勝つために、生き残るために、俺は思いきり大地を蹴り飛ばし、球太郎に向かって走り出す。
走りながら口内を少しだけ食いちぎり、出血から刃しかない小型ナイフを構成して口に含んだ。
『修一、鏡下がれ。選手交代だ』
俺の言葉を聞いた二人が、撤退を始める。
それと入れ替わりで俺が球太郎に近付くと、バリアジャケットに含まれる魔力に反応し、大砲の発射口が俺へと向いた。
それでもまだ二人が撤退しきってないのも手伝って、攻撃自体は少数で済んでいる。
当たるものだけを最低限の動きで避け、スピードは出来るだけ落とさない。ここで速度を下げると逆に的となってしまうからだ。
「プラズマランサー! ファイア!」
フェイトちゃんの周囲に展開された金の魔弾が、かけ声に合わせ一斉に発射された。
「ブラッディーダガー!」
同時にはやてちゃんからも緋色のナイフが生成され放たれる。彼女の方は魔力がこれで打ち止めみたいで、後は邪魔にならないようになのはちゃん達の方へと下がった。
『わたしはもう限界や。後は二人に任したで!』
『うん、はやては休んでて』
二人の攻撃が向かう先は、たった今俺が辿り着いた、球太郎の御前だ。はやての置き土産である緋のナイフが、俺の周囲をくるくると回る。
「ターン!」
指向性を持たない金の魔力弾は、俺を通り過ぎると一度ストップして方向を変換し、また俺の方へと移動する。
至近距離の来た標的と、舞い踊る緋と金の魔力達による大量の魔力達。これで起こることは一つしかない。
「さて、大量大量」
球太郎の目標はほぼ俺一極となり、破壊の力が殺到した。
こいつは魔力さえ感じられれば、たとえ相手が“魔法の才能皆無の人間”でも攻撃対象として選択する。
今回は至近距離まで近付いたが、わざわざ無理矢理接近しなくてもその分魔力を近くに誘導させれば攻撃対象になるのだ。
あいつの攻撃の大部分が届く位置なら、ある程度の距離までは誰を攻撃させるかをこちらが選定できる。
これが球太郎の持つ、重大な欠点だ。
「お前も俺の平穏の礎になってもらう。さぁ相棒、“出血大サービス”だ!」
≪変換率を最大値に設定。行動可能予想時間は二分だ≫
「それだけあれば十分だよ」
新たにナイフを生成して左腕を肘から一気に切り裂き、今までとは桁違いの多量の血液が迸る。スプラッター映画が駄目な人間だと見ただけで失神するかもしれない、それくらい夥しい出血だ。
「スカーレットウォール」
≪Scarlet Wall≫
眼前に全身を守れるサイズの障壁を構成したが、魔力弾の嵐の前にいとも容易く崩壊してしまう。まるで子供が容赦なく砂場の山を蹴り跳ばすようだ。
俺の周りにあった魔力のデコイも、どんどん数が減っていく。
攻撃が多過ぎて再生も追いつかないし、距離が近い分攻めの激しさも増している。もはや誰なら避けられるというレベルの代物ではない。
それでもこの距離なら近過ぎて、肩にある砲撃だけは使用できない。あれを使われたらどうにも防ぎようが無いし、俺だと即死だろう。
遠ければ避けれるだろうが、それではいくら距離を選定できると言ってもデコイとして機能しない。この位置がギリギリの妥協地点だった。
それにあの砲撃は下がっている他の連中なら避けることは容易いので、そこまで気を回すものでもない。
「バリアジャケット再構成! オーバーアーマーだ」
壁を突破した魔弾が次々と俺に直撃する。
右肩。
胸。
左足。
右腕。
フェイトちゃんとはやてちゃんの魔弾達は、軒並み球太郎の攻撃とぶつかり対消滅した。
しかし、それについてはフェイトちゃんが魔力の限りプラズマランサーを追加しているので問題は無い。
腹。
右足。
左腕。
胸。
腕を交差させて頭部を守る。
当たる寸前に当たる部分のバリアジャケットを部分的に強化して、衝撃を僅かでも緩和する。
左肩。
右足。
三度目の右足への直撃にバランスが崩れ、腕が下がる。
そこに申し合わせたように、運悪く頭部に魔弾が直撃した。
寸でにバリアジャケットで頭部の強化を施すが、緊急過ぎて装甲の強度が低くなり、たったの一撃で砕かれる。
誰かの叫び声が聞こえたが、衝撃で頭が霞がかり意識が飛びそうになり判別はできない。
不意に口内を激痛が襲う。ナイフが舌を切り刻み、痛みで強制的に意識が呼び起こされた。
舌が半分くらいは千切れたか? それでも意識を今失うことを思うなら、安いものだ。
気絶なんてしようもんなら、待つものは死。足を踏ん張って、体勢を立て直す。
≪前方砲台に高エネルギー反応確認≫
前方と言ったら、シャマルさんを仕留めたあの砲台じゃないか。
視界が狭くて自分を撃つ弾がギリギリ見えるくらいだ。
右腕。
腹。
≪先程よりもチャージが早い、数十秒で来るぞ≫
『そうかい』
喋るのは辛いため、念話でスウィンダラーに返事をする。
限界まで引き付けて避けるか。
右肩。
左腕。
胸。
問題は砲撃のタイプだ。
直射型なら当たれば死ぬけど避けやすい。
途中の広域直射型化も知っていれば大した問題じゃない。
胸。
左肩
胸。
また胸にか……。いい加減胸骨が折れるな。いや、もう罅くらいなら入ってるかもしれない。
全身が焼けるように痛み、府省部位の特定すらできなかった。
左足。
左肩。
だが初めから広域直射型だったら?
広域直射型化では死ぬまではないにしても、ある程度は自身で攻撃を受けることになる。
一度凌げた後もディフェンス役は終わらないんだ。その後の攻撃まで凌ぎきれるかは分からない。
右腕。
右腕。
腕への連続の衝撃に、庇うように守っている頭にも衝撃が伝わってくる。
脳が揺れ、ナイフが暴れる。切り刻まれた口内の血で溺れそうだ。
それを考えだすとさっきとは状況がちがうんだ。全く別のタイプの砲撃かもしれないし、威力だって上がっているかもしれない。
そこまで行くと、想定事項が多過ぎて考えるだけ無駄だな。
右腕。
左肩。
腕が勝手に下がった。
今の一撃で外れたか折れたか?
直射型なら避けきって、初めから広域直射型なら守りを固めつつ防いで攻撃から抜ける。それで覚悟を決めた。
右足。
来いよ。
左脇腹。
いつだって。
胸。
俺の資本は、俺の命だ。
「おらあああ!」
上空から声が響く。
振り向く余裕は無いため、声で修一と判断した。
作戦通りなら鏡もいるだろう。
頭。
左脇腹。
≪使用者、さっきの威力で計算するならそろそろ砲撃が来るぞ≫
『まだだ、限界まで引きつける』
ギリギリでの回避じゃないと砲撃が何処に向くかわからないため、俺も上の二人も危険に晒される。
このタイミングで失敗すると、最悪三人揃ってあの世行きの片道切符を強制購入だ。
左足。
まだ。
胸。
まだだ。
右腕。
まだ――不意に魔弾とは別の何かに体を押し飛ばされた。
仰向けに倒れたらしい。視界が急激に切り替わり、目に入ったのは球太郎だ。
肩の二門が上を向き、砲撃魔法が二つ同時で修一達に発射された。
他の魔力弾達もほとんどが、修一達に標的を変更している。
こっちに向かう弾は、俺の周りを回っていたプラズマランサーと新たに作り出した壁により防御しきれるレベルに減っていて、この数ならなんとか無傷でも凌げる。
「それがどうしたのよ!」
≪ブレイクビート≫
クレイジーディザイアから三発のカートリッジがロードされ、鏡が弦をかき鳴らすと自身の前に巨大で幾重にも重なった青い魔力波が発生した。
魔力の波による衝撃波を発生させて目標を破壊する、鏡の主力である中距離射撃魔法だ。
二つの砲撃と大量の魔弾が、魔力波に衝突する。
「アハハ、そう来なくっちゃ!」
魔力の塊がぶつかり合い、波が大きく歪む。
互いの殺された魔力が火花のように弾けていく。小型の弾が多い分、殺される魔力は球太郎が多い。しかし実際には鏡が出力負けしていた。
「やってくれるわねぇ! 大きて、太くて、量もたくさん!」
鏡は嗤う。
一歩間違えば球太郎の魔力で押し切られ、砲撃が直撃して死ぬかもしれない。その中で嗤う。
あいつは生と死との狭間の感覚を楽しんでいる。戦いを心から愛する、戦闘狂の姿だ。
嗤いながらさらにカートリッジを数発ロードし、デバイスをかき鳴らす腕も激しくなる。魔力の増加に合わせて青い波達はさらに広く強固に進化していき、魔力波の揺れも次第に収まっていった。
「でも、私のも中々でしょ?」
せめぎ合うこと数秒間で、球太郎の二つの砲撃がかき消えた。射撃の魔力総量を、鏡の魔力が上回り勝利た結果だ。
「まだ出るんでしょ? もっと楽しませてよ」
不満そうなことを言っているが、数え切れぬ魔弾は尚も鏡を襲い続けている。
激しい魔力の放出により、今度は鏡個人に攻撃が集中しているのだ。いくらカートリッジを追加して一時的に魔力を高めても、あんな無茶後何秒も持つものではない。
だが、その心配もすぐ不必要となるだろう。
「仕上げるぜ! 虚!」
≪Yes My Master! Laundry Pole Form≫
虚がフォームチェンジし、三メートルを超える長刀へと姿を変えた。
「虚数刃(きょすうじん)!」
修一の言葉で虚の色が漆黒に変わる。
長刀を振り上げ、球太郎の肩口から斬りかかった。
ヴィータちゃんのラケーテンハンマーにも、なのはちゃんのスターライトブレイカーにさえ耐えきった装甲が、何の抵抗も見せることなく刃の侵入を許した。
漆黒の刃は途中で停止することなく、球太郎を二つに分断。
切断された球太郎は巨大化した時と同じく激しく発光を伴い、割れたまま初めのボール状に戻って地面に地面に転がった。
「成敗! ってな」
修一は前屈みの体勢で着地し、虚を肩に乗せ格好つけている。虚は既に元のフォームへ戻っていた。ドヤ顔したってただの美味しいとこ取りなくせに……。
修一が使った理不尽な破壊力の正体は、触れている物に虚数空間を作り出す『虚数生成』という、ふざけたレアスキルだ。
そして輪廻さんが作り出した、虚数空間に飲み込まれず己の姿を保ち続けることができる唯一の刀、虚。
斬るのではなく、飲み込む。物質、魔力、それら一切を分け隔てなく空間から削除する。刀身そのものがブラックホールになっていると考えればわかりやすいだろう。
故に虚は刀ではなく、修一は剣士ではない。
修一と鏡は、球太郎の骸を確認しに行った。
俺のことは完全にスルーされているが、今日だけは嫌がらせではなく気遣いだと受け取ることにした。