輪廻さんの話だと、美羽は学校の友達と一緒に遊んでいたはず。それもわざわざ連絡手段がメールでなく電話であり、美羽の声も震えて焦り気味だ。
『海鳴公園でみっちゃんやたーちゃんと遊んでたら、奥の方で高校生くらいの人達が大勢やってきて、喧嘩を始めたの。それでどうしたらいいのかわからくて』
「海鳴公園だね? すぐ行くから、美羽は友達と一緒に目立たないように公園から離れて」
『わかった。ありがとう、たっ君』
 赤の他人なら放っておくが、美羽の頼みなら無碍に扱えない。大した障害でもなく面倒なだけだし、解決してしまおう。
 いやむしろある意味、赤の他人に近いからここまで放っておいたのだけど。こうなっては見て見ぬ振りするわけにはいかなくなった。つくづく運の良い奴だ。
 電話を切ると、あまり良い雰囲気でなかったのを察したシグナムがすぐに声をかけてくる。
「何やら厄介ごとに巻き込まれたように見えるが?」
「藤堂の奴からSOSだよ」
 それから俺達が動き出したのは直ぐだ。俺はシグナムの後ろに追走する形で海鳴公園へと急ぐ。素の運動力に差があるので少しばかし辛いが、付いていけないレベルではない。
 藤堂と初めて会った当初あいつは半袖だったが、さっきは長袖のジャージだった。運動していたからかもしれないが、普段は半袖で過ごす者がこの真夏に好き好んで長袖では、どうにも不自然さが目立つ。
 長袖で他の理由を推測するならば、痣や傷痕の類を隠すも考えられる。それは練習で受けた痣であり、あるいは“これから増える傷”を隠すものかもしれない。
 さらにさっきの別れ際、シグナムが寄っていく場所を聞けば藤堂は場所を告げずに去った。
 ああいう自信喪失者は、数少ない取り柄として表面的な真面目さを取り繕うケースが多い。そのスメルは、あまり多く交わしているわけではないとはいえ、これまでの会話からも感じ取れていた。
 あのあからさまな行き先の隠し方は、ごまかしを不得手とする者が後ろめたい何かを隠した動揺だ。誰かを自分の虐めに巻き込みたくなかったのだろう。
 仕上げに藤堂が分かれた道は、海鳴公園のコースにも繋がる。
 海鳴公園は結構広く、あまり大人が寄らないポイントもあるのだ。鏡がそこを幾度と無く暴動の開放先として選択していたために、俺まで憶えてしまっている。
 それで藤堂のその後の行動が確定したなと、大きさと自信が伴わない藤堂の後姿を見ながら考えていた。
 俺にとっては美羽のため以外に藤堂を救出する理由は発見されないが、騎士道精神に則ったシグナムは、大事な教え子を見捨てるわけがない。
 シグナムが出張ってくれるのなら、俺は見学だけで済めばいいのに。そう希望的観測を浮かべて公園に近付くと、入り口前に待機していた美羽とその友達達を見つけた。もう安心していいからと簡単に宥めてから、案内と美羽へのポーズを意識して俺が先頭に代わり公園に入っていく。
 予想はドンピシャだ。
 あまり目立たないポイントで、ごついのがガラの悪い連中に叩きのめされている。
 数は十人余り。装備は木刀、金属バット、角材で様々に言うにはちと幅が狭い。だが、腕を組んでリンチを見学しているリーダー格の奴以外は、何らかの獲物を持っている。
「お前達、何をしている!」
 無論、藤堂を発見してから先に動いたのはシグナムだ。
 何をせずとも毅然とした立ち振る舞いに加え、今は怒りを露にしながら、シグナムが不良達へと進行していく。
 俺も消極的に遅れながらではあるが、シグナムの後に続いた。美羽に頼まれた手前、こいつらの排除にニートしてましたという事実がくっつかないようにしばければ。
「何だこいつら!? 藤堂の仲間か?」
「てめっぇはかんけーねぇだろ、すっこんでろ!」
 デジャヴを感じる台詞だなぁ。こういう連中はお前には関係ないって台詞大好きだよね。排他的な人種だからだろうか? もしくはバカの一つ覚え。
「ジ、ジグナムさん……」
 両手で頭を庇いながら知に伏していた藤堂が、泣きながら救世主の名を呼ぶ。そこに俺の名は無かった。
 いや、俺にそんなつもりはないから、呼ばれなくても別にいいんだけどさ。
「関係ならある、藤堂巌の講師だ。非常勤だがな」
「そういう問題でもないんじゃないか?」
「おぅまえはぁ!」
 リーダー格が俺を見たとたん、急に怒鳴り出す。さっきだと遠くからで判別しきれなかったが、そいつは確か仲間に“大ちゃん”と呼称されていたはず。それと音声出力機能が、藤堂以上に故障していた男だったか。
「よっす」
「ぬぁんでこっこにいんだよ! 藤堂てめぇ、ちくってんじゃねぇマジにぶっすぞウラァ!」
「そこは藤堂ではなくて俺の推理が華麗に」「すぐに藤堂を解放しろ」
 シグナムは余程教え子のリンチシーンにご立腹しておられるご様子で、俺の扱いはモブだ。
 リーダー格と違い、声を張り上げいるわけではない。それでも有無を言わさぬ圧力に、不良共は雰囲気に呑まれかかっている。まるで抜き身の刀へ畏怖の念を抱くように。
 俺としてはこのノリに乗じて、無血決着を望みた――
「っざっけんじゃぁぞぉ! バンピーのガキと女一人にぃびってんじゃねっこらぁ! こういう時のための武器だろうが!」
 かったのだが、リーダー格は相も変わらず戦力分析が苦手な子のようだ。
 こういう時と言うのなら、乱入は想定したのだろう。そのくせに、虚勢で部下どころか自分まで鼓舞している様子は見ていていっそ微笑ましく、さっさと泣きっ面に塗り替えてやりたい。
「ふん、やはり言っても無駄か」
「向こうさん武器を持って、やる気満々みたいだよ?」
「私なら些細無い。この程度の連中に表道具はいらん」
「どちらかというと、警察に連絡しようかと言う選択肢を持ち掛けたかったんだけど……無意味っぽいね」
 どっちにしても不良とシグナムのお互いが、やる気ぱんっぱんだ。
 シグナムからすれば制裁と言うより、渇を入れてやろうと言った感じだろうから、細かい心配はいらないだろう。警察にも素手ならそれで言い訳になるし。
 凶器を携えた手下共は、それぞれ勇ましくやかましい掛け声を合図に、標的を藤堂から俺達へと変えた。
 先導していたシグナムは相手の空気を察して、両腕を上げる。
 先に接近した手下がバッドを振り上げると、シグナムは懐に潜り込み攻め手を封じた。
 素早く無駄のない立ち回りに女が相手となめていたのか、後の先を持っていたかれた手下は横面を殴り飛ばされ戦闘不能へ。
 続けて殴ろうとした者は瞬く間に味方が落ちて面食らい、シグナムの右ストレートによる次なる餌食となった。
「どうした、威勢の割りにはこんなものか!」
 あっさりと先鋒がノックアウトされてしまい、手下ほとんどの動きに戸惑いが伺える。残った例外は今しがた俺の後ろに回り込み、不意打ちを狙ったとこでカウンターの裏拳を鼻っ柱にぶちこまれて打倒。
「俺に不意打ちや奇襲は辞めた方がいい」
 ほとんど喧嘩と言うより蹂躙じゃなかろうか、これ。
 見事なまでにシグナム無双だ。俺は本当に自己防衛くらいの仕事しかしていない。
 五体満足な相手さんはさっさと諦めればいいものを、内心では無理だと悟りつつもリーダーがいる手前戦わないまま逃げるわけにも行かず、やぶれかぶれにかかってきてはシグナムに撃退されている。
 殴り飛ばされてまだ意識のある奴もいるが、実際痛い目を見ればまた話は別だ。そうでなくても武器まで持ち出して団体で仕掛けているのに、ここまで手も足もでなければ戦意喪失は免れない。結局戦力が減るにつれ、ふらふらでも必死に逃げ出す者も現れる。
 一人逃げれば連鎖で他も逃げ出すもの。数の割には時間もかからず、意識を保った敵の残りはリーダー格だけとなった。
「さて、残るは貴様だけだぞ」
「うおお、動くなぁ!」
 こいつ口では驚いていたが準備が過剰な万端な部分があり、ほとんど乱入者を前提で考えていたのはさっきこぼした一言からも分かっている。
 追い詰められたリーダー格が背中から抜き出したのは拳銃。ヤクザに知り合いでもいるのだろうか?
「うわお、まだやのかよ。しつこい」
「銃を渡せ。そいつは素人が扱っていいものではない」
「っぐ、脅しじゃねぇんだよゴルァ!」
 そう言うからこそ、正しく脅しだろ。
 初めから銃を扱うつもりなら、わざわざ部下を先にけしかけるはずがない。
 照準をこちらに向けていても手が震えているし、距離まであるからまず当たらないだろう。
 どう見ても撃つのを躊躇ったからこそ、切り札のように最後まで残したのだ。
 しかしこれは英断ではなく、ただの躊躇。場を切り拓く道具はあっても覚悟が無し。
 わかっているからこそ、俺とシグナムも平常のまま対処している。
「あんた以外が全滅した段階で止めておけば、それで済んだってのに。どうして自分の首を自分で絞めるかなぁ?」
「お前ら状況わかってんのか!」
 そんなの、ヘタレがひたすら人生自滅の道を歩んでいる以外の何者でもない。
 だけどそれをわかっていないのは、銃の装備者だけではなかった。
「や、やめろおおおお! ジグナムざんに手をだずな!」
「あ、あんだとぉ!?」
 さっきまでうずくまっていたはずの男が、予測を破り蛮勇を奮う。
 いつの間にやら動き出していた藤堂が体当たりをかましてリーダー格に突っ込み、両者がもつれる様に倒れこんだ。強引に銃を奪ってしまう気らしい。よろしくないタイミングで勇気を振り絞って切れたものだ。
 リーダー格の所持している物が他と同じバットの類なら、勇敢な行為と言えたかもしれない。しかし武器が武器のため、藤堂の決起は思慮の浅いただの無謀。
 何が困るって、これによりシグナムにまで焦りが生じてしまった。
「藤堂! 無茶をするな!」
 最悪の展開を恐れたシグナムが、銃を持ったままで暴れる二人に割って入ろうとする。
 せっかくリーダー格の自滅を待っていたと言うのに、これで作戦はご破算だ。
 とりあえず俺は様子が見えるようにして、そこらの遮蔽物へと避難する。
「チクショウ、離れやがれ」
「嫌だ、お前こぞ銃をはなぜ」
「やめ……うがぁ!」
 藤堂がリーダー格の手を掴み、力尽くで銃を剥がそうと引っ張った結果、銃は暴発されてしまう。
 リーダー格は逃れるように腕を振りはおうとしていたために、銃は藤堂でもリーダー格でもなく外側へと放たれ接近していた第三者、シグナムの脇腹へと命中した。
「うぐっ!」
「ジグナムざん!?」
「お、俺じゃねぇ、この野郎が奪おうとして銃が勝手に!」
 いくらシグナムでも魔法を一切使用していなければ、初速が音速さえ上回る不意撃ちに近い弾丸には反応できない。
 シグナムはその場で膝を付き、己の傷を確認している。致命傷ではないが、安静にすべきは当然だ。
 藤堂とリーダー格は唖然とするばかり。こうなっては俺が出て場を収めるしかない。
「じっとしていろ、シグナム」
「私なら問題ない。拓馬、お前は銃の回収を優先しろ」
「わかった、お前は少しでも出血を抑えてるんだ」
 シグナムは人間より傷の治りが早いし、耐久力も高いはず。
 致命傷でさえなければ、本人だけでも応急処置は可能と判断する。
 ならば俺の優先事項はシグナムの指示に従い、拳銃を確保することだ。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
 だが、嫌な展開は続くものである。
 突如耳をつんざく大咆哮が公園に響いた。肺の空気を出し尽くすように、藤堂が吠える。
「しっかりしろ藤堂! 私なら大丈夫だ」
「うぎがあああぎごあああぐうううああああ!」
 藤堂には何も聞こえていない。何も見えていない。自分のミスでシグナムを銃弾で撃ち抜いた事実を否定したいから。
 これは悲鳴だ。現実を受け入れられない哀れな男の悲鳴。
 そして悲鳴は産声となった。
 叫びに呼応するように、藤堂の肉体が金属に変質していく。
 ただでさえ巨大な肉壁だった体躯は、文字通り鋼と化したのだ。
 これは叶と同じ現象。つまりは藤堂もレアスキル保持者だったことになる。
 凶弾の暴発はさらなる暴動への呼び水となり、ずっと眠っていた狂獣を覚醒へと導いた。