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 店の主人がデル公と呼んだ剣は厄介者だった。喋る剣という物珍しさこそあるが、それだけだ。剣としては錆だらけで、ろくに手入れもされてない最低ランクの代物である。

「それ、インテリジェンスソードなの?」

「そうでさ。どこの魔術師様が始めたんでしょうかねえ、剣を喋らせるなんて。しかも、あの通りの口の悪さでして、しょっちゅう客に喧嘩を売るんもんでこっちも閉口してまして……。おいデル公! これ以上失礼するなら、貴族に頼んで溶かしちまうぞ!」

 あれでも一応売り物ではあるし、魔法で植えつけられたとは言え意思のある剣を本当に溶かすのは抵抗があるので実行したことはない。
 だが、それでも貴族に喧嘩売られるのはたまったもんじゃない。まだ暴言を吐くのなら、こっちに責任をかけられる前に処分も考えなければ。

「やってみな! こっちだってこの世にゃもう飽き飽きしてるんだよ!」

「やってやらあ!」

『ねぇねぇルイズちゃん。喋る剣っていうのは珍しいものなのかい?』

 売り言葉に買い言葉で剣を取っ掴もうとしたが、貴族の従者が発した質問によってその間を潰された。

「ええ。他にもないわけじゃないけど、種類としてはかなり珍しいと思うわ。でもあれじゃあねえ」

 そりゃそうだ。剣を知らないずぶの素人なお嬢様だって、貴族があんなボロ剣を買うわけがない。というか、せっかくのカモにあんなガラクタ剣売りつけるのはこっちだって嫌だ。

『ボロボロだけど喋る剣。これはまた、見え見えのフラグだね』

 しかし、貴族の従者は興味深げにその剣を手に取った。どういうわけだか、あの剣を気に入り始めているようだ。

「おでれーた。てめ『使い手か』」

『僕にそんな後付け設定があったなんて知らなかったよ、デル公ちゃん』

「デル公じゃねえ。俺の名前はデルフリンガーだ」

「剣にはミソギの過負荷(マイナス)は伝わらないのね。『物』だからかしら」

 デルフリンガーからよくわからない単語が出てきて、貴族の娘は物思いにふけりだした。これはよくない。このままでは、本当にデルフリンガーが買われてしまうかもしれない。
 普段なら厄介払いができたと喜ぶところだが、何故剣の価値もわからない金だけはあるカモに、あんな安剣を売らねばならないのだ。

「しかし、『使い手』にしては力が薄いな。まあいいや、てめ、俺を買え」

 ――何でこのボロ剣は、こんな時に限って自分を売り込むんだよ!

 『使い手』という言葉の意味はわからないが、デルフリンガーが俺を買えなど言うのは、店主もあれを仕入れてから初めてのことだった。

「おいデル公! 天下の貴族様がおめえみたいなボロ剣を買うわけねえだろうが! 黙って見てろ!」

「うるせえ! 『使い手』は俺を持つと決まってんだよ!」

「ねえ、あの剣はいくらするの?」

 貴族の娘が、デルフリンガーの値段を聞いてきた。
 嫌な流れだ。もうそれなりに安ければデルフリンガーを買ってしまう気だろう。と、千載一遇の金蔓との商談を店主は半ば諦めた。

「あれは二百でさ」

 ホントならあんなボロ剣、百でも高い位だ。もう半ばヤケになって、せめてデルフリンガーをまともな剣での相場で売りつけてやろう。

「あら安いのね。じゃあ、ミソギ」

『うん、決めたよ』

 従者も納得したようだ。ここは普通なら当然デルフリンガーを買ってしまう展開だろう。終わりだ。

『あっちの高価な剣を買おう!』

「ええ? おい、こら! おめーは何考えてやがる!」

「そうよ、ミソギ。あんたその剣を気に入ったんじゃないの?」

 どうやらあの従者は普通じゃなかったようだ。店主も驚きながら内心で小躍りした。これであの従者が貴族の娘を説得すれば、シュペー卿の剣が売れるかもしれない。

『だって剣ならこんなボロ剣より、綺麗でよく斬れる方がいいに決まってるじゃないか!』

「やっぱり一流の剣士は見る目がおありでいらっしゃる!」

「そもそも、その剣はいくらなんでも高過ぎるわよ」

『僕は一流貴族の使い魔だぜ? 一流の剣を使わないでどうするのさ。それともルイズちゃんは僕がボロ剣を背負ってる姿を、皆に見せつけたいのかい?』

 うっ、と貴族の娘がたじろいだ。どうやら一流と貴族のフレーズに弱いらしい。従者が優勢だ。これならいける。

「も、もしかしたらそっちのデルフリンガーの方がよく斬れるかもしれないじゃない」

 実を言うとシュペー卿の剣は装飾品であり剣で言うならナマクラだが、そんなのあの二人にはわかりやしないだろう、だから最後の一言はただの苦し紛れだ。
 デルフリンガーさえこれ以上要らない情報を吹きこまなければ、どうとでも丸込める。

「いやいや貴族様、そりゃあいくらなんでも」

『ふむ、どう見てもただの苦し紛れだけど、ルイズちゃんの言うことも一理あるね。ならこうしよう』

 従者が貴族の娘から主人に目線を移し、すっとシュペー卿の剣を指差した。

『この剣の切れ味を試させてくれませんか?』

「そりゃあ、そのどうやって試すつもりですかい? こりゃあ売り物なんで、あまり乱暴に扱われてやっぱやめたは困りますよ」

 店主は困った。もし試しで硬いものを斬られたら、この剣はまず折れてしまうだろう。そうしたら一発でこれがナマクラ剣だとバレてしまう。

『大丈夫ですよ。試すのはこのボロ剣ですから』

「え、ちょ、おいコラ!」

「ミソギ、また勝手に決めないでよ!」

 ヘラヘラ笑いながら、従者が持ったままのデルフリンガーを軽く振ってアピールする。いくらこのナマクラでもあのボロボロなデルフリンガーならなんとか。

「わかりました。ただし、剣の切れ味が保証されたら必ず買ってもらいますし、デル公のお代も払ってもらいますよ」

『交渉成立だね』

「ミソギー!」

「おでれーた! こんな最悪な『使い手』は始めてだ!」

 デルフリンガーには申し訳ないが、あれ一本で高級な剣が売れるなら安いもんだ。それどころか、デルフの代金だってかなり上乗せして儲かるんだから万々歳だった。

「まさか『使い手』に壊されて俺の命が終わるなんてよ……」

『それじゃ』

 従者がそっとデルフリンガーを一撫ですると、あのボロ剣に浮いていた錆が一瞬で綺麗さっぱり落ちていた。それも、まるで新品同様の光沢を放っているではないか。

『シュペー卿が鍛えた高級剣の切れ味を、面白おかしく立証しよう』

「おでれーた! こりゃおでれーた! いったい何がどうなってやがるんだ?」

「ちょ、ちょっと!」

『なんだい店主?』

「従者の方がメイジだなんて、あっしは聞いてませんぜ!」

 どういう魔法なのかはわからないが、一瞬でデルフリンガーがああなるなんて、とてつもない土の魔法に違いない。

『僕はメイジじゃないよ。杖なんて持ってないでしょ?』

「で、ですが……」

『それに、デルフは試し斬りの段階で買い取ったようなものなんだから、何をしようとも問題ないよね』

 従者は確認するような口調でこそあるが、問答無用で台の高級剣とデルフリンガーを置き換える。そしてシュペー卿の剣を構えた。その姿は意外にも様になっている。

「ミソギ、あんたまさか……」

『It’s show time!』

「いてぇ――――!」

 従者が剣を叩きつけようにデルフリンガーを斬りつけた。が、ガキンという嫌な音を立てて刃が舞ったのは、高価なシュペー卿の剣の方だった。

          ●

 何てことなの! やってくれた。またやってくれた。
 ルイズは禊に金貨三千の剣を折られた怒りで、自分の魔法よろしく爆発した。振れるのが気持ち悪くなければ張り倒しているところだ。

「うちの高級な剣になんてことしてくれやがる! 弁償してもらうからな!」

「ミ、ミミミミソギ! あんたって奴はー!」

 店内に二人の怒声が響き渡り、全力で剣を振ったために周囲の埃が散っている。騒々しくなった店内で、しかし禊はケロッとした様子で言う。

『どうして弁償する必要があるのか、僕にはわからないな』

「なんだと! この剣はどれだけの価値があると思ってやがるんだ!」

『このシュペー卿が必死こいて鍛えた、金貨二百枚の安剣も斬れないナマクラのことかい?』

 禊の言葉で、頭に血が上りわめき立てていた店主の顔が、一気に赤から青に下がった。
 ルイズだけがその意味を理解しきれず、はてなマークを浮かべている。

「おめ、あの剣が折れるとわかっててやりやがったな?」

『僕達は騙されていたのさ』

「あ……!」

 そうだ。禊の思わぬ行動に気が動転していたが、鉄だって斬れるという触れ込みだったあの高価な剣は、値段が十分の一だったデルフリンガーさえ斬れなかったのだ。
 いくら禊が錆を無かったこと(・ ・ ・ ・ ・ ・)にしていたとは言え、これは立派な詐欺である。

「わたし達が剣の素人なのをいいことに、ナマクラ剣を高値で売りつけようとしてたね!」

 沸々と沸き上がってくるルイズの怒りは、真の悪人である店主に向けられた。

「ひ、ひぃ!」

『この世界で貴族を騙すのは、軽くない罪じゃないのかなルイズちゃん?』

「そうねぇ、これは打首にされても文句言えないんじゃないかしら。ねぇ……?」

「も、申し訳ありませんでした! どうか、どうか命だけはどうかご勘弁を!」

 禊の問いかけに、ルイズは直ぐ様その意図を理解し、二人は互いの視線を交差させ同じような笑みを浮かべる。店主からすればさぞ恐怖に駆られる笑みだったろう。
 始めてルイズと禊の意思が一致した瞬間だった。

 ● 

 武器屋から離れて大通りに戻った二人は、悠々とした足取りだった。
 禊の背にはデルフリンガーが背負われ、腰にはレイピア、そして右手にはシュペー卿の剣が掴まれている。
 全てこちらを騙した代償としてタダで入手した物だった。

 折れたシュペー郷の剣は、禊が店主が見ている前で折れた事実を無かったことにしたため、新品そのものに戻っている。
 唖然とする店主は少々哀れにも思えたが、ルイズを騙して悪徳に代金を得ようとしたのだし、これまでも似たようなことを繰り返してきたに違いない。ならばこれは当然の報いだろう。

 経緯はどうあれ、タダで剣を三本も手に入れられたのだ。ルイズはご満悦だった。
 これで帰りの馬で禊に触られるのも気持ちの上で耐えられる。はずだと信じたい。

 あまり禊に切れ味のいい剣を買わせたくなかったので、多少ボロくともデルフを買おうとしたのだが、話がこんな転がり方をするとは思わなかった。
 デルフリンガーはインテリジェンスソードだし、禊の無茶を少しでも食い止めるよう、後で言っておかないと。

「一時はヒヤッとしたが、ここまで頭の切れる『使い手』は始めてかもな。よろしく頼むとすらあ、相棒!」

『うん、よろしくねデルちゃん。ところでさっそく聞きたいんだけど“使い手”というのはどういう意味なのかな?』

「あー、それが俺もよく覚えてねーんだ。」

『もう一度聞くよ? “使い手”の意味を教えて頂戴』

 禊は笑顔で再度聞き直す。何も知らなければ、禊がしらを切ろうとするデルフリンガーを問いつめているように見えるが、忘れたという事実を無かったことにしたのだろう。
 止める間もなかったが、禊なら記憶の積み重ねだって良心の呵責一つなく台無しにできる。

「だから、憶えてねーんだって」

「え……?」

 しかしデルフリンガーの答えは先と変わらなかった。禊はさしたる驚きもなく、自分の置かれた現実を確認するように呟く。

「俺はこれでもかなり長生きしてっから、昔のことはほとんど忘れちまってんのさ。悪いな」

『どうやら、デルちゃんの持つ一部の記憶にも、僕の大嘘憑き(オールフィクション)が通じないみたいだね』

「それって、ルーンと同じってこと?」

『だろうね、そしてこうとも言えるよ。デルちゃんは間違いなく、僕が元の世界に帰るための、大切なキーだということさ』

 禊は武器屋でデルフリンガーを見つけたのは無駄ではなかった、と言いたいのだろう。デルフリンガーが重要な意味を持つのなら、むしろ運命的なものさえ感じる。

「なんかよくわかんねえけど、思い出したら話すぜ」

『お願いするよ。なんせ、僕の下り坂しかない人生の進退がかかっているからね』

「おうよ。ところで、俺も聞きてえことがあるんだけどよ」

 今度はデルフリンガーが禊に色々と質問を始めた。自分の錆が消えたり、折れた剣が元に戻った理由が気になっていたようだ。

 ――それにしても、禊の買い物にわたしも付いて来てよかったわ。

 球磨川禊は徹頭徹尾悪人だ。人を人とも思わず、害悪しか与えぬ存在。
 ルイズがいなければ禊の歯止めになる者がいない。そうしたら奴はもっとあちこちの場所、それこそ悪事を働いてない店でも同じような詐欺をしていただろう。

 自分を犠牲にして、禊と無関係な者達を守ったのだ。少なくともルイズ自身は、この買い物を経てそう思っていたのだった。

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