「あんたは頑丈でも、あんたの周りは普通の大地なのさ」
「お前、ざっきからずるい攻撃ばっかりじてくる」
「安心しろよ、ここからはもっとズルい」
「もう、ざっざとじんでじまえい」
 藤堂が両腕を広げながら、強攻せんと駆けてくる。
 これではループして消耗戦となり、俺が先にガス欠だ。だけども、俺だってここまで無駄な攻撃を続けていたわけじゃない。投げからの脱出で、こいつの“討ち取り方”は見つけた。
 藤堂には悪いが、ここらの攻守は入れ替わる。
「防御面が優秀だからこそ、攻め方が直線的なのはどこまで行っても変わらない。力に振り回されている典型的な馬鹿め」
 俺は立ち上がる途中で、バリアジャケットの内側から武器を手の内に握りこんでいた。
 それは使い捨てのライター。輪廻さんから頼まれたお使いの品だ。
 表面は俺の血で濡れたそいつを、藤堂へ投げつける。
「スカーレットフロギストン」
≪Scarlet phlogiston≫
 これまで俺の攻勢を意に返さず反撃し、特攻を続ける藤堂。そんな男がこの小さな道具に意識を払うはずも無い。
 ライターは突っ込んでくる藤堂に軽い音を立ててぶつかり、激しく燃焼した。
「うごおおおおおおおおお!」
 ライターの容器だけを損傷させて、中身を一部ガス状に変換した血液でくまなく散布させる。後はガスと一緒に撒いた未変換の血液を魔力にして点火すればいい。単純な温度も魔力での燃焼によって更に高くなる。
 ここではライターを爆発ではなく、炎上させることが重要。火はすぐ全身へと広まり、藤堂の鋼の温度を急激に上昇させていく。
 たちどころに燃え広がった熱で、藤堂の前進はあっさりと停滞した。こうなればもう戦うどころでない。
「今度はビンゴみたいだな」
 藤堂が頑丈なのは、その身をコーティングする鋼鉄による物理的な防御力のため。ならば、鋼の外側である土が影響されずに壊せるように、藤堂の中身は巨体でも人の範囲だ。
 よって焼く。だから熱する。熱した鉄で炙られる人体は、さぞ激痛となるだろうから。
 燃え盛る炎を消さんと苦痛に唸りながら、藤堂が自分で自分の身体をはたく。残念ながら、そんなものじゃあ全身に蔓延した火炎は収まらない。
「後は焼きあがりを待つだけ」
「ぐぅぅああああおおぉぉ」
 藤堂は倒れた。なりふり構わず転げ回り、少しでも火勢を弱めようとしている。
 転げる姿だけなら、駄々っ子が玩具やお菓子をねだるようだが、藤堂の火を消したいという渇望はそれより遥かに上だろう。
 いかな衝撃にも耐え抜いた屈強な鋼鉄は、高熱でいとも容易く地に伏したのだ。
 それでも所詮ライター一つの火力。魔法で火力を底上げしても、やはり敵を限界は有り焼き尽くすには遠い。
 転げること数分、土での鎮火によって藤堂は再び気力を取り戻しつつあった。その容貌は心の折れた泣きっ面ではなく、歯を剥き出しにする怒り狂った野獣。
「コロズコロズコロズコロズコロジテヤルゥ!」
「悪いな、ライターはまだあるんだ」
 地に両手を着き身を起こそうとする藤堂に、新たなライターを放るように投げつける。この圧倒的な劣勢から逃がしはない。このアドバンテージは活かしきる。
 野獣はまたも悲鳴に似た雄叫びを上げて、増加された炎の中で身を躍らせた。崖から這い上がろうとする人間を、さらに突き落とすのにも似た行為。僅かでも安穏を得ようとしていた心の絶望は、浅くない。
 比較的装甲の薄い部分が融けたのか、煙も上がってくる。漂うのは脂肪の焼けた悪臭だ。
「そろそろ頃合だな」
≪右足の血液より魔力の圧縮を開始≫
 反撃不能なダメージが継続されていることを確信して、増量されたおニューの炎で達磨に陥った藤堂へ近寄る。
 真摯な態度で消火活動に勤しむ藤堂は、放火魔が到来しているとも知覚できない。
 そんな生存に忠実で、一生懸命な取り組みを行う同い年の少年の顔を、俺は二重の意味で踏みにじった。
「うごっ!」
「さっきの打撃よりずっと痛いだろ?」
 足裏に集められた血液が打撃用の武器へと変換され、藤堂をサンドイッチするのに一役買ってくれる。
 足を持ち上げると、ねちゃりとした粘液質な赤い糸が引っ付いてきて、毛虫でも踏み潰したような演出した。
 刃物の侵入も許可せず、物理攻撃防御に定評のあった鎧の強度に陰りが見え始める。
 効果の確認は完了。せっかく増えた見せた弱みなのだから、これを有効活用して追い詰めない道理は無い。
 焼却処分に並行されて、新規の拷問が始まった。
 延々と継続されていた藤堂の叫びが途切れ、間隔の短いスタッカートとなる。
「ふげっ! ぎぐっ! うぼっ!」
「鉄は熱いうちに打てってね」
 熱された鉄は強度を低下させて、防御力を目に見えて強奪せしめた。
 加えて、踏みつけるという行為は単純動作であるが、簡単に体重を乗せられ頭を狙えば、年端の行かない子供でも大人を倒せてしまう。見かけによらない凶悪性を秘めているのだ。
「おっと、危ない危ない」
 藤堂が腕を上げ足を取りにくるなら、あっさりと引いてしまう。探る腕が諦観を見せれば踏みつけを再開。
 チャンスは与えない。それでいてねちっこく執拗に攻める。
 何者も通さぬ盾、触れる物を破壊せしめる矛。藤堂の保有する両方の特性を殺して安全な処理を。
 命を賭すギャンブル染みた戦略だけが、俺の特性ではない。危険物を安全に処理する方法があるのなら、そちらを優先する。当然の摂理だ。
「卑怯か? 俺は卑怯だと思う」
「ぎうっ! げぼぉ!」
「だけど俺はそれを恥じない」
 武術の本質はいかに相手を倒すかであり、武道のような精神性は必要とされない。これが道と術(すべ)の決定的な差だ。
「火の手が落ちてきたか」
 ならば一旦下がる。後一歩で倒せるとしても、冷静に処理と必要な段取りを惜しんではいけない。
 とはいえダラダラとした仕事もまた、不測の事態を呼び起こす要員となり得る。俺が痛めつけている間に後ろの外野でも動きがあった。もうあまり時間は残ってないらしい。事態がややこしくなる前に仕上げといこう。
 藤堂は緩慢な動作ながらも膝立ちになり、まだ異常なタフネスまでは殺しきれていないようだ。さらなる猛火を警戒して、両腕で周囲を掻き分けるように防御体制を敷いている。
 残念ながら起き攻めは正面でなく、横だ。
 次手はライターの炎といかず、へしゃげた鼻が痛々しい顔面への回し蹴りで加虐とした。
「ふぎあ」
 三度目のダウンとまではならなかったが目を瞑り、藤堂の掌が痛みで鼻と目元を庇う具合には成果有りらしい。
 視界が塞がれたまま、藤堂がようやく立ち上がる。
「これだけやられてもまだ続行可能とは、タフだなぁ」
 これだけは素直に感心してしまう。
 金属の内側はきっと火傷だらけだろうし、急所の九割が集中する顔部に集中されたストンピングの押収連打。通常の敵性なら、終わりが見えないまま痛みにさらなる痛みを重ねられて、まず心が折れる。だというのに、逃げる素振りも見せずに立ち上がる気力だけは、褒めてやってもいい。
「う……ご……」
「それでもへし折りきるけどな」
 藤堂の手が開けば、見えたものは追加装甲で固められた俺の拳だ。藤堂がやるように腕を振り上げて叩きつけるフォームで殴る。
 直立させようがやはり反撃の余地は与えてはならない。こちらは紙。止まれば死ぬ気くらいで行くべし。
 トドメは、四個目のライターを藤堂の口を開いて放り込み爆裂させながら、合わせて顎狙いで蹴り込む手はずだ。
 藤堂も口内までは金属で覆われていない。痛みの許容量を超えた激痛で意識を強制的に断ってしまい、あいつの強制投了だ。
「やるぞ相棒」
≪後方からの急接近者有り≫
 ライターを持つ手を、手首から把持される。
 見返ればシグナムがいて憤激のままに、空いている手で頬を殴られた。
 こいつは藤堂の直撃を受けいたはず。あれはどう見てもすぐに復帰できる被弾ではない。脳震盪で視覚が定まらないポテンシャルのままに移動魔法を行使したとでもいうのか。
 そうでなくても腹に穴まで開いていて、止血する暇があったとも思えない。ならば、そのハンデ万事背負い込んだまま、ここまで来たと?
「どういうつもりだ、貴様……」
 ここまでの考察を証明するのに、今のストレートだってそれとわかるくらいに打点がずれている。掴まれた手を解けば、それだけでシグナムは真っ直ぐと立てるかも怪しい。
 それだけの無茶をされたおかげで、早過ぎる動きにこちらの予定を狂わせられた。
「ふらふらじゃないか。そんなんでよくもまぁ」
「何のつもりだと聞いている!」
 頭に血が上り易いタイプだとは知っているが、こうまで威圧的なシグナムは初めて見る。
 こうしている間にも藤堂は徐々に持ち直しつつあるのだから、仲間割れしている余裕もないと言うのに。
「効率重視で戦闘を進めていただけだよ」
「そうか。ならもういい」
「おい、あんたが退いていろ。そのまま戦われても迷惑だ」
 シグナムが俺を押しのけて前へ出ようとする。だがやはり身体は前屈気味で、負った手傷の大きさを知らしめている。こいつをここまで突き動かすものは不屈のプライドだろうか。
「藤堂とは私が片を付ける。貴様にはもう頼らん」
「こいつはもう頼る頼らないの問題じゃない」
「私には貴様のやり方が気に入らない。それだけだ」
「気に入らない? だからどうした。大事なのは」
 生きて任務をこなすことだ。敵を倒すという本懐を遂げるためならば、仮定や方法などはさして重要ではない。
 最低限被害者は確保とまでは行かずとも、遠くで固まって震えているため一応安全だ。
「大事なことは、藤堂を救うことだ!」
 それだけを宣言して、シグナムは行く。
 もう俺では、このシグナム相手に決して届きはしない。何度追随しても、何度でも突き飛ばされてしまうだろう。騎士として、それ以前に人を愛する人間としてのシグナムに滾る、力と心で。
 だからもう俺は止めない。俺は俺の道理を通してしくじった。
 他の介入が入らないまま倒す。それを達成するより早く、シグナムが戦いに割り込みをかけたのだから、ここは大人しく下がるべき。
 ならば次はお前だシグナム。狂気に逃げて狂気に浸った者を、救えるものなら救って見せろ。
「倒すでも、まして殺すでもない。救う魔法か。面白い」
≪宗旨替えか?≫
「まさか。俺が俺であるように、あいつらがあいつらであると、この目で確かめさせてもらうだけだ」
 シグナムからすれば、俺の心や決意など薄っぺらく感じているだろう。
 それはそうさ。自分しか守れない力など“あいつら”は初めから欲していないのだから。
 あいつらの魔法は自分じゃない誰かのために奮われている。誰かの悲しみを減らすためにだけ戦える、そんな連中だ。
 祈りにも似た、祈りより確固たる誓い。海鳴だけでなく、世界中何処にでもある当たり前の安らぎや些細な幸せ。そんな途方も無く大きなものを守るために生きているのだから。
 奇麗事な口当たりが良く誰でも唱えられる理想論。理想だから叶えられれば、誰もが幸せになれる。そんな理は矛盾だらけで吹けば飛ぶような脆さだ。
 それ故に、本気で理想論を追いかけられるものは強い。下らないと笑い捨てて、どっちつかずの生き方しかできない奴よりもよっぽどだ。
 そうさフェイト、お前に自覚があるのかは知らない。だけどお前達にとっての魔法は、本質は――人と人を繋ぐ架け橋になること。戦いで何か失っても失わさせても、その先にある創造こそがお前の選んだ“道”なんだよ。