「嘘でしょ!?」

 こっちもアリすずが過敏に動揺した。まぁさっき大暴れしてくれたばかりだしね。

「ふぅ……んぅ」

 御堂は仰向けからうつ伏せに変わった。あのもぞもぞ具合は寝返りのそれじゃないだろう。
 時折布団の隙間から見える肌が妙に艶かしく官能的である。
 そのまま、ほふく前進でもしているように腕を曲げて緩慢な動作で身を起こし始める。

「これはこれは、お早い目覚めだな」
≪お前が気絶してすぐ魔法を停止するからだ≫

 相棒に怒られちった。
 しょうがないじゃないか。人間に戻ってる時に攻撃しちゃ、ブラックアウトダメージの心配があるんだから。死体蹴りとか追撃は下策と考えるべきだった。

「早く逃げよう! たっ君、立てる?」

 善は急げという空気のすずかに、強引に腕を掴まれて引かれる。

「早くしないと今度こそ不味いんでしょう!?」

 アリサもだ、メダパニでもかけらたかのような混乱っぷりである。
 俺は一人だけのんびりまったりの空気を崩さず対応する。というかもう働きたくないでござる。

「だからそんなの必要ないんだよ。もう二度と、御堂は俺と戦えない」
「それって、どういうことよ?」

 心を折るとは、そういうことを言うのだから。
 彼女はむくりと肩に布団をかけた状態で上半身を起こす。全裸に布団のエロス娘は、見えそうで見えないけどやたら扇情的な寝起き姿で、いたいけな青少年の心を弄ぶ。
 悔しいけど俺も男の子なのよね。

「ふにゃ」

 小動物みたいな声を上げながら、眠たい目をこすって辺りを見回す御堂。
 これは和む。
 けどエロい。
 新ジャンルエロ和む!

 相反して成立しそうにないところがミソだ。矛盾やアンバランスさこそがフェチ心をくすぐるのだよ。

「うゅ……」

 あ、と小さく呟いた御堂と目が合い、そこから互いに数秒の沈黙が訪れる。

「っひ!」

 御堂は座ったまま部屋の端まで後退した。かなりダッシュで逃げたために、布団まで置き去りだ。
 仕組んでその反応をさせてなければ、俺も精神的ショック受けていたろう。娘に下着を一緒に洗われたくないとか言われたお父さんみたいな気分で。

「見ちゃダメ!」

 つうか布団ないし。色々丸見えとなってしまった。
 これは俺悪くないし、咄嗟に超反応を見せたシャイな小学生すずかちゃんの妨害により前が見えない。
 これが神の見えざる手と言うやつだろうか。

 誰のツッコミを受ける必要もなく違うのはわかっているけどね。

「あぅ!」

 驚く御堂の声に布団を引き摺る音が聞こえる。
 手が離されると、御堂は布団で丸まってこちらを様子見していた。君はどこぞの不下校児か。

 無理やり布団を引き剥がそうとするとどんな反応するかすごい見たいのだけど、やったら確実に女子小学生ズがホワイトアイズを俺に向けてくるだろうから自重した。

 エロは強力で偉大だが世間体には勝てない運命なのだ。

「攻撃してくる気はないみたいだけど……」
「これからどうするのよ?」

 アリすずがそっと耳打ちしてきた。どうせ囁かれるなら愛の言葉がいいのだけど。

「どうするもこうするもやることは初めから決まってる。友達が起きたんだ、まずはおはようだろ?」
「まだ安全かどうかはわからないんだよ!」
「そうよ、ここは離れるべきでしょ!」
「だからもうそういう流れじゃないんだって」

 二人の制止を無視して俺は立ち上がり、御堂へと歩きだす。布団は引剥がさないぞ!
 血が足りないせいで少し足取りがおぼつかないけど、気にせず進む。

「来ないで」

 御堂はそう訴えながらずりずりと壁伝いに下がるだけで、立って逃げ出す気配はない。
 彼女も急激な魔力枯渇により、彼女も思うように体が動かないのだろう。
 俺は拒絶を無視して簡単に御堂へと追い付き、しゃがんで目線を合わせる。

「や、おはよう、御堂さん」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。もう痛いのは嫌です!」

 とりあえずこちらの話を聞くつもりはないようだ。正確には今の彼女に無いのは余裕だけど。

「良かった目が覚めて。おはよう」

 初めて会った時と同様、できるだけ優しく御堂へ話しかける。

「恐いの嫌。痛いのも嫌……」

 会話が噛み合わなくても構わない。まずは落ち着かせることから始める。

「大丈夫。もう大丈夫だから」
「赤い、熱い、恐い恐い恐い恐い」

 暫くは進展のない会話を繰り返した。だからといって諦めることはないし、無理して彼女との距離を縮めもしない。ペテンには根気も必要なのだ。
 そうして手間はかかったが、それでも少しずつ話が通じるようになっていく。

「落ち着いて御堂さん。もう御堂さんがされて嫌なことは何もしないよ」
「ホント? 恐いことない? 痛いのない?」
「うん、約束する」

 ここまでで十数分。元々御堂が持っている俺への好意と人間像を上手く利用しても、これだけかかった。
 そこからさらに御堂の錯乱を収めるために、取り留めの無い会話を続け落ち着かせる。

 所々舌ったらずで子供っぽい話し方がなくなるまで、それ相当な時間を費やした。

「あの……暁さん?」
「うん?」

 あの、その、と言い淀む御堂。俺は急かさず、彼女が自分で話し出すのを待つ。

「ごめんなさい。私暁さんに取り返しのつかないことを、しま……した」

 世界の終わりが来たって顔で、御堂は沈んでいく。後ろになる程に言葉が尻すぼんで、ほとんど聞こえなかった。

「俺も、ごめんね。すずかとアリサ、二人の友達に怪我をさせるわけにはいかなかったから」
「そんな、暁さんは何も悪くありません。全部私が悪いんです」

 自分が重犯罪に手を染めたという自覚はあるらしい。思っていたよりも話は通じるレベルまで戻っている。
 一時期は人格までほとんど別人にまで変貌していたが、彼女本来の人間性までは失われていないらしい。

「そんなことない。俺だって御堂さんにずいぶん酷いことしたんだから、おあいこだよ」
「だけど私は身体のどこにも怪我なんてしてません。暁さんは……う、腕が……」

 御堂は右腕がくっついているだけで、動いてないことに気付いたようだ。

「大丈夫だって。腕はちゃんと治療さえすれば神経まで繋げられるから」

 それでも、御堂の顔は晴れない。大方治るから許される話ではない、とかそんなことを思っているのだろう。

「御堂さん」
「はい……」
「大事なのはこれまでじゃなくて、これから。違うかな?」
「そうかもしれません。ですが、何をしようと私が暁さんを襲ったことと、殺そうとした事実は消えないです」

 ついここで起きたの戦いは、御堂の中で永遠の鎖となったことは間違いない。そして全ては俺の予定通りになったいた。

「俺からしちゃ、子供ニ人がやったただの喧嘩だけどね。でも御堂さんがそう考えるなら、教えて欲しいことと、協力して欲しいことがあるんだ」
「はい……私が暁さんのためにさせてもらえることなら、少しでも償えることがあるなら、なんだってやります。やりますから……!」
「から?」
「できれば、見捨て……ないで……」

 彼女は自分が服を着ていないことすら忘れて、俺に縋り付いてきた。

「見捨てるわけ無いだろう、友達なんだから」
「ありがとう……ございます……」

 御堂の十字架は相当な重さとなり、俺の道具になる。
 元々あった俺に対する恋愛感情とかけ合わせるなら、絶大な効果を及ぼすだろう。
 それこそ俺のために死んでくれと頼めば、喜んでその身を捧げるくらいに。

 あの歪んだ人格変貌だって上手く利用すれば強力な武器として機能するはずだ。

「こっちこそありがとう、俺には君の協力が必要なんだ。それと、もう一つ別にお願いがあるんだ」
「何ですか? 何でも言ってください!」

 彼女の声にはさっきよりも力がこもっている。贖罪の方法が見付かり、少しは元気が戻ってきたか。

「俺のことは、名前で呼んで欲しい」
「名前?」
「うん。俺も御堂さんのこと、叶って呼びたいしね」
「え、あ、えと」

 突然の要求に顔を赤くしたり、目を白黒させたりと妙な方向にカラフルだ。

「ふふ、そんな難しい話じゃないよ。叶以外の友達は、俺のこと名前で呼ぶから」
「叶……暁さんが叶って」

 うん。こりゃ聞こえてても、興奮し過ぎてまともに理解できていないな。ちょっと刺激が強すぎたろうか?

「もしもーし」
「あ、はい! わかりました。その……拓馬、さん」

 我に帰った叶は、躊躇いがちに俺の名を呼んだ。

「うん!」
「拓馬……さん、うぅ……えぐ」

 喜色満面に頷く俺と、感極まった叶は遂に涙を流し始めた。また小さな子供みたいだ。

「また泣く。叶は泣き虫だなあ」
「だって、もう拓馬さんと……こんな風にお話ししたりなんてできないと……思ってたから。ぐすっ」

 叶にとっては狂ってまで願い、そして壊した俺との未来。
 完全な形ではなかろうが、絶望から一転して未来へと繋がる希望を得たのだ。まさしく至福の時だろう。

「いいよ、泣いても。ちゃんと泣き止むまでそばにいるから」
「う、うぅ……えぐ、うわぁぁぁん」

 俺の言葉を最後に、叶の涙腺は決壊した。
 座したまま全力で抱きつき、後ろの二人は完全に無視して号泣している。
 もう布団も何もあったもんじゃない。

 抱きつく勢いで全部剥がれてしまったため、俺は完全に裸の女の子を腕に抱いている状態だった。

「ういうい」

 俺は左手でゆっくりと叶の長い髪をすきながら、頭を撫でてち着くのを待つ。

 またすずかの防衛がくるかとも思ったが、後ろからもすすり泣く声が聞こえてきた。もらい泣きしておられるようだ。

 これなら邪魔が入る心配は無いと判断する。
 だったら、しばらくは叶の温もりと色んな感触を楽しむとしよう。

 人は、冷酷で残酷な人間を悪魔と呼ぶが、それは間違い。
 『悪魔らしい』とは人の心の隙間を突くこと。悪魔は、真に追い詰められた人間には優しく微笑む。
 その方が、騙す相手から効率よく自分の望むものを絞りとれるのだから。

 しかし心の中では勝利にほくそ笑んでいた。
 完全勝利とはこのことだ。叶は手中で、事件の情報と抱き合わせなのがまた良い。
 アリサとすずかからもかなりの信頼を得た。こいつは自動的になのは達への信頼度上昇にもなる。

 最近は輪廻さんやらリンディ提督やらが相手だったおかげで、どう立ち回っても都合の悪い方に流れてばかりだった。
 ようやく俺本来の俺らしい仕事ができている。これ程清々しい気分なのはどれくらいぶりだろう?

「アリサ! すずか! たっ君!」

 突如、激しい音を立てながら玄関が開かれた。
 続けて、最近よく聞くことになった声が聞こえてくる。
 真っ先に飛び込んで来たのはフェイトだが、相棒が感知した魔力反応は三つ。残りもすぐ来るだろう。

「フェイトちゃん! 来てくれたんだ」
「来るのが遅いわよ。もう全部終わったわ」

 すずかが嬉しそうにフェイトを迎え入れる。

 アリサも口ではぶっきらぼうなこと言って顔を背けてるが、あれは嬉しい表情を隠すためだ。
 でもって俺は全然嬉しくない。

「三人とも、ぶ……じ……」

 高速機敏な動作があっという間に油の切れたロボットに変わる。またかよ。
 なのはとはやても時間を空けずに、部屋へと侵入してきた。

「どうしたの、フェイトちゃん!?」
「まさか間に合わんかったん…………あはは、これはお邪魔やったみたいやね」

 愛想笑いを浮かべながら、アリすずへと事情聴取にいくはやて。流石指揮官向け少女、一番冷静だ。

「たっ君?」

 なのははフェイトと並んでフリーズ。
 朝の焼きまわしもいいとこだが、白と黒の服装が新たなアクセントとして効いている。
 俺、有頂天は早くもタイム終了だった。
 どんな有利もちょっとしたことで容易く崩壊する。げに不条理とは恐ろしいもんだね。

「あの叶、悪いんだけどさ」
「ふぇ? あぅっ!」

 また小動物の反応が来た。
 だけど、空気を読んで少し距離をとってヤバい部分を手で隠してくれた。叶はやればできる子だ。

「あの、好きな人とは初めてですから、優しくしてくださいね」

 その断りを入れたんじゃない!

「そうじゃなくて人がね?」
「私がこんな姿で抱きついたりしたから、我慢できなくなってしまったんですよね? 責任はちゃんととりますから」

 人の話を聞けえぇぇぇ!
 駄目だこの脳内ドピンク娘、ちっとも正常になってなんかない!
 もしかしたら、今まで見せないようにしていただけで、これが素なのかもしれないけど。

「たっ君、私らは先に戻って報告しとるから」
「何を!?」

 一番状況を理解し迅速に動いたはやてが、やめて欲しい冷静な判断を下しちゃった!
 叶が恥ずかしそうにもじもじしている分、誤解が発生しやすくなってる。

「あんたやっぱり……」
「部屋での告白は本気だったんだ」
「違う! 君らは一部始終見てたんだから、なのは達に説明してよ!」

 くそぅ。もう全員が敵だ。最近妙にこんなタイプのネタが増えてない? 俺は別にそんなキャラじゃないよ!

「皆さんに説明しながらするんですか? 恥ずかしい、です」
「変なところだけを拾って話を広げるな!」

 スルーならスルーするで全部流せ。しかもなんだよそのマニアックなプレイ! 初めてからレベル高いな!

「だだだだ駄目だよ! そういうのは、えっと、その、けっ結婚してからじゃないと」

 ただでさえこれからどうしようって時に、中途半端に再起動したフェイトが乱入してきた。どうせならもうしばらく大人しくしといて欲しかった。
 しかしながら貞操観念の強い子だ。そこがまたかわいいけど。

「お前ら全員落ち着けー!」

 この不毛な大乱戦は、クロノとリンディさんが来るまで継続された。