自分自身が攻められないから、手数を増やしに来たんだ。バルディッシュの予測計算がズレてしまってる。
 このまま迷ってる時間はない。とにかく出の早いフォトンランサーを撃ち込む。
「次!」
 近い塊を優先して迎撃しながら、全体の動きを把握するんだ。そうして常に敵の動きを読んでいかないと、
「えっ」
 これは、一体どういうこと!?
「耶徒音が、何処にもいない?」
 さっきまではマンションの上でこっちを捕らえるために、花びらを分離させていたのに。今はその姿がどこにもない。
 花びらの数が増えて、耶徒音が消えた。
「まさか!」
 身体全部を花びらに変えている!?
 私はなんて大きなミスを冒してたんだ。
 あの詩都音が抱きしめていた、耶徒音の頭。あれは耶徒音にとっては自分を構成する核みたいな何かで、あそこだけは花びらと同じ構成で回復は可能だとしても、分解は不可能だと思ってた。
「次の花びらが。やらせない、バルディッシュ」
 この勘違いは大きい。耶徒音がこうする可能性は、当然もっと早く気が付くべきだったのに。だって、これまで現場から逃げ続けられたのは、それで姿を完全に消して去っていたからなんだから。
《Thunder Blade》
「サンダーブレイド!」
 雷型の剣が次々と花びらにぶつかっては消えていく。この魔法ならフォトンランサーより、範囲の広い魔法の方が効果があるはず!
「っく、また!」
 花びらが、射撃魔法を避けて急に二手に分かれた。
 その後ろから、数枚の花びら群がもう一つ。
 こっちが本命?
「これくらい!」
 ハーケンフォームの魔力刃で一薙ぎし、後ろの花びらは消え散る。
 次いで、通り過ぎた塊二つを壊せば、
「そんな……嘘」
 私は目の前に起きている事態を信じられなかった。
 何が私を襲うつもりなのか。
 どれがフェイントなのか。
 そのどれもが、私の予想外だったんだ。
 だって振り向いた先にいたのは、上半身だけを構成し終えた、耶徒音自身なのだから。それも、今まさに私へ拳を打ち込もうとするところだ。
 短い時間なら、部分的に身体を構成して飛べるの!?
「まだだ!」
 でもどうする?
 避けようにも間に合わない。
 叩きつけるため、縦に強振された腕。
 どうする!?
 シールド魔法も無意味だ。ならせめて、
「くぅっ!」
 バルディッシュごしに、嵐のような耶徒音の力を受け止めた。
 重い。
 とても花びらが集まって作られた腕とは思えない。空っぽの心には、人を殺すための力が詰まっていた。
 魔法で保っていたバランスの制御が叩きつけられた力で、一気に崩される。
 模擬戦で、魔力を圧縮したアルフの打撃や、ヴィータのグラーフアイゼンをぶつけられた時と同じ感覚だ。飛ぶのではなく、飛ばされる。
 落下する身体を止められない。
 後ろには、花びら。
 ブリッツアクションを起動。
 攻撃の位置、落下する地点を修正――ぶつかる!
「かはっ!」
 背中から屋上のコンクリートへと激突した。
 ぶつかった衝撃で視界が黒く反転し、身体が軋み、肺から空気が一気に抜け出る。
 自分がぶつかったとは思えない騒音は、巻き上がった砂塵や石みたいな破片から、地面が砕けたんだと理解した。
「ううぇ、ごほっ! ごほっ!」
 息が詰まり、咳が止まらない。滲んでくる涙で前もよく見えない。
 痛みだけじゃなくて、虚脱感も襲ってきた。反射的にぶつけた背中を庇うけど、他はもう絶望で身体が動かない。
 苦しいよ。身も心も、どうしようもないくらい、どうしたくもない。そうか、私、疲れきっているんだ。
 全身が心臓になったみたいに、どくどくと鳴っている。
 楽になってしまおうか。
 楽になってしまおうよ。
 ほら、すぐに耶徒音がここへ落ちて来るよ。
 それに当たって、横になろう。もう休もう。
 布団の中じゃなくて、硬い床で寝ることになるけど、そんなのプレシア母さんから罰を受けていた時でもう慣れっこだ。
「ごめんなさい……」
 痛みのせいだけではない涙が流れた。
「かふっ! けほっ! ……ごめんね。なのは、たっ君、皆」
 やっぱり、私じゃどうしようも無かったよ。
 たっ君の生死を受け止められず。
 なのは達も危険に晒すことになる。
 皆の頑張りを無駄にしてしまった。
「ごめんね」
 詩都音もごめんね。
 結局詩都音に真実を伝えて、手を差しのべてあげられなかった。
 やっぱり私は、一人じゃ何もできない。なんて弱い人間なんだろう。
 悔しい。
 首だけを動かし、詩都音の様子を見る。
 有頂天になって狂喜乱舞する詩都音は、もう勝利を確信してるようだった。
「え?」
 でも。
 だけど。
 私は詩都音ではなく、私のそばにあったそれに、心を奪われていた。
 わからない。そんなのあるはずがないのに。
 これは幻覚なんだろうか。
 そこにはあるはずの物がなく、なかったはずの物があった。
「耶徒音ちゃん、トドメを刺しちゃえー!」
 詩都音の言う通りに、私の命を奪うために耶徒音が降下し地面と激突する。
 気が付けば、私は動いてた。大量の土埃を巻き上がる中で、横転してやり過ごす。
 まだ上手く息ができてないけど、脱力感はもうない。
 自分でも驚くくらい、心が軽くなっていた。
「まだ動けるの? フェイトちゃんそんなの悪足掻きなんだから、もうやめなよ」
「たっ君は生きてる」
「あそこから落ちたんだから、そんなわけないよ。知ってる? そーいうのって、根も葉もないない噂って言うんだよ」
 私は退避する前に掴んでいたそれを、片手で持って強く握りしめて、詩都音に向けて突き出す。きっと詩都音にはこれがどういう意味を持つのか、決してわからないだろう。でもそれでいいんだ。
 そして、えへんと胸を張って、私は言い返した。
「違うよ……。この場合は、火のないところに煙は立たず……っていうんだ」
 これはたっ君が出会ったばかりの私に、教えてくれた言葉だから。
 私の手にあるものは緋色のナイフ。たっ君の戦っていた頃に流した血から生まれた、たっ君の生きてる証だ。
 たっ君にとって流れた血液は抜け殻なんかじゃなくて、立派な武器で、戦う意思だった!
「むー。ふらふらで倒れそうなのに! 今度こそ耶徒音ちゃんに殺されちゃえぇ!」
 詩都音の声に従っているのか、煙が薄くなった土埃から、耶徒音のシルエットがこっちに向かってくる。
「もう……やられてばかりは、ここまでだ」
 たっ君だけでなく、私の魔力変換によって電を帯びたナイフを、一直線に突貫する耶徒音に投げる。二人の力が込められたナイフは、耶徒音の足先を弾けるように貫いた。
 地を蹴ろうとしていた耶徒音は、バランスを失って受身も取れないまま転倒する。
「あっ! でも、それくらいなら、耶徒音ちゃんは平気だもん」
「知ってるよ……私が欲しいのは、耶徒音を倒す準備をするための、時間だから」
 今度こそ大丈夫だよたっ君。
 たっ君はわざと落ちたんだ。
 あの時は焦って気付かなかったけど。わざとじゃなければ、たっ君が奇襲にも使える自分の流した血液を、そのままにしておくわけがない。
 たっ君は自分が無事だと報せるために、血を落としていたんだ。
 立ち直れたからこそよくわかる。いや、思い出せる。たっ君はどんな窮地でもまるで心が歪まない、諦めるなんて選択肢が絶対にない人だ。
 屋上から落ちて上から花びらが迫ったくらいじゃ、たっ君にとっては窮地ですらない。この戦いに勝つためにたっ君が仕組んだ、作戦の一部だったんだ。
 なら、私は自分の役目を果たさないと。
 だからここで稼いだ時間は、
「これから私とたっ君が逆転するための時間だ!」
 耶徒音が足を再生して復帰したけれど、それでいい。
 私だってバリアジャケットの装甲を薄くし、スピードを最優先にしたソニックフォームを起動したのだから。
 これが私の私らしさだ。
 私は戦いを続ける。たっ君もどこかで自分の戦いを続けてるんだろう。言い換えるなら、たっ君は私一人でもここを任せられると信じてくれたんだから。
 私を捨てない。
 私を諦めない。
「無茶ばかりしてごめんねバルディッシュ。だけど、もう少し私に力を貸してくれる?」
《YES Sir.》
 口数は少ないけど、いつも私と一緒に危機を乗り越えてくれる、大事な相棒の声だ。そっか、すぐ側に居過ぎたせいで忘れてしまっていたけど、元々私は一人何かじゃなかったんだ。
 フォームチェンジと一緒に、バルディッシュも砕かれたパーツを修復された。こんな私に応えて、力を貸してくれる。
 そしてバルディッシュの中にある気持ちは、私だけじゃない。他にもたくさんの人の想いが込められて作られている。
「ありがとう」
 今の私にごめんなさいは、ただの弱音だから、もう言わないよ。
 わずかに中断されていた戦闘が、再び廻りだして、耶徒音は私へと飛びかかった。
 でも、それはさっきよりずっと余裕を持って避けられる。相対的に私のスピードが上がっているからだ。
 普段なら防御力が落ちる分、ダメージのリスクが上がるのがソニックフォームだ。だけど耶徒音に限って言えば、それはあまり関係がない。
 一撃で負ける戦いなら、一撃も受けない前提で応戦する。それは私向けの戦いだ。
 ――耶徒音が相手だとしても、君は自分の力を信じて貫け。
 うん。わかったよ、たっ君。たっ君が本当に言いたかったこと。ただの根性論だけじゃない、たっ君らしい理合が含まれてたんだね。
「詩都音。君の言う通り、私は弱い。けど、見えないところで、たくさんの人が私を支えてくれてる。だから私は戦えるんだ!」
「ううー! そんな屁理屈!」
「さぁやろう。私が、耶徒音を逮捕する」
 襲撃が失敗に終わった耶徒音は、花びらを放つ。
 私も射撃魔法を撃ち出していて、それらは相殺に終わった。
 これ以上花びらが増える前に、飛ぶ。
 耶徒音も追々しようと、自分を分解して空へと昇った。