ガラクタを美しいと言う大勢がいて、
美しいガラクタを作る私は一人ぼっちだった。

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 第97管理外世界、そこにある惑星“地球”。
 そこで少年は産まれた。
 少年の名は北城鏡。鏡はごく普通に愛され、ごく普通に育ち何の問題も疑問も無いまま幼稚園に通っていた。
 周りから見た鏡の評価は、とても素直な子。とても話を良く聞く良い子。鏡の両親も、それを自慢にしていた。
 ある日、鏡は幼稚園で喧嘩をする。
 鏡も相手の子も、まだ四歳の子供だった。このくらいに幼い子供の喧嘩など大して珍しくもないし、相手に大怪我を負わす力もない。
 普通なら騒ぎにもならず、せいぜい先生と親に叱られ喧嘩両成敗で終わるくらいだろう。
 しかし、この喧嘩は思わぬ大事件へと発展することとなった。相手の子供が死亡したのだ。
 両腕と右足は複雑骨折。一部骨が肉を突きでている。左足に至っては骨が完全に粉砕していてローラーにでも轢かれたようにぺしゃんこだ。内臓もいたるところに破損があり、辺り一面はどす黒い緋色に染まっていた。
 死んだ少年を診た医者は、まずどういう事故が起きたのかと聞いた程だ。
 何なの“これ”は。それが初めに惨状を見た大人だった、保育士が最初に漏らした感想である。
 教室内で起きた残酷な事件を、保育士はすぐに理解できなかった。それくらいに現実感の無い光景だったといえる。
 床で痙攣している赤い壊れた人形みたいな何かと、同じく血塗れで立っている鏡。
 数十秒かけようやく状況を理解した保育士は、その場で吐瀉物を床へとまき散らせた。
 もちろん他の生徒はパニック状態である。
 喧嘩にもなっていない方殺しを止めるため、必死の形相で先生を呼びに来た子。
 危険から遠ざかるため教室から逃げ出す子。
 恐怖のあまりにその場で泣き出す子。
 失禁している子、保育士と同じくその場で吐いている者も多数だ。
 それでも何とか鏡を少年から離し、救急車を呼んだ保育士は誠意ある部類だったろう。

 この喧嘩は、開始されてから一時間後には警察沙汰にまで発展したが、結局外部からの侵入者による犯行とされた。
 真っ先に事情聴取された鏡本人が自分でやったと訴えたが、警察には全く相手にされない。こんな子供にここまでの人体破壊が出来るわけがない、と。
 教室は掃除の時間で、机や椅子は全部後ろに下げられていた。
 そして犯行が起きたのは教室の真ん中。
 武器になるようなものは何も無いし、周りの備品にもせいぜい返り血らしきものが少し付着しているだけで、武器として使った痕跡はない。
 現場を見ていた子供達の証言もめちゃくちゃ。鏡の手が光って光線が出たとか、空を飛んでキックしたら相手の子供の腕が変な方向に曲がったとか。まるでアニメやマンガの話みたいなことしか出てこないのだ。鏡が容疑者から外れるのは“まともな大人”としてみれば当然のことだろう。
 しかし、これに一番納得がいかないのは鏡自身だった。
 何故誰も、自分の事を信じてくれないのか。しかも皆、死んだ少年を嘆き気遣っている。先生も、警察も、両親までもがだ。あいつは悪者だったのに。自分は悪者をやっつけただけなのに。
 悪者の少年、梶原はクラスの女の子を苛めていた。
 梶原は弱い子に向かって、よく暴力を振るうことで有名である。一種のガキ大将という奴だ。
 父親からよく困っている子がいるなら助けてあげなさいと言われていた鏡からしてみれば、女の子を助けることは至極当然のことである。
 もう一つ、鏡はテレビで放映されているヒーロー物が好きだ。仮面ライダーやウルトラマン。悪を懲らしめる正義の使者達。
 鏡は彼らに強く惹かれていた。自分もいつか弱きを守り、強きを挫く存在になりたいと夢見る程に。
 そこへ現れた悪者。
 どこまでも素直な少年は父親の言葉を守り、“自分が憧れたヒーローのように戦い”悪者をやっつけた。
 手から光線を出したり、空を飛んだりしてだ。
 にもかかわらず、鏡の正義は大人達に評価されることはなかったし、褒められることもなかった。
 それどころか、鏡の正義は無かったことにされている。それが鏡には全くの理解不能。ありえない扱いだ。
「お前は恐いものを見て、とても混乱しているんだ」
 父親からはそう言われた。
 そんなことはない。僕は普通だ。
 どうして? 僕は弱いもの虐めする奴をやっつけただけなのに。
 どうして? 皆も信じてくれないの?
 僕は正しい事をやったのに、誰も褒めてくれないの?
 鏡は悩んだ。いくら説明しても、空なんて飛べるわけないだろと、相手にもされない。
 そして彼は思いついた。簡単だ。それならみんなの前で飛んでみせればいいんだと。そうすれば、皆無条件で僕の言うことを信じてくれると。
 鏡はさっそく考えを実行した。
 両親の見ている前で部屋の中を自由に飛び回ってみせたのだ。
 床から足を離し飛翔する鏡を見た母親は、そのまま失神。母親を支えた父親も、唖然として力なく床にへたり込んだ。
 こうして、鏡という少年の日常は破滅した。
 いくら鏡が手を伸ばしても、世界が鏡を拒絶してしまう。
 鏡の両親は彼を家の中に閉じ込めた。
 受け入れられない事実。世間体の問題。自分達の精神。鏡という存在の不条理。
 最終的に鏡の家族は、オカルトにすがった。鏡に“憑りついた”悪魔や、悪霊の類を外に出すわけにはいかなかったからと、鏡を軟禁してまう。
 母親にいたってはもう鏡と会話すらしない。辛うじて食事を作って食べさせるだけ。
 鏡は何故自分が無視されるかわからずに一生懸命話しかけたが、目さえも合わせてもらえない。最後は母親が発狂しそうになったところを、かろうじて父親に止められ泣きながらも母親との触れ合いを諦めた。
 父親も初めこそは鏡を治そうと必死になったが、治療法など見つかるわけもない。
 御祓いや怪しい宗教にも手を出した。しかしそのどれもが所詮偽の救済。全ては徒労に終わり、生活を困窮させていく結果しかもたらさない。
 やがて鏡にとっては最後の命綱とも呼べる父親すら、諦観と絶望から鏡に対して冷たくなっていく。
 この頃には鏡自身も自分がいてはいけない存在だということに、おぼろげながらも気付いていた。
 それでもどうしようもない。五歳になって間もない幼子に、自立や現在の境遇から脱出する方法など思い浮かぶわけもないのだから。
 袋小路の行き止まり。そんな時だった、北城家の前に、鏡の操る力の存在を知る者が現れたのは。
 ミゲル・ボウレッグスは優秀な魔導士である。
 地球のアメリカで生まれ、偶然任務で地球へと赴いた時空管理局員に目をかけられ魔法の才能を開花させた。これは地球で魔導の才能を開花させる者は希少であるが、同時に高い魔力資質を持ちやすいが故だろう。
 年は四十台で時空管理局にて提督の地位を持ち、部下からの人望も厚い。妻は若く美しい、互いに愛し合っている実感もある。住んでいる家は巨大な屋敷で、使用人も大量に雇っており複数の別荘まで所有している、まさしく絵に描いたようなエリートだ。
 そんな彼にも一つだけ大きな悩みがあった。彼は先天的な病で、子供が作れない身体なのである。
 そのために彼は、妻と相談し養子をとることに決めた。養子をとるなら自分が産まれた地である、地球の子にしようとも。
 そうしてミゲルは人を雇い、魔導師の素質を持った子供の捜索を開始する。その結果、幾人か魔法の素質をある少年少女を探し当て、その中の一人に彼はいた。
 家に閉じ込められ、その才能を飼い殺されている少年、鏡が。
 ミゲルは鏡の境遇を憂いて、彼の両親と交渉し鏡を引取った。
 精神的に限界へと達していた二人にすれば、ミゲルの提案は渡りに船。鏡にしても、閉じ込められている中で突如自分の理解者ができたことを素直に喜んだ。
 これは引取られてから発覚したことだが、鏡の才能は飛び抜けていた。
 魔導師という自覚すら無しに魔法を行使し、短時間の上に大雑把な軌道ではあるが、デバイスの補助も無しに空を飛ぶ。飛行魔法を困難とする魔導師も多々存在する中で、この素質は異常とも言えた。
 だからこそミゲルは己をも超える才覚に驚愕し、義息子の将来を期待した。空戦AAA相当の魔導師を家庭教師につけてマンツーマンで指導させ、鏡の発展を促していったのも当然だろう。
 ミゲルの妻も、満面の笑みで鏡を受け入れて愛した。
 誰もが、鏡は将来管理局でも有数の魔導士になると疑わない。鏡自身も日々教え込まれる新たな知識を、持ち前の素直さで次々と吸収してく。
 形は変われど、鏡は再び人の愛を手にして、正義を志すのだった。
 この時、鏡は地球にいた時の事を必死に忘れようとしていた。
 自分を産んでくれた父と母にはとても感謝しているが、そのことを今の両親に告げてもきっと二人を困らせるだけだろう。ならばあの頃の思い出は胸の奥にずっとしまっておこうと。鏡は一人で決意を固めた。
 だが、過去の記憶を忘れようとすればするほど、一つだけこびりついた様に胸の奥で残り続ける過去があった。
 それは幼稚園で起こした喧嘩の記憶。虐めっ子を成敗した日に感じた気持ちだ。
 言葉として正確に表現できる程に鏡は成長してはいないが、自分の正義を示すことの嬉しさ。自分が確かに正義だったという誇り。大雑把にでも“そういうもの”だと鏡は考えていた。
 しかしそれは大きな間違いだったのである。
 この時に鏡が抱いていた感情の正体は、圧倒的な暴力の衝動。加虐の喜び。相手を殺傷することにより湧き上がる快楽。
 あの日目覚めた力の塊は、正義の使者などではない。ただの狂った破壊者だった。
 鏡の中で生まれた狂気は封印した記憶達の中に埋もれることなく、獲物を求めて鈍く光り続けていく。
 悲劇の第二幕――その開演の刻を、ただ静かに待つように。