貴方は運命を信じますか? と聞かれれば、信じてると答える。ただ、俺にとって運命は避けられない未来でも、自分の力で切り拓くものでもない。だいたいの場合において、運命を絶対の壁にするのは精神薄弱者の言い訳だろう。未来を切り拓くならば、それは見えない運命より確固たる己の覚悟であるべきだと思う。
 運命が命を運ぶのなら、その流れこそが運命ではないだろうか。だから運命なんてのはユビキタスなものだ。
 それぞれの命が波を起こしあい、運命という流れを作っていく。そう考えれば運命は悲観する必要なんてなくて、無理に抗うものでもない。運命は乗るもの。周りの命が流れを作るのなら、周りを操作して流れを自分に引き寄せる。
「……また難しいね」
 そんな感じで説明したら、フェイトに明瞭簡潔に一言で返された。
「いいんだよ、それで」
「頭ではわかるんだよ? けど、実感が沸かないというか。本当にそうなのかなって。それに、私にはそこまで割り切れないよ」
「どうせ運命なんてもんは人の心模様みたいなものなんだから、たった一つの答えを求めることこそ馬鹿らしい話さ」
 それでもあえて話を続けるのなら、こう続けただろう。どれだけ巧く操っても全生物の全生命に直接干渉できない限りは、必ずイレギュラーが起きてしまう。というか一個人がどれだけあがいたとしても、得られる情報など知れているのだから、イレギュラーなど起きて当然。それこそが不条理であり、不条理という波にさえ乗れる者がいるとしたら、それはきっと何者にも負けない存在であり、神に近似しているレベルの生き物だ。これはかつてフェイトに語った、俺にとって最も理想的な力でもある。
 そう言うわけで、本日の見回り相手フェイトとの道中会話は、運命についてだった。
「それにしても、段々とフェイトの出す題材が難しいものになりつつあるので、お兄さんは戦々恐々としているよ」
「段々とたっ君の答えも難しくなっていくね」
 そう言いつつ、フェイトは俺が投げる変化球の不思議軌道を考えるのが楽しいようだ。勤勉な娘さんだなぁ。
 そうして探索ルートの半分が終了した頃、話題も尽きて何となく無言で歩いていた。トーク無しが気まずいわけでもないし、話題ならその辺に転がっているから、退屈を感じればどちからとなく新たな話を振るだろう。
『喜びたまえ皆の衆、散歩の時間は終わりだ。遂に魚が網にかかったよ』
 しかしニュートークはどちらでもなく、輪廻さんからの通信だった。それも全員が長いこと待ち望んだビッグニュース、犯人の発見。街を眠らせないシリアルキラーとようやく、こちら側の人間が接触したわけだ。
 だけど、万事が幸運と言うわけでもなかった。接触者は一途なシリアルキラー、檜山修一である。あまりうちの殺人鬼2名とは出会ってほしくなかったというのも本心だ。
 犯人が強ければ強いほど、逮捕の前に死体になる可能性があるわけで、急いで合流しないといけない。修一のパートナーはユーノで、彼のフォローは頼りになるのだが、火が点いてしまった修一を止められる力は持ってない。
 だから連携より到着を優先し、俺が足かせにならないようフェイトを先行させた。味方に対する抑止力というのも、変な話だけど。
 俺が遅れて到着する頃には、すでにもっと近くにいたメンバーが多く集まっていた。そして全員の顔が一様に青い。特にしゃがみ込んでいるシャマルは、鬼気迫るような雰囲気で回復魔法を行使している。
「犯人はどうなってる?」
「たっ君……、ユーノと修一さんが」
 観れば、それはこれまでの事件現場とよく似ていて、意味するものは大きく異なっていた。
 またも犯人は現場から立ち去っており、修一とユーノだけが倒れ伏している。裂けたバリアジャケットから、赤黒い血を垂れ流しながら。斬れぬものなど存在しない人殺しが、桧山修一が殺し合いで負けた。それも最初の仲間が駆けつける数分すらも、持たせられずに。
「修一が瞬殺だと?」
 仲間の敗北に現状把握が追いついていないのは俺だけじゃない。俺より一足遅くやってきたシグナムも、犯人に処理された2人を見て納得のいかない顔をしている。
「傷は見た目より浅いから、命に別状はないわ。だけど魔力が安定しないの。早急に2人をアースラに移動させないと!」
『了解したよシャマル君。君と一緒に直接医務室に転送しよう』
 完全に出遅れたために、俺抜きでも敗戦処理と捜査は次々と進行しているようだ。俺も先着隊と情報を共有しながら、捜査へと混ざる。
「それで、この血文字はなんなんだ? 犯人を示したメッセージにしちゃ、意味不明過ぎんだろ」
「ゴスバラ? 意味わからへんけど、何かの専門用語とか?」
 修一は意識が切れる直前、流れる血でメッセージを書き残していた。それがたった一言で、“ゴスバラ”。修一が決死の思いで残した犯人の手がかりは、目下俺達を混乱させる謎の暗号として機能している。
「トルバドゥールだけに理解できる特殊なメッセージとかだったりは?」
「なのは、期待の眼差しを向けられて悪いけど、俺にもさっぱりだよ」
「わ、私じゃないわよ?」
 ゴスロリ野郎が何か言いだした。数名が鏡の話を聞くべきか、スルーしてしまうべきか悩んでいるので、俺が迅速に処理すべきだろう。
「一応理由を聞いておいてやる」
「ゴシックロリータバラライカ的な意味で!」
 ああ駄目だ、やっぱりスルーしておくべきだった。
「バラライカの意味をわかってないまま言ってるだろ」
 どうでもいいのだが、バラライカはウクライナの民族撥弦楽器であり、形状はギターっぽいのでまるっきり外しているというわけでもないのだが、説明したら図に乗りそうなので教えない。
「やらないか?」
「お前もう、青い繋ぎ着てハッテン場のベンチに座ってろ!」
 鏡が言うと本能的な拒絶感が沸き起こるから恐い。
 もうこの女装バカは放って置くとして、このメッセージを残したのがユーノではなく修一なので、役立つのかも怪しいもんだな。
 俺はもうすぐ輸送される半死体を放っておいて、周辺を見て回る。こっちもこれまで有力な手がかりが見つかっていないのだから、効果の面は期待できないのだが。
『ふふふ、拓馬君。君には久々にペテン師としての仕事を君に与えるよ』
 これも、俺が探すより先に見つかっていたらしい。なんだか後手後手に回っているようで、あまり良い気分ではない。
 それにしても、これまで細い糸を手繰るようだった事件が、急激に進展していく。それはまるで、これまで不規則だった運命の流れが出口を求め、肌で感じるほどに明確な水流となりて俺達のドアを叩いているように。ならば、俺はその流れに乗るまでだ。
 不条理だ。乗ったはずの運命に見事振り落とされたと言うべきか。それとも、俺が乗ったつもりになっていただけなのか?
 時空管理局がユーノのバリアジャケットから、犯人のものと思われる魔力の残滓を発見した。恐らくこれは偶然じゃない。
 ユーノを治療したシャマルさんと美羽によれば、修一よりユーノの方が重症だったらしい。あの2人を発見時、修一には回復魔法が、ユーノには防護魔法がそれぞれかけてあった。どちらも発動させたのはユーノで間違いないだろう。
 彼は自分に峡範囲の防護魔法をかけて、犯人の魔力が拡散しないようにしたのだ。たとえ自分の命を危険に晒してでも、犯人の重要な手がかりを残すために。ユーノという少年は、周りの連中がやたらと濃いために影に隠れがちではあるが、ここぞという時に発揮される責任感と覚悟は本当に頼りになる。
 そうして残った魔力をエイミィさんが追跡した結果、強い隠蔽用ジャミングがかけられた同質の魔力を検知した。これは決定打と言っていい証拠だ。
 ここまで来れば、後は直接犯人のいる場所へ向かうのみ。犯人がいるのはごく普通の民家だったため、ペテン師らしく警察官に変装した俺が、その格好よろしくがさ入れに侵入。他の皆は俺から逃げるため犯人が外へ出たら即捕まえられるよう、外に隠れて包囲網を作成し、チェックメイトをかけた。そのつもりだった。
 結果は空振り。そこにいるはずの犯人は、どこにも見当たらない。結局俺は、自分の嘘がばれる前に撤退するしかなかった。
 手土産持たずで件の家から帰ってから、鏡には面と向かって役立たず扱いされたし、修一と揃って噛ませ犬になってる。久々に戦闘無しの純粋なペテン仕事だったにも関わらず、この事件において最大級の失態をやらしたわけで、これは素直に悔しい。
「拓馬君がここへ来るのは珍しいね」
「ああ、まぁちょっと聞きたいことがあってさ」
 事の顛末を輪廻さんとリンディさんへ報告した後、俺はエイミィの下へと向かった。
 いっそ捜査から外されてしまった方が楽だろうになとも思いつつ、ここで退く気はないのが本心だ。頭の別領域では警察官として乗り込んだあの家で感じた、“欠落”の正体を探していて、それは段々とまとまりつつある。ここでサボり逃げてしまっては、事件解決はより遠くなってしまうだろう。いつものことだが、後で楽するためには今苦労するしかない。“今”から逃げて、ここ管理局に残留し続けるのはごめんだ。
「私でよければ協力するよ。ってまぁここに来る用件なんて、昨日の犯人についてくらいか」
「昨日はあの家で、どうも腑に落ちない現象ばかりだったからさ」
 エイミィとは、管理局よりもたまに行くフェイトの家での方がよく会う。そしてエイミィの人懐っこさか、年齢が近いためか、割とすぐに打解けてこうして普通に話せている。そんなにフェイトといちゃくつく俺が羨ましいのか、未だ会う度に皮肉めいた小言を言ってくるクロノとは大違いだ。
「拓馬君は直接あの家に入ったんだよね。そして犯人はいなかったと」
「ジャミングのせいだろうけど、スウィンダラーにも犯人は見つけられなかった」
「確かにあの時は魔力反応があったんだけど、今はもう反応がないんだ」
「それって、逃げたのか?」
 それが最悪のケースだ。1から追い直しとなると、また無駄な時間を消費するはめになるし、次からはさらに用心深く動くようになるだろう。
「多分、違うかな。今でも時折弱い反応はあるから、こちらの探索を察知して、ジャミングの種類を変えたんだと思う」
「つまり犯人は、まだあの家に潜んでる可能性が高いわけか」
「どうしてもあの家に居たい理由があるのかも」
 犯人があそこにこだわる理由があるとすれば、あの家族の誰かが犯人であるというケースだ。そう言えば、孫の美少女と爺さんは見たが、婆さんは会ってなかったな。けどあの3人がずっと家にいた以上、それはあり得ない。絶対に“何か”が潜んでいる。
「それなら、こっちから封鎖結界張って全員で乗り込むという方法は?」
 乱暴な方法で不法侵入ではあるが、それならば敵を逃がさずに済む。
「実はね、ユーノ君がそれを試しているみたいなんだ」
「試したって、襲われた時にか」
「うん。どうやら犯人が逃走のために自分の結界を解いたタイミングに合わせて、ユーノ君が自分の結界を発動させたようなんだけど、犯人は結界をスルーして逃げているみたいだね」
「スルー? 破壊やユーノが破棄したのではなくてか?」
 一体どうすればそんな不可思議な現象を起こせるんだ。あの犯人は、ことごとくこっちの常識を無視してる。犯人は透明人間か何かかよ。それだって、魔力の障壁を抜けられるとは思えないが。
「この結界はいち早く到着したシャマルさんが存在を確認し、ユーノ君から応答がなくて解除しているから間違いないよ」
 俺が到着したのは、結界を解除したシャマルさんが治療しながら、アースラの連中と連絡を取っていた辺りとなる。そしてその間に続々と皆集まってた。俺の到着まで5分くらいしかなかったと思うんだけど、短期間で熱い展開があったんだな。そしてこれを現実に起こそうと思えば、本当に修一が瞬殺されないと成立しようがない。