結局原稿は完成せず昼休みは終了。そのままズルズルと放課後になったので、流石に帰宅を余儀なくされた。

「あーもー積んでるアニメを消化したいのに……」

 俺にとって家とは最良の遊び場だ。
 朝から夕方まで毎日缶詰されて勉強させられているのに、なぜ家でまで勉強しろというのか。
 現代社会の闇はいつだって俺の生活を蝕む。

 今週はバイトがなく、予定はかなり空いているのがせめてもの救いだった。

「おい、暁。ちょっとツラ貸せよ」

 憂鬱な気分で帰り支度を整えた俺の前に、ガラの悪い二人組が立ち塞がった。
 片方はやや浅黒い肌で細身の男。眉毛が細くてそこそこのイケメンだ。
 確か、教室の隅っこでしょっちゅう椅子を後ろに倒してギーコギーコしてる奴だ。名前? 知らん。

「えーと、どちら様で?」

「っち、丹後だよ!」

「ああ、タンゴっちか。久しぶり」

 視界に入ったという意味では二時間ぶりくらいだろうか。
 男子二時間合わざれば見分けもつかない。と言うか元々ついてない。

「おい、てめえ、馬鹿にしてんのか?」

 呟くようにドスを利かせた声で、もう一方の男が詰め寄る。
 こっちはカサついた肌でにきび面。体格は丹後より一回り小さい。

 誰だと問うてしまうと、またクラスメイト覚えないやつのレッテルが一枚増える。

「おお、君は知ってるぞ。クラスメイトの、あーっと、そう、コイツも丹後でマタンゴ君だ!」

 なお、また丹後。略してマタンゴである。

「こいつはB組の池田だ。つかこのクラス丹後は俺しかいねえよ」

「くっ、フェイントかよ」

 本当に知らない人だった。そうならそうと早く言えよ。無駄に恥かいたでしょー。

「何がだよ! マジなめてんな、おい!」

「やめとけ、こいつはこういう奴なんだよ」

 マタンゴが襟首を掴もうとしたが、丹後がそれを制した。

「悪いが喧嘩のセールスは間に合ってる」

「そんなんじゃねえ。ちょっと頼みがあんだよ」

「プリーズは昼休みに売り切れたがな」

 渦中の不良グループが突如やってきて頼みとか、ろくなものじゃないのはわかりきっている。
 俺だって君子危うきに近寄らず派だ。

「こちとら最も愛するものは平穏な生活と小学生女子だぞ。お前らとは別種の人間なんだよ」

 ただし幼女も近寄るとブザーをキュインキュイン鳴らすので近寄れないのが難点だ。

「ただの変態じゃねえか!」

 丹後にまで声を荒げて突っ込まれた。

「失礼な。幼女愛好家ベジタリアンと呼べ!」

「呼ぶか!」

「じゃあ帰れ!」

 むしろ俺が帰りたい。

「コイツ、マジで一度シメようぜ」

 しびれを切らしたマタンゴが再び割り込んできた。

「自慢じゃないが、俺は平気で教師に泣きつくぞ!」

「本当に自慢じゃねえよ。ナメやがってこの野郎が!」

「待てって。今はそんなことしてる場合じゃねえだろ」

 お人好しである円が不良と評価するのならば、相当残念な連中なのだろう。
 それでもせいぜいちとガラが悪くて、たまにトイレで隠れてタバコ吸っている程度の小者系ワルが関の山だ。

 荒事になったら、下手に抵抗せず教師沙汰にすればそれで解決。むしろそれ狙いだったが、丹後はそれなりに冷静というか、本気で焦っているのが見て取れる。
 だからといって不良の事情なんぞ俺の知ったこっちゃない。

「俺は今日出た課題のせいで暇じゃないんだよ。お前らの相手をしている余裕はない」

 本当は日曜朝にやっている女児向け変身ヒロインアニメの録画を鑑賞するためだが。

「待て。こっちも引けねえ理由があんだよ」

 強引に間を抜けてやろうと思ったが、二人がかりでしっかりと立ちふさがってくる。マジめんどい。
 そもそもにこの二人がここまでわざわざ足を運んだのには、思い当たる理由がある。

「お前に仕事の依頼がしてえ」

 丹後の発した『仕事』というワードに対して、露骨に嫌な顔を返してやった。予想は見事に的中だ。
 やれやれと俺は溜め息をつく。

「一先ず話を聞くだけだ。いいな?」

 二人は顔を見合わせたが同時に頷いた。
 この場で断っても、二人はここを通そうとしないだろう。
 そうなると最悪、さっきからこちらの様子を窺っている円を巻き込んでしまいかねない。

「じゃ、さっさと行くぞ」

「あ、たっくん……」

「すまない。急用ができたから、今日は先帰っててくれ」

 二人を押しのけるように前へと出る。その途中何か言いたげな円へ、先んじてそう告げた。

「ああ、今日はオムライスでも食べたい気分だな」

 彼女へ背を向けてとりとめのない言葉を口にしながら、先に教室を出たのだった。