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 自分が召喚した禊は吸血鬼や亜人で、強力な先住魔法を操れる。決闘となればその力と正体がわかるはずだ。ルイズはそう思っていたし、ギーシュが危なくなれば、自分が飛び込んで決闘を止めるつもりだった。なのに、まさか……。

 こんなはずじゃなかったとルイズが思っても、もう遅い。
 禊の背に槍が突き刺さり前のめりに倒れ、その上からワルキューレ達の拳と足が打ち下ろされる姿を、ルイズは黙って観戦しているしかできなかった。

 どう見ても優勢なのはギーシュであり、一方的に制裁という名の暴力を浴びせられた禊は息も絶え絶えになっている。

「もうやめて……ミソギさんが死んじゃう!」

 シエスタが止めどなく涙を流し、決闘の結果を拒否するかのように首を振りたくっていた。
 禊が魔法を使えない普通の平民だと思っていた彼女なら、こうなるのはわかっていたはずなのに。

 平民と貴族にはどうやっても埋められない格差がある。経済でも力でも、貴族は平民より上に立つ存在だ。これは差別じゃなくて、種別と言い換えていいだろう。
 たった一人の平民が、世界のルールを変えられるものか。事実として変わらなかったらハルケギニアは六千年もの間、貴族が世を治めているのだ。

「お願いしますミス・ヴァリエール! 止めて……この決闘を止めてください!」

 ――なのにどうして、わたしは自分にすがりついてくるこのメイドの気持ちがわかるの? どうしてこんなにも、わたしは無念を感じているの?

 ギーシュは殺さないと言っていたが、禊の正体が吸血鬼であったとしても、あの怪我では死にかねない。
 それに、ギーシュが禊を殺さないのはモンモランシー達を助けるためであるのは明確だ。逆に考えるなら彼女達の記憶が戻れば、禊が殺される可能性は決して低くない。
 現に禊はそれだけの重罪を犯している。

 禊が負ける。それはルイズにとって、制御不能の使い魔から解放されることを意味しているはずだ。
 使い魔が死ねば、召還の儀式はやり直すことが許されるから。

 なのに、ルイズの胸には締め付けられるような苦しさがあった。
 ピクリとも動かなくなった禊をワルキューレ達が見下ろし、その手足が止まった時、自分を抑えられなくなったルイズは思わず叫んだ。

「ミソギィ――――――!!」

 気持ち悪くて、恐い、大嫌いな使い魔だ。
 でも、このまま彼が死ぬのを認めたくないという矛盾した気持ちがルイズに降り積もり、そして破裂した。

 この感情の正体が何なのか、ルイズ自身にもわからない。
 禊が自分と同じ負けっぱなしの弱者だからかもしれないし、自分が使い魔に向きあうと決めてすぐこうなったためなのかもしれない。
 考えても、それらがはっきりとした形になることはなかった。

 だけど?
 だから?
 ルイズは自分の使い魔の名前を呼んだ。言葉にならないから、ただ、名前を。

 背負ってきた貴族としての重責も関係ない、自分の感情にだけ従った。これはきっとルイズという少女の、とても純粋な気持ちの塊だ。

『ん? どうしたの?』

 そしてそれ(・ ・)は返された。
 括弧付けた、真意の見えない言葉。日常の一ページみたいなあっさりとした、今この場に置いては異常極まりない返事。

 槍が刺さったままで、いつもの笑顔をそのままに、彼は身を起こす。地面に付いた手を離すと、背を大きく仰け反り、血塗れの刃先が天を向く。
 槍。
 流血。
 嘘みたいに薄っぺらな笑顔。
 ぞわりと立ち上る鳥肌。

 ――ああ、これ(・ ・)よ。これが私の使い魔だわ(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)

 魔法より理不尽に、エルフよりおぞましい。
 無能(ゼロ)という下限より堕した過負荷(マイナス)、球磨川禊がここにいる。

          ●

 急所ではないが胴体を貫通した。傷口から流れた小さな血溜まりと、青銅で殴打されて曲がってはならない方向に曲がった腕。怒りに任せてやり過ぎたとも思い攻撃の手を緩めたのだ。
 だというのに、まるで屠殺人(ゾンビ)のように禊は立ち上がり、ギーシュの心が乱れた。

 ただ驚いただけではない。禊が二本の足で直立し直しただけなのに、その姿があまりに気持ち悪いのだ。
 ギーシュの心臓が早鐘を打ち始めて、酸っぱいものが胃をせり上がってきているが、口に手を当てそれは押し止めた。

 こうまで肉と骨を破壊したのに、どうして禊は立っている? まだあの笑顔が浮かべているのだ。やせ我慢ができるような軽い傷とはわけが違うというのに!
 ただの平民ではないと策を練り苦戦は覚悟して挑んだはずだったが、これはもうそういう問題ですらない。

『可愛い使い魔のピンチに思わず初めて名前を呼んじゃう。ルイズちゃんはやっぱりツンデレだね』

「あんた……どうして?」

 禊の名前を呼んだ張本人であるルイズすら、開いた口が塞がらなくなっている。直接禊に手を下したギーシュのプレッシャーは、それよりも大きい。
 それを知ってからずか、禊は何食わぬ顔でルイズと話している。
 そして、折れていない左腕で禊がパチンと胸元のホックを止めると、

「ミソギさん……!」

『僕が名前を呼ばれる度に十円貰っていたら、僕は今頃小金持ちになってるぜ』

 折れた腕があるべき方向へと戻り、血と泥だらけだった服は新品同様に還って、突き刺さっているままだった槍さえが消え去った。
 これが、ギーシュだけでなく、全員が見ている前で一瞬にして起こったできごとである。周囲からざわめきが起こるが、誰もこの現象を理論的に説明などできない。

 ――できてたまるか!

 冷たい汗がギーシュの頬を伝う。自分は一体何を相手にしているのか、もうわからなかった。

「何なんだ、何をやったんだ貴様は!」

『またその質問かい?』

「いいから答えたまえ!」

 たまには別のことを聞けよという呆れ顔だが、毎回理解し難い何かを引き起こしているのは禊なのだ。聞くなと言われようがギーシュの知ったことではない。

『そんな大袈裟な話じゃないよ。ちょっと君に攻撃されたという事実を無かったことにしただけさ』

「……馬鹿にしているのか?」

 無かったことにした? そんなのが説明になると本気で思っているのかこの男は。
 そんな冗談がまかり通るなら、この世界から事故死と殺人は消え去っている。

「どんなスクエアの水のメイジが、貴重な秘薬を使ったって、そんな治療は不可能だ!」

『だから回復魔法とかそんなの(・ ・ ・ ・)じゃないってば。貴族は人の話を聞かないのが美徳なのかい?』

 やれやれと呆れ顔の禊がふと右へと向いた。
 その先には雲行きの怪しくなってきた決闘を眺める男子生徒が一人。彼はいきなり自分へ歩み寄った禊に理解が追いつかず、棒立ちのままだ。
 そんな傍観者そのものの彼の胸を、青銅の鎧さえ破壊してのけた螺子がぶち抜いた。

「うぎぁ!」

「ひっ……!」

「な、なんでこっちに!?」

 さらに禊がその螺子を一息に引き抜くと、男子生徒には螺子を刺された傷がなかった。白い制服にはシミ一つなく、破れた痕跡も残ってはいない。
 いきなり当事者となった生徒は衆人観衆が見守る中、突っ張るように自分の両腕を前に出した。

「なあおい、どうして急に暗くなったんだ? 皆どこに行ったんだよ?」

 周囲を手で探るように歩き回る少年の足が近くにいた女生徒に引っかかり、そのまま彼は倒れた。それでもまだ、少年の腕はもぞもぞと地面をまさぐったままだ。

「痛え! おい、今のは何だ? 俺は躓いたのか? なあ、声が聞こえてるんだ。誰かいるんだろ? 隠れてないで出てきてくれよ!」

 ここに来てようやく、皆が少年に起きた異常の正体を把握し始めた。そして少年の望みとは裏腹に、その事実に恐怖して皆が少年から離れていく。

『とまあ、このように! そこら辺につっ立っていた、無関係な生徒の怪我と視力を無かったことにしてみましたー』

「視力だと……? お前が消せるのは怪我だけじゃないのか?」

『怪我を治す? 過負荷(マイナス)たる僕の欠点(とくぎ)が、そんな幸福(プラス)のわけないだろ?』

「なあ、皆いい加減に出てきて」

『今いいとこなんだから、静かにしてて頂戴』

 這いつくばる少年の背にまたも螺子が突き刺さり、痛みで口が金魚のようにぱくぱくと開くが、少年から声が発せられることは二度となくなった。
 声すら出せず体を螺子留めされてじたばたともがく生徒の不気味さが、間接的に禊の気持ち悪さを加速させる。

『じゃあ静かに(しゃべれなく)なったので改めて。現実(あらゆること)虚構(なかったこと)にする。それが僕の大嘘憑き(オールフィクション)だよ』

 ギーシュの思考は現実に追いつけず眩暈がして、そのまま倒れそうになった。
 左手で頭を支えて、これはプライドとモンモランシー達を賭けた決闘だと堪えたが、いっそ気を失って何もかも忘れてしまう方が幸せだったと本気で思う。

「あらゆる、だと……」

 ギーシュが視線をズラした先にいるのは隣り合って並ぶモンモランシーとケティである。禊の言うことが本当なら、あの二人は記憶を無かったことにされたのだろう。
 信じたくない。けど全ての辻褄が合致してしまう。割れたはずの小瓶も、モンモランシーにかけられたワインも、ケティに叩かれた頬も、現実(なにもかも)を無かったことっされてきたのだとしたら――

「全部、全部その力だったのね……」

 禊の主人であるルイズが、あっさりとその理不尽を認めた。それがギーシュの認識を後押しする。
 そう言えば、ルイズの食事だけが無くなったという事件を聞いたことがある。これも禊の仕業だった。たったそれだけの話だ。
 受け入れたくない事実がギーシュの精神を縛り付けていき、今彼の思うことはシンプルにたった一つだった。

 ――こんなの、勝てるはずがない!

          ●

 ルイズよりも小柄で透き通るように鮮やかな青い髪の少女、タバサが広場で決闘を観戦していたのは禊に興味があったためではない。
「普段ほとんど感情を表に出すことのないタバサでも、きっと驚くようなものが見れるはずよ」と、親友であるキュルケに誘われたからである。

 それも話半分でしか聞いておらず、決闘が始まってもタバサは立ったままその目線は図書室から借りてきた分厚い本に落とされたままだ。
 どうもキュルケが件の使い魔に人並み以上の興味を抱いているのは今日の様子から薄々感じ取っていた。それがいつものように恋愛対象として見ていなかったのは珍しくもあるが、相手は平民なのでそこまで至らなかっただけと一旦片付ける。
 それより、どうも彼女は ルイズを心配している節があった。

 キュルケは普段こそノリが軽くしょっちゅうルイズをからかって遊んでいるが、クラスの誰より()を見ており、心の機微に敏感であるのを知っている。キュルケの惚れっ気の多さは、そのまま自分を磨く原動力として機能していた。
 そんな彼女が必要以上にルイズを気にかけているのなら、それ相応の理由があって、根っこにはあの使い魔が絡んでいるのだろう。

 だとしても、それが直接タバサの気を引く理由にはならなかった。禊が瀕死の重症から、理不尽な復活を遂げるまでは。
 螺子とかいう物珍しい武器を使ってワルキューレの一体を瞬殺したのは騎士として僅かに注視したが、すぐに戦い慣れているだけだとタバサは分析し興味を失った。
 メイジ殺しと称される修練を積んだ者達ならば、戦闘の素人であるギーシュを負かすことは難しくない。

 しかし、大嘘憑き(オールフィクション)と命名されていた力はまるで別物で、特異で、どこまでも例外だった。
 あらゆる事象を無かったことにしてしまう、にわかには信じがたい、まさに嘘みたいな能力(スキル)
 その荒唐無稽さに、タバサの瞳は禊に釘付けとなった。読んでいた本の内容もすっかり吹き飛んでしまっている。

「タバサ、あの大嘘憑き(オールフィクション)って言うの、一体どういう属性の魔法かしら?」

「わからない」

 そうとしか言いようがなかった。まず魔法かどうかさえ疑わしい。
 その幼い身体とは不似合いに、数々の死線を潜り抜けてきたタバサでも、そんなデタラメな魔法を使う者とは出会ったことがない。
 もしそんなことが可能な技法を強いて挙げるなら、先住魔法と後はもはや失われてしまった伝説の系統である虚無くらいではないだろうか。

 いや、タバサにとって大事なのは、あの力が何の系統でどういった原理で発動しているのかではない。
 そのどちらも、まず確かめねばならない前提に付随するおまけみたいなものだ。

 ――もし、あの言葉が真実(ほんとう)なら……。

 タバサには使命がある。それこそたとえ、己の人生、その全てを捧げてもやり遂げねばならない生きる目的が。
 大嘘憑き(オールフィクション)の効力が本当なのだとしたら、タバサの人生は大きくひっくり返りかねないのだ。

「ミソギ、君にもう一つ尋ねたい。モンモランシー達の記憶を奪ったのも、その大嘘憑き(オールフィクション)とやらを使ったのかい?」

『せいかーい! 初めて的を得た質問を聞いたよ。お利口になったねギーシュちゃん』

 その小さなやり取りにタバサの目が細まり、ただでさえ白い肌に青みが差した。
 物静かな彼女の内に、煮えたぎるようなどろどろの感情が渦巻き始めている。
 あの大嘘憑き(オールフィクション)は、タバサの今後とってなくてはならない存在になった。しかし、

「何かあるのは確信してたけど、まさか、これ程のものだとは思わなかったわ……。あまりに酷過ぎて、本当なのかすら疑わしいなんてね」

あれ(・ ・)の真相がどちらにせよ」

 親友のぼやきもどこか遠くに聞こえるが、確かなものが一つだけ、タバサの胸に迫っていた。
 彼女が内包する、絶対に触れてはいけない不可侵の底にある爆薬。禊はそれに火を点けた。

「他人の身勝手で人の心を操るのは、絶対に許されない」

 禊の顔が、タバサの大切な人を奪った悪魔の顔と重なっていた。

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