あたし、緑川なおには好きな人がいる。
 いつも一緒にいることが当たり前で、その当たり前の意味を理解した時、あたしは恋をしているのだと気が付いた。
 それは永遠に叶うことのない恋だけど、きっと普通には受け入れてもらえない気持ちだけど、それでもあたしはこの想いを胸に抱いて生きていく。
 そうすれば、きっとあたしは幸せだから――

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 サッカー部の練習や試合が終わると、よくあたしは後輩と見学している女子達に囲まれる。
 あたしのことを慕ってくれるのは嬉しい。それに彼女達の気持ちもわかる。
 けど時折この時間をもどかしく感じることがある。
 ああ、今日は間に合うかな。

 女の子達から解放されて部活が終わり、行き慣れた生徒会室に急ぐ。
 昔は生徒会室といえば堅苦しくて自分とは縁のないイメージだったのに、今は一秒でも早くそこに着きたくて仕方ない。
 今日は彼女が生徒会の用事で遅くなる日。急げば一緒に帰れるかもしれないからだ。
 しかし、あたしの目論見は予想しない形で崩れることになった。
「あれ、れいか……?」
「そんなに急いでどうしたの、なお?」
 部室から駆け足で校舎へと向かう途中のベンチに、彼女はいた。
 生徒会副会長にしてあたしの幼馴染、青木れいか。
 あたしが、世界中で誰より大好きな女の子。
 れいかはベンチに腰掛けて文庫本に目を落としていたけど、あたしを見つけると立ち上がり、二人の距離を縮めてきた。
「いやぁ、今日はれいかが生徒会で遅くなるって言ってたから、もしかしたら一緒に帰れるかなって」
 これは紛れもない本心なんだけど、れいかと二人で下校したくて必死だったのが丸わかりで、ちょっと気恥かしい。
「れいかこそ、こんな所でどうしたの?」
「わたしも、なおと一緒に下校したいなと思って、ここで待ってたの。まっすぐ正門に行くならここを通るし、部活にまで押しかけるのは邪魔になるかと思って」
「……そっか」
 素っ気ない返事とは裏腹に、二人の気持ちはちゃんと通い合っていたと感じて、自然と顔が綻んで笑顔になってしまう。
 れいかがあたしと同じ気持ちで待っていてくれたのが、何より嬉しかった。
「それじゃ、帰ろっか」
「そうね」
 あたし達は二人一緒に並んで校門へと向かい始めた。
 さっきまで急いでいたのとは対照的に、ゆっくりとしたペースでのんびりと歩く。
 れいかのペースに合わせているというのもあるけど、少しでも長くれいかと二人だけの時間を過ごしたかったから。
 あたしを慕ってくれる子達も同じ気持ちでいるんだろうなと思うと、どうしてもあの子達を無遠慮には扱えない。
 プリキュアになってからは五人で過ごす時間が多くなったから、れいかと二人きりで下校するのは久しぶりだった。
 みゆきちゃん達と一緒に過ごす時間はすごく楽しくて、あたし達は最高のチームになれると思ってる。
 だけどれいかと二人きりで過ごす時間はそれらともまた違う、心から安らげる特別な一時だった。

 あたし達は幼馴染で、きっと誰より多くの時間を遊んだ無二の親友だ。
 あたしはれいかのことをよく知っていて、れいかもあたしのことを一番理解してくれる。
 実はあたしが大の虫嫌いだったり、可愛い物が大好きなこと。
 今でこそ、あたしは誰の前でも可愛い物は素直に可愛いと言えるようになったけど、そのきっかけを作ってくれたのは誰でもないれいかだった。
 あたしはあんまり女の子らしくないし、あたしを慕ってくれる子達は格好いいあたし(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)を求めている。自分の可愛い物好きの一面を彼女達に見せるのはなんだか申し訳ない気持ちになってしまう。
 だからできるだけそういうのは表に出さないようにしていたんだけど、そのことをれいかに話した時、珍しくれいかは少し怒った様子であたしに言った。
 ――可愛い物を見たら可愛いと思うのは変なことなんかじゃないわ。なおは女の子なんだからそれが普通なのよ。
 無理して自分を隠さなくて良いんだと、れいかはそうも言ってくれた。
 れいかがそう言ってくれて、あたしは少し変われたんだ。
 けれど、わたしは今も自分の気持ちを隠してれいかと一緒にいる。
 だって女の子が女の子を好きになるのは普通(・ ・)じゃないから。
 あたしはれいかのことが好き。きっとれいかもあたしのことを好きだと思ってくれている。
 大切な絆で、だけどわたしとなおが感じてる好きの意味は違う。
 この好き(・ ・)をれいかに伝えれば、きっとあたし達の関係は大きく変わってしまう。たぶん、バッドエンドの方向に。
「どうしたのなお?」
 気が付くとあたしの足は止まっていた。心配そうにれいかがあたしの顔を覗き込んでいる。
 いけない、あたしらしくもなく考えごとをし過ぎた。
「ええっと、やっぱりれいかは可愛いなって」
「え?」
 焦って言い訳しようとして、つい本音がこぼれてしまった。嘘をつくのは苦手なのはわかっているのに、あたしは何をやっているのだろう。
 れいかはびっくりしたような顔をして、そのままうつむいてしまう。
 どうしよう、れいかにあたしの気持ちがバレちゃった? さっきとは違う焦りでどうしていいかわからなくなる。
「もう、なおがいきなり変なこと言うから、少し驚いちゃった」
 声をかけるべきかどうか一人であたふたしていると、れいかがさっきまでと同じ笑顔をまたあたしに向けた。
 だって、れいかが自分の気持に素直になれって……という言葉は必死に抑えこんで、ゴメンゴメンと頭をかいてごまかす。
「可愛いのはなおの方よ……」
「れいか、何か言った?」
「ううん、何でもないわ」
 今れいかが小声で何か言ったような気がしたけど、よく聞き取れなかった。れいかも気にしないでというので、そのままさっきの言葉ごと流してしまおう。
「さ、行こう行こう」
「ええ、そうしましょう」
 誰より近くて限りなく遠いれいか。
 あたしは、れいかのそばにいられることが、何より幸せだ。
 けれど、いつかこの幸せが終わってしまう日が来るのはわかっている。
 それは中学校を卒業したらかもしれないし、れいかにあたしとは違う好き(・ ・)な人ができた時かもしれない。
 けど、そんないつかはまだ先だ。
 なら、あたしはこの今を大事にしよう。
 今ここにいるれいかを大切にしよう。
 未来がどうなるかわからないなら、今日という日をハッピーエンドで終わらせる。
 あたしは真っ直ぐに自分の想いを貫く。
 あたし達はどちらともなく手を繋いで、また歩き出した。
 大切な想いは、全てこの手のひらに込めて。