「むぐむぐ……そこでヴィータに質問」
「何だよ?」
「バカやる前の本郷は、どういう人間だった知っているか?」
「いや、ほとんど面識はないから詳しくは知らねぇ。けど、元々あんな問題児だったら嫌でも耳に入ってるはずだ。ああいう趣味は昔からあったとは話してたみたいだがな」
 つまり何もあたしが何も知らない程には、騒ぎを起こすような奴じゃなかったってことだ。
「本郷も前例に当てはまるってわけか」
「ここまではおさらいだよ。重要なのはここから。本郷は変質後、ヒーロー気取りの独善者となった。そして同時にダイセイオーを手に入れている。これってまるで願望を叶えたように思えないか?」
 あたしがイメージしたのはお目当てのプレゼントをもらってはしゃぐ子供だった。それが鴉だったり、蛇だったり、巨大ロボットだったり。
 こんなサンタとかいたら嫌だな。
「鴉を手にしたメガネは、大人しい子供から肉食の餓えた鴉みたいに凶暴化した」
「蛇となった私は……一方的に愛されようとして拓馬さんに絡みつきました」
 叶はスプーンを離し、視線を膝に落とた。
 和解した今でも罪の意識は消えていないようだ。まだ拓馬にくっついていいるのは、好きだからだけじゃなく罪滅ぼしをしているのかもしれないな。
 きっとどれだけ拓馬に仕えても叶の心は解放されない。だからこそ、叶は仕え続けなくてはならないんだろう。
 それは愛する人といつまでも一緒にいられるという喜びも確かにあって、幸せと悪夢の板挟みを循環しているわけだ。
「あーん!」
 淀んでいく叶にアクションをかけたのは、意外にも美羽だった。拓馬も美羽の思いがけない行動に驚いて、そして見守っている。
 美羽は自分の小さいスプーンにこぼれそうなくらいのオムライスを盛りつけて、御堂に差し出していた。
「あーん……」
 御堂からの反応がなくて、美羽の勢いが弱まる。それでも諦めていないようでスプーンは引き下げない。
「ふふ、いただきます」
 そんな臆病な小動物じみた行動がおもしろかったのか、御堂はわずかだか表情を綻ばせた。
 一緒にスプーンの中身も御堂の口内へと消える。
「おいしい?」
「はい。とっても」
「えへへへ」
 御堂の心中がそれでどこまで立て直されたのかはわからない。
 しかし硬直していた御堂の表情は元に戻ってる。
 拓馬は御堂の笑顔を横目で見てから、話を再開した。
「傍からは目立たない男だった本郷は、正義を行使する力を手に入れて独りだけの正義を敢行しだした。俺はさ、レアスキルそのものが心に感化して隙間を埋めているんじゃないかと思う」
「その結果、願望をスキルの基にしてるってわけか」
「ま、元々過ぎた力は時に人を狂わせるけどな」
「力が人を変える、か」
 大きすぎる力は方性はどうであれ、人の人生を狂わせる。はやてはは優しくて強かったから、その流れを受け入れてあたし達を愛してくれた。
 翻弄された後も、自分を見失わずに、むしろ手に入れた力で誰かを守るために歩いている。
 けれど、それは誰でもできるようなことじゃない。
 だからはやてより前の奴らは皆力に溺れたんだ。
 拓馬の言葉を聞いて改めてそれがどれだけ難しいのかを感じた。
「どうした? 質問なら常時受け付けているぞ」
「何でもねぇよ。それよりレアスキルの説明がまだだ」
 気が付けば、もうこいつの考えを疑う気持ちはだいぶ薄れていた。
 これがはやて達を引き込んだ拓馬の能力なのかもしれない。
「レアスキルの考察は半分ぐらい直感だ」
「今更かよ!」
 いきなり前言撤回かよ、ちくしょう! あたしの感心を返しやがれ。
 どれだけ良いタイミングで人の期待を裏切るんだ。
「いやぁ、思いの外素直な反応を返されたから、つい。初めに閃いたのがさ、心に作用するなら外部のツールより内部の能力だった方がしっくりくるかなと、そんなんだったわけだ」
「もういいから全部出せよ」
 言いたいことはわからなくもないが、理論的ではない。
 けど、それはきっかけであってそれだけで終わるはずもないだろう。
「さっきの説明でも出したけど、ダイセイオーは現実では存在すらできそうもない物体だ」
「だが、あいつらとあたし達は戦った。それは覆せねぇ」
「そこが肝さ。叶、ちょっとスプーン貸してね」
「はい、どうぞ」
 拓馬は叶から受け取ったスプーンでオムライスを幾度かすくい移動させ、皿の上に小高い丘を作った。
「ヴィータ、こいつをきっかり三等分にできるか? 寸分の狂いも却下だ」
「それは無理だろ」
 あの塊を一とするなら、まずは答えを得るため三で割らねばならない。そうなると必然割り切れないのだから、結論は不可能だ。
「俺も無理だ。けど数学だと三分の一という数字は存在する。俺が思うに、それがダイセイオーとレアスキルの関係なんだ」
「あー、つまりどういうことだよ」
 わかりそうでわからない。漠然とし過ぎている。あのロボットが漠然としていると言いたいのか?
「三分の一は割り切れないから物理的に表現できない。しかし数学上では存在しないと分数が成り立たない。つまり“ある”んだ、ダイセイオーは。数学の世界にあるものを俺達の世界に運ぶもの、それがレアスキル」
「無理なもんは無理なんだろ?」
 段々とこんがらがってきた。こういう小難しいのはシャマルの分野だしな。
「ヴィーやんにぶいー」
「あんだと!」
「私もわからないよぉ」
 美羽もあたしと一緒に抗議をあげだした。
 そうだ、わからないものはわからない。文句あるのか?
「あのぅ、えと。それだと喩えの話ではありますが、レアスキルならオムライス三分の一にできることになっちゃいますよね?」
「そうさ。レアスキルにはそういう、現実ならできるはずがない事象が可能なんだ」
 言いながら拓馬はオムライスをスプーンで三つに分ける。
 それなら初めからそう言えよ。わざわざ遠回しにするのが気に食わない。
 美羽じゃ「食べ物で遊んじゃだめ!」と怒って、自分のスプーンで分かれたオムライスをまとめ拓馬の口に運んだ。
 ちょっと唸ってから拓馬はそれを食べる。こいつ尻に敷かれるタイプだな。
「おままひか?」
「わからねーよ」
 お前が何を言ってるのかがな。
 拓馬は「ひょいまひ」と、オムライスを飲み込んでから話を続けた。
「俺も輪廻さんから聞いただけなんだが、聖王教会には未来を予知するレアスキルが存在するらしい」
 未来予知。聞いただけで、早々できる技術じゃないのはわかる。
 と言うかそんなのができるなら、全ての事件が起きる前に解決できるじゃん。
「俺は初め嘘だと思った。数秒後の未来ならまだしもずっと先の未来を見通す。しかもそれは自分のいる世界だけではなく他の世界だったりもする。自然、人、物、政治、魔法、各次元世界に影響を与えるものがどれだけ存在すると思う? それら全てを把握して、なおかつどう動くか確定的に予測しないとこのスキルは成立できない。そんなの不可能だ。けれどかなり限定的な条件と内容ではあるが、それは存在した」
「無理ってレベルならダイセイオーと同じってわけかよ」
「これに関しちゃダイセイオー以上の不可解だと思うね」
 乱暴に要約すると何でも有りがまかり通っているレアスキルなら、何でも有りなダイセイオーも実現可能ってわけか。あり得ないと思ったはずがものの十数分でリアルな話に変えられた。
 初めはなぜ魔力も使えないこんな奴がAランク以上の魔導師に混ざっているのかと思ったが、戦闘からこの会話の節々にまで混ざる妙な鋭さがこいつの武器なのだろう。
「俺の話はここまでだ」
「だいたいわかったよ。ま、参考程度にしておく」
 一旦頭でまとめてはやて達に相談しよう。少なくともあたしには疑える余地も、拓馬を口で言い負かす実力もない。
 あたしの本領は叩いて潰すことなんだから、ここで張り合う必要もない。
「もういいか、飯の続きしても?」
「ああ、もういい……いや、もう一つ聞いておきてぇ」
「何だ?」
 初めの憤りは消えたんだから、ここに来た意義はあったと思っておく。
 だからこれは、ついでと言えばついでだ。
 はやてのため、あたしのため、こいつを見極めないといけない。
 暁拓馬、そしてトルバドゥールは敵か味方か。
「お前にとって正義ってなんだ」
「自分勝手なタイトロープ」
「お前、意味わからそうとしてないだろ」
 こいつの言い回しがわかり辛いのは絶対わざとだ。
 相手の反応を楽しんでるし、相手がどう反応するかを分析しているのかもしれない。
「正義なんて一山いくらでどこにでも転がってる真理の一つ。どれを選んだっていいのさ。だけどそいつらはひどく脆くて、だいたいの奴はどこかで落っこちる。皆勝手に綱渡りしてるんだよ」
「正義って正しいことじゃないの?」
 美羽が出した質問はとても純粋で、正解なんだ。少なくともあたしはそう思う。
 たぶん本郷も同じだ。あいつは自分の行動を正義と信じた。疑う余地を持たずに。
 そこまで簡単なものじゃないとはわかっていても、そういう部分がなくては誰も正義なんて掲げられないだろ。
「正義は一つじゃない。だから戦争があって、だから宗教がある。それは人によっては輝くような宝石で、人によってはそこら辺の石ころと変わらない。だからこそめんどくさいんだけどな」
 正義の裏側を語る拓馬は、だからこそ正義を正面から捕らえていない。
 人の正義を横から眺めているようにして生きている。
「それはお前もか?」
「俺は正義でも悪でもどっちでもいい。現実という石橋を渡るさ」
 うん、そうだ、こいつはこうなんだ。きっとどこまでも行ってもそう。
 拓馬は他人を理解している。理解した上で解釈したり分解したりして、拓馬なりに進むための道を作る。
 ただし、その道は誰かのために切り開いた道じゃなく、自分だけの道。拓馬が通れればそれで良い。
 たとえその途上で誰かが破滅しても救われても、そんなものはただの副産物だ。
 だからあたしは決めた。
 はやてがなんて言おうと、フェイトがこいつをどう評価しようと、あたしはこいつを信用しない。
 あたしにとってのトルバドゥールは、正義じゃない。独善だ。