以前書いた記事にて、個人的に興味深いコメントをいただきました。

個人的に不安視しているのは、ライトノベルというものが漫画やアニメ、ゲームの単なる脚本になってしまうのではないかということです。

実際『無職の英雄』はコミック化されました。
これで『キンキンキン』は無事に具体的な戦闘描写に昇華したわけです。
しかし、これで良しとして本当にいいものなのか。

小説として人気が出たからコミック化しようというより、はなからコミック化を前提としているから細かな描写なんてどうでもいいよという風潮になっていそうで怖い。
「ゲームやアニメから入った世代にとっては『キンキンキン』で十分」というのは「ゲームやアニメがあってこその小説」ということなんですよね。
それでは小説の価値はどんどん下がってしまう。

オタク系内全体視点でのライトノベルそのものに対する価値というのはあまり考えなかったので、非常に面白い意見だなと思いました。
実際『無職の英雄』の文章力はお世辞にも高いと言えません。
(作者が意図してやっているかどうかは別問題)

では実際になろう小説が蔓延することで、ライトノベル全体の価値が下がるか否か。
私の見解としてはその心配は杞憂かなと考えています。
今回は私なりの見解をお話をしてみましょう。

なろう小説コミカライズの現状

『なろう小説』は言ってしまえばWeb小説の媒体に特化した作品なので、そもそも書籍化にはあまり向いていない。
それは『なろう小説』に対するAmazonや5ちゃんねるの評価からわかる。
そもそもこの記事を読む人にも『なろう小説』嫌いは少なからずいると思うので、そういう人達は感覚的に理解できるはずだ。

『なろう小説』のコミカライズが増えたのは、私は主にニコニコ動画など、これまた無料で読めるWebサービスが要因だろうと推測している。
実際、私の中で『なろう小説』を読む知り合いや友人達は、結構な割合でニコニコ動画のコミカライズ化に手を出していた(そして私も便乗した)。

またニコニコでなろうコミカライズが普及してから、ニコニコのコメントに近い感想書く人が目に見えて増えている。
これはつまり、ニコニコ動画ユーザの年齢や好みが小説家になろうユーザと近いのだ。
ニコニコ動画側のユーザーが逆に小説家になろうへ多く流れ込んでおり、それ以前と比べるとコメントの文章や内容にも目に見えて影響を与えている。

しかもこれらの共通点は『無料』ということだ。
無料で読んで気に入れば書籍化された単行本を買う。
読者は別に損をしたり騙さたりしているわけでもないし、それで漫画市場が賑わうのならむしろ健全な環境では? と私は思う。

更に現実問題として、コミカライズされるのは『なろう小説』でも更に選ばれし一部だ。
『なろう小説』の書籍化に多い即打ち切りを逃れて売れ上げを伸ばすという、狭い門をくぐらねばならない。
『キンキンキン』こと『無職の英雄』がコミカライズしたのは明らかに炎上商法で時流に乗れたのが理由だろうと推測する。
(当作の作者は意図的に自分で燃料くべて延焼させていたので、狙ってやった可能性も少なからずあるだろう)

事実、『なろう小説』は狭い穴をくぐって書籍化しても二巻打ち切りがザラにある業界だ。
実のところ『なろう小説』の書籍化はゴールのように見えて、さらに激しい生存競争へのスタートなのである。

現に稼いでいるなろう作家の多くは、一つの作品に拘泥しない。
次々と作品を打ち出して書籍化し、売れたものだけ更に巻数を伸ばすため力を入れる。
調べればわかるが、『無職の英雄』の作者も、本作が初作品ではない。
他にいくつも書籍化している実績がある。

なろう小説がライトノベル市場を制圧できない理由

それともう一つの前提として、ライトノベルが漫画やアニメの単なる脚本扱いになるためには、まず『なろう小説』やそれに類する作品がライトノベル市場を制圧する必要がある。
じゃあ、現状の『なろう小説』が市場全体に致命的な変革をもたらすかというと、現状だとそれはないだろう。
理由は『なろう小説』という媒体が、テンプレ展開という一定ルールに沿いすぎているからだ。

賛否両論が強いってことは、『なろう小説』独特のテンプレ展開を忌避する人も多いということ。
ジャンル単位で嫌う人間が多いと、よっぽど上手くマーケティングしない限り、全体の構造者数から売上的にも頭打ちしやすい。
そのため、上記に挙げた通り書籍化が増えているのに即打ち切りが多いという、歪な構造ができあがっている。

それでも『なろう小説』が一つのジャンルとして確立できているのはまた事実だ。
むしろ一大ジャンルとなっている現状でも、『なろう小説』は市場を制圧できていない。

例えば、ポプテピピックがどれだけ流行ったとしても、四コマ漫画が他の漫画を全て駆逐することは不可能だ。
たった一つのジャンルが市場の全てを押さえるなんてことはまずあり得ない。
四コマ漫画と同じように『なろう小説』は『なろう小説』という一ジャンルでしかないのだ。

もちろん割合的なシェアの奪い合いは発生している。
しかしライトノベルとして最初から商業向け作品として完成しているのが一般レベールの作品達だ。
それらの多くが駆逐されて本気でオワコン化する展開は、すぐには来ないだろう。

これが10年後、20年後となればまた話は変わってくる。
知らない人も多いが『なろう小説』の源流は二次創作であり、長い年月をかけて一次創作化してここまで発展してきた。
一時期は『なろう小説=転生主人公』と言っても過言ではなかったが、最近は転生しないパターンも増えてきている。
つまり今も『なろう小説』の形はゆっくりとだが変化し続けているため、遠い将来はまた別の姿に変異しているかもしれない。

また、『なろう小説』を省いたライトノベルの市場が以前より衰退してきているのも事実だろう。
しかしながらそれはなろう小説が衰退させたとは言い難い。

そもそもライトノベル市場は衰退しているというより、出版業界全体の市場が衰退していると表現する方が正しい。
ネットの普及により、人は手軽に無料のコンテンツを手にできるようになった。
その中の一つとして『なろう小説』が生まれて、独自の経路で発展してきた。

今後『なろう小説』が変化を繰り返した末にライトノベルを制圧する事件が起きたとしすれば、それはもう他のライトノベルジャンルが自分を維持できないくらい衰退した結果ではないだろうか。
ここで大事なのは、倒れるのが既存のライトノベルレーベルを出していた出版社であり、作家でも読者でもない。
逆に書籍媒体がそこまで壊滅的な打撃を受けたとしても、読者の需要は残ったままだ。
言い換えると、出版業界が囲っていた本来そこにあったパイが外へ開放されるということだ。

そうなると、読者は一番手軽でリスクなく得られる無料の媒体に、既存のライトノベルが持っていた面白さを求めだす。
求める人ば増えれば、書く人も増える。
というか『なろう小説』ばっかりウケる現状が嫌な人は沢山いるので、そういう人達の作品が評価を受けやすくなるだろう。
また、今『なろう小説』を書いている者達も、別の流行が生まれれば間違いなくそっちにも乗り出す。

そしてネット小説として人気が出た作品はどうなるだろう?
『なろう小説』と同じ流れで、人気の出たものは吸い上げられて書籍化に至るのではないだろうか。
そうしてネット小説による書籍化の流れはなろう小説だけが独占していた状態から開放される。
おかえり、僕達の愛したライトノベル!

……とまあ、実際こんな風にいくかどうかはわからない。
ここまで出版業界が窮する段階までいくなら、もっと別の方式でネット小説の収益化が成されている可能性もある。
それでも変わらない大事なものは需要だ。

現在の『なろう小説』は一部のニーズを満たすための媒体でしかない。
それだけが蔓延して飽きがくれば、読者は新しいものを求めだす。
そして求める先に空きがあれば、それは大きなビジネスチャンスに繋がる。

あるいは、その『空き』を埋めるのはもうライトノベルという媒体ではないのかもしれない。
しかしそこにあるのは今のライトノベルに代わる新たなネットの文章媒体には変わりなく、ガラケーがスマホに移り変わるようなものだ。

なろう小説がライトノベル市場をより活性化させる可能性

根本的に、私は『なろう小説』が書籍化されるのは悪いことばかりではないと考えている。
苦戦する出版業界の中で、ライトノベル市場は逆に好調だとすら言われている。
その要因が『ゼロの使い魔』に続く『なろう小説』による第三次ファンタジーブームだ。

『なろう小説』が書籍化されるのは、一定数原作の読者がお布施的に購入するためである。
(多分、無料作品に対してさらにお金を出せる、一定年齢以上がメイン購入層だと思われる)
普段無料しか読まないなろう読者が書籍に手を出すことを覚えて、通常のラノベに手を出すようになるのが、私の考える理想の展開だ。

一度本を買うのに金を出すことを覚えた人間は、二度目以降はその敷居が下がる。
(この辺は無料ガチャしか拘っていた人間が、ある日課金に手を出して沼に沈んでいくような感覚に近い)

根本的な問題として『なろう小説』がファンタジー扱いされることに忌避感を覚える人もいるのは事実だが、そもそも『ゼロの使い魔』の頃だって最初は反発も強かった。
当時のことを知っている視点だと歴史は繰り返すものだという感覚が強い。
大事なのは今の反発よりも、結果として収まるべきところに収まることだ。

読者供給ラインを太くしながら購入者を別路線に誘導できれば、ラノベという業界はむしろ読者の全体数を増やしてより活気づく可能性も少なからずあると思う。
現実に、こういう現象はライトノベル業界の外でも起きている。
例えば特撮ジャンルの仮面ライダーは特に電王辺りから、アニメ寄りの設定と声優を有効活用したメディア展開によって、元々親和性の高かったアニメ好きを積極的に取り込むことにより版図を広げている。
要はお金を出す人が増えるということは、どういう流れであれ商売を広げるチャンスだ。

ただし、ここまでくると完全に作者や読者がどうこうの範疇を越えてしまっている。
ライトノベルが新たな流れで発展するか否かは、マーケティングする人達の努力次第だろうと私は考えている。

最終的な結論としては、Web小説黎明期から密やかに生まれ発展してきた『なろう小説』は今や一大コンテンツとして流行った。
これはもう好き嫌いとか関係なく純然たる事実なのだ。
それをああだこうだ言って叩いても無駄な軋轢が生じるだけでしかない。
それなら『なろう小説』をどう利用してライトノベル市場全体を活気付けるかを考えた方が健全ではないだろうか?