御堂叶を撃破し二日後、つまり時空管理局と協力し海鳴市のパトロールを始めてから五日間。
 前回の犯行日時を鑑みると、もういつ犯人が動いても不思議じゃない。
 そのため、事前ブリーフィングでも気合入れていこうと、誰ともなしに発言していた気がする。
「ふわ……ぁふ」
「だから気ぃ抜くなっつただろ、このタコ!」
 だからと言っていつもと変わらないのが俺クオリティだ。
 見慣れた町を徘徊するのは嫌いではないけど、それを毎日しかも決まって夜だとどうにも飽きる。
 これが昼ならちまいおにゃのこもたくさんいてお兄さん張り切っちゃうのだけど、流石にこうも次々と通行人が天に召されてちゃ普段より圧倒的に人通りは減る。子供など十七時頃には親が強制回収してしまって発見不可能だ。
「褒め過ぎだ。確かに俺は柔らかな発想力を所持してはいるが、そこまでの柔軟性はないぞ」
「褒めてねぇ!」
「ならばお前はタコを馬鹿にしているのか!」
「そういう問題じゃねぇよ! 少しは緊張感を持ちやがれ!」
 まったくもって活きの良い赤髪おさげだ。
 かわいいけど、刺々しくて愛でるのは難しい。
「ふわぁ、らって犯人のふるへはい皆無らないは」
「何を言ってっかも定かじゃなくなってんぞ」
 あのトゲトゲを突破できれば中にはつるんとした実があるはずなんだが。
 でもこの棘はまだ諸般の事情で失ってもらっちゃ困るから我慢だ。
「つまらんものはつまらん」
「たくっ」
 欠伸連発の眠そうな一匹と苛々してる一匹は、無言で決められたコースをただただ歩く。
 そして会話がないと俺が眠くなる。見事な悪循環だよ。
「おい」
「何だおさげロリータ」
 おわ、すっげぇ睨まれた。
「もういい」
 怒鳴らずに重々しく会話をきられてしまった。わかりやすくお怒りだ。
「悪かった、俺が悪かったよ。続きお願いします」
 絶好の退屈しのぎに逃げられてたまるか。
 溜め息吐かれたけど気にしない。
「お前、なんではやて達に近付いたんだ」
 おや、蓋を開ければとてもシリアスな内容じゃないか。
 蓋の開封者は慈悲深い青年だから、付き合ってやろう。
「近付く?」
「とぼけんな。親睦会ではやて達を懐柔してたろ」
「あれは俺が懐柔されたと見るべきじゃないか?」
 実際まず距離を詰めてきたのはフェイトだ。
 利用はさせてもらったけどさ。
「その後だってフェイトの宿題を見てたりしてたじゃねえかよ」
 そいつも結果的には事後承諾なんだけどなぁ。
「せっかく結べた友好関係を活かすのは悪いことかい?」
「中途半端なんだよ。お前」
「へぇ、興味深いお言葉だね」
 どういう経緯であれ、そういう考えに行き着くことじたい敵意に近い感情を持っている証拠。
 思ってたよりも、ヴィータの持つ俺へのイメージは固まってるらしい。どんな悪魔イメージが出てくるか楽しみだ。
「はやて達との友好関係を深めてる割にあたし達に関してはほったらかしだ。ヴォルケンリッター全員がお前等のことを快く思ってないのは知ってんだろ」
「つまりヴィータちゃんも俺にかまって欲しいわけだね!」
「ちげーよ。気持ち悪い」
 半歩後退りされて引かれた。そこまで嫌だったのか!
「ちょっと、ナチュラルに傷ついたよ!」
「真面目に答えろ。わざとなんだろ?」
 中々どうして、ちびっこの割に的を得ているじゃないか。
 だがそいつは直接聞いていいようなことじゃない、駆け引きに関してはまだまだだな。
 どれ、少し遊んでやろうか。
「わざとさ」
 俺がためらうことなくしれっと答えると、ヴィータの目は俺を射ぬかんばかりに細まる。
 今すぐにでも飛び掛ってきそうだ。
「お前は、この連続殺人事件の犯人が俺達だと思ってるのか?」
「あたしは半々だと思ってる」
 俺達とは、すなわちトルバドゥール全体を指している。
 つまり時空管理局は、犯人グループと一緒に捜査してるんじゃないかと聞いているようなもの。
 そこで溜めもなく本音を返してくるとは、鉄槌の騎士とやらはストレートな人種だ。
「ふふ、それでいいのさ」
「わざと勿体ぶった言い方すんな」
 俺は小さくそれでいてヴィータにも認識出来るように肩をすくめる。
「時空管理局とトルバドゥールは元々にして仲良しこよしの間柄じゃない。友好関係の構築は必要だが、それだけじゃ駄目。半端な友好関係はいざという時容易く崩壊する」
「それなら余計にあたし達にも取り入る必要があるんじゃないのか?」
「いいや、ヴォルケンリッターには疑う役になってもらう。そうすることで俺達の身の潔白を証明してもらうためにね」
 つまりヴォルケンリッターは好きに泳がせて、逆にトルバドゥールの無実を証明させる。緊急時にはこいつらを盾にして逃れるために。
 こういう査察係は時に偽の証拠なんぞ出してくると厄介だが、誇り高いはやての騎士ならばその心配もないだろう。
「そうそう何でも思い通りいくと思うんじゃねぇ」
「さて、どうだろうな」
 ヴィータの一言には騎士としてのプライド、そしてはやてを護るという誓いが透けて見えた。
 自分の主に接近するのも、その友と手を繋ぐのも打算ずくめ。ヴィータから見た俺は、さぞむかつくペテン師に映っていることだろう。
「っけ。もういい、パトロール続けっぞ」
「はいはい」
 それでいい。疑えば疑ってくれるほどに、俺の選択したピースは平穏を描くキャンバスにぴたりとはまるのだから。
『諸君、喜べ魔力反応だ。場所は……』
 またコミュニケーションが絶えようとしたタイミングで、よく知った上司様からの緊急回線が開かれた。
「拓馬!」
「ああ、すぐ近くだ」
 喜べるかよ。この距離じゃもろ働かなくちゃいけないじゃないか。
 ヴィータと互いに声を掛け合った時にはすでにセットアップを完了し、現場へと走りだしていた。
「ここか!」
「みたいだが、もう魔力反応が消えてる。一足遅かったか」
「誰かいるぞ」
 ヴィータが指し示した場所には男と思わしき民間人がうつ伏せに倒れている。
 呻き声もないってことは気絶してるか、それとも――
「おい、大丈夫か! ……くそっ! こっちも手遅れかよ」
 男は大量の血を歩道にぶちまけており、先に駆け寄ったヴィータの反応を鑑みるに脈も無いようだ。
「ヴィータは皆に連絡を、俺は死体を調査する」
「なんでお前が仕切ってんだよ。あたしはまだお前を信じてねぇつってんだろ」
 俺が死体に残った証拠を隠滅するかもしれない、とでも考えているのだろうか。
 これでも空気読んで真面目に仕事するつもりなのだが。
「お前がシャマルさんならともかく、こういうのは俺の方が慣れてる。怪しむなら見張りながら連絡しろ。それに早くしないとはやて達が来る。あいつらにこれはまだ早すぎると思わないか?」
 ヴィータが仰向けした遺体は、服がぼろぼろに裂け幾度も鋭利な何かで刺されたことがわかる。
 その表情は苦悶と恐怖に歪んでおり、かなり苦しんで逝ったようだ。
 こいつをあのお人好し小学生達に見せるには、いささか刺激が強過ぎてマイナス面のが大きい。
「っち」
 舌打ちしつつもヴィータは人避けの結界を貼るため、死体から離れ足元に魔方陣を展開する。視線は代わりに死体へと向かい合った俺に釘付けだが。
 三角形が二つのベルカ式の陣が発生し、すぐ様景色が灰色になる。
 外部からの侵入を防止する結界が張られた証だ。
「早いな」
 普通なら魔法の展開まではもう少しかかるはず。
 ここまでの会話で前もって準備していたとも思えない。
「この結界はあたしじゃねえ」
「はい?」
 ならこれを張ったのは何処のどいつだ?
「見つけたぞ、極悪なる犯罪者め!」
 俺の前方、ヴィータからは後方の数十メートル程先から声が上がった。
 見据えるとそこには男が一人、両腕を組み仁王立ちしている。ただ、背はあまり俺と変わらないためあまり威圧感や迫力はないが
 赤を基調とし、所々に白いラインが入ったボディスーツ。頭には妙に角張った赤と黄色のヘルメット。
 フェイスガードはほんの少しブルーが入っているようだ。
「世界の平和を乱すものはこの俺、本郷雄介が許しはしない!」
 この町、海鳴市にはまだ俺の知らない変態さんがいたらしい。
 ひょろっとした体系にあのスーツはどうなんだろう……。
「悪いが忙しいんだ、ヒーローごっこならよそでやってくれないか?」
「それはそうだろうな。俺は悪事に勤しむ貴様らトルバドゥールを成敗しにきたのだから!」
 俺の素性を知っているだと?
 封鎖結界を張ったのもこいつだろうし、どうやらただの痛い人ではないようだな。
「うちはちゃんと税金も納めてるぞ」
 半分くらいだけど。
「くだらんごまかしはやめろ。どんな言い訳をしようと貴様らからはドブのような醜いオーラが漂っているのだ」
「中々ほざくじゃないか。うちのドブは底なし沼並みに深くて有名だぞ?」
 やる気満々なご様子だし、戦闘は避けられないだろう。
 一度だけ遺体に視線を送ってから俺は立ち上がる。こいつの調査は後回しだ。
「てめえ、一体何者なんだ?」
 微妙に放置されていたヴィータが、不審者に喰ってかかった。
「さっきも名乗ったが、俺の名前は本郷雄介。安心したまえヴィータ君、君の保護も目的の一つだ」
 最近の変態は会話が噛み合わないのがデフォルト設定らしい。
 その場合、意外にもいつぞやのメガネが例外になるけど。
「保護? わけわかんねぇこと言いやがって。それに何であたしの名前を知ってんだ!」
「よく知っているとも。その公正さ故に、狡猾なる悪に洗脳されつつある哀れな平和の盾時空管理局。その戦士が一人鉄槌の騎士ヴィータ君だろう?」
「いや、言うほど白くないぞ? 時空管理局」
 と本人もよく忘れるけど、被害者は語る。
 恨んじゃいないが、管理局を完全に正義と認めるつもりもない。
「黙れ! 悪逆非道なる秘密結社トルバドゥールの手先め!」
「品行方正な組織じゃないが秘密でもないから。イーとか叫ばないし」
 ビシィ! っとか擬音が似合いそうな勢いで指を指された。いちいち動きが芝居がかっている奴だ。
「ふん、その減らず口がいつまでも続けられると思うなよ」
 お前が開放してくれればすぐおさまるんだけどな。
 そう続ける前にヴィータがキレた。
「てめえいい加減にしろ! 人が死んでるんだぞ! お前と遊んでる暇はねぇんだよ!」
 正論だ。この変態との会話ちょっとだけ面白いとか思いだしていた横の男の子は、眩しくてまともにヴィータさんを見れません。
「憐れな少女よ。まだ卑劣なる罠に気付けないのか?」
「なんだと?」
「今起きている連続殺人の犯人はトルバドゥール! そいつらは君達時空管理局に取り入り悪事に手を染めているんだ!」
 な、なんてお約束過ぎる流れなんだ!
 俺達の狼少年っぷりもここまでくると清々しい。
「証拠はあるのか?」
「そんなものなくとも、冷静に状況を見れば考えるまでもない!」
 あいつが裁判管になったら、外見のイメージで判決くだしそうだ。
 こういう奴を見るたび裁判員制度はやっちゃ駄目なんじゃないかと思う。
「それじゃただの決めつけだろーが」
「そうだそうだ、僕達は疑わしきは罰せよ思想の哀れな被害者だ」
「君達は洗脳されているからこんな簡単な事実にも気付けないんだ」
「こいつ、拓馬より話にならねえ」
「比較対象にされた!?」
 そいつらレベルの変態リストに並べないで!
 どう考察しても自転車と自動車くらいの差があるだろ。