夕日が眩しい砂浜に、あたしは一人で腰を下ろす。
 潮風があたしの髪を優しく撫でて気持ちがいい。夕日が海に映って、あたしの友達と同じに色で輝いている。
 かき氷食べ放題という理由から、れいかと一緒に受けた海の家でのアルバイトは、予想外な展開の連続だった。
 隣の店ではよく知っている友達がお好み焼を焼いていて、気が付くと競争になっていた。
 結局どっちの方がお客さんが多かったはわからない。いや、きっとあたしの方が多かったはずだ。と、思う。
 勝負事は嫌いじゃない。競うのも、あの日を境に、少しずつ意識するようになっていた。
 今日のは、勝ちたい、というよりも負けたくない、だったけど。
 それにしても、あたしはどうしてあそこまで負けたくなかったのかな?
 それは自分でも思ったよりずっと強く感じていて、今考えると不思議なくらいだった。
 もし彼女が、サッカー部の誰かだったら、あたしはここまで競おうとしただろうか?
 そうやって自分に聞いてみると、返ってきた心は「どうだろう?」だった。
 どうだろう? そんなことはないんじゃないかな?
 負けたくないとは思ったろうけど、ここまで強く意識しなかった気はする。
 なんで、あたしはそこまで強く負けたくないと思ったんだろう。
 他の子達とあの子は、何が違うのかな。
 昔から友達はいた方だと思う。
 というか、昔は近所の子は男の子も女の子も関係なく、皆が友達だった。
 例外は一人だけ。れいかは、友達の中でも特別な子だった。
 それが少しだけ変わったのは、中学生になってからだったかな。
 サッカー部に入ったあたしは、頑張ってレギュラーになって、それからあたしを慕ってくれる子達が増えた。
 それはすごく嬉しい。あたしが頑張って、それを喜んでくれる人がたくさんいる。その人達の期待に応えたくて、あたしはもっと頑張ろうと思える。
 けど、いつしかどこかに線が引かれていた。
 それは誰かが引こうとしてできた線じゃない。
 あたしを期待してくれる人は、あたしの友達になろうとしたわけじゃなかった。
 あたしを想ってくれて、あたしを尊敬してくれる。その尊敬の気持ちが友達の線より前に引かれたんだと思う。
 あたしだって憧れるプロのサッカープレイヤーはいる。けど、その人に自分を知ってほしいとは思っても、友達になりたいとは考えられない。
 憧れられるというのは、きっとそういうことなんだと、あたしは自分で解釈している。
 実際、クラスメイトの友達ですら、運動という部分ではあたしはそういう目で見られているのはわかっていた。リレーの時がそうだったように。
 そうなっていた中で、あの子が、日野あかねが転校してきた。
 あかねは大阪から転校してけど、持ち前の明るさですぐに友達作っていって、それは純粋にすごいなと驚いた記憶がある。
 あたしじゃ、言葉の使い方すら大きく違う場所に転校したら、しばらくは慣れない生活に四苦八苦していたろう。
 それでも、当時はそこまでで、そんなにあかねを意識してはいなかった。
 それが明確に変わったのはわかってる。あたし達がプリキュアとなってからだ。
 あかねと遊ぶ時間は確実に増えている。けど、それはみゆきちゃんややよいちゃんだって同じ。それでも違うところがあるとすれば、あかねとあたしは動くことが好きなことで、あかねとあたしはきっと一番近い目線だということ。
 ああ、そっか。だから負けたくないんだ。
 プリキュアとして、友達として、同じ目線であたしと競ってくれる。
 あたしはあたしで、あかねはあかねだけど、あたし達は同じプリキュアだ。
 プリキュアだから負けたくない。
 違う。
 あかねが、あたしと同じ高さで、同じ方向を向いてくれるからだ。
 れいかはあたしを支えてくれるけど、あかねはあたしの隣を走ってくれる。
 プリキュアだから、友達だから、一緒の目線でずっと競い合いたい。
 だから、勝ち負けを意識するより先に、負けたくないって思うんだ。
「なんだ、そんなことだったんだ」
「何がそんなことなん?」
「え?」
 ようやく自分の心に答えが出た時に、後ろから声をかけられて思わず驚いて後ろを振り返る。
 そこに立っていたのは、ずっと考えていた相手そのものだった。
「あかね……」
「なんや、一人で黄昏てしもうて。なおが考えごとって珍しいこともあるもんやな」
「あたしだって、考えることくらいあるよ」
 まるでバカって言われたみたいだったので、少しムっとして返すと、そんなの気にしないであかねは快活に笑う。それに釣られてあたしも笑ってしまった。
 遠慮なくあかねもあたしの隣に座って、両足を伸ばす。
「で、何を考えてたん?」
「……秘密」
「なんやー、このあかねちゃんにも言えへんことかー?」
 あかねだから言えないんだよ。
 しかしそんなことを知らないあかねは、両手をわきわきさせてあたしに襲いかかってきた。主に、あたしの脇に。
「ちょっ! こら! あかね!」
「ほれほれ、はよ吐いて楽になりぃや!」
「あはははは! こんのぉ!」
 脇をくすぐられながら、あたしも同じくあかねをくすぐって反撃する。また終わりの見えない勝負の始まりだった。
「はぁ……はぁ……あかねがバカなことするから……」
「ぜぇ……ぜぇ……せやけど、うちの勝ちやな」
「いや、あたしの方が耐えてたから」
 お互い何分そうやってたかはわからないけど、疲れ切って、どちらともなく砂浜に倒れていた。それでも、にらみ合いながら、しっかり勝ちは主張する。
「あかん、今日はもうやめとこ」
「そうだね。流石に疲れたよ」
 勝負を切り上げたあたし達は、仰向けになって空を見上げた。
 茜色の空に、穏やかな風が流れて、ゆっくりと雲が流れる。体の力を抜いて、そんな景色を眺めていた。
「綺麗だね」
「せやな」
 ふと、お互いの目が視線が交差する。今度は睨むのではなくて、見つめ合った。
 あかねの瞳に映るあたし。あかねもまた、あたしの瞳に映るあたしを見ているんだろう。
 誰より負けたくない相手は、大切な相手で、あかねがいるからあたしは張り合える。あかねもきっと同じだ。
 そして、あたし達は知った。
 あたし一人の限界を。
 あかね一人の限界を。
 意地を張って挑むだけじゃなくて、力を合わせることが大事な時もある。
 それがプリキュアで、それがあたし達だった。
 お互い無言のままに手を伸ばす。
 触れ合った手は、自然に重なり、繋がれた。
 感じるものはプリキュアの力じゃなくて、あかね自身のぬくもり。
 夏の日差しとは違う暖かさ。
 あたしの考えごとを、あかねが聞いてくることはもうない。
 わざわざ言葉にする必要なんてなかった。
 張り合うからこそ、あたし達の思いは同じで、あたし達が得た答えも同じだから。
 あかねの言うとおり、考える必要なんてなかったな。確かに、あたしらしくなかったかもしれない。
 だって、このぬくもりが、そのままあたしの答えだから。
 あかねの瞳の中にいるあたしが笑っている。あたしが見つめるあかねも、やっぱり同じで。
 あかねの笑顔は、夕暮れの海よりもずっと輝いていた。