「完全に無反応のまま、結界から逃げられたと? 冗談と言って欲しいな」
「冗談というわけじゃないけど、ほんの少しだけ歪(ひずみ)を観測したよ。けど一秒にも満たないから、急ごしらえの結界が一瞬揺らいだだけじゃないかと思う。シャマルさんも簡単に解除しているくらいだし、ユーノ君も捕まえるというより皆が来るまでの時間稼ぎをしたかったんじゃないかな」
「歪……。俺の探索失敗とも関係ないか」
むしろ魔法関係と思われる事象が何一つ起こらないまま、犯人を発見できなかったし。
「そんなに気になる?」
「ただでさえ手がかりが少ないからな」
判明したのは、新たな謎かけか。消えた犯人。何事もなく通過された封鎖結界と、その時に観測されたらしい魔力の歪。このままではどうしても繋がるかどうかすらの判断も下せない。足りないんだ、犯人を逮捕するための歯車が。それも決定的な何かが不足している。
「囲もうとしても脱出されちゃって、脱出方法は不明。もし犯人の潜伏場所で封鎖結界を張って逃がしでもしたら、それこそ次は何処に隠れられるかわからなくなるよ」
「リスクが高すぎるか」
「それなら犯人が自分から動くまで、家の近くに張り込んでチャンスを待つ方が安全だと思うな」
「リンディさんもそう言うだろうな」
ここが正念場であり、失敗すると取り返しのつかない事態に陥る可能性も低くない。だから管理局は、慎重に慎重を重ねて作戦を進めていくはずだ。そう予測していけば、張り込みはベストではなくてもベターな手段ではある。
「だったら俺は張り込みに回してもらう」
「アンパンと牛乳を持って汚名返上だね」
「この前見た刑事ドラマだとおでん食ってたけどな」
取調べ室のカツ丼よりマイナーで、風化しつつあるアイテムを出してきたエイミィに軽く戦慄を覚えた。どうやら、リンディさんとフェイトは理解していなかった“お約束”をエイミィはわかっていたようだ。だから何だと言うわけじゃないんだけどね。
「時代は移り変わっていくんだね」
「地球の新入りが何を言う」
むしろこいつ実は地球人じゃないか? エイミィの容姿はハラオウン家の女性陣よりも日本人的で、違和感も少ない。油断したらさらっと流してしまいそうなネタを投げつけてきおってからに。
「それで、張り込んで何か勝算があるの?」
「俺の予測なら、次の騒動で必ず犯人以外の人間が何らかのアクションを起こす」
「それって、共犯者がいるってこと?」
「そうさ、チープなトリックスターがな」
俺が乗り込んだ澪標(みおつくし)家には、秘密が隠されている。それは詩都音という少女の過剰反応から見て間違いない。もう一人、俺が会話した詩都音の祖父にも、何かを隠蔽している節はあった。その反応は隠れている犯人の存在について。
外出している家族が誰かいるのか? という俺が出した質問に対して、いないと叫び全力で否定した詩都音ちゃんは言うまでもないが、祖父にもほんの僅かだが淀みはあった。その後に行った押入れを開ける交渉でも、祖父は即答せずに躊躇いを見せている。“迷い”の大きさは後者がより強く感じられていたが、重要な要因は未だ掴めてない。
しかしあの祖父も他に家族はいないときっぱり言い切っており、俺の自身の鑑定でもそこに虚偽らしき反応は見受けられない。現に祖父は、俺の捜査を協力的に進ませてくれていた。疑心に陥っているのならもっと不安げな態度を取るなり、詩都音ちゃんのように感情を色濃く滲ませていやしないだろうか?
物事が全て都合良く全部繋がるなんて楽観視はしていないが、疑問が頭から離れない。まだ何かが確実に有る、もしくは在るはずだ。
「ふーん、よくわからないけど、含むものはあるんだね」
「対策もなしに動きやしないさ」
「そかそか。そこは拓馬君の冴え渡る推理に期待だね。他に質問はある?」
聞くべきは聞いたと思うが、今一度見落としがないか脳内で確認してみる。あるにはあったが、これはどうでもいいような……。
「ゴスバラって意味はわからないか?」
「えーっと、ゴスペラーズバラライカとか?」
うっわぁバラライカ被っちゃったよ。まぁ間違いなく、ただの思い付きだろうけど。
「何でエイミィはそんなに日本の理解が広いんだ?」
「それはぁーエイミィさんも色々と勉強したし、美由紀ちゃんにも教えてもらったりしたからね。これでも一端の日本通ですよ」
「説得力あるなぁ……」
バラライカのCDでも渡されたのだろうか? あれは名作だったけど。主に声を聞いたら男でも孕んでしまうんじゃないかとまで恐怖された、漢と書いておとこと読むようなボイスが素敵な替え歌の方が。
と、そこでエイミィの使用しているコンピューターから着信音が鳴り、俺達の視線を独り占めにする。社内連絡が入ったようで、「ちょっと待って」とエイミィがコンピュータへ身体ごと向き直す。
「おっと、たった今リンディ提督から連絡メールが来たよ。1時間後集合して、今後の方針を決める緊急会議を行いますだって」
「了解したよ。それまでに俺はもらった情報を含めて、頭の中で個人会議してみる」
「うん、それじゃあ、頑張って犯人を突き止めましょう!」
エイミィはぐっと握ったこぶしを、天高く突き上げる。エイミィは人を活気付けるアクションが豊富で、一緒にいて飽きない奴だ。それを微笑ましいと苦笑が混じった目線で見つめた後で、俺はエイミィの居た場所から離れていった。
その後の会議でリンディさんの打ち出した方向性は予測から大したブレはなく、俺は張り込みを引き受ける。ただし僅かな誤算として相棒が一人付いてきた。その名はフェイト・テスタロッサ・ハラオウン。絶対わざとだ。
ユーノと修一さんが犯人に倒された昨日の夜。たっ君が警察官に扮して家宅捜査に乗り込んだけど、犯人はどうしても見つけられなかった。原因さえも掴めていない、犯人を前にして二の足を踏んでしまってる状態だ。
その後に開かれた緊急会議で、私とたっ君で犯人が潜伏していると思われるマンションを張り込んで動きを見るよう任務が出た。
そうして朝も早くから私達は、犯人がいるマンションの部屋が見える位置にじっと潜んで、探りをかけている。
「ねぇたっ君。これってお巡りさんが来たらどうするの?」
二人で自動車のウィンドウごしに動きのないドアを見張りながら、私はたっ君に素朴な質問をした。そうだ、私は今車の中にいる。目立たないようにという意図で用意されたもので、それ自体は問題じゃない。
「そりゃあ、なすがままにされるしかないんじゃない?」
「だって、たっ君車の免許持ってないはずだよね?」
私達はここまで歩いてやって来た。そうしたら輪廻さんが張り込みに使用するためにこの車を転送してきて、実際に活用してる。
「幾ら何でもフェイト付きじゃ、偽造手帳でも警察相手は乗りきれないだろうし」
「そうじゃなくって!」
「じゃあ何さ?」
「お巡りさんが来て、車を動かすことになったらどーするの!?」
たっ君は免許を持ってないんだから、無免許運転になってしまう。警察手帳の偽造も問題だけど、これは警察との連携が取れない以上、やむおえない特別措置として話し合いは済んでる。
だけど運転はそういうレベルじゃない。もしそれで事故を起こしたら、関係ない人を巻き込んでしまうんだから。
「やだなぁ、その前にまず免許確認されるって。ちなみに免許も偽造済みだからご安心を」
妙に自慢げな表情で、嘘の免許をひらひらと見せ付けられた。たっ君はペテン師だし、こういうの沢山持ってそうだなぁ。あまりにホイホイ出してくるなら、この事件が終わった後で一度確認しないといけないかも。
「免許は偽者なんだから、運転なんてできないよ」
「ああなんだ、そんなことか」
「とても重要だと思うんだけど……」
軽い。何を今更と言われてるくらいに軽いよ。もしかして私、また遊ばれてる?
「あはは。もっちろん、ちゃんと考えてるよ」
「それなら、どうするつもりなのかな?」
「そもそもこれ、車っぽいけど車じゃないよ」
「え?」
たっ君はたまに、さらりと爆弾発言をするんだ。そう今みたいに。根底から覆された私の驚いた反応を見て、たっ君は愉快そうに笑う。私の知る大人の中で、1番子供っぽいのは間違いなくたっ君だ。
「あはははは! フェイトはホントに可愛い反応してくれて嬉しいよ」
「んもぅ!」
「ごめんごめん、ちゃんと説明するからさ」
どう見ても誠意にかける謝罪をしながら、たっ君がカーナビの電源を付ける。だけど、モニターが映し出したのは周辺の地図ではなくて、一人の男の人だった。
「ん? 何か用かい?」
「いんや、フェイトにこの偽者カーの説明をするためにスイッチ付けただけだ」
「どうしてジョンさんが?」
ジョン・ブライアント元二等陸士。時空管理局に所属していたけど、トルバドゥールを事件の犯人だと思い込み巨大ロボであるダイセイオー操縦し、たっ君とヴィータに襲い掛かった。結局は返り討ちに合い、あえなく逮捕されてる。
その後ジョンさんは管理局を退職。トルバドゥールを襲ったのは洗脳効果の可能性もあるため、辞めるのは保留にした方がいいという意見もあった。だけどジョンさんはもう自分がここにいる資格はないと言って、自分から辞めてしまったんだ。
現在は民間協力者となって、事件捜査に協力してくれている。これは洗脳効果が事実だったとして、その立証に失敗してしまい裁判で有罪判決が出た時のための対策としての司法取引も兼ねているんだ。と、クロノがその場で説明してくれた。
「やだなぁ、私の名前は本郷雄介だよ」
改心しても、そこは曲げないんだ。ジョンという名前も悪くないと思うんだけど、自分の名前が嫌いなのかな?
「まだやってるのかよ、そのごっこネーム」
「ごっこではない、ソウルネームだ!」
「魂の名前?」
「そうだよフェイト君。本郷雄介こそが私の魂が定めた名前であり、真の」「そうやって自分に酔った挙句、俺を襲ったんだろうが」
何だか勢いの付いたジョンさんだったけど、たっ君が容赦なく叩き落した。撃墜されたジョンさんは低く唸っている。
「むぅぅ。それは私の浅慮であり、本当に申し訳なかったと思ってる。だからこそ、私は管理局を辞めて、また1から私の正義を積み上げようと思っているんだ」
ジョンさんが犯した罪は消えないけれど、その上でジョンさんはやり直そうとしているんだ。その再出発として管理局を辞めたんだと、私は初めてジョンさんの意思を理解した。
「ジョンさ、雄介さんの正義は間違っていたけど、その間違いを認めてまたやり直そうとする姿は立派だと思います」
「ありがとう、フェイト君! 私は諦めない。君の期待に応えるためにも、私は私の正義を見つけてみせる!」
ジョンさんは涙もろい人みたいで、うっすらと涙ぐみながら新たな誓いを自分自身と私の胸に刻んだ。