「そうだよ、それに私が藤堂君と同じクラスになったの、嫌だと思ってなんか無いの。ホントに藤堂君はなんでもすぐ謝っちゃうんだから」
「……ずみまぜん」
「だから、それが良くないの。藤堂君はもっと自分に自信を持って良いんだからね!」
「はい」
 ああうん、駄目だこれは。本格的に駄目だ。
 円の説教癖に火が点ってしまった。こうなると終わりまで時間がかかるが、一通り説教が終わるまで待って時間を無駄にしたくも無い。
 俺は内心で嘆息しながら、爪楊枝でたこ焼きを一突きして円の口元へと運んだ。
「あーん」
「ちょっとたっ君、邪魔しないで」
 直接的に説教の妨害をされてご立腹の円だが、それでもたこ焼きは下げずにアタックを続ける。
 いつぞや美羽が叶に仕掛けたのと同じ手法だ。名付けて“オペレーションみうみう”。要は何でもいいからひとまず話の腰折っちゃえというだけだが。
「あーん」
「もうっ」
 円が放つ怒りの矛先がこちらへ方向転換。形はどうあれ、こちらへ興味を引き付けられた証だ。
「あーん」
「わかったよ」
 まだちょっと熱を保っているが、感情まかせに円は一口で口内に納めてしまう。やはり熱かったかちょっとばかり顔をしかめる、しかし意地が勝ったか飲み物も無しでそのまま咀嚼して飲み込んだ。ちょっぴり涙目がそこはかとなくエロい。
 そうして意図的に生みだした空白の時間。すかさず俺が頭に用意していた台詞を読み上げる。
「まぁまぁ、藤堂だって厄介なのに絡まれて精神的に参ってるだろうから、今日はもう解放してやろうよ」
「むぅ……。わかりました、今日はここまでにしておきます。たっ君はお説教から逃げるの、上手になってるよね」
「慣れてるからな」
 円はちょっと頬を赤くして、煮え切らないながらも刃を鞘に収めてくれたようだ。
 途中まで敬語だったのが気になるも、案外機嫌は悪くないらしく紙コップの水を飲んでクールダウンすると、あっさりと表情を緩める。
「じゃ、たこ焼き食べて解散しようか。私とたっ君はお買い物の続きね」
「は、はい」
「りょーかい」
 藤堂は肩をビクつかせて、俺は椅子にもたれかかり弛緩しながら、それぞれ応答を返す。
 ようやく本日の予定を本線に戻せるなぁと、安心したのは束の間だった。いや、むしろこれは油断したというべきか。
 残りのたこ焼きをさっさと胃に収めると、新たなたこ焼きが俺に突き出されていた。
「はい、たっ君。あーんして」
「どうしてこうなった」
 円にと言うより、自分への問いかけである。待て待て、こんなカウンターが来るなんて思ってなかったぞ。
「ん? だって私がたっ君の一つ食べちゃったし」
「一個くらい気にするなよ」
「こういうのはきっちりしておきたいの」
「それでも子供じゃないんだから、自分で食べれるって」
「たっ君が先にあーんってさせたんだから、私がたっ君にやっちゃ駄目なのはおかしいよね?」
 撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだという理論を、たこ焼きで使われるとは思ってなかった。
 ここで逃げたらお説教再開になるんだろうなぁ。しかもターゲットは変わり、俺が怒られる当人になるわけで。
 横目で藤堂を見たら、それに合わせるように目を伏せて己のたこ焼きを片付けだした。我関せずに走ったな、俺に逃げ場なし。
「さ、あーん」
「もうこの手は使わないぞ」
 この手の罰ゲームは、もたもたして踏ん切りつけないと余計に恥ずかしくなってくる。諦めた俺は口を開けて、円の施しを受け入れた。
「えへへへへ。ちょっと恥ずかしいかな」
 そう感想を述べる円は、だけど羞恥より嬉さが勝った風貌で微笑む。それを間近で見て文句垂れる気が失せるくらいに、どうしようもなくかわいいと思ってしまう俺は、きっと円に手なずけられているのだと思う。
 そんなバカップルまがいなイベントをやった二人は、藤堂と別れた後に衣料品店の店員にカップルと間違われて妙に意識しあったまま、その日の残りを過ごすはめになったのでしたとさ。めでた……くはない。