鴉との追いかけっこした次の朝。昨日もいつもと変わらない日常の中にいただろう円が、やっぱりいつもと変わらないように俺を起こしに来た。
 ただし、非日常の延長線にいる俺は、いつも通りとは行かない。

「たっ君、朝だよーって、ありゃ? ちゃんと起きてるなんて珍しいね」

 円はそう言いながら、学生服姿の俺を珍獣でも発見したかのように見つめている。

「たまにはな」

 昨日は色々あったんだよ、とは心の中だけで呟いておく。円は不思議そうな顔をしてはいるが、それ以上の言及が無かったのは幸いだろう。

「それじゃ朝御飯できてるから一緒に食べよ!」
「ああ」

 どうやら、理由よりも俺が起こされる前に起きていたことが嬉しいらしい。はしゃぐように腕へと抱きつかれ、そのまま朝食が待つテーブルまで連行された。
 時折テレビのニュースを観ながら、のんびりと二人で朝食を摂る。

 今報道されているのは、先月あたりからこの鳴海市を騒がせている連続殺人事件だ。どうやら、昨日三人目の犠牲者が出たらしい。概ね週一のペースで鳴海市の人口が減っている。やっぱり、犯人はあいつじゃなかったか。

「怖いよねぇ。早く犯人捕まらないかな」
「そうだな。夜中に一人でうろつくんじゃないぞ」

 円が不安そうな面持ちで、テレビを観ている。こいつは面白半分で不必要な危険に自分から飛び込むようなタイプじゃないが、一応念を押しておく。こっちとしては、これ以上の厄介事の追加はご遠慮願いたい。

「うん。どうしてもな時は、たっ君が一緒にうろついてくれるし」
「俺を危険に巻き込むな。やるなら一人でうろつけ」
「むぅ、二枚舌~」

 円が責めるようにこちらを見ている。視線を向けられている当事者は、素知らぬ顔で味噌汁を啜っているが。
 ただでさえ散々痛い思いをしながら鴉と追いかけっこしたのに、次は殺人鬼となんてお話にならないよ。

「ねぇ、もし私が本当に誰かに殺されそうになったら、その時は私のこと助けてくれる?」

 円が、かなり真剣な表情でそう問いかけてきた。急激に空気変わりすぎだろ、お前。こいつは今の会話で、何をそんなに思い詰めてるんだ? これだから女子ってやつは……。
 俺は軽く溜息をついて円に視線を合わせる。

「不良だろうが殺人鬼だろうが、目の前で円が襲われてるの無視できるほど、俺達の関係は浅くない。そうだろ?」
「うん!」

 俺の答えを聞くと、さっきまでの今にも泣きそうな表情が嘘の様に笑顔に変わった。
 早起きの原因はともかくとして、たまにはこんな朝もいいかっと円の笑顔を見るとそう思える。明日は絶対起きないけどな。

          ●

 アースラでの治療の後、俺は意外な程すんなりと家に帰された。
 理由はアースラ艦長さんの計らいで、事件に巻き込まれた俺への配慮だ。魔法や今までの説明と事情聴取は時間がかかるため、一度落ち着いて明日改めて話しをすることになった。リストカットイベントが、ここでは良い方向に転がったようだ。

「カツ丼は出ませんか」
「出ません」

 てなわけで俺は学校終了後、連日のアースラ訪問となった。真正面にはフェイトちゃんと、艦長さんが座っている。

 狭い部屋にすぐ怒鳴る刑事さんと向かい合って、電気スタンドの光を目に直射されたり、故郷の母さんが泣いてるぞとか言われると思ってたのに……って何で扱い犯人なんだよ、我が妄想。

 せめてものカツ丼要求も、今しがたフェイトちゃんに却下された。しかも二人にめっさ怪訝顔されてる。彼女達に日本文化である、刑事ドラマのお約束は理解してもらえなかったらしい。

 その代わりだろうか、緑茶と羊羹を出された。艦長さんはお茶に角砂糖放り込み、美味しそうに飲んでいる。
 アメリカで日本のお茶に砂糖や甘味料ぶち込んで飲む店があるのは知っているが、実際に見るとどうしても抵抗があるものだ。人生の半分くらいは日本外どころか地球外で暮らしていたけど、人生観の基本は日本で築かれた俺には邪道以外の何者でもない。

 俺の方には糖分が投入されていないのが、せめてもの救いだ。
 だが、それより問題なことがある。何で事情聴取が事も有ろうに艦長直々なのさ! 厳つい刑事よりむしろ恐いわ!

 それに部屋の内装も何故か和室だ。正直日本でもここまで様式美に染まりまくった和室は見たこと無いのだけど……。盆栽やししおどしまで置いてある。ししおどしは本来畑を荒らす鳥などを撃退する案山子的存在だから、これは根本的に間違っているぞ。
 入ったことはないけど、茶道部の部室とかこんな感じなんだろうなと、勝手に差別的な想像をしておいた。

「昨日も少しだけお話したときに名乗りましたけど、慌しかったのでもう一度名乗らせていただきますね」

 自分用に淹れたお茶で喉を潤してから、艦長さんは話し始める。そこに緊張感は感じられないため、人当たりの良いお姉さんといった感じだ。

「私は時空管理局巡航L級八番艦アースラの艦長を勤めさせていただいています、時空管理局提督リンディ・ハラオウンです。以後、お見知りおきを」
「暁拓馬です。ええと、しがない高校生ですが本日はよろしくお願いします」

 てんぱった少年のように、こっちも改めて自己紹介をする。色々とズレているのは仕様だ。この際だから、聞かれたらカツ丼要求もてんぱったことにしてやれ。

「ふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。取って食べたりはしないから」
 メガネは取って食われたのだろうか?
 昨日散々桜色に炙られていたし案外美味しいかもしれない。食べたいとは思わないが。つい、某腋巫女弾幕ゲームの食いしん坊幽霊と鳥妖怪が思い浮かぶ。“あいつら”がいればきっと末期扱いされてるなぁ。

 ネタはさておき、こっからが俺が平穏に帰るための戦いのスタートだ。リンディ・ハラオウンといえば、管理局の中でも超やり手提督として有名な人だった。下手すると隠してる尻尾を発見され握られかねない。
 今なのはちゃんやフェイトちゃんが安穏と地球で魔導士やれているのも、この人の手練手管があってこそである。格上相手にも程があるが、それでも逃げるという選択肢は初めから用意されていない。

「実は、なのはさんに初めて管理局の説明をした場所もここだったのよ。あの時はなのはさんも今の拓馬さんみたいに緊張してたわ。もう一年以上も経つのねぇ」

 リンディさんは懐かしむように呟いた。そりゃこんな魔法と縁の限りなく薄い世界に事件が多発すりゃ、色々と思うところもあるだろう。なのに、どうしてだ? リンディさんの言葉に、どこか違和感を感じた。
 何なのだろうか、自然なのに不自然。まるでこの部屋みたいに……。

「はぁ。それであの、始める前に少し質問なんですけど」
「はい、なんでしょう? 遠慮句無く聞いてください」

 違和感の正体を掴めない、なら一時保留しておくことにした。そればかりにかまけてる暇はない。

「あのハラオウンってフェイトちゃんと同じ苗字ですよね? ってことは」
「はい、フェイトさんは私の自慢の娘です」
「え!? あの、母さ、リンディ艦長!」

 二人が義理の親子であることは知っている、これは会話に違和感を残さないための質問だ。親馬鹿が発動されるのは予想外だったけどさ。艦長ってだけ以外にも、色々やりにくそうな相手だなぁ。
 それにしても子持ちにしたって若々しいお母さんにしか見えない。それでもここで艦長をやっている以上それなりの年齢なはずだ。幾つなのかさっぱりわからんぞ。

 あ、顔真っ赤にして照れるフェイトちゃんテラカワユス。

「あら、私は本当のことを言っただけよ? 私達の関係は今日のお話にも関わることなので追々お話します。まずは私達の世界のことから詳しく説明しようかしら。フェイトさん、お願いできる?」
「はい、わかりました」

 フェイトちゃんによる、次元世界の説明が始まった。それはやがて時空管理局のことにシフトしていく。
 そしてなのはちゃんやフェイトちゃん、まだ見ぬ八神(やがみ)はやてと言う少女達も直接関わることとなった、過去この町に起きた事件の話へ。

 それを聞いた俺は、驚いたり考えたりする風を装い、時折質問する。元々俺は疑われていないのだから、あからさまに変な反応しない限り注意が向くことは無い。
 心に残った違和感は話が進むにつれ益々増大していくが、ここまでは何の問題も無かった。ここまでは、だ。

「それでは他に質問はありませんか?」
「はい、ありません」

 今の俺とフェイトちゃんの口調は、昨日みたいにフレンドリーなものではなく、事務的なものに近い。
 それでも、言葉の節々に異世界の話に動揺してると思われる俺を気遣ってくれる優しさが感じられるのは、きっと気のせいではないだろう。

「それでは次は昨日の出来事についての説明になります」
「待って、フェイトさん。ここからは私が説明しますから」

 ここにきて説明者の交代だって? 今までも補足や質問の回答の一部で口を挟んではきたが、リンディさんが直接的に説明をするのはこれが始めてだ。こっちとしては、フェイトちゃんが相手よりリスクが高い相手なのだから、あまり喜ばしいことじゃない。

「今、鳴海市で起きている連続殺人事件についてはご存知ですか?」
「はい。毎日ニュースで流れてますから、何と言うか、嫌でも」
「結論から言うと、この事件の犯人は魔導士である可能性が高いことが判明しました」

 今の流れなら、ここは誰でも簡単に想像付くだろうから特に俺の反応は見せない。リンディさんもそのまま話を続ける。

「それで、通常管理局は管理外世界の事件には手を出しません。ですが今回は魔法に関わる事件につき、現地の治安維持機関――つまり日本の警察とは別に事件の捜査を行っています」

 ホントは情報的にも効率的にもお互い協力した方がいいんだろうけど、まぁ不可能だろう。地球にある他の組織と連携がとれない。当然ではあるが、ここが管理局という組織の弱みだ。

「具体的には何名かうちの局員に町を見回りさせて、魔力が検知された場合至急そこに駆けつけるという手筈になっています」

 なんとまあ、地道な手をとっているもんだ。逆に言えば他に方法がないということか。
 大まかな流れが掴めてきたので、自分に関する答えを求めてみるとしよう。

「ということは、見回りをしてたら俺が襲われてる所に巡り合ったということですか?」
「ええそうです。昨日魔力が検知され、なのはさんとフェイトさんに現場に向かってもらいました」
「現場に転送されて魔力源を追跡していると悲鳴が聞こえてきて、向かってみると拓馬さんが鴉に襲われていたんです」

 リンディさんの言葉に、フェイトちゃんが実際の現場の話を補足した。これで二人の登場がやたらと早かったことに納得がいく。

「ちょっと運命的とか思ってましたけど、こう聞いてみると助けられるべくして助けられたって感じですね」
「それは少し楽観過ぎますよ。二人が来るのがもう少し遅かったら、拓馬さんはどうなっていたか分からなかったのですから」

 俺の言葉の危機感が薄かったためか、リンディさんは苦言を呈した。こっちだけ有益な話を全く漏らさないのは、逆に怪しまれるかもしれない。そう考えて、あえてここで否定意見を出す。

「うーん、でも二人が来なくても殺されることは無かったと思います」
「何故、そう思えるのですか?」

 二人は予想外の発言に少し面食らっているようで、リンディさんが理由を追求してくる。

「だって、結局彼はリンディ提督達が追っている犯人じゃなかったんですよね」

 さっきは助けられるべくしてと言ったが、実際には助けるはずだったが助けられなかった人間がいる。それこそが管理局の追っている事件の本筋であり、今朝のニュースでも報道された三人目の被害者だ。

「確かにあの日、拓馬さん以外にもう一人襲われ命を失ってしまった人がいます。ですが拓馬さんを襲った人も、悪質な魔導師であったことには変わりありません」
「彼、えーっとぉ」
「野矢正樹です」

 メガネの名前がどうあがいても出てこず悩んでたところに、フェイトちゃんの優しき手が差し伸べられた。痒いところに手が届く美少女さんだよ。

「ああそう、それそれ。その野矢はこの殺人事件と関わりがあったんですか?」
「本人は先の二件の殺人を否定しています。実際彼を逮捕後も殺人が起きているし、彼が犯人である可能性は低いと言わざるえないわ。けどまだ断定できたわけではありません。それに、あまりにタイミングが重なりすぎている。私達は殺人だけではなく、何らかの繋がりがあるものと考えています」

 リンディさんの言うことはもっともだ。なんせ地球出身の魔導師は、それ自体が激レアなのだから。おまけにあのメガネは、自身があれだけ無能も関わらず、やたらと高度な魔法を使用していた。
 恐らくは疑似生命だろうが、羽から鴉を作り出す。これはもう召喚魔法ですらない。それでもあえて名を付けるならば、創生魔法と言ったところか。

 レアスキルの可能性が一番高いが、それにしたってこのタイミングで暴れるなんて出来過ぎている感はある。この魔法についても気になるところだが、今の状況じゃあまりがっつく事はできない。

「それじゃあ、鴉のお化けの噂は知っていますか?」
「お化け?」
「夜人気の無い廃ビルに、この世のものとは思えないおぞましい鴉の化け物に襲われるって噂が、俺の学校に流れてるんですよ。あくまで噂ですけどね」

 いつだったかは憶えてないが、円から聞いた話だ。俺は襲われるまで忘れてたけどな。自分に直接関わらないことはすぐ忘れるのは悪い癖だと、円によく怒られるだけはある。

「そのお化けが、拓馬さんを襲ったあの鴉だと?」
「日本には、火の無いところに煙は立たないという、素晴らしい諺があります」

 鴉に襲われた人間が殺されているなら、そもそも噂なんて成り立たない。噂が真実ならば、誰かが生き残っているはずなのだから。

「根も葉もない噂っていう諺もありますよ。この前学校で習いました」

 フェイトちゃんがまさかのタイミングで割り込んできた。何故かちょっとだけ得意げだ。この子、さては国語苦手だな。

「それは事実無根と言う意味だよ。今回は鴉と廃ビルという根拠が二つもあるので成り立ちません」
「うぅ」

 あ、凹んだ。罪悪感とちょっと俯くだけでも発生する愛らしさが俺の中でせめぎ合う。どっちにしても頭撫でたいなぁ。

「でも、よく勉強してるね」
「……いいんです、気にしないでください」

 せめぎ合いの結果、フォローすると言う選択肢が生まれたので実行してみた。しかし効果はいまひとつのようだ。
 えーと、とりあえず続きを話すことにしよう。

「それになにより、殺す気満々なら俺を人質にして脅したとき、ゲームを撃たず俺の腕なり足を撃ったと思いますから」

 あいつと会話した俺だからわかる。あんなゆとり教育の弊害から生まれたようなクソ餓鬼に、人を殺す覚悟は無い。
 あれはそのまま、手に入れた力の万能感に溺れて暴れいたガキだ。ああいう一握りのクソ野郎のせいで、今の学生はとか言われるのはご勘弁願いたいもんである。

「頭の回転が速いんですね。でも、それを過信してしまうといつか痛い目を見ますよ」
「その台詞は生まれて初めて言われましたが、肝に銘じておきます」

 学校の成績だって下から数えた方が早い。しかも魔導師の素養としては重要な理系の方が苦手だし。
 気持ちの良いくらい魔導師に向いてない人間だよなと、自分でも思う。
 お次は昨日鴉に襲われ、フェイトちゃんとなのはちゃんに助けられるまでと、人質にとられている間の説明。ここは正直に話した。

「学校帰りにゲームを買いました。早く遊びたくていつもは通らない近道の廃ビルを使ったら、いきなり鴉に襲われました」

 これで虚偽の類は一切入ってないってのは、我ながら運が悪いにも程がある。
 そして不運は今を持って続行中だ。早く終わらせて、エロゲーでマウス連打でもしたい気分だ。
 馬鹿な妄想を打ち消しながら、次は人質になった辺りの話について。

「フェイトちゃんと一緒にいるところを奇襲されて、フェイトちゃんの指示に従い逃げました。しかし、すぐさま新しい鴉に襲われた上に野矢正樹が現れて、二人が野矢に呼び出された部屋に連行されました。二人と合流するまでは鴉で脅されることはありましたが、実際に発砲されたことは無かったです」

 チャレンジブルな会話シーンが若干省略されてはいるが、嘘はついていない。
 それを嘘吐きと言われれば、そこまでだけどな。

「それで、野矢正樹とは以前どこかでお会いしたことはありましたか?」
「いいえ、少なくとも俺は初対面でした」

 大筋の説明が終わってからは、細かい質問がいくつか続いた。
 しかし別段気にするような内容も無い。嘘つく理由も無いので全部正直に答えた。
 そもそも嘘とは吐きまくればいいというものではない。隠し味のようにタイミングと分量が大事なんだ。
 やがて、話すべき内容も尽き最後の質疑応答となった。

「それでは、最後に聞いておきたいことはありませんか?」

 最後の質問も、変わらずリンディさんが行っている。
 これで終わりと言うことは、向こうは切れるカードを切ったということ。ならば、こっちもそろそろこのお話し合いの“核心”に触れなければならない。

「そうですね、とても大事なことが一つあります」
「なんでしょうか?」

 リンディさんがとても興味深そうに聞いてくる。俺は、初めてお茶で喉を潤してから言葉を続けた。

「何故、俺を疑っているんですか?」