最初はただ怖いもの知らずの証明と、よくある怖いもの見たさだった。
この町には御堂神社って、そこそこ立派な神社があるのはお前も知ってるだろ。
行ったことはあんのに、よく知らないってどういうことだよ。
ああ、お前は中学ん時にこっち越してきたんだっけな。
じゃあ別に不思議はねえか。
普段は多少寂れちゃいるがよ、町内の連中でもそれなりに参拝客はいる。初詣の時は込んでるよ。
恋愛成就と合格祈願もあってな、この辺の学生も受験シーズンになれば結構足を運ぶらしい。
それにな、あそこは一般人立ち入り禁止の区域があることでも知られているんだ。
神社の敷地内にある森の中へ入ると、外側は木の柵で囲われてて、立入り禁止と表記された立て札も一定間隔で並んでる。
それが結構雰囲気あってよ。
蛇神を祀っているって話だ。
怖いもの見たさで学生達の間じゃ『立入り禁止区域に踏み入った者には祟りがある』って噂がある。都市伝説だ……って俺達は思ってた。
自分らの知ってる神社に正体不明の立ち入り禁止場があれば、なんとなく気になるもんだろ?
それをよ、昨日の夜、確かめに行ったんだ。
まあ、入った時には日付は変わってたが、昨日の夜ってことでいいだろ。
言い出したのは梶原だよ。
実際に何があるのか確かめようとしたのもある。
けどな、それよりも俺らには怖いもんなんてねえって証明しようとしたんだよ。
うちの高校はそれなりの偏差値だからな。不良ったって、他所に比べると大したことねえ。
そういう話を、梶原は最近何度か聞いたらしい。
それには拓馬、お前も関わってんだけどな。
お前よ、探偵やってて学校でも色々なことに首突っ込んでるだろ。
いやいや変な謙遜すんなよ。
うちの生徒がマジでヤバイ連中に絡まれたのを|話(ナシ)付けたり、他の都市伝説みてえな事件解決したとも聞いてるぜ。
それでだよ。俺らよりもお前の方がヤベえ、ガチなヤツだって言われてんだ。
それが気に食わなかったんだとさ。
だからよ。俺らもそういう事件っぽいやつの事実を突き止めてやろうとしたんだ。
馬鹿だと思うか?
俺らも本当に馬鹿なことしたと思ってるよ。
それで、ライトと最低限の道具を準備して三人で真夜中の神社に忍び込んだ。
夏場に思い立って廃病院へ肝試しに行くのと同じノリだよ。
柵は雑な作りだし、高さも一メートルそこそこしかねえ。登って越えるのは別に難しくもなかった。
俺らは禁止区域に入って、更にその奥へと進んだ。
そしたら禁止区域の中に、もう一つ別の囲いを見つけた。
二つ目の囲いは外柵とは比べ物にならないぐらいしっかりした作りでさ、神殿? ってのを思わせるような木製の壁だったよ。
高さは二メートルを越えていたな。上段、中段、下段と黒鉄の板がはめ込まれてて、等間隔でいくつも鈴が付いてた。
壁はかなり年代物だったな。鉄にはあちこちに赤錆が浮いてて、全体的に寂れた雰囲気がしてた。
それが夜の闇の中で構えててさ、異様な不気味さを漂わせてんだよ。
ここが本当の立入り禁止場所だった。
恐らくだけどな、外の進入禁止の柵はここを見せないようにするために後付けした、上っ面のようなものじゃねえかと思う。
三人のうち、先頭に立って歩いていたのは梶野だった。
あいつは壁を観察するように周って、俺と池田はそのすぐ後ろを並んでついてく。
そのうちに梶野がある異変に気付いた。
『おい、足音が一つ多いぞ』
耳を澄ますと俺達三人が歩くのに加えて、もう一つ地面を擦るような音が聞こえている。
俺らが止まると『それ』も止まる。
間違いなく、何者かが俺達を逆に観察してた。
けど探るように周囲を警戒しながら歩いてみても、音の出所はわからなかった。
その足音を自覚したぐらいからだった。重苦しい気分がしてきたんだ。
息を吸い込む度に、肺から夜の闇が染み込んでいって、黒い塊が溜まっていくような感じ。
もうその頃には全員が感じ取っていた。
ここには何かがある。それもマトモな人間が踏み入ってはいけない領域の何かが。
何かヤバい。もう帰ろうと梶野が梶野に声をかけたが、あいつは強く拒んだ。
ビビってるのを認めたくなかったんだろうな。
外周をぐるりと一周してみると、壁は六角形になってた。
その一辺には門みたいなのがあって、大きな錠前が取り付けられていたが、当然ながら鍵なんて誰も持ってない。
「もういいだろう、なあ……!」
そこでもう一度俺は引き返そうとした。
この時にはもう本当に怖くなっててな、最初より強く言ったよ。池田も俺に同調してた。
「ビビってんじゃねえ、行くぞ」
それがむしろ逆効果になっちまってな。梶野はムキになっていた。
俺達はこれまで恐いものなんてないと振舞って生きてきたんだ。
そのメッキが剥がれていく様を見て、そんなわけないと否定したかったんだと思う。
あいつは意固地になってこの中に入ると宣言した。
鍵が開かないなら壊せばいい。
あいつはそう考えて、護身用に持ってきていたバールを取り出し、壁を殴りつけた。
けど壁はかなり頑強で、全力で殴っても微動だにしない。
殴る度に、打撃の振動で鈴の音が響いて煩かった。
「っち、クソかてえ」
「おいおい、誰かが俺ら見張ってんだぞ。これ以上は不味いって」
「誰もいねえよ。いたらとっくに人来てんだろ」
見えない監視が神社の者だったら、俺達は器物破損で間違いなく通報される。
それを心配して言ったんだが、梶野はお構いなしだ。
「じゃあ、さっきまでの音は何だったんだよ?」
不安そうに池田が聞いた。
俺らがこんだけ派手に暴れてんのにあれから何の気配も感じない。
「見えねえってことは動物か何かだったんだよ」
そう言い捨ててると、梶野はバールをカバンにしまう。
ようやく諦めた……わけがない。
「しゃあねえ登るぞ」
自分の発言で後に引けなくなったあいつは、壊すんじゃなく壁をよじ登るつもりらしい。
外側の柵よりずっと高いが、頑丈なのはよくわかったし、金属部分に手足を引っ掛ければ登れなくもない。
「でもよ……」
俺は言葉を濁した。
壁の向こう側がどうなってるのか、全くわからない。
音の主があっちにいる可能性だってあるだろう。
「俺が先に行って様子見る。それでいいな」
こっちの返事を待たず、梶野は一人で壁を登った。
そして下を確認したが特に何も無いらしい。
反対側へと降りだして、すぐに姿は見えなくなる
「いけるぞ!」
梶野が呼びかけたから、俺達も渋々ながら壁を登って反対側へ降りた。
壁の内側は、景色には大きな変化が無かったのに急に息苦しさが増した気がした。
「ううっ……」
丈夫な壁が檻のように感じて、吐き気に近い圧迫感みたいなのがあったんだ。
池田も同じだったらしくてな、俺達は視線でそれを理解し合ってた。
「とろとろすんな、何もねえだろうが!」
ただ一人、意地と焦りで梶野だけは危機感が鈍くなってるのか、まるで気付かない。
俺らに発破をかけながら、どんどん中に進んでいく。
そんで多分中間ぐらい差し掛かった頃合で、注連縄が巻かれた大きな石を見つけた。
石は台座のような扱いで、その上に黒い箱が置いてあったんだ。
心からこれ以上進みたくなかったけど、梶野が石の前に立ったから俺達も嫌々並んだ。
ずっと野晒しだった箱は、壁と同様に錆だらけでボロボロだった。
だが梶野は、ありゃどう見ても強がりだったけど、興奮した声で言うんだ。
「これ、お宝入ってんじゃねえ? 鑑定番組にでもだしたら、すげえ値打ちもんとかさ」
俺はまったくそんな気しなかったが、あいつはその箱を調べだした。
本当は止めたかったよ。でもあの様子じゃ何か成果がないと意地を張り続けると思って止めなかった。
上側の蓋は閉まっていて、ライトで照らすと一枚の御札が張り付いてるのを見つけた。いや、見つけちまったというべきか。
俺は神様や宗教なんて信じちゃいない。
だが、これがマジで危ないもんだってのは嫌でもわかる。
「これ、絶対ヤベえって」
「俺がやるから、お前ら黙って見てろ」
止めようとしても、梶野は聞かず札に触れた。
一瞬不安に駆られて迷ったような表情を見せたけど、それでも意を決して御札を千切った。
その時だ。
周囲から鈴が次々と鳴り響きだした。きっと壁に付けられたやつだ。
ジャラジャラ煩いのが鳴り止まない。別段強い風なんて吹いてないのにだ。
梶野が慌てて周囲をライトで照らして確認した。
特に人影のようなものは何も無い。
じゃあ、この音は何なんだと三人で顔を見合わせた矢先、鈴の音が急に止まった。
「な、何だったんだよ、今の……!」
「俺が知るかよ!」
俺の疑問に梶野は怒鳴るが、鈴は明らかに千切った御札に反応していた。それだけは間違いない。
一先ずワケのわからない事態は収まったし、ここはもう殴ってでも連れて帰るしかないと、俺は決意した。
「な、なあ……さっき、木のとこ……なんか、なかったか?」
けどもう手遅れだった。
池田がおそるおそる指差した位置に、ライトが当てられた。
十メートルぐらい離れた木の一本。その木陰に何かがいた。
それは闇に溶けるように佇んで、俺達を覗き込んでる。
女の顔だった。
黒い長髪に切れ長の細い目。
上下の歯を剥き出しにするように笑っていた。
その女が、ライトの光にまるで怯むことなく、じっと三人を見つめている。
「ひいぃいぃぃぃあああぁああ!!」
誰かの悲鳴。誰かはわからなかった。
あるいは三人共だったのかも。
突如、ぬるりとした感触が足に触れたんだ。
すぐさまライトが照らすと、それは蛇だった。
俺らの足元に何匹もの蛇が集まって、それらが両足を伝うように登りだしている。
そこからは早かったよ。
慌てて足元の蛇を振り払い、互いの顔を見ることすらなく元来た方へと走り出した。
ひたすらに逃げた。
それ以外考えられない。考えるべきじゃない。
あれは絶対にヤバい何かだ。
理屈とかはいらない。余計な意地なんてかなぐり捨てて、息が切れても走った。
元の壁まで戻ると即よじ登った。
そこで焦ったのか梶野の動きだけが遅れてたんだ。
手が震えて、上手く金網部分を掴めないみたいだった。
「ちくしょう! ちくしょう!」
悪態をついても動きは早まらない。
「早くしろ! あいつが来るぞ」
「もうイヤだあ!」
俺が呼びかけ、池田はもうわけわかんなくなって泣き叫んでいる。
俺もそうしたかった。
だがそれより先に、再び、鈴が響いてきた。
最初は遠くの方から、壁伝いに、音色は近づいてくる。
ちりちり。
ちりちりちり。
ちりちりちりちり。
音は大きくなって、梶野がビビって落としたライトがそいつを照らした。
女の顔。
上半の衣装は白い巫女服。
下半身は闇で見えない。不自然なほど濃い闇が、そこにあるように見えた。
軋むように壁が揺れた。
バールで叩いても微動だにしなかった壁がだ。
女が歯を剥き出しにした凶暴な笑顔で、這うように壁を伝ってくる。
それだけで何故ここまで揺れるのか。わからないし、わかりたくもない。
照らされた女の腕、その手が赤く染まっていた。赤は指先に近くなるほど黒々と濃くなってる。
その指で平然と壁を這って、こっちへ迫ってくる。
今でも聞こえるんだ。耳にこびりついてんだよ。
ちりちりちり。って。
軋むんだ。
ちりちりちり。
這ってくる。
ちりちりちり。
赤い手が。
ちりちりちり。
女だ。
ちりちりちり。
女じゃない。
ちりちりちり。
人じゃない。
泣きながら登りきった俺と池田は、壁から跳び下りて地面を転がった。
だけ一人取り残された梶野の悲鳴が聞こえた。
おい待て!
おいてかないで!
待ってくれ!
待って! お願い!
助けて!
いやだ。
なんでおれがこんなうそだうそだくるなやめてたすけてくださいもうしませああいあああああひぎいあああああああああ痛たああいたいいたいいたいああいやあああああああ――途中から声になってなかった。
後のことは、ひたすら走ったことくらいしか覚えてない。