「中は空みたいだね」
 おまわりさんが、ふくろを大きく開いてよく調べるけど、中身は何もない。そうか、きっと耶徒音ちゃんが見つからないように、服を持ってかくれんぼしてるんだ。
「それは、ジュースを買ってそこに入れてたの」
 おまわりさんは言い訳をする私の顔を見てから、ふくろを元の場所にもどした。
 ふくろはもう心配ないけど、耶徒音ちゃんが見つからないようにしなきゃ。
「そっか。それじゃあお嬢さんが買ってきたジュースってこれ?」
 おまわりさんが次に目をつけたのは、机にある缶ジュース。宿題をしている途中で飲もうと出して、耶徒音ちゃんと分けたから中身はもう空っぽ。
「はい。このオレンジジュースは、わたしのお気に入りだから」
「そう、これ私もお気に入りなんだよね。ところで、どうしてコップが二つもあるのかな」
「あっ」
 机のジュースは空っぽでも、床においたままのコップはそうじゃない。わたしと耶徒音ちゃん2つのコップがあって、どちらもまだ入ったまま。
 ぎくりとしたわたしを見たおまわりさんは、きっと耶徒音ちゃんがいるのに気づいちゃった。
「お嬢さん、もしかしてこの部屋に誰か匿っているのかな?」
「わたしは誰も隠してないです」
 おまわりさんの視線が、これまでで一番わたしに集中する。
 ごめんね耶徒音ちゃん、わたしまた失敗しちゃったよ。耶徒音ちゃんは一生懸命隠れてくれてるのに、お姉ちゃんのわたしが耶徒音ちゃんを追いこんじゃってる。
「本当に?」
「本当……です」
 おまわりさんは信じてない。信じてるわけがないよ。
 まただ。また心に“どうしよう”がいっぱい出てくる。どうしようを考えるとどうしようしか考えられなくなって、だからどうしようはよくないのに。
 それでも、どうしよう。
「もし、お嬢さんが誰にも言うなと脅されているんなら、心配しなくていいんだよ。君は私が必ず守るから」
 おまわりさんはしゃがんで、わたしと目の高さをあわせてからそう言った。やっぱり信用してないから、わたしをかいじゅうしようとしてる。
 だけどわたしは耶徒音ちゃんにかばってほしいと頼まれたことは1度もない。わたしが勝手に耶徒音ちゃんを守るって決めたから。耶徒音ちゃんは、わたしの大切な家族でたった一人の妹なんだもん。
「誰もいないから、言われてないです」
 わたしを心配するように声をかけるおまわりさんを、精一杯ににらみかえす。おまわりさんは困ったような顔をして、ほっぺたをかいた。
「わかったよ」
 お鼻で息をはいて、おまわりさんは立ち上がる。そして、笑顔が消えた。
「最後に、押入れだけ見せてもらっていいかな」
 どくん、って音が聞こえる。わたしの音だ。また、おむねがしめつけられるように痛い。とてもきんちょうしてるんだ。きっとこれが最後だから。
「嫌です」
「どうしてかな?」
「わたしのぷらいべーとだからです!」
「なるほど。私はねお嬢さん。君の秘密を探りたいんじゃないんだ。ただ、悪い人が隠れてないか確認したいだけなんだよ。だから、押入れの細かいところまで見ないと約束する。それでも駄目かな」
 おまわりさんも簡単には引いてくれない。それはそうだよね、それがおまわりさんのお仕事なんだから。きっとこのおまわりさんは、本当に犯人を見つけて街を守りたいだけなんだ。悪い子なのは、わたし。
「おまわりさんがちゃんとおうちを見るのには、あの紙がいるんですよね」
「捜査令状のことかい?」
「はい、ドラマでやってました。だからわたしが嫌だって言ったら、見れないはずです」
「……お嬢さんの言うとおり。これはあくまで任意の捜査だから、嫌だと言われたら私は諦めて帰るしかない」
 やった。これでおまわりさんは帰ってくれる。だって、わたしは絶対いいよとは言わないんだから。
「それじゃあ」
「ご主人。これで最後にしますので、ほんの少し、見せてはいただけないでしょうか?」
 おまわりさんは、わたしじゃなくて、おじいちゃんの方を向いてお願いをした。わたしの部屋なのに、おじいちゃんに。
「おまわりさんは、詩都音を心配してくれているんだ。少しだけ、見せてあげなさい」
「でも!」
「詩都音。誰もいないのなら、見せても困らないなだろう? それでお終いなんだ」
 おじいちゃんはおまわりさんの目をじっと見て、いいよと言ってまった。おじいちゃんもおまわりさんの味方だ。だって、正しいのはわたしじゃなくて、おまわりさんだから。
 どれだけおじいちゃんがわたしを信じてくれても駄目。耶徒音ちゃんが人殺しをやめないのなら、わたしの味方は耶徒音ちゃんだけで、耶徒音ちゃんの味方はわたしだけなんだ。
「ご協力、感謝いたします」
 おまわりさんが、おじいちゃんにおじぎをして押入れの前に立つ。
 もうわたしじゃ止められない。後は耶徒音ちゃんがここにいないのを祈るだけ。お願い耶徒音ちゃん、どうか押入れに隠れていないで。おまわりさんから逃げのびて!
 おまわりさんの手がゆっくりと取っ手にかけられて、勢いよく戸が開かれた。