初めて会った時、わたしはあの人を優しくて心の強い人だと思った。
だから次に会った時、リンディ母さんがあの人を疑っていると知ってすごくショックだったけど、あの人は自分で無罪を証明してみせた。
それでも、リンディ母さんはどこか納得できていないようだったけど。
三度目の出会いで、わたしはようやく騙されていたことに気付き、リンディ母さんが正しかったのだと理解した。
魔法を使えないはずのあの人は、わたしの前でわたしを助けるために魔法を使用してみせた。
ただ、あの人は普通の魔導師でもなかった。
自分の血を魔力に換えて戦う。ミッドやベルカみたいな型式のレベルじゃない。明らかに異質な戦い方。
戦闘中に血液を失えば、それだけで様々な弊害を受ける。一歩間違えれば自滅してしまう程の危険性があるのは明らか。
それなのに、あの人は自分から集中砲火に身を曝した。
何発もの弾が直撃しても、まるで退こうとしない。
勝利のためにギリギリまで自分を削ぎ落としていくような戦い方。
恐かった。直撃すれば死んでしまうかもしれないのに、全く躊躇わず敵の前に立ち続けるあの姿が。
巨大な魔力がチャージされても動こうとしない。まるで死ぬことが恐くないような……。
気さくだったあの人が、突然見せたもう一つの顔。
一度目の取調べでもリンディ母さんとぶつかり合っている時に近い雰囲気はあったけど、あれは根本的に違う。
近いものがあるとすれば、それは母さん。
わたしの産みの親プレシア母さんが、アリシアを蘇らせようとしていた時の緊迫感に似た雰囲気を、あの人から感じた。
行動や言動こそ激情的ではなく冷静だったけど、何を捨ててでも目的を達成する意志力が張り詰めた空気だ。
それは、言葉にするのなら狂気。
目的のためなら手段を選ばない狂気を、あの時わたしは感じた。
だから飛び出した。そうしないとプレシア母さんの時みたいに、失ってしまいそうだったから。
不安で恐くて……どうしようもなかった。
戦いが終わった後は、また気さくで親しみやすい彼に戻った。
ついさっきまで命を捨てるような戦いをしていたことが嘘の様に、泣いてるわたしを安心させようとしてくれた。
まるで意識を共有した二人の人格がいるみたい。
どちらが本当のあの人なのだろう?
わたしはあの人の何を信じればいいんだろう?
今のわたしには、あの人がわからない。
あの人――――暁拓馬さんが。
だから、話をしたいんだ。拓馬さんを理解したい。
あの人の内にあるその闇が何なのか、どこからきているものなのか?
本当の拓馬さんを知るために。
リンディ母さんと輪廻さんの取引きは成立した。それもすごくあっさりと。
あらかじめある程度話はついていたんじゃないかと思うくらいに、話はスムーズに進んだ。
そう考えると、プールの事件も仕組まれていたのかな。
でもそれなら、わざわざ拓馬さんがあんな危険な行動に出ることはないはずなんだ。
その謎を解くにも、やっぱりもう一度直接話を聞かせてもらわないといけない。
話しても、今までみたいに振り回されるだけかもしれない。けれど、このまま諦めてしまってはずっと拓馬さんを理解できない。
なのはがわたしにそうしてくれたように、諦めずに話を続ければ、きっと何かを掴めるはずだから。
リンディ母さんと輪廻さんが話をつけた後、輪廻さんの提案で親睦会を行うことになった。
嬉々として話をまとめる輪廻さんに比べてリンディ母さんは少し悩んでいたけど、今夜もパトロールがあるから羽目を外し過ぎないようにと注意だけして、提案を受け入れた。
準備は自分から立候補したエィミイとはやて、美羽というわたしと同い年くらいの女の子を中心に、他にも何人かの人が会場の準備や料理を手伝った。
わたしとなのはは料理を担当していて、その途中で何度か美羽と話す機会があった。
人見知りしてるのか少し気弱なところはあるけど、きっと根は優しい子なんだと思う。
デザートに興味を持ったなのはに、作りながらそのレシピやコツを教えてあげていたりしていた。
知り合いだと、雰囲気がすずかに少し近いかな。
拓馬さん達はリンディ母さんと別の部屋で、契約の細かい部分の話し合いの続きをしているらしい。
それでも、パーティーが始まる頃には会場の部屋に入っていた。
ただ、どうしてか修一さんと呼ばれていた人はボロボロになっていたけど。
たしか、会議室に入った時もこんな状態だった。
心配になって声をかけようとしたら、鏡さんという綺麗な女の人に気にしなくていいからと止められた。
一緒に独り言で胸のサイズについてどうとか呟いていた気がする。
拓馬さんは、取り調べの時とは雰囲気が違っていた。
一度目の取調べの時やプールでの戦闘とも違う、純粋に機嫌が悪そうな雰囲気だ。
いったい何があったんだろう?
そんな彼にどうやって話しかけようかと迷っているうちに、パーティーが始まってしまった。
初めに輪廻さんが開会の言葉を告げて、皆それぞれ食事をしながらの談笑をはじめた。
わたしはなのはとはやて、そして美羽と同じテーブルで話している。
美羽は通っている学校こそ違うけど、私達と同じで小学4年生らしい。
話し始めた時こそ遠慮がちだったけど、今は普通に話している。少しは打ち解けることが出来たみたいだ。
ふと横を向くと、修一さんが女性の局員へのところへ行って、追い払われているのが目に入った。
それでも諦めずに果敢に次の人へ挑戦していくけど、結果は同じ。
はやてもその様子に気付き、苦笑している。
「顔はええのにねぇ」
「修兄ぃはいつもあんな感じだよ。女の人が絡むとすごくテンション高くなって逆に引かれちゃうんだ。もっと普通に誘えばいいのにって言われても、本来の俺を受け入れてもらわないと意味がないんだーって、逆に激しくなるんだよ。あ、また振られた」
「にゃはは……正直な人なんだね」
なんだか段々と見ていられなくなってきた。
わたしはお皿にお肉を二つ乗せて修一さんの所へ向かった。
「何故だ? 拓馬でさえ小野宮がいるというのに、何故俺は誰にも相手にされないんだぁー!」
親睦会なのにここまで誰にも相手にされないのは、ある意味すごいと思う。
それに、今の叫び声でまた近くにいた女の人が、修一さんを警戒して少し距離を開けた。
「あの、修一さん、でよかったですよね?」
わたしが呼びかけると、修一さんは物凄い勢いでこっちに振り向いた。
けど、わたしを見るなりガクンと肩を落とした。
「はい! そうです! もう俺の名前を憶えててくれるなんて光栄の極みですよって、子供かよぉーぅ」
わたしはわたしで、見るからに落胆されて少しだけショックだったりする。
「えと、わたしですみません」
「いやいや、気にしないで。こっちのことだから。それで、君はフェイトちゃんだったね。何か用なのかな?」
「はい、これを持ってそこにいるアルフって子のところに行けば、多分一緒に食べたりお話してくれると思います。それと、わたしのことは呼び捨てでいいですから」
そう伝えて、わたしはお肉の乗ったお皿を修一さんに差し出した。
修一さんはすぐにお皿を受け取り、再び元気を取り戻した。なんていうか、落差が激しくてわかりやすい人だ。
「ありがとう! 君は本当に優しいね。拓馬の奴が天使のようだとか言ってたのが、よく分かったよ」
「拓馬さんがそんなことを!?」
「ああ。君はあいつのお気に入りだからね。あいつが始めてフェイトにあった日の後、俺達相手に大絶賛してたよ」
わたしがお気に入り?
拓馬さんと話していても特別そんな風には感じなかったので、すごく驚いた。
理由もわからない。わたしが騙しやすいからなのかな?
それなら、同じ日に会ったはずのなのはもわたし以上に素直なのだから、そんなに変わらないと思う。
でも、修一さんの方も嘘をついているようにも、からかっているようにも見えないし……。
「どうして、わたしなんですか?」
「そりゃきっと拓馬とは正反対だからじゃねぇかな? それにあいつロリ……子供好きだからさ。それもあるだろうね」
「それは、なのはだって同じだと思うんですけど」
「うーん、多分一番大きいのは抱きしめたことじゃないかな」
確かにわたしは拓馬さんと始めてあった日、手首を切って震えるあの人を少しでも安心させようと思って抱きしめた。
今思い出すと少し恥ずかしくなる。でも……。
「でも、あれは嘘だったはずじゃ」
「あいつの行動は嘘でも、君の気持ちは本当だったろ? あいつはさ、自分が嘘をつく分他人の行動や気持ちに敏感なんだよ」
「あの時は、拓馬さんは本当に弱々しく見えましたから」
「拓馬からすれば、その時の君の行動と気持ちがよっぽど眩しくて暖かかったんだろうさ。それじゃ俺はそろそろアタックしてくるよ。本当にありがとうね!」
「いえ、こっちこそ喜んでもらえて嬉しいです。頑張ってくださいね」
修一さんは水を得た魚のようにアルフの方に走っていった。
……諺の意味はちゃんとわかってるよ?
わたしは念のため、アルフに念話で修一さんの事を伝えた。
アルフは特に嫌がることも無く了承して、修一さんを受け入れて一緒にお肉を食べている。とても楽しそうだ。
わたしも拓馬さんの事を少しだけど知ることができた。
自分が嘘をつく分だけ他の人にも敏感。
これは拓馬さんを知る上で、多分とても大事なキーワードだと思う。
わたしは拓馬さんについての話をもう一度心の中で反芻して、なのは達のテーブルに戻ることにした。
それと、テーブルへ戻る途中に、意外にもリンディ母さんの所にいる鏡さんを見つけた。
どんな内容かまではわからないけど、リンディ母さんの話を夢中になって聞いてるみたいだ。
逆に輪廻さんは、エィミイや他のアースラのクルーとの会話に花を咲かせている。
親睦会なのだから当たり前といってしまえばそれだけだけど、まるで真反対の構図が不思議だ。
どっちもすごく盛り上がってるみたいだし。
いったい何の話をしているのか気になったけど、なのはがこっちに向かって手を振っていたので戻ることを優先した。