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 長い黒髪に漆黒のマントと陰湿さを漂わせる暗い顔付きの男、ミスタ・ギトーは教室の中でも生徒達からの人気は取り分け低い男である。

「全員揃っているな。では授業を始める。君らも知っての通り、私の二つ名は『疾風』。疾風のギトーと呼ばれている」

 それは彼生来の陰湿な性分と、そのくせ人一倍強いプライドが起因していた。
 最初の自己紹介と地続きで投げられた質問からもありありと伝わってくる。

「最強の系統とは何か、知っているかねミス・ツェルプストー」

 つまらない男だとキュルケは内心で嘆息した。
 大方プライドの高いキュルケなら火だと答えると思っているのだろう。
 ギトーの目的は彼女を挑発して自分との力の差を見せつけて風属性の優位性を示すことだ。文字通り、話の火種にしようと企んでいる。
 確かに、自分は誰より特別だと思っていたかつてなら、そう答えただろうと思う。

 しかし禊と関わったキュルケは、嫌というほど自分の弱さを知った。
 自分と並び立つ力量だと思っていた風の使い手タバサは、戦術面でキュルケを大きく上回っていた。

 しかもそのタバサが戦略を立てて二人がかりで挑んだ禊との戦いでは、あえなく螺旋伏せられて挙げ句には殺されかけている。
 フーケのゴーレムを相手にした時も、ひたすら逃げ回り禊の助けなしでは撃退できなかった。

 わたしは強い。そういう自負は今もある。
 だが上には上がいるし、下にも上がいた。
 ギトーは風のスクエアだ。同じトライアングルですらフーケのように勝てない相手がいるのだから、ランクの差はそのままメイジとして埋められない差となる。

 勝てない相手に退くことは恥ではない。
 そして勝てない相手であっても倒す方法を、弱さが強さの上に立つ戦略を、彼女は学んだ

「最強の系統を一つ選ぶならば虚無ですわ」

「伝説の話ではなく、私は現実的な解答を聞いているんだ」

「いいえ、だって虚無は実在しますもの」

「何……?」

 ギトーの怪訝顔にキュルケは口角をあげる。上手く乗ってきた証拠だ。

「メイジではありませんが、この教師の生徒に虚無はいますわ。ねぇ、生徒会長?」

 生徒会長という一言だけで、教室が一瞬ざわつき緊迫する。その意味するところをわかっているギトーの表情も険しくなった。
 ギトーはギーシュと禊の決闘をその目で見た教師の一人であり、まさに虚無と呼ぶに相応しい禊の過負荷(マイナス)を知っている。

『虚無だなんて! そんなまさしく生きた伝説が、いったい何処にいるんだい、キュルケ会計!?』

 空気読みなさいよ!
 まぁいい、元々コントロールできるような者じゃない。

 しかし偉そうなギトー相手にし、何もせずにいられないのもまた彼だ。

「さぁ、ミスタ・ギトー。どうなされますの?」

 問いかけた意図を理解できないほど愚鈍ではないだろうと、今度はキュルケが相手を挑発した。
 元々、火のトライアングルと風のスクエアで系統を比較しようというのがおかしな話であり、キュルケはそれを逆に利用してやったのだ。

「ぐぬ……」

 虚無が最強と認めれば、ギトーは禊に負けを認めたということになる。それは彼の安いプライドが認めない。
 ならば標的を禊へと変えるか? それも難しい。
 ギトーが止める立場にありながら、決闘の途中で逃げ出した姿をキュルケは見ていた。

「構えたまえ、平民!」

 ギトーが低い声で怒鳴りつけ禊に命令した。己のプライドと禊への恐怖がない交ぜになっている焦りが滲み出ている。

『ん? これでいいですか?』

 禊が螺旋を手にして構えた途端、ギトーはエアハンマーを詠唱して叩きつけるよう放つ。
 それに対して禊は――

『ぎゃあっ!』

 準備も防御もないまま風の塊が直撃した。
 吹っ飛ばされた禊は後列の机に次々と身体を打ち付けていく。そのまま壁に叩きつけられて落下し、ようやく停止した。

「はは……どうだね、私は風のスクエア。風の前には火も土も水も立つことさえできない」

 派手に吹き飛んだため周りの生徒からはいい迷惑だが、プレッシャーからの解放と勝利の興奮からそんなことすら頭から消えているらしい。

「その通り、敵ではありませんでしたわね」

「そうだろう。決まっている。こんな虚仮脅しの虚無などこの『疾風』のギトーの敵ではないのだ」

「ええ、だからそう申しているではありませんか。禊はあなたの『敵』ではなく『生徒』ですわ」

「なんだと……?」

 勝負は完全にギトーの勝利であるが、キュルケには全く悔しがる様子はない。
 そして、倒された禊の様子を恐る恐る確認したマルコリヌが声を上げた。

「おい、この平民頭から血を流して倒れてるぞ! それに砕けた机の破片が体に深く刺さってる!」

 それを聞いた生徒達がざわざわと騒ぎ始めた。何人かが禊の様子を確認して、回復魔法をかけ出している者までいる。

「ミスタ・ギトー、これは大問題ですよ」

 ギーシュが自分の椅子に座ったまま、肩をすくめて呆れたように言った。

「何を言う。挑発してきたのは平民からだ」

「禊は挑発なんてしてませんよ。もちろんミス・ツェルプストーもだ。ねぇ?」

「ええ、わたしは生徒としてミスタ・ギトーからの質問に答えただけですわ」

「そ、そんな馬鹿な! 武器も構えさせただろう!」

 ようやく事態を理解し始めたギトーは狼狽えて必死に自分以外へと責任転嫁を始めた。だがもう全てが遅い。

「ええそうですわ。禊は教師の命令だから構えただけ(・ ・ ・ ・ ・)。その証拠に攻撃されるまで一切抵抗しませんでしたもの。オールド・オスマンとの約束もあるので当然ですわね」

「な……な……!」

 その通り、ギトーは焦っていて少しでも勝負を自分有利に進ませるため、構えろとしか言っていない。
 禊がそれで自分の置かれた状況を察したと思い込んでいたのだ。

「それにミソギは平民ですが、学院内での彼は最低限の貴族として扱うべしという規則をオールド・オスマンが作られましたわ」

 この情報は既に全生徒と全教師に徹底して周知されている事柄だ。知りませんでしたでは済まされない。

「平民と貴族の不当な差別もさることながら、無防備な学園の生徒を魔法で攻撃しあまつさえ殺しかけていることを、僕は生徒会としてオールド・オスマンに報告せねばなりませんね」

 見る見るうちにギトーの蒼白い顔色の青みだけが増していく。
 生徒に危害を加えたことも大問題だが、それ以上に彼は学院長が目をかけている特別な存在だった。しかもこのままだと全面的にこちらが悪として扱われることになる。

「何故そうなるのだ。私はただ……」

「……死ぬかも」

 トドメと言わんばかりに回復をかけている一人であるタバサが、ギトーを見てポツリと呟いた。

「冗談ではないぞ!」

 むしろ冗談じゃすまないのは自分であり、冷や汗を流しながら禊へと駆け寄っていく。
 そこには皆が言うように白目を剥いた瀕死のミソギがあった。

「くそっ! なんとかならんのか」

「最強の系統で治癒して差し上げれば良いではなくて、ミスタ・ギトー?」

「貴様……。最初からこのために私を誘導したな!」

「あらそんな、酷い冤罪ですわ。何の証拠があって仰っているのでしょう?」

 まさにその通りなのだが、その場の空気だけで実行された作戦のため証拠なんてあるわけもない。それぞれが勝手に判断して起こしたのだ。
 大嘘憑き(オールフィクション)ものと思っていたが、吹っ飛んだのは禊なのでキュルケの心も傷まない。
 もはや理屈もクソもなくギトーがキュルケへ掴みかかろうとした時、二人の間にルイズが割って入った。

「ミスタ・ギトー。ミソギはわたしの使い魔です」

「あ、ああ……」

「ミソギが死ねば、その時の代償はどう払ってくださるのでしょう」

「そ、それはなんと言えばいいのか……大変申し訳ないことをした」

 彼の態度はもうしどろもどろだった。ヴァリエールとはトリステイン有数の侯爵家である。そんなルイズの使い魔であり学院長オールド・オスマンが特別視する生徒。
 過失であるとはいえ、そんな者を自分の手で殺してしまったとなったら教師どころか貴族として社会から抹殺されかねない。

「は、早くミスタ・クマガワを医務室にお連れしろ! 治療にかかる秘薬代は全て私が出す!」

「本当に反省していますか、ミスタ・ギトー?」

「もちろんだとも……!」

「ですって、ミソギ」

 で、どうするの? という視線をルイズが倒れたままの禊に向ける。
 その途端、血塗れの禊がむくりと起きあがった。
 そうして上半身だけを起こして左右を見回して禊が言う。

『信じられないな、優等生のルイズちゃんが先生を脅して学級崩壊させるなんて』

「崩壊させたのはあんたでしょ!」

「な……な……なぁ!?」

 これにはギトーどころか周りの生徒すら驚愕に包まれた。
 またもギーシュとの決闘で発揮された謎の力が発現されたのだ。中には決闘を見ていないので今日初めて禊の過負荷(マイナス)を目の当たりにする生徒も少なからずいる。
 そんな周囲の動揺は禊からすればむしろ好物だ。

『皆、勝手に席を立ったら駄目じゃないか。授業中だよ?』

 たった今死にかけているのに、何を言っているのだろう、こいつは。
 ただでさえ普段から禊の気持ち悪さを近くから感じていた彼らは、それが具現化したような現象に名状しがたい恐怖を感じた。

「これはなにごとですかな?」

 新たにかかった声が僅かに教室の者達を現実に引き戻す。教壇側の扉から現れたコルベールだった。
 恐らくはここが禊のいるクラスであろうことに気付いている彼は、いつものどこか抜けた温和さではなく、鋭く剣呑な雰囲気を纏わせている。

「これは……そのだな」

 立場の弱さかコルベールの突き刺す視線からか、ギトーは目を泳がせ返答に詰まった。
 禊の大嘘憑き(オールフィクション)で一緒に戻されてこそいるが、制約のある今の禊で教室が小破する事態にまで発展するとは思ってなかったキュルケも、彼が現れてからはどこかばつが悪そうにしている。

『スパルタ教師のギトー先生が、魔法の勉強が遅れている新入生の僕に特別指導をしてくださったんですよ』

 微妙な空気の中で一人だけいつもの笑顔を崩さぬ禊が、誰一人としてそんな解釈のできるわけない言い訳を堂々と放った。

「……そうですか。ミスタ・ギトーあなたの才能は理解しておりますが、あまり無茶はしないようお願いしますぞ」

「そうだな……。うむ、私も少しばかりやりすぎたようだ。ご忠告傷み入る」

 どこか尊大でこそあるが、皮肉や反論の一つもなし自分の非を認めるなど普段のギトーからは考えられない行為だった。
 キュルケからは、コルベールがギトーに対して喧嘩を売るなら相手を考えろ。と言ってるように見えた。

『ところでコルベール先生、そのおもしろおかしい頭は何ですか?』

 こんな空気でなければ他の誰かがツッコンでいただろう、まるで古い音楽家を彷彿とさせるカツラに禊が指さして質問する。

「おもしろおかしいとは何言うか! おっといけない、こんなことをしている場合ではありませんぞ」

 指摘された気恥ずかしさか、元々バランスが悪いのか一度頭を押さえてコルベールは続ける。

「今日の授業は全て中止ですぞ。これから姫様が学園へお越しになられます」

「そんな! だって姫様来場は明日の予定じゃなかったの?」

「そうですわ。まだ決済中の申請書も何枚か残っていたはず」

 他の生徒達には青天の霹靂であるが、生徒会のメンバーは、これらの業務に追われていたおかげでずっと慌ただしく働き回っていたのだ。

「急に予定が速まり今日になったのです。必要最低限の準備は私とオールド・オスマンで急ぎ済ませました」

「つまり僕達のやっていた今朝までの大半は無駄になったと」

「…………職務怠慢」

 まさしく避難囂々である。タバサですら、朝食の恨みを込めたジト目をコルベールに送っていた。

「前倒しは昨日の夜決まったことで私達もかなり慌ててたのですぞ!?」

 生徒会のメンバーはコルベールが真面目で誠実な教師だと理解しているが、それはそれでこれはこれ。理解と納得は別物なのだ。
 兎にも角にも禊が何もせずとも本日の授業は無かったこととなり、大急ぎでこれからやって来る姫様を出迎える準備にかかることになった。

 無論、生徒会の面々は姫様来場まであらゆる雑務を教師達から与えられる。
 これらが特に、庶務であるルイズの体力と精神をすり減らすことになったのは言うまでもない。

 余談だがギトーの失態はギーシュによってしっかりとリークされ、オスマン学院長にこってりと絞られた。
 その後、禊のいる教室でのみ彼は授業中に大口を叩かなくなったという。
 それが善いことなのか悪いことなのか。それは見る者達の目によって変わってくるだろう。
 けれども、クラスメイトと教師達に禊の危険性を知らしめるという意味では、十分過ぎる結果を残した。

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