最初はてっきり校舎裏かと思ったが、行き先は学校から徒歩数分の喫茶店だった。
不良二人に呼び出されたと考えれば高待遇な方ではないだろうか。
「アイスコーヒー」
「コーラ」
適当なテーブルに座った後、丹後、マタンゴの順でウェイターに注文していく。
「何か飲み物頼めよ」
「水あるし」
一人黙ったままの俺に丹後が促すも、貧乏学生みたいなノリで乗り切ろうとする。
悠長に茶飲みまで付き合う気はないという意思表示でもあった。
「こっちが連れてきたんだ、それくらい出す」
「そうか。ならプレミアムソフト」
「飲み物だっつってんだろ」
「ちぇー。じゃあアイスカフェラテでおなしゃっす」
残念ながら一人前五百円する高級ソフトクリームは対象外だったようだ。
注文を復唱し、かしこまりましたとウェイターは去っていく。
その時間もマタンゴはずっと黙したまま俺を睨み続けている。
なんだ、お前もプレミアム食べたかったのかね?
「なあ、こいつ本当に大丈夫かよ」
「こんなんだが、クラスじゃ一目置かれてる。色々解決してるってな」
まあね。そりゃ否定しないけど、大抵はオトモダチ料金だったし、別に自ら進んでやった仕事なんてほとんどなかった。
もっともマタンゴは半信半疑どころか八割疑いな感じで、かなり訝しんでいる様子だ。
そのため、基本的に会話はずっと丹後が担当している。
「お前、探偵屋なんだろ」
「俺はバイトで名の付かない探偵をやってるだけさ」
学生で探偵となると、一般的には漫画やアニメのイメージが先立ってしまいがちだ。
一部には頭の良い人間が、危険な難事件を推理で解決するすごい仕事。というあやふやな空想が根付いている。
そのノリで頼み事されるのは、俺としてもいい気分はしない。
それでも話の流れや料金次第で、学校でも幾つかの依頼は片付けている実績があるのは事実だ。
「人探しとか、できるか」
丹後の問いは、まさに俺が予想していたものだった。
「やれやれ、まどろっこしいな。どうせ教室でも騒ぎになってる行方不明の生徒探せとでも言うんだろ」
「ああ、その通りだ。梶野を探してくれ。俺のツレだ」
「そんな情報、探偵じゃなくても知ってるよ」
梶野祥太。さしもの俺も、今日の昼休みに出た名前はまだ記憶の範疇にあった。
二人を知っていたのは、探偵どころか部活動やバイトもしていない一般女学生だけどな。
そして関係なかった話のはずが、半日経たず事件に片足突っ込んでしまっている。
「お前達はこの件と何か関わっているわけ?」
「受けてくれんのか?」
質問を質問で返してくる姿勢に帰りたくなるが、とりあえず我慢する。
「教師には話したのか?」
「いいや、話してねえ。サツにもだ」
つまり受けるなら話すと。それも教師や警察もまだ掴んでない秘匿情報をだ。
この時点で俺の選択は決まっている。
「おい、受けんのか受けねえのか、はっきり言えよ!」
焦れた様にマタンゴがより強く睨みながら身を乗り出して迫った。
こっちはそれを軽く受け流して返答する。
「とーぜん断る。何か知ってるなら教師や警察を頼るべきだ。これは嫌がらせでもなんでもない。そっちの方が俺よりずっと優秀だよ」
こちらの立場はあくまで私立探偵。それもアルバイターだ。世間からすれば微妙にも程がある立ち位置である。
こういう本格的な事件に首を突っ込める身分でもなければ、そんな気も毛頭ない。
「それができりゃ、もうやってるよ」
「あのな、公的機関にも話せないヤバい山をバイト探偵が受けるわけないだろ」
こっちはいわゆる名探偵と言われるような、事件とあれば首を突っ込まずにはおられず、好奇心で真相を暴きにかかるタイプではない。
あくまで生活のため、俺が望む平穏な生活を維持することが目的である。
「後出しで自分に都合のいいことしか語らん奴と仕事はできない」
「ちげえよ。あそこに行ったのを話したくねえってのも確かにある。けど、それより話したって信じるわけねえからだ」
話したところで誰も信じない。それが事件の関与を黙している理由らしい。
俺がもっと探偵らしい性格をしていれば、そこで興味も湧いただろうが、現実は逆効果である。
「信じないだけなら話さない理由にはならない。自己保身も大概にしておけ」
そこで会話は途切れて、俺達の間に沈黙の壁が横たわった。
迷っている、ようには見える。
だがこう言っても話さないというのなら、やはりそれは自己保身なのだ。
聞かれると都合の悪いことがあるからこそ、喋る踏ん切りが付かない。
決断できないならここまで。どうせ聞いたところでほとんど受ける気はない案件だ。
これ以上彼らに付き合う義理も俺にはない。
「お待たせしました」
ウェイターが三人のドリンクを焦げ茶のトレイに乗せて運んできた。
俺の前に置かれたカフェラテを、けれどウェイターが去るとすぐ丹後に押しけるように移動させる。
「ごちそうさま」
口すら付けずにそう告げて立ち上がった。それが交渉決裂の合図だ。
「ちくしょう。あんなの誰が信じるってんだ! 馬鹿にされるか狂ってると思われるだけじゃねえか!」
声を荒げたのはマタンゴの方だった。丹後がそれを止めに入る。
「おい馬鹿!」
「もうぶちまけちまおうぜ」
マタンゴは真逆に、信じられなくてもいいから話したがっている。
まるでこの話自体抱え込むのを怖がっているような。話して楽になりたい、そんな素振りだった。
丹後は逡巡して、俺へ問う。
「誰にも話さないと約束しろ」
「守秘義務は探偵業の規則だ」
俺の返答に、丹後は観念したように頭を垂れる。
こちらも再び席に着いて、カフェラテを自分の方へと置き直す。
丹後はアイスコーヒーを一気に煽ると、覚悟を決めたようにぽつりぽつりと語り始めた。