「ここまでやるとはな」
「皆だよ」
 俺の呟きに、人間形態に戻っていたユーノが呟く。声量は小さくとも力強く、ユーノの拳は握りしめられて白くなっていた。
 きっとヴィータの戦いにあてられたのだろう。普段は補助に回っても男の子なのだ。
「はやて、なのは、フェイト、それに僕達。きっとヴィータは自分の弱さでもう誰も傷つけたくないんだ」
 騎士であるから人として、人でなくとも人として。あいつには護り抜きたい人がいる。
 そいつがあいつ自身が定めた存在意義で、あいつの意地で……。
 ダイセイオーという暴風の最中でも、真紅の花は咲き誇る。
「グレートダイセイオーはどんな敵にも負けないんだ!」
「こいつで全部くれてやらあぁぁぁ!」
 何度も何度もおそらくは残弾全てのカートリッジがアイゼンに叩き込まれる。残った力を、一滴残らず出し尽くすように。
 鉄槌の騎士は己の魂を、降り降ろす。
 渾身の力。
 振り絞った精神。
 そのありったけを。
 競いにもならず、ダイセイオーは叩き潰された。大地にはダイセイオーを中心として新たなクレーターの出来上がりだ。
 鏡も三発目が来る前にとっとと離脱している。へしゃげているのはダイセイオーだけ。
「ど……だよ……」
 地面に陥没するダイセイオーを確認したヴィータは、やり遂げた者の笑みを浮かべて落ちた。飛行を維持する魔力さえ、一振りに注ぎ込んだようだ。
 すぐにかけつけたユーノが拾い上げ大事にはいたらないが、戦闘続行についてなど言うまでもないだろう。
「ここまで守ってくれてありがとうな、ヴィータ」
「後は私達にまかせてゆっくり休んで」
「ヴィータちゃんがここまでして切り開いてくれたチャンス。絶対逃さないよ!」
 声につられてヴィータが見上げると、そこには魔力の充電を終えたなのは達。ヴィータは改めて自分が成した役割を実感した。自分は成し遂げたのだと。
「やってくれたな、しかぁしダイセイオーはまだまだ健在! セイテイリジェネイト、オン」
 ダイセイオーはしつこく破損を修復しはじめる。力で負けてもダイセイオーにはこれがあるのだと高笑いだ。
 ここにいる全員が未だにその機能を把握していないとでも思っているのだろうか?
 壊したそばから直すのなら、再生不可能となるまで徹底的に破壊し尽くせばいい。“全力全開”でな。
「巨大ロボットのパイロットさん。私達は今からロボットを完全に破壊します。すぐそこから脱出してください」
 なのはが本郷へと最後通告を投げた。俺の作戦では警告無しの即発砲だったが、あれがあの子達の優しさだからしょうがない。
「乗り込んでいる俺が生命の危機に晒されるかもしれないのに、破壊するのか!」
「お前は俺を殺そうとしたんだ。殺されても文句無いだろ? ……と言いたいところだが、ダイセイオーを大破させてもお前は死なない」
「嘘を吐くなペテン師め! 皆騙されるんじゃない、ダイセイオーが破壊されれば俺は」
「死なないよ。それどころかあなたは大きな怪我さえ負わない」
 ヴィータを地面へ下ろしたユーノが本郷の嘘を断定した。それはそうだ、確認をとるために調べあげた本人なのだから。
「お前は常に逃げ場所を作っている。回復能力がその最たるものだろうな。ダイセイオーで勝てなければライオンを呼んで強化。それでも駄目なら操縦をAIに切り替える。ダイセイオーの召喚時だってシールドを忘れていなかった。お前に自覚は無くとも、お前の本質は英雄などではなくただの臆病者だ」
「臆病者だと、この俺が!」
「保身がなければお前は戦えない。死を恐れず悪に立ち向かうヒーローとはむしろ対極。そんなお前が巨大ロボットに求める最後の拠り所」
 初めのダイセイオーには付いていなかった。あれにはまだ“先”があったから。
 グレートダイセイオー、まさしく最後の切り札。だからこそ備わっている機能。
「脱出装置。それもダイセイオーの爆発にも耐え得る強力な結界が付加された、な」
「黙れ! うるさい!」
「どうした? 俺の思い違いなら、ユーノの調査ミスなら証拠を提示してみせろよ」
「う……ぐぅ……」
「俺達にはもうこれしかお前を倒す方法はない、提示できればお前の勝ちだ。さぁ!」
「もう嫌だああああ!」
 何よりも追い詰められた本郷の態度が雄弁に語ってくれた。
 独善のために戦う偽善のヒーローは、敵に背を向けて逃避。現実からも逃げ出したわけだ。
 これは致命的。自分で死刑を執行してくださいと言うようなものだから。
「決めてやれ」
 降伏すら受け入れず、投降も拒否するならもう止まる理由は無い。
 本郷がかけられた絞首台の床が今、開いた。
「スターライト――」
「プラズマザンバー――」
「ラグナロク――」
 三者三様に魔力砲発射のためにデバイスを掲げる。
 それぞれの心と魔力に覚悟を宿して。
「ブレイカァァァ!」
 ダイセイオーを討つために束ねられた3つの魔力砲が、ヴィータの想いに応えるようにそれぞれの魔方陣から開放された。
 破壊の光がダイセイオーを飲み込み、一筋の光が立ち昇る。
 激しい輝きの内部で巨大な傀儡は崩壊し、何の指令も役割もこなせはしない鉄くずへと変貌していった。
「ダイセイオーは、ひぃ!」
 やがて内部から爆音が響く。炉心が崩壊したようだ。砕け散った破片が光から飛び出して、地面に落ちていく。
 融解している物も多いため判断がつけにくいが、背中で回復を請け負っていた鳥も四散していた。これで再生不能を確認。短い付き合いだったな、ダイセイオー。
 完膚無きまでにダイセイオーが崩壊する中、白い球体だけが無傷のまま光から抜け出した。
 球体は放物線を描いて着地。蒸気を巻き上げながら中身が排出される。
 物凄く目立つひょろい全身スーツ男が息を切らして、疾走もとい逃走しだした。諦めない男の人って素敵とか言う女性でも、あれはストライクゾーンには入らないと思う。
 頭部を守っていたマスクは派手にぶつけたのかひび割れており、被らず手に持っていた。
「おい拓馬、最後だ、決めてやれ」
「どうして俺にその任を課すんだ?」
 いつの間にやら支えがユーノからはやてに変わったヴィータが、悪足掻きに没頭中のタイツマンを指差した。無傷で捕まえるのは俺の苦手分野だし。
「お前一発もダイセイオーに入れてないだろ」
「なるほど、そいつはありがたい」
 俺はずっと支援や防衛にまわっていたから、ダイセイオーに向けてダイレクトアタックはしていない。
 穏和で紳士と呼び声の高いたっきゅんでも、こうまで蹂躙されればやり返したくもなろうものだ。
 ならばと、早速本郷を追いかけようとしたが獲物は緑の鎖に足を捕られこけていた。
「拓馬さん今のうちです」
「グッジョブユーノ」
 流石は背面が暖かい男は仕事が早いぜ。
 本郷は鎖から脱出しようと躍起になっているが、引っ張るだけでどうにかできそうもない。戦闘能力は完全にダイセイオーに依存しているようだ。
 煮込んで溶かすなり、焼いて灰にするなりってか。
 しかしこんなものは余興だ。さっさと終わらせよう。
「このぉ、外れろ!」
「人力のみで解けるわけないだろ?」
「うぎいい!」
 最後の最後まで人の話を聞かないなぁ。聞いたとしても詰んでるんだけどさ。
 俺は重心を落として走りだした。
 加速するために魔力を込めて地面を蹴る。
 一歩を踏みしめるごとに、加速。本郷との距離は、加速度的に縮まっていく。
 右足の止血を解除し、流血を再開させた。ズボンと靴を緋色に染め上げる。
「お前にぴったりの技で締めにしてやるよ」
「げげ、来るな悪魔め!」
 悪魔は随分初めに言われたよな。わざわざ毎回別の呼び方してたのに、焦りで表現も選べなくなったようだ。
 愛機を失ったんだ。混乱もひとしおってやつだろう。
「悪魔の称号はなのはに譲っておくよ!」
「た、たっ君!」
 急に話を振られたなのはが何か言っているような気がするが、俺は“仕掛け”を組むのに手一杯なので流した。
 よし、こんなもんでどうだろうか。
「とぅ!」
 本郷との距離を詰めて、前のめり気味に跳んだ。ジャンプ時にかけ声も忘れない。
 空中で前方に回転。百七番目の特技、これが大事なんだ。
 足をしっかりと伸ばし、跳び蹴りを本郷の顔面にめり込ませる。
 反動で元居た場所へと着地。
「あべしっ!」
 蹴った跡には緋色の古代文字が刻まれている。オリジナルならばそれは敵を封印するためにエネルギーを流し込んだ証。俺にそんな力あるはずもないから、血のスタンプだ。
 俺が模倣したのはあいつが名を騙った、本物の戦士が編み出した必殺技。
「そのキックフォームは!」
 緋色の光が刹那に光り爆発。本郷の脳を揺るがし、爆破の衝撃で意識を吹き飛ばした。
 非殺傷だから怪我はないが、爆破の勢いで仰向けにダウン。これで完全決着だ。
 技の名前はスカーレットマイティキックにしておこう。テキトーでパチモンだけど。
「二千の技を持つ男ってね」
 偽物のヒーローなんて、模倣の必殺技で十分だ。
 戦いを終結させ、それぞれに安堵の表情を浮かべて皆が集まってくる。
 そうそう、これも忘れずやっておかないと。
「終わったよ」
 拳を握り親指だけを立てる。サムズアップ――男が何かを成し遂げた時に取るポーズだ。