「ひっでー言われようだな、拓馬」
「信頼度ゼロじゃない」

 馬鹿二名が人を指差して笑っている。
こいつら輪廻さんが来てからは、この件はもうどうにでもなると考えているので、かなり楽観しているようだ。
 正しくは輪廻さんが動いた時点で、もう『輪廻さんが思うようにしかならない』んだけど。
 どちらにしろ、あいつらが楽しそうだからムカつくことには変わりない。

『うるさいよ。それに少しは手を貸せよこの野郎』
『嫌だよめんどくせぇ』
『ずっとたっ君のターン!』

 いやいや、別に押してないどころか、むしろ俺がリンディさんに押されている。ひたすらドローガードでモンスター引かれている状態だ。

『鏡、お前ただその台詞が言いたいだけだろ。そしてたっ君と呼ぶな!』
「そもそも、撤退命令の話なんて輪廻の話ではなかったわね」
「ああ、そんなものは出していないからね」

 俺にやらせるなら、せめて少しくらい話し合わせてよ!

「私は自分のしたことにはきちんと責任を持つよ。大人だからね。全くこんな下手な嘘をついて、使えない部下を持ったものだよ。もういい、君はしばらく黙っていたまえ」
「ぬなっ!?」

 まるで俺は子供だから自分のいいように嘘ついたような口ぶりじゃないか!
 こっちは被害を最小限に食い止めようと必死なのに、完全に利用された上に遊ばれた。くそう、だったらボスのお手並みを拝見といこうじゃないか。

『全くお子様よね!』
『お前もお子様の一人に含められているのは理解しているか?』

 俺からすれば、この人は愉快犯にしか見えないんだけどな。
 計画的な行動ではあるが、どうせ犯行理由は自分の愉悦に決まっている。

「責任ね。乙女の素肌を晒し者にしたんだから、この罪は重いわよ?」
「だからこうして自分から出向いたわけじゃないか」

 ロリ論文優先して俺達に正座させてたくせに!

「それ、当たり前のことじゃない」
「用があるなら聖王すら呼びつける私に向かって、よく言うねリンディ」
「聖王って、古代ベルカの戦乱を治めた人物だろうが!」

 ヴィータちゃんが有り得ない人物の出現にツッコミを入れた。
 まぁこの中で聖王を見たことがあるかもしれない奴等は、ヴォルケンリッターくらいなものだ。
 この人、いったい何処まで自分を神格化すれば気が済むんだろうか?

『どうやってあの世の人物呼びつけたんだろうな』

 修一がしごくまっとうな事を疑問を投げかけてた。そりゃ死んでるし。

『イタコとかじゃない?』
『その聖王、日本語喋りそうだな』

 昔、どっかの恐い山でマリリンモンロー呼び出したときは、もろジャパニーズだったって話を聞いたことがあるし。今回は英語圏ですらないぞ。

『何語喋るかは興味あるわね』
『もし本当に輪廻さんが呼び出せるんなら、これもう商売になるんじゃね?』

 お願いだから、新興宗教だけは立ち上げないでください。狂人でもエイメンとか言って刃物を振り回す狂信者になるつもりはない。

「じゃあ、今回の責任はどう取るおつもり?」

 武家社会よろしく、部下である俺達が任務失敗の責任取らされて切腹させられるんじゃないだろうな。

「お言葉ですが艦長。ここは法に則って償う以外は無いと思いますが」

 黒いチビスケ、クロノがリンディさんに進言した。シグナムさんを初めとする被害者一同が同意して頷いている。

「ユーモアのない奴だねぇ、このチミっ子イケメンは」
「顔と仕事だけの男なんてつまんないわよ」
「余計なお世話だ! それに今は遊んでるんじゃない」

 そもそも、この人が大人しく法に裁かれるはずがない。
 輪廻さんにとっては司法を敵に回す程度なら、いつもの遊びとさして変わらない。法廷内にいる人間全員買収するくらいは平然とやりかねない人だし。
 輪廻さんのことを知っているリンディさんなら、そんなことはわかっているはずだ。

「不幸な事故とはいえ、起こしてしまったのは我々だ。過ちは認めなければならない」
「あら、珍しく素直ね」
「私程誠実さと真面目さを持った生物は、次元史以来存在しないよ」

 まともに聞くと世界の在り様が変わるかもれない発言だった。その代表例はあんたではなく俺だ。

『この人に善人の基準を置くと、死刑囚すらも聖人になるな』
『そうなると世の中から死刑制度がなくなるから、ちょっと平和になるんじゃね?』
『むしろ、犯罪者が闊歩するから、肩にアーマーつけたモヒカンが大量にバイクで疾走するような時代が来るんじゃない? もちろん玉座に座っているのは我らがボス!』
『あの人が善人になるだけで世界は核の炎に包まれるのかよ!』

 そういえば、さっきからあまりアースラサイドから発言が無い。どうやら魔法少女三人組は輪廻さんのフリーダムっぷりに、呆気にとられているようだ。
 俺達三人と輪廻さんじゃ、纏っているオーラが違う。あの人は天然で闇の帝王とでも呼ばれそうなカリスマ性を持っている。
 それに自分達のボスもいるから、さっきの正座の時みたいにツッコミ役にもまわれないらしい。

「なら確認します。昨日第97管理外世界で起こした殺人未遂と強制わいせつ罪を認めるのですね」
「ああ、認めるよ。巻き込んでしまった多くの人達に、この腹を裂いてお詫びしたい気持ちでいっぱいだ」

 一応裂くのは自分の腹らしい。
 本心ではそんな気微塵も無いんだろうけど、裂いたら真っ黒通りこしてブラックホールでも出現しそうだ。

「わかりました。そういう言い訳は裁判所でしてもらいます」
「それも困るな。私には人間の持つ可能性を完全に解き明かすという、壮大な使命があるのだよ」
「それでも責任は取るのでしょう?」
「償いはするよ。別の形でね」

 そうくるだろうと思った。リンディさんにも、表情の変化はみられない。

「リンディ、司法取引といこうじゃないか」
「内容は?」

 司法取引とは、検察――今回の場合なら時空管理局相手に俺達被告人が罪を認めたり捜査に協力したりして、罪を軽減させる事だ。
 司法取引が出てきて流石に周りの雰囲気がざわつくが、当の本人達は何事もなく話を続けている。

 二人にとってこの会話は、お互い想定済みの予定調和と考えた方がいいな。
 だから俺が出した撤退命令の嘘を否定して、罪を素直に認めたのか。
 そして途中の交代を異議も立てずに通したのは、わざとやったわけではないことを強調することを目的としたわけだ。

「次元世界の半分を君にプレゼントしよう」

 完全にPRGの魔王だった。
 この人、数分でいいから真面目に会話してくれないだろうか。本人に言わせればこれが至って真面目だそうだが。

「中々魅力的な条件だけど、遠慮するわ。別にそんな権力欲しくないもの」

 皆が緊迫したこの状況を見守っていたというのに、見事な肩透かしを食らった。アースラ側なんかほとんどの連中が脱力している。

「もっと真面目にやってください」

 あ、クロ公が怒った。けど今回はアースラ側ほぼ全員の代弁って感じだ。

「会心の一言のつもりだったのだけど、断られてはどうしようもないね。それなら、今君達が追っている連続殺人事件の捜査協力なんてのはどうだい? 未だ何も手がかりをつかめていないのだろう?」
「あらあら、それも魅力的な取り引きね。協力内容の詳細が聞きたいわ?」
「とりあえず上げるなら、犯行時に犯人の居場所を特定。それと私の部下達を貸し出すので自由に扱ってくれたまえ。他にもオプションをつけたいのなら話し合いで前向きに検討しよう」
『ちょっと待てぇ!』

 今、何かあっさり大事な約束が破棄された気がしたため、思わず念話で叫んでしまった。

 輪廻さんの球太郎を使った今回の事件。
 その真意は、輪廻さんと管理局との捜査協力だったことはもう疑いようがない。

 管理局にけしかけたのもわざとなら、俺達が捕まることも作戦のうち。
 だいたい、球太郎唯一の弱点はスピードだった。
 状況が状況のため、球太郎さえ逃走の心配がなければアースラチームが撤退してしまう心配がないからだ。

 しかし、話では球太郎は連続殺人鬼を捕まえるために生まれた兵器のはずだった。
 敵が逃げる事を確実に想定しないといけないのに、スピードが遅い上に近距離の敵を優先的に狙うとはどういう了見だ。

 逆に稼働時間が30分とタイムリミットが設定されていた矛盾があるが、これは恐らくSランクを超える魔導士にも匹敵する凶悪な出力による弊害か、修一と鏡に火を付けるためだろう。
 それにあいつらの性格上、リミットまで逃げれば勝ちといわれれば、逆にリミットまでに倒そうとするのは目に見えている。

 それに捕獲目的なら、球太郎を破壊したときに奪われた魔力が戻ったことも変だ。
 俺ならば、奪った魔力を戦闘に回す。
 それをしないってことは初めから返す気だったということ。さっさと返しておかないとこれからの捜査に支障が出るからだ。

 これだけでも輪廻さんは大嘘ついてる事がよくわかるし、この展開に持っていくための布石だったことへの証拠にもなる。
 しかし、この協力には一つ決定的な問題がある。

 犯人の探知はいい。元々管理局が犯人を捕まえられないでいる理由はおそらくそこだ。
 探知系魔法にかけては次元世界でも五本の指に入るであろう輪廻さんですら、ほんの一瞬しか掴めなかった。

 アースラのスタッフだけであれを攻略するのは絶望的。今回の輪廻さんの協力の申し出は、アースラ側からすれば願ったり叶ったりだろう。
 俺としてもこれは勝手にやってくれればいい。
 だが、もう一つの条件は納得できない。

『なんだね騒がしい。今重要な話をしているのは君にもわかるだろう。後で聞いてあげるから、今は大人しくしていなさい』
『後じゃ手遅れなんですよ! 約束したじゃないですか!』

 メガネに襲われた時、管理局の取り調べで事件の情報を入手すれば、後はこの事件に関わらなくていいという取り決め。
 そのために俺は渡らなくてもいい、亀裂の入った橋を渡った。

『これは連続殺人事件とは別の事件からの派生し繋がった。つまり君が自分から連続殺人事件に首を突っ込んだも同義だ』
『逆です! 球太郎の存在自体が、連続殺人事件から生まれた派生です!』
『ならば君は球太郎に関わってはいけなかったんだ。遅くともあれが起動した段階でさっさと逃げるべきだったね。中途半端に勝手に首突っ込んだのは君だよ。一度関われば途中で撤退は許されないに決まっているじゃないか』

 そうか……。今ようやくわかった。
 脱衣機能は俺を逃がさないための罠だったんだ。なんて人間心理を逆手に取った巧妙なトラップだろう!
 作戦の重要な部分を俺達に報せなかったのも、これが理由……違う、それはいつものことか。

『ひ、卑怯だ。あんな機能付けられたら逃げられるわけが……』
『それに今貸し出す面子に君だけが欠けたら、リンディが納得しなくなる』
『横暴! 策謀!』
『っふ……私達の世界では、策謀を見抜けぬ弱者は喰われて当然。違うかい?』

 やられた……。これじゃ俺は最初から最後まで輪廻さんの手の上で踊っていたわけだ。
 完敗だ。
 精神的に沈む俺を尻目に、輪廻さんはリンディさんと話を詰めている。

 だがまだ諦められないし、いくらなんでもかっこ悪過ぎる。ならば別の角度から突き崩す。

『何故、わざわざ俺達から歩み寄っているんですか? 輪廻さんならやろうと思えば他に方法があったはずでしょう。管理局のお偉いさんを使って向うからこっちに捜査協力させるとか』
『彼らには借しがあるからね、やろうと思えば容易だよ。だが彼らへの貸しは大きいのさ。それこそ電話一本で宝くじの一等どころじゃない資金を入手することもできる』
『そりゃあそうかもしれませんが』
『そんなものをこんなところで無駄に消費してどうするんだい? こういうものはもっと使いどころを選ぶべきだ。人の心の隙を喰らう君ならば簡単に想像つくだろう?』

 うぅ、いつもは平気で不合理なこと言うくせして、こんなときに限って返ってくるものが合理的な正論だ。

『だいたい、もう決まってしまったことなんだ。今更覆せないよ。それに今回の目的はもう一つある』
『なのはちゃん、フェイトちゃん、はやてちゃんですか?』

 輪廻さんは、人間の秘めたる可能性を追求する事を至上の喜びとしている。だからこそ俺達みたいな人として逸脱した連中を、好き好んで雇っているわけだが。
 俺なんて魔力を持たずに特殊なスキルも無い。
 あるのは死に恐怖しない狂気と、人の心の隙間に付け入り流れをものにする技術だけ。

 しかし輪廻さんは、それこそを望んだ。
 逸脱した精神、凡人では考えすらしない思考。この人にとってはそれこそが可能性の一つらしい。

 鏡と修一、そして美羽ちゃんもそれぞれ常人離れした才覚や精神を持っている。
 それならば幼いながら魔導師として圧倒的な才能を持つ魔法少女達もまた、立派な研究対象になり得るわけだ。

 特になのはちゃんとはやてちゃんは、元々地球で生まれ育ったいたって普通な女の子である。
 にも関わらず、魔力量では鏡すら彼女達に敵わない。
 言うなれば二人は地球人の中で起きた突然変異であり、希少価値で言えばレアスキルとそう変わらない。

 残るフェイトちゃんは、アリシアという少女を基に生み出されたクローン生命体。言わばホムンクルスだ。
 しかし中身は普通の人間と全く同じでありながら、オリジナルのアリシアは俺と同じで、魔導師の素質をほとんど持っていなかった。
 二人とケースは違えど、彼女も平凡とは逸脱した存在であることは間違いない。

 輪廻さんは今回の事件を通じて、三人の幼き少女達の才覚を調べ上げたいのだろう。

『その通りだよ。しかし、それだけでもない』
『まだ何かあるんですか?』
『この町だよ』

 ――――海鳴市。
 三人の少女達。輪廻さんと俺達。殺人鬼とこの前のメガネ。それ以外にもこの町には表に出ないだけで異端な存在が住んでいる。
 今や地球で一番特異な場所といっても過言ではない。

『海鳴市は、私が望むような存在が次々と押し寄せてきている』

 海鳴市には異端を集める何かがあるのかもしれない。何の確証も無いがそう考えてしまう。
 地球という星の中にある小さな島国。その中でさらに無数にある町の一つ。
 そんなかなり限定された地域に、様々な理由で異端が集まっている。

『地球には稀に高い才能を持った魔導師が生まれると言われてますが……』

 鏡と美羽ちゃんは地球で生まれた。
 なのはちゃん達と同じ、元々は魔法と無関係に生きてきた存在だ。これは覆しようのない事実。
 修一はスキルこそ特異だが、父親が管理局の魔導師らしいのでこれには当てはまらない。

『その希少な存在が海鳴市だけで二人だよ。しかも、その才能を目覚めさせるためにそれぞれロストロギアまでもが関わってきている』

 去年のクリスマスはロストロギア闇の書の力で、危うく中規模次元震が起きるところだった。
 その時はちょうど別の案件をかかえていたため、俺達はノーサイドだったけど。かなり危険な状態だったことには間違いない。

『平穏を望む俺には、最上級に厄介なんですが……』
『それについては住む場所が悪かったというしかないね。私にも今のところ理由はさっぱりだ』

 なんでこんな怪奇現象の溜まり場みたいなところに住んでしまったんだ……。
 でもここに住まなければ、そもそも俺は平穏を望むようにはならなかっただろうしなぁ。

 ああ、なんか無性に円の顔が見たくなってきた。顔は無理でも、後で電話しようと心に誓う。

『何はともあれ、これで私のやりたいことはわかっただろう? もう君に逃げ道がないことも。とりあえずはこの新しい仕事に最善を尽くしてくれたまえ』
『不条理だぁ!』
『私以外の人間は、不条理こそが人生の構成物質なのさ』

 逃げるどころか死刑宣告になってしまった。
 俺の、俺の夏休みが! 殺人鬼の逮捕なんてめんどくさいものにすり返られるなんて!

 自分のモチベーションだだ下がりしていくのを感じる。かと言って、もう逃げる手立ては残っていない。
 結局いつも通り輪廻さんの思うがままに、ことが運んだというわけだ。

「どこか痛かった?」

 ガックリと項垂れる俺に、美羽が心配して声をかけてくれるが、今の俺には弱々しく大丈夫と返すことしかできなかった。