俺が耶徒音の能力に侵される覚悟で結界を抜いてきたのは、義直のジジイを確保するためだ。
 あのジジイが結界内部の戦いをどこまで把握しているかは推測するしかないが、結界の外までは監視不可能だ。そして結界から飛び出した時の俺は、傍目から見て死んだようにしか見えなかっただろう。
 これ以上無駄なタイムロスはしたくないと、説明は後回しにしてしまい、ジジイ逮捕のため美濃家に再度突入する。
 ジジイの拘束はクロノ筆頭にしたアースラチームに任せ、俺は証拠物件を差し押さえるために、詩都音の部屋に入った。
「ここに耶徒音ちゃんがおったんやね」
 君一人じゃ何やらかすかわからないと、監視としてクロノに付けられたはやてが、開けっ放しの小型冷蔵庫に傾注してそう漏らした。
 そりゃ冷蔵庫に人の頭入ってるなんて、わかりすい狂気の沙汰だ。俺にとっては、不信感を煽るだけだったが。
 俺は冷蔵庫には目もくれず、詩都音の本棚から数冊のノートを抜き出し、片手でまとめる。
「それが証拠品なん?」
「そうさ」
 はやての猜疑心が見え隠れする眼差しは、先程向けられたフェイトのそれと同質だった。幾らなんでも時間のないここで、そんなボケかまさないよ? どれだけ信用ないんだ、俺。
 馬鹿な問答するより、今は自分の正当性を示そう。
 これは基本的に、口より視覚の方がその異常性はわかりやすい。押収品の中から理科のノートを開きはやてに見えるようにぱらぱらと捲ってみせた。
「ちょう、なんやのん、これ?」
 はやての意識に、はっきりとした驚嘆が宿る。
「全部こうなってるのさ」
「確かに変やけどこれが義直さんが犯人なんと、どう繋がるのん?」
 このノートがまともじゃない何かだとは理解したらしいが、その意味までは届かなかったようだ。
 それは俺も輪廻さんからの回答を得るまで、確信は持てなかったしな。
「説明会はどこぞの名探偵にならって、一同揃えてから、種明かしをやるよ」
 毎回行く先々で殺人が発生する名探偵様には全く憧れないより忌避するが、犬と猫を探して日々の糧を得る普通の探偵には、密かに憧れていたりする。
 などと緊張感の欠片もない不純な憧憬は捨て置き、ブツは回収したので、さっさとクロノ達と合流しよう。
 クロノから来ていた念話通りに、居間ではジジイが管理局員プラス変なゴスロリに囲まれている。ゴスロリを除けば、少し羨ましいかもしれない。
「わしは暁さんという人に、大人しくしているよう言われて、ずっとここに……。暁さん!?」
「俺が生きていてビックリかい?」
 人の囲いごしに、美濃義直と再会する。感動のあまり、向こうさんは顔が歪んで、かなり間抜け面だ。
「生きてる? どういう意味ですかな。それより、この方達は何なんですか!」
「もう三問芝居はここまでだ、ジジイ」
 意味がわからないと不平を訴えるジジイに、面と向かって抱えたノートの一冊を開き見せてやる。それだけでジジイは怒気すら失い硬直した。
「それは詩都音のノートじゃないですかい? そんな物とわしが犯人扱いされるのとどう繋がるんですかいのう」
 動揺を見せながらも、ジジイはまだ認めない。ノートの中身については触れない辺りが白々しい。あるいはこのジジイすら、この事象については知らなかったのかもしれない。
 しかし、このノートが持つ本質は別だ。これはジジイが誤魔化して隠せる類いではない。
「ノートの意味は詩都音本人を使えば説明は容易さ。そうだろ?」
「やめろ! 詩都音には手を出すんじゃない!」
 ジジイが、これまでにないくらいに激昂した。俺に掴みかからんとする勢いだが、周りの局員達に抑え込まれて、それは叶わない。
「どうするかは、あんたの態度次第さ」
 これじゃ、まるで俺がヒールみたいだよな。特に問題ないけど。
 どうせ俺には名探偵役として推理を披露するより、脅しすかして手段選ばず捕まえる方が似合っているだろう。
「ぐぬぬぬぅ!」
 ジジイの瞳からは、もはや演技としての不安は消え去り、残るは烈火のように燃え盛る憎悪だけだった。
「大量殺人鬼らしい、良い面じゃないか」
「っくそ! こんな餓鬼ごときに!」
「美濃義直。海鳴市における連続殺人を認めるんだな」
 ジジイに最後の言質を取るのは執務官であるクロノだ。思ったよりあっさり自白したので、輪廻さんからもらった証拠品を突き付け損ねたな。
「ふん、やったのはあの人形じゃよ」
「それでもお前が命じたのならば、殺人と何一つ変わりはしない!」
「説教タイムはフェイトを拾ってからだろ」
「わかってる。だが先に貴方を拘束させてもらう」
 ジジイが自白したため、扱いも容疑者のそれではなく凶悪犯への対応へと変更される。クロノがデバイスを起動し、光の輪がジジイの腰辺りに発生し締めつけ、両腕の自由を剥奪した。
 また一つ己を阻害されたジジイは、一層顔をしかめて、憎しみ深い形相となる。
「それじゃ、俺達を結界内部へと案内してもらおうか」
「…………」
 ジジイは恨みの眼差しをぶつけるだけで、悪足掻きに体を振りたくって暴れたりの抵抗はしない。そもそもジジイ本人にここで抗う戦闘力がないのだろうが、俺達の言い成りとなっている理由は、それだけでもない。
「そろそろフェイトが耶徒音を退治し終わってる頃だろう。なあ、ジジイ」
 もしフェイトが敗北してるなら、その事実を盾に逃亡や反撃するなりするはず。それをしない時点で、戦いは未決着かフェイトの勝利で終わったかのどちらかだ。
 そしてジジイにはそれが見えているはずだ。そうじゃないと、毎回単純行動の自動人形みたいな動作だけで逃げ切れいたとは思えない。
「フェイトちゃんが勝ったの!?」
「負けると思うなら一人で残さないさ。あの子なら乗り越えられる壁だ」
 何より、俺はこの盤上で、一番先にフェイトが勝つとベットを終えている。俺が危険を冒すのは、その先にチャンスがあり掴むためだ。
 死の淵を彷徨う流れは流転し、同じ河にして別の意味と価値を持ち始める。
「ふん! 役に立たん人形じゃ」
 苦り切ったジジイはそっぽを向き、悪態をついた。すると、辺りが色彩を失い独特の違和感に襲われる。ジジイが己もろとも結界の内側へと侵入を許可したのだ。
 こちらに従いながらも悪びれる素振りがないのは、俺にとっては好印象である。
「早く、フェイトちゃんの所へ行こう」
「待ってなよフェイト。今行くからね!」
「義直氏、貴方にも付き添ってもらおう」
「どうせ嫌といっても連れて行くんじゃろ。勝ってにせい」
 皆がフェイトとの合流に士気を上げる中、俺だけが一人まるで別のことを考えていた。
 “役に立たない人形”ねぇ。やれやれ、自分で作っておいてよく言うよ。
 ジジイのこの言葉で、これから真実を知ることになる詩都音は、更に傷を深めるのだろうか?
 それとも、救われるのだろうか?
 こうして俺達は屋上で孤軍奮闘するフェイトと合流した。
 未だ身体に軽くない損害の残る俺はシャマルさんに、バインドされてるジジイはクロノによって、それぞれ支えられて屋上まで空輸されてだ。
 地に足がつけば、一人でも動ける。向かう先は、ようやく仲間と合流できた喜びから、純粋な笑みにより装飾されたフェイトだ。
 俺がジジイを追い詰められたのは、フェイトがいてくれたからこそだった。フェイト耶徒音を制して、俺が謎を解く。この役割分担が可能だったからこそ、遂行できたんだ。
 たった一人で同格の仲間すら倒した未知の敵を相手取る。これがどれだけ不安と孤独を呼び込む材料になるか、想像に難くはない。それを踏破して、フェイトは勝利を収めたのだ。その覚悟は、敬意を払うに値する。
「本当によくやってくれたよ、ありがとう」
 しっかりとした言葉で、感謝を告げた。彼女の努力に俺が報いられる何かがあるとすれば、まずはそれだろうから。
「ううん、私が勝てたのは、皆がいてくれたからだから」
「皆?」
「皆が私の心を支えてくれたら」
「そっか」
 俺からすればフェイトという強い覚悟が勝ったことでも、フェイトにとっては、これまで紡いできた絆があってこその勝利なのだろう。心の芯まで優しくしっかりとした、彼女らしい発想だ。
「でも、ここで戦ったのはフェイト自身であって、君の頑張りがなければ、耶徒音には勝てやしなかったんだよ」
 フェイトの頭に手を乗せて、金糸の髪を撫でる。いつかの時とは違い、何の抵抗も無く、フェイトは俺の手を受け入れてくれた。
「うん……」
 疲労困憊になりながらも頬を赤らめるフェイトが、心にクリティカルで僕のハートがキュンキュンしちゃうので、もう全部捨て置いてフェイトと一緒に愛の逃避行がしたい。
 そんな妄想スイッチが入りだしていたら、バインドによる拘束をなされているジジイを発見したフェイトに、怪訝が混じっていた。「どうして義直さんが……?」
「殺人事件の真犯人は美濃義直なんだよ」
「え!? 耶徒音は詩都音が産みだしたレアスキルじゃなかったの?」
 何も知らないままずっとここで戦っていたフェイトからすれば、相当衝撃的な話だろう。だけど、あえてそうしてもらっていたので、ここは作戦通りと言っておくべきだろうか。
「それは、これから説明するよ」
 何がどうなってるんだと狼狽するフェイトの隣に立ったまま、周囲にも視線を向けた。
 真実を求めながらもここに来るまでまで付き合っている、時空管理局の魔導師達。
 半ば観念した真犯人のジジイ。そしてフェイトと同じく急速に変化した現状を把握し切れていない詩都音と耶徒音もいる。
 戦闘がないので、いまいちやる気を感じられないゴスロリ野郎もいるが、こいつはどうでもいいや。
 この物語を先のステージと話を進めるために、ジジイのみぞ知る真実をここで暴き出そう。そしてそれが可能なのは、俺だけなのだ。
 隠れたる事実を伝えるために、俺は死に至る窮地を選択しつつ、ここまで理を積み上げてきた。
 ここからが真の意味で、俺の役割を果たす時だ。
「さぁ始めよう。この海鳴市連続魔法殺人事件、その真相に触れるためにね」