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 禊を当事者として今朝起きた事件を聞いたシエスタは、卒倒しそうな恐怖に身を苛まれていた。

「貴族の方と決闘ですって!?」

 そんな大問題を引き起こした当事者の禊は、平常心のままに器のスープを掬っては自分の口に運んでいく。この食事を終えたら広場で貴族と決闘をする者の態度とは、とてもじゃないが思えない。

『それで今は決闘準備(デュエルスタンバイ)をしているのさ』

「スタンバイって……」

『僕の国にはね、腹が減っては戦はできぬという、それ普通だよとしか思えない残念な格言があるんだよ』

 要は決闘の前に腹ごしらえしているだけだった。特別に何かをするわけではなく、いつも通りの生活に、いつも通りじゃない決闘という非日常が組み込まれている。

「気持ちはわかるが、いくらなんでもそりゃあ無茶だろおい!」

 禊が決闘をするという話を聞きつけて厨房からすっ飛んできた貴族嫌いのマルトーでさえもが、何とか彼を引き止めようとしていた。
 どれだけ貴族に嫌悪を抱いたとしても、勝つ術がないから陰で嫌味を言うだけに留まり、貴族のために働き続けるのが平民という身分なのだ。

 金銭や武装で力を蓄えた平民とて、やはり真正面から貴族に反旗を翻そうとする者はいない。だと言うのに、ここにいるただ一人の例外は――

『だってあいつら、ムカつくでしょ?』

 ――たったそれだけ?

 ムカつくから、気に食わないという理由だけで貴族に逆らい戦うというのか。そのシンプルな動機に、シエスタは禊を止める言葉を失った。
 無謀を通り越して、滑稽な物語の登場人物を見ているような気持ちになっていた。だけどこれは本や舞台などではなく現実だ。
 冗談みたいな話をこの少年は実行しようとしている。

『それにしても酷いよねー。僕は貴族様の恋路を手伝ってあげただけなのに』

 昨日禊は貴族の小瓶を踏みつけたのをシエスタは近くで見ていた。あの行為によってギーシュが怒りこちらに近寄った時は、自分がやったのではないのに泣いて逃げ出したいと思ったが、どういうわけなのか小瓶は無傷のままだった。
 そうして何とかあの場は収まったと思ったのに、次の日には貴族という油にさらなる火を注いでいる。

「あれから、ミソギさんはどうしたんですか?」

『あの女の子達から、ギーシュちゃんに関する記憶を消してあげただけだよ』

 厨房の皆が絶句し、禊を凝視した。それでもやはり、禊は何食わぬ顔で美味しそうに昼食を頬張っている。

「そんな……。あなた、殺されちゃうわ……」

『心配しないで』

「しないでって言ってもよ」

 常軌を逸している禊の行動だが、本人にとっては日常の延長線上に過ぎないとばかりに笑顔を振りまく。
 シエスタはもう知っている。この綺麗な笑みは、人を楽しませる言葉と、人を恐怖に突き落とす言葉を見境無く紡ぎ出すことを。

『高慢な貴族達に、決闘という単語を聞くだけで吐き気を催すようになる戦いを魅せてくるだけの、簡単なお仕事さ』

 簡単? 何が簡単だというのか? マルトーはこりゃ駄目だとボヤいて、自分の作業場へと戻っていった。
 短いながらも色々話をしてきたシエスタからすると、禊の態度はここに至ってもあまりに普段とそのままで、やっぱりこれから決闘に赴く者とは到底思えない。
 貴族の記憶を消したという悪行も、平民たる厨房の者達からは想像できるような範疇を超えてしまっている。

 そして皆が困惑していようとも、昼食を食べ終えた禊は両手をポケットに収めたまま厨房を後にした。
 シエスタは勇気を振り絞り、自ら処刑場へと歩む禊を止めようと後を追う。
 しかし部屋から抜けて禊が共にいたのは、シエスタにとってはまさに恐怖の対象となっている貴族だった。

『おやご主人様。まさか使い魔の迎えに自らやって来てくれるとは思わなかったよ』

 禊の前に立つのは彼の主人たるルイズであり、彼女こそがたった一人禊を押し留められる者だろう。そのルイズがキツい目付きで禊を見据えて、問う。

「最後通告に来たのよ。あんた、本当にやるの?」

『やるよ。これからね』

「そう。なら付いて来なさい」

『うん、エスコートありがとう。ご主人様』

 それは主従と呼ぶにはどうにもちぐはぐで、温度差のあるやり取りだった。ルイズは短く禊の意思を確認しただけで、あれこれと忠告や説教をすることもなく、彼を先導して歩き出す。
 使い魔の禊が主人であるルイズと決闘のことで揉めないわけがなかったのだ。そしてもう、そんな地点は過ぎ去ってしまっているのだろう。

「あの! 待ってください」

 禊とは出会ってたったまだ二日しか経過していなくとも、その人懐っこくてひょうきんな姿は、もうすっかりとシエスタの記憶に焼き付いている。
 不思議な少年だ。何を考えているのかもさっぱりで、未だにどうして昨日ギーシュの小瓶を踏みつけたのかもわからない。たとえ時間をかけたとしても理解できそうになかった。もしかしたら本当にムカついただけで、理由なんてないのかもしれない。

 自分とはあまりに違う、だけど同じ平民。そんな禊が、シエスタはどうしても気になった。
 それに自分でもわからないけど、シエスタは禊がこれからどうなるかを見届けねばならない気がする。
 それはシエスタが初めて禊と出会った時から、ギーシュという貴族がずっと絡んでいたためかもしれないし、この二日間で少しばかり彼の面倒を見てきたための情かもしれない。
 明確な答えなどないのだけど、シエスタは勇気を出して自分に背を向ける二人を呼び止めた。

「わたしも、一緒に行ってもよろしいでしょうか?」

          ●

 ヴェストリ広場には、ギーシュが前もって声をかけた集めた貴族達でごった返していた。彼らは一様にこれから始まる決闘という名のショーを期待して、沸き上がっている。

 ギーシュはそうして意図的に作られた輪の中で、一人眉一つ動かさないまま俯き、その時を待っていた。その様子からはいつもの目立ちたがり屋でキザったらしい彼は見受けられない。本気の怒りを静かに燃やす男がそこにいた。

 ふと、彼の正面にある人垣が割れる。来たか、とギーシュは静かに顎を上げ、怒気を孕んだ瞳でそれを睨み据えた。
 歩んでくるのは三人。桃色の髪を揺らすルイズに、すぐ後ろを追従するように、彼女の使い魔である禊が視界に入り、ギーシュの目が細まる。その二人から数歩遅れて付き従うように追うのは黒髪のメイドだ。

 あのメイドは食堂で禊と共にデザートを配っていた者で、初めて禊と出会った時も、彼女は禊の隣にいた。
 思えば、彼女こそがこの決闘を引き起こすきっかけになったのかもしれない。ならばあのメイドには、この決闘を特等席で見守る権利があるだろう。そう思ったギーシュは、ルイズと共にギャラリーの最前線に収まった彼女について見て見ぬ振りをするのだった。

 遅れてやってきて特等席を陣取ったメイドだが、今回の主賓であるギーシュが彼女について黙認を選んだ。それにルイズ達と一緒にやって来たということは、もう一人の主役である禊の関係者と推測される。そのため他の観客達もジロジロと好奇にそそられ瞥見するだけで、彼女を咎める者はいない。

「逃げずに来たようだな」

『ここが僕の故郷なら、今頃朝に買ったジャンプを読んでいる時間だったろうけどね』

 どうせ逃げたとしても、見張りに送っていたギーシュの友人が無理矢理にでも引っ張って来ていただろうが、自分の意志で歩いてきた禊にギーシュは警戒を強める。
 怪しげなマジックアイテムを使って少女二人の記憶を奪った男だ。何かを仕込みがあり、決闘の勝算があるからやって来たに違いない。

『ねえギーシュちゃん、一ついいかな。決闘を始める前に確認しておきたいことがあるんだけど』

「なんだい? 下らない時間稼ぎなら付き合わないよ」

『この決闘は、どうやったら負けが決まるのかな?』

 禊が右手を挙げて投げかけたのは、ごく単純な決闘のルール確認だった。だけど、これまで二度も禊に手痛く嵌められたギーシュは、重要な部分を聞き逃さない。

「杖を落としたら負け。それだけだよ」

「それじゃ、禊の負けがないじゃない!」

 こんなのはギーシュからすれば想定していた範囲だ。あからさまなルールの抜けをルイズが指摘するも、彼は鼻で笑って返すだけ。

「口での降参を認めれば、きっとその平民は決闘の開始早々に敗北を認めるだろう。そんなのは許さない。そのために、あえて勝利ではなく敗北の条件を聞いたのだろう。違うか?」

『ん? ああ、バレてた?』

「もう君の口車には乗らない。だが安心したまえ、殺しはしない」

 殺したいくらい憎らしく、また殺されて当然の相手だが、それは許されない。この決闘は、モンモランシーとケティを救う戦いでもあるのだ。
 ただし、五体満足で帰すつもりだって毛頭ない。

「産まれてきたことに対する後悔を、たっぷりと味わうだけさ!」

「っひ……!」

 そう言って不敵に口元を釣り上げたギーシュを見て、メイドが両手で口を押さえて短く悲鳴を上げた。それを見た近くの貴族のギャラリー達はこの後に待つショーを予想したのだろう、「貴族を怒らせるとどうなるか教えてやれ、ギーシュ!」と野次のような声援を飛ばす。

 そんなのは言われるまでもなかった。ここで禊を私刑(リンチ)にして、モンモランシーとケティにかかった魔法を解除させる。そして二人の前で、禊が行った暴虐非道を懺悔させるのだ。
 それも可能なら大勢の観客がいるこの広場でがいい。そのためギーシュからして後ろになる人垣の最前に、予め二人を連れてきている。

『これまで産まれて後悔した回数なんて、おはようと言った数より多いぜ』

「その減らず口も聞き飽きたよ。それじゃあ、覚悟はいいな。平民」

『薔薇を咥えて諸君! 決闘だ! なんてナルシスト面白いことを、まさかギーシュちゃんはやらないよね』

「安心したまえ、これはもはや決闘ではない。僕から君への一方的な制裁だ!」

 ギーシュが手に持った薔薇の杖を振るい、花びらを一枚宙へ舞わせる。すると花びらが一瞬にして、女性型で甲冑を着込んだ人形に変わった。

「僕の二つ名は“青銅のギーシュ”。従って、この華麗なる青銅のゴーレム、ワルキューレが君のお相手をするよ」

 ゴーレムの一体でも召喚してやれば、まずかなり鍛えた剣士や騎士でもなければ勝負にもならず一方的にいたぶられるだけの展開になる。それがここにいる者達の常識だった。

「ミソギさん、逃げて……!」

 メイドの顔が絶望にへしゃげて涙目になる。これがごく普通(ノーマル)な平民の正しい反応なのだった。

「僕はメイジだ。だから魔法で戦う。よもや文句はあるまいね?」

『わお。これは昨日やっていた錬金の応用かな』

 しかし安否を気遣われているはずの禊とは言えば、好奇の溢れる目でゴーレムを観察しているように見える。
 面白くない。だが、これだって計算の内だ。

 ――さあかかって来い禊。お前の隠している武器を見せてみろ

『なら僕は、これ(・ ・)で螺子伏せてあげるよ』

 どこから取り出したのか、禊の手には二つの金属塊が握られていた。六角形のヘッドから円筒が伸び、先端は尖りまるで針のようで、螺旋を描いた溝が掘られている。見たこともない武器だ。

「奇妙な武器を……」

『ふうん、どうやらこの世界には螺子が無いようだね。相手を捩じ伏せるのに、ここまで適したアイテムは他にないのに』

「しかし、そんな金属程度で僕のワルキューレがやられるものか!」

 ギーシュの意気を乗せるように、ワルキューレが走りだし禊へと特攻する。それでも禊は落ち着き払った様子で破顔したままだ。

『まあ、青銅のゴーレムに僕の螺子が通じるわけないだろうけど、ものは試しと言うしね』

 ワルキューレが打ち込もうとする拳が禊に届くより先に、巨大な螺子がワルキューレの胴体を貫いた。穴は胴体の半分にも及ばないが、そこから亀裂が広がり身体が上下に泣き別れとなって落ち、それきりワルキューレは動かなくなる。

 なんて威力だ! だが、青銅を一撃で貫く威力に戸惑いを見せているのは、ギーシュだけではなかった。
 珍しく笑みの消えた真顔で、禊が自分の腕を見ている。そこで禊とギーシュは確かに見た。彼の左手の甲にある使い魔のルーンが淡く輝いているのを。

『これはまあ、後で調べるとしようかな。ただの契約証代わりだと放っておいたのが幸運(プラス)に出るなんて、僕らしくもない』

「まだだ、僕のワルキューレは一体だけではないぞ」

 ギーシュは残りの花びらを使い、新たに六体のゴーレムを一度に出現させる。様子見のために一体しか使っていなかったが、複数のゴーレムによる同時攻撃こそがギーシュの真骨頂だった。

 六体のゴーレムが、禊を囲むような陣形を組みながら走り回る。
 本来は戦闘向きではないと評価される土属性の魔法だが、このゴーレムは例外だ。ギーシュはドットクラスでこそあるが、ゴーレムの操作術は学年でも高く、生徒同士なら一対一の戦いでは彼に勝てる者はそう多くない。

「行けっ!」

 ギーシュの号令でワルキューレ達が一斉に禊へと襲いかかった。
 まずは禊の右側の二体目のワルキューレが打撃の体勢を取るも、その頭部にもう一本の螺子が突き刺さり破砕される。

『力で敵わないなら僕の死角を狙おうという君の弱さは、既に看破済みだ……』

 新たに取り出した二本が禊の螺子が、禊の後方から体当たりしようと身体をせり出す三体目のワルキューレに突き刺さった。

『ぜ?』

 だが、三体目は前のめりになりながらも禊の身体に抱きついて動きを阻害する。さらに攻撃された三体目を盾のように扱い、後ろで控えていた四体目と五体目が、それぞれ両腕を掴みつつ禊を押さえつけ完全に動きを封じた。

「それがどうした。僕の狙いはこれだ!」

 そして仕上げとして、六体目にして最後のワルキューレが唯一武装された槍にて、禊の背を穿ち貫いた。
 赤い飛沫が陽の光を受けて光るワルキューレ達の鎧を汚す。

「い、い……嫌あああああああああああぁ!」

 禊の無残な姿をその視界に写したメイドが絶叫したが、そんな少女一人の悲痛な叫びなぞ、大観衆の興奮した歓声にかき消されるだけだった。

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