ネット小説では定期的に台本形式の小説を否定する声が上がる。
つい最近もTwitterで台本形式を否定する論争を見かけた。
まあ、個人的にはきのこたけのこ戦争ばりに昔からある論争である。

内容的には、台詞括弧の前にキャラの名前付けるなんて小説として間違っているという意見が多かった。
要は台本形式はあくまで台本でしかなく小説ではないという考えだ。

台本形式は確かに古くから嫌われている。
私も小説家になろうやハーメルンで台本形式と出会ったら、そっとブラウザバックすることがほとんどだ。
けれど、それと台本形式が小説であるか否かは、実のところ全然関係がないし、根本的にブラウザバックする理由も他にある。

そんなわけで、どうして台本形式がダメなのかを改めて解説してみよう。

台本形式の小説は小説なのか

小説というものには基本的な作法がある。

行頭は一文字開ける。
カギ括弧は登場人物の台詞を表す。
そして台詞の最後には読点を付けない。
等がそれに当たる。

それ以外にもこれを行うと文章が陳腐化するという事柄もある。
擬音は入れるべきではない、フォントのサイズ上昇は避けるべき、といったものが上がりやすい。

今書いたのはそういったルールの中でも一部分でしかない。
慣れてしまうと書き手としては当たり前になっていて、特に意識することもなく避けている。
そしてこの中に台本形式の文章も含まれている。

とはいえ、これらは作法や基礎中の基礎知識というべきものだ。
そもそもにして、これらのルールが昔から定まっていて絶対的に守られ続けてきたと言うと、決してそういうわけではない。

例えば、ずっと昔にはカギ括弧の最後に読点を入れるべきというルールが主流だった。
小説におけるルールとは必ずしも定まってものではない。

そんな昔の話して意味はないでしょ、台本形式は現在の問題だ。と考える人も中にはいるだろう。
それならそれで、比較的最近の商業ライトノベルでもあえてルールを破っている作品なら普通にある。

『フルメタル・パニック』では短編集の一つにて特大フォントを使用していた。
ラグビー部話の試合前、会話の叫び声として特大フォントを用いており、ギャグシーンに勢いをもたせている。


フルメタル・パニック!戦うボーイ・ミーツ・ガール

『境界線上のホライゾン』だとチャットを用いた会話シーンが多様されており、そこでの会話はカギ括弧の前に名前を付ける台本形式だ。
ここではキャラクターの名前ではなく、ニックネームを用いることでチャットらしさとテンポの良い会話を作り出している。


GENESISシリーズ 境界線上のホライゾン (1)上 (電撃文庫)

どちらも過去アニメ化もしている人気作であり、文章の完成度にも定評がある作品だ。

作法は作法でしかなく『破る=小説ではなくなる』というのは根本的に誤っている。

台本形式小説には需要がある

台本形式での小説文体を否定する人はデメリットばかりを指すことが多い。
しかしネット小説における台本形式には明確な利点がある。
それは読みやすさと書きやすさだ。

台本形式の小説はキャラ同士の会話がメインとなる。
情景描写を極力排除していることが多く、その分話のテンポが良い。

ネット小説では小難しい文章よりサクサク読み進められる作品が好まれる傾向が強いため、これ実はかなり重要な要素である。
またネット小説においては更新速度も重要視されており、通常の小説より書きやすい台本形式はこの需要に合っているのだ。

その証拠に台本形式の小説で一定の需要があり続けるジャンルがある。それがSS掲示板だ。

SS掲示板にて投稿される作品の大多数が台本形式の文体である。
台本形式小説の一大ジャンルであると言っていい。
アニメ化にまで至った『まおゆう』が、
SS掲示板形式の小説で最も有名だろう。


まおゆう魔王勇者 1 「この我のものとなれ、勇者よ」「断る!」 (ホビー書籍部)

なおSSという名称はSS掲示板に投稿される台本形式の小説を指すと考えている人が少なからずいる。
しかし正確な意味だと本来『SS=二次創作小説全般』を指している。
SSはショートストーリーの略だけど、二次創作は長編も多い。
小説投稿サイトではあまり使われない呼称なのも、間違えられやすい要因だと、個人的には思う。

『まおゆう』ではこの台本形式を『戯曲形式』と中二風に格好良く呼称しており、他の台本形式と区別するため以下はこの名称を使用する。

SS掲示板は作品の棲み分けがキッチリしているためか、台本形式という名称で批判されることがあっても、SS掲示板そのものに対しての批判自体は少ない。
ネット黎明期から存在しており、戯曲形式だけでも大量のまとめサイトが存在していることからも、一定の需要は確実にあることが伺える。

戯曲形式の投稿場所で有名なのが2ちゃんねる(現5ちゃんねる)のスレッド形式であり、一レス少量から更新ができて読者との距離が非常に近くライブ感が強い。
そういう観点からも戯曲形式は理に適っている。

ちなみにSS掲示板にて戯曲形式が好まれるのは、
一レスに対する文字数制限が強いかったことが理由である。

SS掲示板系は戯曲形式が前提で育った文化であるため、会話だけで必要な状況伝達を行いつつも不自然でない流れを作るという、通常とは異なる技量が重要視されてきた。
そのためSS掲示板にて投稿される戯曲形式の作品は、他の投稿サイトの台本形式に比べて全体的にクオリティが高い。

ぶっちゃけ同じジャンルでも、下手な二次創作小説より戯曲形式作品の方が面白いというケースはざらにある。

以上のことから台本形式の小説にはそれ相応の利点と需要があり、『台本形式=つまらない・面白くない』という図式は成り立たないのだ。

台本形式小説が嫌われる理由

ここまでは小説のルールが絶対ではないことと、台本形式の有用性について解説してきた。

とはいえ、台本形式を嫌う書き手や読者が多いことは覆しようのない事実であるし、嫌われているなら嫌われているなりの理由がある。
台本形式はクオリティが低いというレッテルが付いたのは、本当にクオリティの低い作品が乱造されているためだ。

戯曲形式はSS掲示板以外に最適化された形式だ。
他の場所だと単純にそうしたら楽に書けるからという理由で、初心者に選ばれているケースが多い。

そういう人は台本形式のメリット・デメリットをきちんと把握しておらず、必然的に作品のクオリティが落ちる。
新規で入る初心者もそういう作品を読むため、連鎖的に台本形式の小説が作られていく。

当然ながら小説における文章作法は意味なく存在しているわけではない。
イタズラに破っても作品の質が下がるのは必然だ。
そもそも初心者なので、作法自体を把握していないケースがほとんどである。

ネット小説は読者と作者の間にある敷居が低いため、
自分も書きたいと思えば簡単に作者へと変わる。
そのおかげでネット小説の人口は増えやすいが、
かと言って小説執筆が簡単なわけではない。

要するに安易に初心者が手を出してしまうため、
結果的にクオリティの低い作品が大量生産されてしまっているのが現状である。
そのため読む側も感覚的に『台本形式=低クオリティ』の図式が完成してしまっているのだ。

この問題を解決するには、初心者向けのわかりやすい小説の書き方解説と、それを浸透させる手段が必要なのだろうなあと思う。