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 フーケは場末の酒場で一杯やっていた己の油断を恥じた。

 ガヤガヤと酒を帯びた男達の騒ぎ声がやかましい。こんな場所に若い女が一人呑みなぞしていると、酌をさせあわよくばそのまま宿に連れ込もうとする輩がよく現れる。

 彼女は既に二人ほどそれをあしらった後だった。

 なので、今テーブルに腰掛けている相手は三人目、正確には三組目になる。

 仮面を被り素顔の見えない男と暗い双眸をした黒髪の男の二人組だった。

 この二人は他の者達は明らかに違った雰囲気で、フーケの元に現れた。

 そして単刀直入に彼女の名を呼んだ。マチルダ・サウスゴーダと。

 その名前はそのまま彼女にとってのウィークポイントになる。

 当然ながら、この二人は知っていて交渉の冒頭からそのカードを切ったのだ。

 そう、これは交渉であり商談だった。

「ふうん、あたしがトリステイン学院のガキ共とやりあったのも承知ってわけ」

「ああ、奴らに一杯食わされたことも含めてな」

「ふん、目的は達したよ。化かし合いはあたしの勝ちさ」

 馬鹿し合いならあの球磨川禊の一人勝ちだったが。

 心の中で毒付きながらフーケは二人の様子を探っている。

 どちらも数や情報力の優位による気の緩みはない。喧噪に包まれた居酒屋でこの一角だけ空気空気が張りつめている。

 特に先ほどから一言も喋らない黒髪の男からは尋常ならざる気配が漂ってきていた。

 下手な動きを見せれば即座に切り捨てられるだろう、そう思わせるだけの殺気だ。

 剣を携えてはいるが西洋のそれではない。細く長い鞘に収まっている。

 仮にあれを抜くより先に奇襲をかけたらどうだ? 否、恐らくはそれ以外にも武器を仕込んでいるだろう、幾つもの修羅場をくぐり抜けてきたフーケの勘がそう告げていた。

 こちらと話をしている仮面の男も相当の手練れなのは間違いない。こちらは物騒な会話をしつつも一つ一つの所作は丁寧だ。

 どこかの騎士団崩れで元貴族のメイジといったところか。

 わざわざ仮面なんて付けているあたり、お偉方の汚れ仕事を請け負っている位の低い貴族辺りかもしれない。

「で、わざわざか弱い女一人脅して目的はなんだい?」

 平和ボケしているトリステインなら、禊とさえ距離をとってしまえば安全に稼げると判断したのが致命的だった。

 トリステインからさっさと離れておけばこの二人に出会うこともなかったろう。

 内心で舌打ちしつつも、男達に向ける視線は余裕を持って笑みを浮かべているように見せている。

 マチルダの名前を出され、逃げることさえ叶わない相手二人を前にしているからこそ、駆られに嘗められるわけにはいかない。

「お前の力を借りたい」

「具体的には?」

「我々レコンキスタに加われ」

「レコンキスタって確か……エルフから聖地を奪還しようっていう連中が何のようかしら」

 また厄介なのとぶつかった。メイジが束になってかかっても勝てないエルフを相手に、本気で聖地奪還という夢物語を掲げる狂信者共じゃないか。

 そんな思考を察したのか男は付け加える。

「安心しろ、直接聖戦に加われと言うつもりはない。今のところはな」

「今のところ、ね」

「それじゃあ、私に何をしろと?」

「野党を雇い、お前に恥をかかせた貴族の娘を襲え」

 自分に来る依頼の種類など知れているが、中でもストレートでわかりやすいものがきた。

 恥をかかせたと言うのならば、一対一で戦い負けたあの小娘のことだろう。

「へぇ……」

 フーケは学院に通っているような子供達に敗北を喫した。学院に潜伏していた目的は果たしているし、相手は複数だったとは言えその道のプロとしてのプライドはいたく傷ついている。

 ――こちらの恨みを煽りにきたのね

 お前の狙いは察しているぞという相槌だった。

 またその思惑が全くの的外れであり、次の言葉を吟味し発するまでの間を繋ぐ相槌でもあった。

「まだガキとはいえメイジに使い魔も付いてるわ。それに仲間も中々の腕よ」

「所詮は子供とそこそこ腕の立つ従者一人だ。こちらも数を揃えられるだけの額は出す。その程度の伝手はあるだろう」

 やはり、だ。

 この男はルイズの使い魔、球磨川禊の実力を見誤っている。

 従者として勘定に入れているだけマシだが、これではせいぜいそこそこ強いメイジ殺しが一人程度の計算していない。

 球磨川禊を相手にしたいなら、傭兵なんぞではなく正規の軍隊でも連れてくるべきだ。

 それこそ、エルフを相手取る覚悟でないとあの過負荷(マイナス)は止められないだろう。

「嫌だと言ったら?」

 拒否を示した瞬間、黒髪の男が剣の柄に手をかけていた。その速度からかなりの手練れというのはわかる。

 ルイズ達の話が出ると男の殺気はさらに増していたが、今の返事でそれが爆発したような瞬発力だった。

「待て」

 仮面の男が先んじて黒髪を制した。黒髪の男は鋭い視線で仮面の男を睨んでいる。

「私にまで殺気を向けるな。サウスゴータ、断れば二対一だ。それで生き残れるつもりか?」

「随分と頼もしいお仲間ね」

 この二人の仲間意識はあくまで表面上に過ぎないようだ。しかし、現実問題としてこの二人を相手に自分は生き残れないだろう。

「いいわ。受けてあげる。ただし報酬は弾んでもらうわよ?」

 フーケにとってこれは予定通り、一度蹴っておいたのはプライドと従順で御しやすい相手と思わせないためだ。

 せいぜい前金をふんだくって戦闘の混乱中に逃げてやろう。どうせ最後は全てが彼の大嘘で台無しになるのだから。

 ●

 先日までちょっとした物置にされていた一室を貸し切って椅子とテーブルを並べただけの簡素な部屋に、早朝からトリステイン生徒会の面々は集合していた。

 それぞれが役職札の置かれた所定の位置に座っており、禊の背後にはシエスタが控えている。

 彼女にも専用の椅子が置かれているのだが、メイドとして本人の意思により立ったままだ。

「っという夢を見たってわけ?」

「そうよ」

大嘘憑き(オールフィクション)で慣れたつもりでいたけど、ホントもう何でもありね……」

 一京ってなんの冗談よ。と呆れたようにキュルケは呟いた。そりゃそれだけ魔法みたいなものを持っていれば夢くらい支配できてしまうだろう。

 悪平等(ノットイコール)の人外、安心院なじみ。

 そいつがこの負完全を本人の意思を無視して送り込んだ。逆襲した禊ですらが話にならないレベルで倒されたというのだから、もう自分達にどうこうできるスケールの話ではない。

 そもそも、キュルケ達では自由に会うことすら叶わない相手である。

「ふうむ、禊はこれからどうするつもりなんだい?」

『これが安心院さんの仕込みだとわかった以上、ゲームをクリアするしかないね』

「たった一人の人間を相手に、素直に言うことを聞くなんて、禊にしては弱気だね」

 何かにつけて禊を讃えたがるギーシュだが、安心院に屈した彼を見るのは納得がいかないものかあるのだろうか。そんなギーシュを見ながら、ルイズは何とも言えない苦そうな顔をしている。

 ギーシュの言いたいことは理解しつつも、安心院と直接対峙した彼女もまた悪平等(ノットイコール)に圧倒されてしまっているのだろう。

 それもまた、ルイズにしては珍しい状態である。

 彼女と遭遇していない他の三人には想像しがたいのも仕方ないことだろう。

『たった一人の人物じゃなくて、たった一人の人外だよ。こればっかりは仕方ないのさ。本来僕は、安心院さんを倒すためのスキルを探すため転校して回ってたんだから』

 安心院は禊を主人公にするなどと宣っているが、彼にとっては彼女こそがラスボスらしい。

 だったら安心院は、自分を倒そうとしている男を手ずから育てているということになる。

 そんなことが実行できるのも、彼女が絶対的な力を有しているからだろう。

 禊に関する一連の事件をゲームとするなら、彼女はブックメイクしたゲームマスターであり、神にも等しい存在なのだ。

「転校はこれが初めてじゃなかったのね」

『数え切れないくらいさ。なんせ中学校を合わせれば両手じゃ足りないからね』

「簡単な足し算くらい手を使わずにできるようになりなさいよ……」

 普段よろしくない方向にばかり頭は回るのに、どうして簡単な足し算に不自由するのか。ツッコミを入れたキュルケにも不思議でしょうがない。

 余談だが禊が正式に学生として扱われるようになってわかったことは、彼の成績は過負荷(マイナス)の頂点、底辺の頂点に相応しいものであるということだった。

 平民としては当然なのだが、変な部分は切れ者な男だけにどこかしら違和感を感じてしまうのだ。

『けど、一つだけ数えられるものがあるよ』

「一応聞いておいてあげるわ」

 上から目線でルイズが聞いた。素直に教えてとは言えないらしい。

『僕は自分が廃校にした以外で転校した学校は一つだけだ』

「……………………」

 最低な宣言がされた。これが冗談ではないと薄っぺらい笑顔から発される薄ら寒い気配が教えている。

 流石に廃校は困るのかギーシュですら苦笑いしている。

「学校を潰すプロが生徒の頂点に立つってどういうことよ」

 実は初っぱなからカツカツだった予算を遣り繰りしているキュルケは、今後より酷くなっていくだろう学院の未来にげんなりする。

「……今の学院は平和」

「ああ、不思議なことにね」

 タバサの呟きにギーシュが頷いた。

 球磨川禊が初代生徒会長に就任するという歴史的な暗黒時代へと突入したトリステイン学院は現在、予想以上にして、予想外にも平和だった。

 むしろ学院内の治安は生徒会長就任後の方が良くなっているぐらいだ。

 その理由の一つは球磨川禊がきちんと職務をこなしていることにある。

 退屈を持て余した貴族達の喧嘩を諫めたり、構内の備品チェックをしたり、場合によってはメイド達にやらせるようなことも生徒会の業務には含まれていた。

 オスマンからすれば、禊がもたらした混乱によって手が回らなくなった業務から、生徒達でも処理できるものだけ押しつけている形式である。

 生徒会としての業務で僅かでも禊の足止めができればと言う苦肉の策でもあったが、これが思いの外効果を発揮したのだ。

「けど、わたし達は今日も朝から大忙しよ。これ、計上できたからチェックお願いね」

 キュルケは書き上げた書類をタバサに手渡す。その隣で別の申請書に禊がチェックの印を押す。

『ルイズちゃん、このリストにある備品の補充よろしくね』

「なんでわたしがそんなことまで……! そういう雑務はメイドの仕事でしょ」

「でしたらわたしが……」

『シエスタちゃん、駄目だよ、うちの庶務を甘やかしちゃ』

 代わりに動こうとしたシエスタを手で制して書類をルイズの机に置く。

『生徒から上がった要望だからね。これは庶務の仕事になるのさ』

「っく……!」

 メイドの仕事など本来ならあり得ないことでも、オスマンから降りてきた業務である以上、生徒会長禊の言は正論となる。

「諦めなさいなルイズ。それとも、わたしの会計書一緒に片付けてくれるかしら?」

「こっちも書かなくちゃいけない申請書なら幾らでもあるよ」

 発足初期から思いの外忙しい生徒会だった。

 元々ワガママ貴族も少なからずいるのがこの学院である。要望書の類は後を絶えずこの手の事務に慣れているのは、それこそ短期間とはいえ過去に二度生徒会長を経験している禊ぐらいしかいない。

「覚えてらっしゃい!」

『業務遂行についてのクレームは庶務宛にお願いするよ。ルイズちゃんがきっと立派に役割を果たしてくれるからさ!』

 その生徒会長が職務放棄していればルイズも理不尽な仕事など突っぱねるのだが、実に面倒そうに嫌々ながらでもやることはやっていた。

 むしろ禊が他のメンバーに仕事の仕方を説明しているから、まがりなりにも業務が回っていると言ってもいい。

 捨て台詞を残して足早に生徒会室を去っていった。

 元来真面目なルイズなので、自分だけ仕事をサボることはできないし、彼女もやることはちゃんとやるのである。

「しかし、今日は特に決済書類が多いね」

「もうすぐあの日、だからでしょ。こっちはとばっちりで忙しいったらないわ」

『ねぇねぇ、タバサちゃん。これは何て読むのかな?』

「……それは固定化。土系統の魔法」

 当然ながら、禊にはハルケギニアの文字は読めない。

 業務には手慣れていても言葉の壁はまるきり別問題であり、わからないところはその都度副会長のタバサが代わりに読んだり説明したりする。

「禊は、どんどんこっちの言葉を憶えていくな」

過負荷(マイナス)の割にそこだけは習得早いわよね」

 最初こそほとんど全て訳が必要だったが、この短期間でおの頻度はかなり減っていた。

『恐らくは、これも似合わない主人公の印が原因だろうね』

 彼は手をぶらぶらと振ってルーンをアピールする。

 他に思い当たる節もないので、恐らくこれだろうという程度の認識だが、事実として一度認識した文字はすぐ読めるようになっていた。

 この手の書類の内容や言い回しはお決まりのパターンがあるので、それを順番に潰していけば必然的に読めない文字は減ってくる。それは書く方も同様だった。

 文字の読み書きはこっちでの情報収集力に大きく関わってくる。禊が比較的大人しく業務を遂行しているのはこれも理由になっているのだろう。

「流石は伝説というべきかしら。便利なものね」

「それでも作業が追いつかないんだから、オールド・オスマンも容赦ないよ」

「…………空腹」

 小柄に似合わず大食らいのタバサは既にエネルギー補給を要求している。

 時間的にはそろそろ朝食の時間だがとても間に合いそうにはない。ルイズの戻ってくる頃にはとっくに食事が始まっているだろうし、一人だけ置き去りにするわけにもいくまい。

『そうだね。そろそろ皆で食堂に行こうか』

「またあんたは……却下よ、却下」

「でしたら、サンドイッチなど摘みながら食べれるものをご用意しますから、少しだけお待ちください」

「ああ、そうしてもらえると助かるよ」

 行儀良くお辞儀するとシエスタは足早に生徒会室を出ていく。

 名目上は禊の従者でこそあるものの、実質生徒会の世話役みたいな立ち位置に落ち着いていた。

 授業中など長期的に時間が空けば他の手伝いに回ることもあるが、基本的にはつきっきりである。禊とギーシュが親平民派のため彼女もメンバーの一人に近い扱いとなっていた。

 彼女の貢献は生徒会の運営に必要であるし、残る三人もそれをとやかく言う性格ではない。

「まぁ、なんにせよ授業が始まるまで進められるところは進めてきましょう」

 生徒会長が何を言い出すかわかったものではない禊に、優秀だがコミュニケーション面では難のあるタバサが副会長のため、なんとなくキュルケが場のしきりをやることが多い。

 そんなこんなで一応生徒会は本来の用途通りに機能していた。まだ、この時は。

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