日が暮れ始めいつもの巡回が始まっても、私とたっ君はずっと張り込みを続けている。
 夜が近付くにつれ、たっ君の雰囲気もどことなく重くなっていった。
 人を殺そうとするなら、家から出るしかない。その時に必ず何かの反応が起きるはず。まだユーノ達が襲われてから一日しか経ってないから、実際動きがある可能性は低いのだろうけど。それでも僅かな可能性に賭けて、太陽が沈んで徐々に闇が増していくのを目で体感しながら家を見つめ続ける。
 そうした中で突然念話が入り、エイミィさんの焦ったような声が、頭に直接響いてきた。
『フェイトちゃん、拓馬君! そっちに状況の変化はない!?』
「外に何も変化は感じられないけど、どうしたの?」
「今犯人が潜伏していると思われる家から、すごく小さい魔力がいくつも観測されて消えたんだけど」
 魔力反応!? ここにいる私たちは何も感じてなかったし、見えてもいない。
 私の予想を裏切って、事件は見えないままに動き始めていた。張り込みの失敗という結果を残して。
「転移反応もあったのか?」
「……うん」
 バルディッシュも観測不能な小さな魔力で転移するなんて、そんな魔法が可能なの? だとしたら、私達に犯人の犯罪を未然に防ぐ最大の手が潰されてしまったも同然だ。
「了解した。俺達は“引き続き張り込みを続ける”」
「どうして!? 犯人が動いたんだ、私達もいかないと!」
 ここまでの張り込みが無駄に終わったのに、たっ君には僅かにも焦りや同様はみえない。まるで予想通りだったみたいな静けさの声で、続行を宣言している。
「俺らの仕事はあの家に動きがないか見張ること。動いた後の管轄は見回り組に任せるべきだ」
「だけどもう犯人は動き出している! 私達だって合流しないと、また新しい犠牲者が増えてしまうかもしれないよ」
「動きを悟れなかったんだから、そこで俺達はもう手遅れだろう」
 動き始めた犯人を捕らえる術を、私達は直接遭遇する以外に持っていない。たっ君は、もう次の犯行を始めた犯人の追跡を諦めているの?
「そうかもしれないけど、ここに居たってもう何にもならないのに!」
「そうでもないさ。まだこっちの流れが切れたわけじゃない」
「まだ手がある……」
 たっ君がこう言う時にはちゃんとした意味がある。そしてそれは理論立てて考えていけばちゃんとした答えがが出るものばかりだ。
 たっ君の言う流れは、張り込みそのもののはず。そこにまだ何かの可能性があるとすれば、一つしかない。
「もしかして、まだ中の人が動くかもしれないってこと?」
「わからないが、可能性がないとは言い切れない。なんせこの状況はかなりのイレギュラーだ、何が起きたとしても不思議じゃない」
 今私達が直面しているのでき事は、間違いなく予想外していなかった事態。それは取り逃がした結果についてだけでなく、初めて犯人が連日で外を徘徊している事実だ。
「このイレギュラーには何か重要な理由があると、たっ君は考えてるんだね?」
 これが犯人にとっても予期していなかった事象なら、何処かで綻びが生まれる可能性もある。たっ君が賭けているのはいつものローテーションから外れたことによる、犯人の偶奇なんだ。
「その通り。フェイト、ここはまだ耐えろ」
「うん……」
 昨日たっ君が乗り込んだ家、そしてそのまま自分で張り込みを志願した。その結果、一定以上の期間が開いてたはずの事件が連日となって発生している。
 何かが起こっている、あの家には何かがあるんだ。
 犯人の出撃は私達には悪い状況であるのには変りない。でも、ここはたっ君を信じて偶然から生まれるチャンスを待つ。
「そういうわけだエイミィ。俺達は監視を続ける」
『了解。こっちも進展があれば随時報せるから』
 そしてそこから数分の後、たっ君の予想は的中した。今度は正面の玄関から、私と同じくらいの年に見える少女が焦ったように飛び出したのだ。
 たっ君と私の張り込み作戦は、失敗してから成功した。
「あの子は!」
 たっ君の報告だと、あの子の名前は詩徒音だったはず。あの家に住んでいる、唯一の子供だ。
「フェイト、あの少女を追ってくれ。もしかしたら彼女は犯人と遭遇するかもしれない。俺だと警察官の姿で一度接触しているから、直接彼女と話す必要が出たなら警戒が大きい」
 つまりたっ君は、どちらかと言えば動きたくても動けない立場にいる。私なら接触したとしても同い年くらいの女の子な分、むしろ追っている側だとも悟られにくい。
「わかったよ」
「すまない。じじいなら俺が出る予定だったんだが、あの子はやたらと俺を毛嫌いしていたからな」
「大丈夫、連絡はできるだけ細かく取るようにする。たっ君はここで張り込みを続けて」
「ああ、俺も家に変化があれば逐次報告していく」
 お互い大きく頷きあってから、私は車から降りて追跡を開始した。
 もしあの子が犯人や他の人と出会ったら、その時のアクションは先に決めてある。
 遭遇者が犯人なら、追尾しながらこっちの増援を待つ。明らかに犯人以外で、あの子に襲いかかるような雰囲気を感じたなら、即私が被害者を救出して安全を確保。
 犯人の力が分からない以上、できるだけ積極的な戦闘は避けて、皆と合流してから確実に犯人を逮捕する作戦だ。
「どっちだとしても、このチャンスは逃がさない」
 詩徒音を追い始めて数分経ち、あの子の行動に違和感を感じるようになってきた。始めは僅かなものだったけど、時間が経つにつれ、それはどんどん大きく明確な疑問に育っていく。
 誰かと待ち合わせするための移動なら走る方向がいまいち不明瞭だし、不特定多数の人を探してるようにも見えない。どちらかというと、闇雲に走っているだけみたいな行動だ。同じ場所を数回に渡って通過したりもしている。私を巻こうとしてるのかとも疑ったけど、そんな風にも見えない。
 その内に詩徒音の走る速度が緩やかになってきた。家から出てきた時のような、どこか鬼気迫る勢いはどこにも感じられない。
 隠れながら時折覗く詩徒音の顔は、落胆に包まれている。肩を落として歩く女の子に、殺人鬼の気配は微塵もない。
『そっちの様子はどうだフェイト』
『うん、あれからずっと追跡を続けてるんだけど、少なくとも人を襲おうとしているようには見えないよ』
 実際詩徒音はさっき人とすれ違っていたけど、何の反応も示さなかった。まだ勢いのあった頃で、まるで目もくれないままに走り去っている。
『もしかして詩徒音は、犯人を探しているのかな』
 家から出ていった犯人と会いたいから、あそこまで探し回ってると考えれば、あのひたむきさにも説明が付くんじゃないだろうか。
『可能性はある。それとフェイト……』
 たっ君が先を話すのに躊躇いをみせている。それだけで、内容はだいたい察してしまった。多分、詩徒音を追っている私に迷いを生じさせたくないから、クッションを置いたんだと思う。
『どうしたの?』
『シグナムとヴィータがやられた』
『そんな……』
 わかっていても受けたショックは小さくない。一騎打ちに強いヴォルケンリッターでも、犯人を止められなかったなんて。
 まただ。また私は間に合わなかった。そして大事な仲間が傷つくことになってしまったんだ。これ以上、事件の犠牲者を増やしたくないのに、私達の願いは届かない。でも、
『だからこそ、ここで詩徒音を逃がすわけにはいかない』
『うん』
 まだだ。私の尾行がこの事件に繋がる大事な鍵かもしれない。二人が負けてしまったのなら、それだけ私の追跡は重要になったんだ。
 さらに詩徒音を追尾すると、彼女が弱々しい足取りで入ったのは海鳴公園。そこで止まった。
『詩徒音は海鳴臨海公園に入って、そこで移動をやめた』
『動く気配もないのか?』
 詩徒音は周りを見渡したかと思えば、頭を下げてじっとしている。
 静まり返った公園に耳を澄ますと、小さい嗚咽が聞こえてきた。
『うん。泣いている、のかな?』
 ここまで走り回って見つけられないで、精神的に消耗してしまってるのかもしれない。あまりに弱々しくて、私にはこのまま放っておくことができない。
『たっ君、詩徒音と接触してもいい?』
『ああ、頃合いかもな。ただし、慎重に刺激しないようにするんだ』
『わかった』
 私の行動と結果で、まず間違いなく事件の展開は大きく変わる。それが良い方向なのか、最悪の流れになってしまうのかは、話しかけてみないとわからない。
「君、そこで何してるの?」
 そうして、私は初めて美濃詩徒音と言葉を交わしたのだった。