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 そこはおよそ現代日本では馴染みのない光景だ。
 周囲を眺めると、石を削りだし加工して造られた建物が目に入る。

 行く道には、アスファルトのように近代的な舗装のなされてない砂利が続き、簡素な木組みの店が並ぶ。
 この街ではポピュラーな市場の風景だ。

 売っているものは野菜に果物、靴、装飾品と様々。
 客の顔ぶれも地球の常識とは大きく異なる。

 頑強な鎧に身を包んだ騎士のような大男が野菜を吟味している傍らで、銀琴を手にした吟遊詩人の優男が、町行く女性に気安く声をかける。
 かと思えば日本のオフィス街を歩いてそうなリクルートスーツの女が、長剣を背負って道を歩む。
 指を広げた手を椅子代わりにできるサイズのフェアリーが、店主からリンゴを一つ受け取って、嬉しそうに飛び去っていった。

「雑多なんてもんじゃないな。人種のサラダボウル……っていうか闇鍋?」

「人でないのもいるけどね。それに不似合いさなら拓真にぃもいい勝負でしょ?」

「違いない」

 着崩したスーツ姿の少年とオーバーオールの娘。どちらも町の外観には不一致であると同時に、全体の風景には溶け込んだ存在だった。

「だが、町の雑味は悪くない」

 並べられた革靴の匂い。果物の香り。町行く人々の体臭。吹く風がそれらをかき混ぜ町の匂いとなる。
 濃淡はあっても形はなく常に変化し続けている。匂いも町も生きているのだ。

「だけど、これぜーんぶ作り物なんだよなぁ」

「VRだからね」

「オールインVRシステムだっけか」

 今、目の前に広がる世界は、全てが一つにパッケージされたゲームの中だった。
 視覚。聴覚。嗅覚。味覚。触覚。人の得られる感覚を全て完璧にトレースして一つのVR空間に落とし込んだ、世界初の体感型ゲーム『第六猟兵』だ。

 進化したVRMMOは、サービス開始三か月ほどで様々な記録を塗り替えるメガヒットを叩き出した。プレイヤーは猟兵と呼ばれる冒険者となって、数多の世界を冒険する設定である。

「それでも、ここまで現実と見分けがつかないとは思わなかったけど」

 改めて周囲を見回しながら褐色少女が言った。

「技術の発展って伸びる時はあっという間なものだが、これもその類だな」

 数十年前、粗いドット絵で容量が数百キロバイトしかなかったゲーム機が当たり前だった時代の者にとっては、今から一世代前のゲームですら、到底想像もできない産物だろう。

 このゲームサーバーに入って仮想現実の市場を歩いている拓真もそれは同様だ。
 自分が赤ん坊の頃は電話回線で時間をかけてネット接続しており、画像一つ読み込むのにも時間をかけていたと説明されても、まるで実感が湧かない。

 この世界に対する驚きには、技術的な特異点にリアルタイムで関わった感動も含まれていた。

「感謝してよー。拓真にぃみたいな引きこもりロリコンを誘ってくれる女の子なんて、世界中探しても私だけなんだからね!」

「ホント一言どころじゃなく多いなお前は!」

 引きこもっていたのは新人賞に応募するラノベ原稿の執筆が目的だったのだが、息抜きや新しいインスピレーションを得るには良い体験だった。

「まーでも、今回は従妹の焔様に感謝しておいてやるよ。いっぱい幼女と戯れられたしネ!」

「ロリコンは滅亡しろ……!」

 拓真も第六猟兵の存在は知っていたが、敷間しきま焔に誘われゲーム自体を始めたのはつい一時間前だった。
 二人は今しがたチュートリアルに従い、初心者向けのダンジョンへと赴き戻ってきたばかりである。

「さて、じゃそろそろ一旦ログアウトするか」

「えー、もうちょっといいじゃん。遊ぼうよー!」

「そろそろパーティーの準備をする時間だろ」

 二人の家は親戚付き合いが深く、特に焔はこうしてよく拓真の元へ遊びにきてはゲームに興じていた。
 イブは両家合同でちょっとしたクリスマスパーティーを開く予定になっている。

 今は、念願の神作品を手に入れた焔が大はしゃぎして、ちょっとだけと言い出した流れでの初ログインだった。

「弥生さんにお礼も言わなきゃだしな」

 第六猟兵も、元は一回り以上年の離れた焔の姉、弥生からのクリスマスプレゼントだ。

「弥生ねぇにはすぐいい顔したがるもんねー!」

「非ロリ菌に侵されてしまって、大好きな拓真にぃと結婚できなくなったからって嘆くなよ」

「このおにぃ、自分こそロリコンの病に侵されてる自覚がないよ……」

 拓真にとって、女性の結婚適齢期は六歳から十二歳である。これは譲れない想いというやつだ。
 焔は今年で十三歳になったので、対象から外れた。残念無念。弥生さんはジャンル違いでノーカン。

 とはいえリアル妹は萌えないというのも、この世の真理。感覚的に限りなく妹に近い焔も、扱いは昔から存外変わらない。
 ただもう頼み込まれても婚姻できなくなった程度の変化だ。

 お願いされた回数は未だ皆無だが、焔はツンデレのお兄ちゃんっ子だから仕方ないね! リアルタイムな蔑み視線も含めて。お兄ちゃん知ってる。知ってるよぉーう?

「じゃ、ログアウトするぞ」

「うーうー」

「そのうーうー言うのをやめなさい。つうか冬休みなんだから明日も嫌って程できるだろ」

「じゃあ明日も一緒に遊ぶ?」

「別に構わんぞ」

 拓真の回答に対して焔は口角を上にした。

「ふ~ん、しょうがないなあ。ヒッキーな拓真にぃが寂しくシングルベルしないよう明日も一緒に遊んであげるよっ!」

「その上から目線はどこから来るのか」

 何がなるほどなのか全くわからん。と思うが、焔がまた駄々こねる前にさっさとログアウトしよう。

 拓真は人差し指と中指を重ねて胸の前で軽く振る。ゲーム開始時に設定したウィンドウ表示のハンドサインだ。

「あれ……?」

 だが、意に反してウィンドウが出てこない。何度繰り返しても結果は同じだった。

「何やってんの?」

「ウィンドウが出ぬ」

「え? あれ、ホントだ。なんで?」

 加えて、さっきから肩がずっしりと重く感じる。

「なんか盾も重くなってきたし」

 拓真の場合は、背負っていた剣の重量だった。

「はっ! 俺達はスタンド攻撃を受けている?」

「馬鹿言ってないで、神殿に行こ。あそこなら詳しい人に色々話聞けるでしょ」

「ま、そうだな」

 この町にあるシャルムーン神殿はこのゲームにおいて依頼の受付や運営からの情報発信もある。最新の情報を得たければとりあえず神殿に向かうのは定石だ。

「後これ持って」

「なにしれっと人を荷物持ちにしておるか」

 お前が持てと強制的に盾を渡された。
 初期装備の皮の盾ではあるものの、見た目通りの重量感がある。
 これは十三歳の子供が持つには文字通り荷が重いだろうと、これ以上の追及はしないでおいた。

「ほら、早くいくよ!」

「おい、ちょ、待」

 身軽になった焔が拓真の手首を握り、引くことで移動を促そうとする。

「あばばばばばばばばばばばば」

「うわっ!」

 拓真は突如壊れた玩具みたいにけたたましい声と共に振動を開始した。有り体に言えば唐突にバグりだした姿にドン引きした焔は思わず手を離す。

「俺が他人に触れるとこうなると知ってるだるぉ?」

「そう言えば……っていうかゲーム世界でも?」

「どうもそうらしい」

 他人アレルギーと拓真は自分でこの現象に名前を付けている。
 昔から己以外の人や動物に触れると、極度の緊張でまともに喋れなくなり震えだしてしまう。
 病院で診察しても異常は見つからず、精神的な要因ではないかと曖昧な結論しか出なかった。

 VRゲームでならどうかと拓真も思っていたが、どうやら例外には含まれてくれなかったようだ。

 ……この世界がリアル過ぎるからか?

 元々原因不明なので、考えてもできることはせいぜい憶測でしかない。

「よし、いくぞ」

 警戒心丸出しでわざとらしく腰を引かせながら、焔の前に盾をかざすポージングをした。

「おっ、シールドバッシュ? 戦うの?」

「人混みはある意味戦いなんだよ!」

 この問題が何らかのシステム障害なら、今頃は問い合わせで詰めかけた人がごった返している可能性が高い。

「もー、頼りないなぁ。そんなんじゃ弥生ねぇに振り向いてもらえないよ?」

「余計なお世話だっつーの」

 とはいえ、今のよくわからない状況で焔を一人にはしたくない。
 荷物持ち兼保護者代わりは、周囲への警戒心を増し増しにして神殿へと向かった。

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