくのがわかる。
こういうところも、わたしがたっくんから離れられない理由だった。