オリジナル短編集 作品リスト

 僕の友人であるカイトはチートスキルを持っている。
 これほど凄まじいスキルを僕は他に知らない。
 彼は間違いなく神に愛された男だ。

「なあアベル、聞いてくれ!」

「なんだい、カイト?」

 教室の片隅、バシーンと机を叩いた彼は、で鼻息荒く僕に迫った。

「俺は今日、運命の出会いを果たしたんだ!」

「わかったから、ちょっと落ち着こうか」

 顔面が暑苦しいわ。
 鼻息もフンスフンスとうるさいので困る。

「さっき、学園に登校している時のことだ。俺はとある少女と出会った」

「まあ、うん、運命の出会いの話だもんね」

 彼は腕を組み、その出会いとやらを思い出すように目を瞑りながら語りだす。
 今のうちにここから逃げてもいいかな?

「俺は今朝、いつもより家を出るのが少し遅れてしまってな」

「寝坊でもしたの?」

「いや、快便だった」

「あ、はい」

 聞かなきゃ良かった。
 というかこの先もできれば聞きたくない。

「それで、俺は朝から走った。風になって駆け抜けた」

「君、本当に足速いもんね」

 なんせ授業の専攻は陸上競技だし。
 ただしフライング癖が抜けなくて記録が出る以前に失格になることが多い。
 ズルしているわけじゃなく、ただ単に勢い余ってついついやっちゃうタイプだ。

「そして、ちょっとばかし運の悪い衝突事故が起きた」

「君の過失事故だろ」

「いや、向こうも走っていたのでおあいこだぜ」

 前方府中の二人がゴッツンコ。往年のラブコメ漫画かよ。

「そしたらな、相手は女の子だったんだ」

「うん」

「めちゃくちゃ可愛い女の子だったんだ」

「はい」

 ヒートアプするカイト。
 それに比例してテンションダウンしていく僕。

「しかし、彼女との運命を感じたのはそれだけじゃない」

「というと?」

「彼女はぶつかる直前、パンを咥えていて『あーもう初日なのに遅刻しちゃう!』と慌てた声を出していた」

「天然記念物かよ」

「しかもぶつかったら『ドコ見て走ってんのよ、バカ!』と怒られた」

「一世紀前のツンデレテンプレかよ!」

 ガチのやつだった。
 まさかそのような使い古され過ぎて誰も使わなくなった展開がまだ実践されているなんて。
 どうやら、絶滅危惧種のレッドデータ女子が存在していたようだ。保護しなくちゃ。

「それだけじゃねえ、見えち……まったのさ」

「見えたって何が?」

「ぶつかってお互いコケた時に、スカートの奥に隠されている、彼女の水色のストライプ柄なゾーンが、だ」

「駄目だこいつクズだ」

「別に狙って見たわけじゃねーよ! 事故だ事故!」

 本人の名誉のために、せめて縞パン柄のパンツは黙っていてあげようよ。
 不本意に僕まで知ってしまったせいで、対応を誤れば一発でセクハラ男の仲間入りである。

「彼女は俺の視線に気付くと、さっとスカートを下ろして真っ赤な顔で俺に言った」

「『ドコ見てんのよ、この変態!』かい?」

「おうよ! まさにその通り!」

 ここまでくると新手の美人局かと思ってしまう。
 それほどまでにカイトの語る少女は、ツンデレキャラの王道テンプレートという線路をひた走っている。

「さ・ら・に・だ!」

 どうやら今日のカイトはさらにぶっ込む気のようだ。
 しかもこの続きは、予想の付く出来事がさっきあったばかりだった。
 まさか、待てったら、そんなことが本当にあるというのか!

「そのぶつかった女の子が、今日うちのクラスに転校してきた」

「さっきホームルームで挨拶してた金髪ツインテール少女か!」

「さっきホームルームで挨拶してた金髪ツインテール少女だ!」

 僕は手で顔を覆い隠して天を仰いだ。
 確かにそれは運命的だと言わざるを得ないものだった。
 ああ、なんて、可愛そうな子なのだろうか。

「決めたぜ。俺はやる」

「えーと……」

「この運命を信じて彼女に告白する!」

 ああ、やっぱりね。
 元々一途に一直線な男なのだ。
 おまけに暑苦しい程熱血で真剣。
 彼は一度決めたらトコトンまで突っ走る。

 前見えない話聞かないブレーキも最初からない。

「まあ、その、なんだ。がんばれ」

「がんばる!!!」

 その咆哮の如き返事に、クラス中が嫌そうな顔でこっちを見ていた。
 まあ、その、なんだ。すまん。

 なお、この恋は三日で片が付いた。
 彼が血を沸騰させる勢いでしたためた恋文は一日三十ページ。
 三日目でブーストかかって百ページの超大作だった。バカじゃねえの?

「突然ですが、特別な発表がありますッ!」

 バカは放課後前のホームルーム中にいきなり叫んだ。
 皆が何事かと注目する中で、カイトは立ち上がりツインテ少女の席にズカズカと歩み寄ると、真剣な眼差しでスッゲー分厚い紙束を手渡した。

「初めて会った日からずっと好きでした! 俺と結婚を前提に付き合ってください!」

「あの、これは……?」

「俺の想いを綴った恋文です!」

 つうかその場で熱く告白したのだった。
 そもそもラブレター意味ねーだろーが!

「一生君を大切にします。二人で幸せな時間を過ごそう。そして子供もわんさか産んでくれ」

 いきなり結婚前提で切り込んだバカは明るい家族系を語りだす。

 なおこの男、彼女が転校してきてからの三日間、ラブレター作成に人生のほぼ全リソースぶっ込んでいた。
 そのため彼女とは学校内で一言も口を利いてない。
 ツインテ少女にとっては、まだ初日にぶつかってパンツ見られただけの相手だった。

「あったかい家庭を築こうぜ!」

 ここでいい笑顔。かーらーの、サムズアップ。
 札束だったらとても嬉しい厚さ、現実の中身はラブ束というアタックも忘れてはいけない。

「うぇ……ひっく……」

 あまりの展開にツインテ少女はその場で泣き出してしまった。
 もちろん嬉し涙なわけがない。

 恥ずかしさと恐さと気持ち悪さで感極まった、パニックのガチ泣きである。
 どう見ても堂々としたストーカーだもんなー。

「バカァ! 最低!」

 加えて勢いでビンタも見舞った。

「あ痛てえ!」

 平手を顔面にもらったカイトは体をひねるように僕の机近くへとぶっ飛んできた。
 仕方ないからはた迷惑な友人に、慰めの言葉くらいかけてあげよう。

「おお勇者よ、失恋してしまうとは情けない」

「何でだー!?」

 いや、わかれよバカ野郎。
 クラスの女子達はツインテ少女を慰め、バカを引き離すために彼女を囲む。

 燃え盛るような熱い恋心はその場で爆破四散した。
 カイトにとっては痛い失恋の物語である。

 そしてツインテ少女とカイト当人以外にとっては、いつもの光景だった。

 カイトが神に愛され手にしたチートスキルは二つある。
 その一つが、世界中の美少女達と運命的な出会いを果たす超恋愛体質だった。
 彼はただ普通に生きているだけで、美少女ばかりにフラグが立つ。
 これがチートでなくてなんだというのか。

 そして彼はその度に端からフラグを折っていく。
 純情な愛故真剣に闘い、愛の方向音痴故に敗れる。

 彼の心は暑苦しく燃え盛るが、とてもピュアで繊細だった。
 なんせ恋に敗れる度に、ショックで数日は家に引きこもる。
 彼を説得して登校させるのは、何故か友達である僕の役目として押し付けられていた。めんどくさい。

 そして失恋から五日後、彼はいつもの意気揚々とした態度で鼻息荒く、僕の座る席へとやってきた。

「なあ、カイン聞いてくれ!」

「なんだい、アベル?」

「俺は今日、とある女子に奇跡の絆を感じたんだ!」

 そしてこれが彼のもう一つのチートスキル。
 マジで懲りない諦めない。