「あれが、藤堂……なのか?」
「ゆるざない。絶対にゆるざないぞ」
 藤堂と最も馴染みあるはずのシグナムでさえ、あまりの変貌に面食らっている。
 鋼の獣と成った藤堂の足元から、光が広がり急速に世界から“色”が消えていく。封鎖結界が自動で発動したようだ。気絶している連中は全部結界発動ではじき出されたらしい。
 せめてもの幸運として、端から見て金属の怪獣となった藤堂を見た者が、俺達とリーダー格だけで済んだ。
「な、え――」
 藤堂がリーダー格の頭を掴み、ボールでも投げるように放り捨てる。
 飛び上がったリーダー格は弧を描き、先にある木々に突っ込んだ。
 大量の木の葉を撒き散らしながら、リーダー格は落下。枝葉がクッションとなり衝撃がいくらか緩和され、頭から落下せずに済んだ。悪運だけはあるらしい。
 それでも落ちた激痛から、腕を抑えてもんどりうっている。あれでは、まともに逃げることもままならないだろうな。
「うがあああう!」
「あいつ、まだ生きてる。もっと壊ず」
 虐められっ子から急遽加害者に転身した藤堂は、リーダー格の生存を確認すると重量感漂う身を緩慢ながら動作させる。
 その一歩一歩ごとに鈍い振動音が付随し、アマチュアセットでも置けばそれだけで怪獣映画の完成だ。
「そこまでにしておけ藤堂。私はこの通り大事無い」
 だが、怪獣の行進はヒーローによって阻害されるが世の常というもの。藤堂の前にバリアジャケットを身に付け、スーパーヒロインと相成ったシグナムが立ちはだかった。
 ジャケットの配色は濃い紫と薄い紫を中心に赤が強い。手足と腰は白銀の金属により防護されている。
 シグナムの額には汗が浮かび、脇腹は自身のパーソナルカラーとも違う暗い赤が滲み出していた。それでも凛とした態度は崩さない。
「壊ず。あいつは僕が壊ずんだ」
「待てと言っている。私がわからないのか?」
 シグナムの姿を見ても藤堂の歩みは止まらず、前へ前へと進むのみ。だけどもシグナムは藤堂への呼びかけを諦めず、声をかけ続ける。
 後一歩か二歩でシグナムへと身体が接触する距離まで近付き、ようやく藤堂が歩行を停止した。
 シグナムは主戦力となる剣を抜かずに、藤堂とへ向き合う。警戒のために防護服は着ても、本来守るべき対象でありこれまで人に虐げられてきた藤堂との戦闘を拒んでいるようだ。これも騎士としてのプライドなのかもしれない。
「壊ずの邪魔ずるものも、いっじょに壊ず」
「藤堂!」
 そこに技術と称するものもは何もなく、藤堂は殴っただけ。鋼の拳と藤堂の纏う魔力が、縦にスイングした肉を強靭な武器へと仕立て上げた。
 受け止めようと展開したシグナムのシールド魔法はガラスのように脆く砕け散り、対象者の守護に失敗する。
「ぐはっ!」
 シグナムは一直線に飛ばされ、後方の木を破砕。さらには公園と路上を仕切る策を歪め、ようやく打撃の勢いが殺された。
 俺のいる位置ではシグナムの安否は確認できないが、あれで元気よく飛び出せと言うのはまず無理だろう。
 藤堂はまたマイペースな進攻を再開。シグナムが見えているはずのリーダー格の反応を見ても、恐怖に我を忘れ失禁して声にならな声を上げるばかり。
 これはもう、俺がやるしかないか。
「相棒、あのバーサークを仕留めるぞ」
≪ようやく出撃か≫
「重役出勤ってやつだよ」
≪下っ端の机が無くなる要因だな≫
 デバイスに呆れられた! せめて例えを窓際直行コースレベルで抑えてくれてもいだろうに。スウィンダラーが人間なら、嘆息されてそうだ。
 それでも職務に直向な少年は、取り出したナイフでリストカットして戦闘用の血液を確保しつつ、目立たないままに戦闘準備する。 俺は誰かさんと違い、真正面から喧嘩する公平さは持ち合わせていない。
「セットアップ」
≪Standy Ready Set Up≫
 走り出しながら、全身が緋へと染まり戦闘形態へと移行。こちらに意識を向けるより先に、延髄斬りで後頭部を蹴り飛ばす。
 軸足となる足裏、蹴り込む右足に魔力を集中し加速させた。打点もスピードも文句無し。
 敵の見てくれはともかく、中身は人間のはず。急所の位置も変わらない。ならば奇襲としては文句無しだ。
 それでも藤堂は微動だにせず、俺が一人芝居したかの沈黙で弾かれてしまう。純粋に装甲が堅牢で、打撃による衝撃が内部にまで届いてないのか。
 これでは悪戯に藤堂の意識を俺に向けただけ。こいつは効率的な攻め方を考える必要がある。
「お前も邪魔ずるのか」
「やれやれ、お前が俺の邪魔をしているんだぞ。自己中心的な奴だなぁ」
≪お前がそれを言うのか≫
「っちっちっち。俺のはエゴイズムなのだよ」
 他人が損害を出ししても、自分の利益を追い求めるのが“エゴイズム”。そして純粋に自分の利益しか頭に無い者が“自己中心的”なのだ。自覚と無自覚、この場合性質が悪いのはどちらだろうか?
「よくわからないけど、お前も殺ず」
「殺意有りか、なら好都合。こちらも“選べる手”が増える」
 俺の戦いは殺人鬼から一般市民と仲間の安全確保であり、同時に自己防衛だ。
 暴徒の鎮圧にして命のやり取りならば、少々手荒になるのもいたしがたない。
 さて、上への言い訳も準備したことだし、そろそろリスタートだ。
「さぁ、あんたも俺の平穏の礎になってもらおうか」
 密集された力をぶつけるように、藤堂が腕を振り回す。
 流れはまるで出鱈目で拙い子供の喧嘩でも、大振りされた重厚な鋼鉄は見た目よりも高速に感じる。
「ふがぁ!」
 拳は空を切り風圧が俺の頬を叩いた。
 予備動作が大きいテレフォンパンチであるため、速度があっても回避は容易いものだ、
≪一発でも直撃すれば戦闘不能に追いやられると予測する≫
「当たればな」
 空振った隙を縫ってローキックを入れてみるが、ビクともしない。これは藤堂より蹴った俺の方が痛いの気さえする。
 変わらぬ体勢のまま、逆の腕で突き上げるようなアッパーまで返された。
 力の流れを利用したバランス崩壊も通用しない、か。
≪ダメージの浸透率は5パーセント以下と予測≫
「大した玩具だよ」
 薙ぎ捨てるような横振りを、しゃがんでやり過ごす。
 攻撃は直視できずとも、耳に届く風きり音がその威力を押してくれる。
「うろちょろずるな」
 藤堂が両拳を合わせて頭上より高く掲げた。
 腰を落としたために、次弾の回避は難しくなる。しかし、こちらもただ屈んだわけではない。
「スカーレットスピア」
≪Scarlet Spear≫
 藤堂のハンマーが俺を叩き割るよりも先手を取り、スウィンダラーで精製した緋色の槍が藤堂の腹部へ吸い込まれるように突撃する。
 打撃が通用しないなら、一点突破で穿つ。
「ぞんなの痛くない」
「これも、通らないっと」
 刺突でほんの僅かに藤堂のアクションは遅延したが、それだけ。すぐに鋼が俺を潰しに到来した。
 直後、頭上に影を察知して。
「っく!」
 槍が折れて視界が一回転。
 痛みは無い。意識もある。頭は潰れたトマトのように、赤くばら撒かれてもない。
 槍を手放し、その場で廻った。
 拳は俺のすれすれを通過して、槍の柄だけを砕いて地面にめり込んだのだ。
「相棒、ナイス空中姿勢制御。続けていくぞ」
≪Scarlet Knife≫
 再び視界が藤堂を捕らえ、目が合う。
 靴から緋の刃が、藤堂の眼球へ。
 しかし、これも駄目。刃先が目に触れるより先に瞼を閉じられた。
 それだけで刃は刺さらない。本当にどんな耐久力をしているんだよ。
「捕まえたぁぞう」
 藤堂が宣言した通りに、視覚破壊に蹴り込んだ足を、両腕で掴まれた。
 まさに万力で締められるような痛みが走る。空いている足での反撃なんて効くわけもないだろう。
「どっこいじょお!」
 藤堂の動作はさっきの繰り返し。一つ違うのは、俺は叩きつけられる対象ではなく、叩きつける側になっていることだ。
「相棒っ」
 浮いていた身体が沈む。
 ジェットコースターが加速するように。
 下は大地。
 でも。
 この速度。
 建物何階分。
 加そ――
「あ」
 まず最初に使ったのは、スウィンダラーの加速能力による推力の緩和。
 並行して魔力弾を作れるだけ作り出し、全弾同時に撃った。
 魔力弾発射による反動でまた勢いを殺させて、いくつかは藤堂の足元を穿ち足場を崩す。
 短く声を上げた藤堂はその場で転げ、緩んだ足を緩んだ手から全力で脱出させて受身を取り脱出は成功。
「ふぅ、どうして出力不足の俺に限って、毎回硬い奴と当たるのかね」
≪血の少ない奴が悪い≫
「人類の平均だよ!」
「どうじてこけたんだ?」
 動作速度だけの差で俺が先に立ち上がったが、藤堂にもダメージがあったわけじゃないので、ただの仕切り直し。
 依然として、アドバンテージは藤堂に有りだ。