拓馬には、きっと説明しても下らない感傷だと吐き捨てるだろう。
 感傷でも、うたかたの幻だとしても、私はこの気持ちを信じたい。
「お前の力、しかと受け止めたぞ」
 折れず持ちこたえた。私は踏みとどまり、膝を付いてもいない。戦いは存続して次の局面に入る。
 次は私が攻め入る番だ。
「今度はお前が耐えてみせろ藤堂。と言っても、わかりはしないか」
 藤堂が次弾の装填を始めた。また身を弓のように引き絞り、半身を折り曲げる。
 私の方はといえば、だいぶ脚にきているらしく感覚がない。だが大した問題ではないだろう、なんせ対象は逃げないのだから。
 破損した鞘を捨てて、より的確に狙いを外さないため両手でレヴァンティンを握る。藤堂の耐久力は相当なレベルだ。傷ついた私では、中途半端にダメージを与えても一撃でひっくり返されて終わる。
 拓馬は攻撃力の無さを他の道具と複合することで補おうとした。しかしそれでも届かず、ダメージを積み重ね続けて仕留めようと試みたようだ。
 しかし、これ以上悪戯に藤堂を痛めつけたくはない。痛みに痛みを上乗せせず、一太刀で倒す方法はある。私はその技をこの目で見ている。
 それでも勝機は一瞬であり、しくじればそこまでだ。そうなればもはや防御の術も無く、頭部からもらえば死ぬかもしれない。
「お前はよくやった。だがやり方を間違っている」
 なに、それくらいの緊張感があった方が、開き直って集中して戦えるさ。
「ウオゴオオオオォ!」
 半身を回し拳を加速させつつ、鋼となり増大した体重を乗せて、私を潰しに来る。
 私も放つ。藤堂に比べればずいぶんと軽いが、代わりに正確さを伴った一振りを。
「もうここで休め藤堂」
 流れる視線が藤堂と交錯する刹那、レヴァンティンは通過した。何かもかもを断たずに、空だけを切って。
 後に残るは、藤堂が打ち付ける鉄槌のみ。
「オオオォ…………」
 暴力の塊は私の隣を潰し、そのまま慣性に従い藤堂も突っ伏する。藤堂が桁違いのタフネスを活かして、また立ち上がることはない。
 勝負有り。藤堂の意識は、自分の豪腕が破壊を生むより先に、闇へと落ちていた。
「これは驚いたな。芸術に近い水準の技術であり、まさしく達人技だな。西洋剣の切っ先で脳震盪を起こさせる騎士がいるなんて」
 雌雄が決するまで傍観していた拓馬は、私が何をしたのか瞬時に理解していたらしい。私の剣は藤堂を斬りはしなかったが、顎先に触れていた。
「下らない世辞など不要だ。高名な格闘家は、鈍器に近い拳で同じ技をやってのける」
「心のままだよ。自由に動く肉体と剣でどっちが難しいかなんて、問うまでも無いだろう? まぁ、俺はどっちも無理だけどさ」
「修一ならば可能だろう」
 私は、修一が恋馬との戦いで行った刀の柄で相手の顎をかすめた技を、とっさに応用しただけに過ぎない。敵に近付いて魔力も使わずに意識だけを絶つなど、実践で用いたのはこれが初めてだ。
「それこそどうだろうな。あいつだってまだまだ修行中の身だし、そこまで人間離れした技持ってたっけか」
「少なくとも、修一の剣技は騎士とはまた別の何かだ」
 気絶したためか、藤堂の金属化が解除されて元の純粋な人間体へと戻った。やはり全身は火傷だらけで、酷い部分は炭化し始めている。
 拓馬はすぐに藤堂の意識喪失を確認してから、デバイスの魔法で手錠を作成し腕を拘束していく。そうして安全を確保してから、応急処置として自分の血液をふりかけて、かさぶたのように傷を塞ぎ始めた。
 手当ては拓馬に任せて、私は管理局や主はやてに連絡を取ろうとするが、どうしても繋がらない。この事件で魔力を得た者達の展開する封鎖結界は、通信機能を自動で断つ特性があるためだ。こうなっては結界に気付いた味方の救援を待つしかなくなる。
「あいつは些細な技より早斬りに、文字通り命を賭けてる。それにあいつは死狂いだ」
「死に狂って生きているのは、お前もだろう」
 私にはトルバドゥールという組織そのものが、死を望んで生きているように見える。容易く自分の命を、ルーレットのチップとして盤上に投げてしまえる者達。普通に生きている人間の精神であるはずがない。
「俺は生きるために狂ってるのさ。だけど感覚が物をいう世界ではある」
「見えているものの違いか」
 私と話しながらあらかた藤堂の処置を終えた拓馬が、次は私に寄ってくる。私の傷も診るつもりなのだろう。
「私の治療なら必要ない」
「そこまで傷だらけでも、俺には診られたくないってわけで?」
「ああそうだ。それにもう一人重傷な救助者がいる」
 夜天の書より生まれたヴォルケンリッターは、人間より遥かに高い自然治癒能力を有している。ここまで大きな傷では治療が必要なのだが、安静にしておけばある程度は回復するし、信用できない者に身体を任せようとは思えない。
 「わかりましたよ」と肩をすくめながら、拓馬は不良の元へと赴く。
「俺は生きるために狂っている。だから修一の感覚は頭でしか理解していない」
 拓馬が、不良の折れた腕を固定するための添え木を魔力で造りながら、感覚の話を続けた。
「だけど、俺よりは修一と近い生き方してる鏡は戦いの感覚をこう語ってた。
 脳髄がどろりと融けて、全身に溶け出す。かと思えば、脳が焼け付くような史上の快感にも襲われる」
「何だそれは?」
「要はズレているんだよ。人として致命的に餓えている」
「餓えているのは、戦いにか」
「人生にさ。浴びるような命を捨てて初めて、生を感じられる。難儀な性(サガ)だ」
 人の死が、己の生を際立たせる。それはとても研磨された感覚だ。終わった無を見て、まだ存在する自分を対比させて映す。これならまだ理解する余地はある。
 だが、鏡の言い分では、自分の命を破棄しないと自分の命を鑑みれない。それも考えれるだけなく何度も実践しているはずなのだ。まさしくどうしようもない程に、生の認識が歪んでいる。
「最悪な感性だな」
 それが紛れもない、私の素直な感想だった。