修一の電話以降は本を読み終えるまで新たな邪魔が入ることはなかったので相当な時間を消費したとは思うが、どれくらいの時間が経っただろうか。
 時計を見ると、ディスプレイが午後七時を過ぎていることを示していた。

「夕食にするか」

 俺は誰を相手にするでもなく呟き居間に移動し、買ってきてからテーブルの上に置きっぱなしの夜用弁当をレンジに突っ込んだ。
 飲み物の準備を済ませ、電子レンジの前で待機していると甲高い音が我が家に響いた。音源はレンジの音ではなく、玄関のチャイムだ。

「間の悪い客人だな」

 ちなみにレンジは俺が玄関前まで動いたあたりで鳴った。こいつらは何か提携でも結んでいるのかと思うようなタイミングだ。

「あの……こんばんは」

 開けた扉の先にいたのは、両腕を後ろに回し不安げな顔をしている小野宮だった。思いもよらない彼女の行動力に僅かばかり面を食らったが、そんな気配は微塵も表に出さずに対応する。

「何のご用かな、小野宮さん?」
「えっとね、たいしたことじゃないんだけど。夕食もうは済ませた?」
「ちょうど今からだよ」

 冷静な顔で接し、冷徹な声で用件を聞く。
 これから食事なのだから帰れと言おうとしたのだが、夕食はまだという事実に反応した小野宮に先手をとられた。

「ホント? じゃあこれ、沢山作り過ぎちゃったんだ。良かったら食べて」

 突き出された両手には小さい鍋だ。まだ温かいのだろう、鍋から食欲をそそる熱気と匂いが漂ってくる。レンジの弁当に入ってる魚のフライよりも魅力的と思えてしまうおかずだった。

「スーパーのお弁当だけじゃ、栄養偏っちゃうよ」
「何でお前が俺の夕食を知ってるんだ?」
「そ、それはお母さんが買い物してる時に偶然見かけたんだよ。だからもしかして料理苦なのかなと思って、うちの夕飯と一緒に作ってみたんだけど……」
「それじゃあ、余り物ではないよな」

 自分の嘘をあっさりと自分で暴露した。なんて素直でわかりやすい性格なのだろう。
 こっちは探りなんて小細工を入れる暇すらなかった。別にこんな他愛ない会話で入れるつもりもなかったが。
 それにしたって、ここまでくるともう嘘に対する怒りすら沸いてきやしない。清々しいくらいに見事な自滅だ。

「あう! それは、その……ごめんなさい」
「わざわざ嘘を吐く必然性が、どこにあったんだ?」
「だって、余り物にしておいた方が、暁君の受け取ってくれる可能性が少しは上がるかなと思って」

 わざわざ自分を突き放した相手に夕食を渡しすなんて、こいつに何の利があるのだろうか?
 校門の揉め事があるのだから、むしろ余計険悪になるだけだろうに。逆説的に嫌がらせだろうかと疑ってしまいそうになる。

 だが、それは違う。違うとわかってしまう。
 修一との会話、そしてここ数日間で小野宮の核となる本質以外は、それこそ嫌でも把握したつもりだ。

 ならばこいつの本質――この一方的な善意は何からきている?
 小野宮を校門で突き放した時は俺の一人暮らしの理由に興味があったからかと思ったが、それならわざわざ今またここに来る必要がない。

「ごめんね。余計なお世話はいらないって学校で言われてたのに。押し付けがましく家にまで来ちゃって」

 逆効果になるかもしれないことは本人もわかっているらしく、後ろめたいのか視線も鍋や床を彷徨っている。
 これはもう、いつ泣き出してもおかしくない。

「でも、どうしても心配だったんだ。暁君、まだ引っ越したばかりでほとんど一人だし。他にも……」
「久々の日本、それも初めて町に一人暮らし。家族はいないも同然。それでか?」
「……うん」

 それがここまでこいつを動かしている理由か。そういえば、俺はこいつがいる時に誰かとつるんだりもしていなかったっけ。
 例外といえば、せいぜい引越しの挨拶で輪廻さんが一緒に居た時のみだろう。
 その輪廻さんも最初挨拶以外では一度もここへ来ていない。日常への干渉は必要最低限というルールは最初に決められていた。

「お節介だな」
「ごめ……なさい……」

 何度も謝って、わかっていてもやってしまう。
 得れる利など後回しで、理屈の前に手を差し伸べている。
 利もなく理もない。あるのは感情だけ。

 相手の言動や行動で一時的に頭に血が上り、短絡的な行動を起こす人間と同じだ。違うのは振り上げるものが理不尽な力ではなく、他人への思いやりからくる献身であること。

 少々一方的で過保護ではある。だけど、それも困っているかもしれない人間を放っておけないという優しさが根源となっている。
 なるほど、こんなのが仮に俺が生きてきた戦場にいたとしても、真っ先に死ぬ。死する予定の人間が列を作って並んでいても、横入りであの世行きの切符を購入するタイプだ。

 これが小野宮円という人間、その本質。なら……。

「ありがたく、受け取っておくよ」
「え? え? ホントに? どうして!?」

 駄目で元々の気持ちで挑んできたのはわかるが、ここまでの驚きようはどうなんだ? やっぱりこのまま泣かせばよかったかもしれない。

「貰わない方が良かったのか?」
「ううん、そんなことないよ! ありがとう」
「お礼を言うべきなのは俺の方だと思うけど」

 俺の言葉に焦ったのか、小野宮は急いでこっちの気が変わる前に鍋を渡した。
 鍋の取っ手から料理の熱が伝わってきて、これだけで素っ気ない弁当よりも食欲をそそる。

「暁君て、ツンデレだね」
「なんだそれ?」

 これも初めて聞く単語だった。尖って溶ける? なんだよ、その矛盾した物質は? 俺の生き方が矛盾してるのはよく自覚しているけれど、そういう意味だろうか?

「えへへ、ないんでもないよ。あ、料理はお口に合わなかったら無理に全部食べなくてもいいからね。それから、お鍋は後で取りに来るから洗わなくてもいいよ」
「ああ、了解した」
「それじゃあね!」

 さっきまでの沈んだ表情はどこへやら、小野宮は嬉しそうに言うこと言って帰ってしまった。まだお礼すら言えてないのに、満足げな顔をしていたな。悔しいが、これであの電話は修一が正しいことが証明されたわけだ。
 それでツンデレって何だろう? 明日、修一か鏡にでも聞いてみればいいか。

 レンジの弁当を取り出し新たな食料を鍋から器に盛り付けて、ようやく俺は夕食にありつけた。
 もらった料理は肉じゃがだ。調理者であろう叔母さんに感謝しつつ、スーパーの弁当と一緒に食べる。
 肉じゃがの味は自分で作るより遥かに美味で、多少の敗北感と共に味わって全て平らげた。上には上がいるものだと、専業主婦の技能を思い知る。

 さて、返せるものなど今は何もないが、せめて叔母さんにお礼だけでも直接言うべきだろう。
 所詮隣だし、鍋も洗って自分で返しに行くことにする。家を出て数歩。チャイムを鳴らし数秒。出てきたのは小野宮円だった。

「あれ、暁君? もしかしてお鍋返しにきてくれたの? あ、それにもう洗ってくれてるんだね」
「まだお礼も言ってなかったからな」
「そんなの気にしなくってもいいのに。それで味は……どうだった?」

 小野宮の顔が少しだけ真剣味を帯びる。口に合わないなら無理して食べなくていいとも言ってたし、そんなに肉じゃがの味を気にしていたのか。

「美味しかったよ。すごく」
「良かった! えへへ、頑張って作った甲斐があったよ」

 質問の様子でまさかとは思ったが、肉じゃがの調理者はこいつだったのか。だから何てことはないはずなのに、さっきの敗北感が三割増しでぶり返してきたのは何故だろう?

「料理が得意なのか?」
「得意って程じゃないと思うけど……小さい頃から作ってるから、もう趣味かな。お母さんの方がずっと上手だけど」

 小野宮家には、いつよりもまだ上の調理者がいるというのか、なんて家族だ。料理に関してのみに限定すると、俺ではまるでお隣さんに勝てる気がしない。

「誇っていいレベルだったよ。また食べたいくらいだった」
「うん! 毎日は無理だけど、機会があったらまた作るね」
「楽しみに待ってる」

 別に期待して言ったわけではないのだが、ここで断るのは流れ的にも却って失礼だろう。
 失礼か。半日前にわざと失礼なこと言って小野宮を傷つけていたのはどこの誰だろうな。

「それとね、今日の学校でのことなんだけど……」

 料理を褒められて綻んだ小野宮の表情が、またすぐ真剣なものになった。俺の家族について聞こうとした時と同様の顔で、きっとまた謝るつもりなんだろうけど、俺はもう小野宮のごめんなさいを聞くつもりはない。

「俺は過去より未来が大事なんだ。もう忘れたよ、昼も両親のことも」

 親というのは六年間俺を育ててくれた存在だけど、今となっては思い出未満の記憶でしかない。懐かしさも感じられず本当にいたのかと思ってしまうこともある。

「……ありがとう」
「だから、お礼を言われることはなにもしてないさ。むしろお礼を言いに来たはずなんだがな」
「それでも、ありがとう。暁君」

 悪くないどころか一日を振り返ればまさしく逆転のハッピーエンドだと思うのだが、小野宮が相手だとどうにも照れくさくなってくる。
 家族同様昔過ぎて憶えていないから、この羞恥心を初めてのように錯覚してしまっている自分がいた。

「それじゃ、俺は帰るよ」
「うん、また明日ね。暁君」

 これ以上は別の意味で精神衛生上よろしくないと思いさっさと去ろうとするも、小野宮が最後に返した一言が気にかかってしまった。
 ただの社交辞令一つを気にする俺がどうかしているのだし、これを追求するのは俺の我がままだ。
 自分でもそれを望む理由がわかっていないけど、俺は口を開いてしまう。

「すまない。やっぱりもう一つあった」
「何?」

 これはもう未知への恐怖ではないのに、自分がわからない。壊れてから、狂ってからはこんなこと一度だってなかったのに。
 滅茶苦茶な時を刻んでいた時計が急に正しく動き出したように、ズレていた何かが修正され始めた。
 自分で自分を客観的に解析できない。。

「俺の友達は俺のことを下の名前で呼ぶ」

 友達。
 俺は誰も信じれない環境に生きてきたけど、人生で唯一自分が選んで身を置いた組織で出会った同い年の二人。共に戦い共に死線を超えた連中で、あいつらは俺を友達と呼んだ。

 あいつらと地球の常識にある友達の意味はまた違ってそうだし、友達の定義など知らない。
 だけど俺は小野宮と友達になりたいと思った。
 定義がわからないから、どうすれば友達になれるのかもわからない。それでも考えた結果、あの二人の俺に対する共通点から見出しのが名前の呼び方だっただけだ。

「え……?」

 本日三度目にしてこれが最後だろう沈黙が訪れた。ただし先の二回とは意味合いが根本から違う。

 これはヤバい。本気で恥ずかしい。
 ここまで俺の精神が揺れるのはいったい何年ぶりだろう?

 魔弾が頬を掠めても動揺しない確信があるのに、こんなたわいないことでパニックになるとは思いもしなかった。
 俺どころか小野宮まで頬が赤くなっている。
 やっぱり、やめておけばよかった。こんな後悔を味わうのだって数年ぶりだ。平穏を得るはずだったのに、逆に心は荒波だっているじゃないか。

「そ、それだけだよ。お休み、円」

 俺は今まで小野宮を本名で呼んだことはない。しかも途中で噛んだ。さっさと逃げようとしながら更に墓穴を掘るなんて、何をやっているんだ俺は。
 今ので、俺が焦っていることは彼女にバレただろう。

 何重のミスだ? 考え得る最悪の展開? そもそも頭が回っていない行動の分、これらは予想だにしない展開だ。
 これは引かれただろうな。復旧は絶望的だっただろう仲を、彼女は手料理によって確かに持ち直した。そいつを俺自身が再び破壊したわけだ。

「ふふ……」
「え?」

 またも何年ぶりに味わう自己嫌悪とか絶望といえる感情に身を任せていると、あいつは笑った。
 微笑みの意味がまるで理解できずに、俺は間抜けた声を上げる。

「お休み、たっ君!」

 なんだよその妙に可愛らしい愛称は。正直気に入らないけれど、俺はその呼び方を訂正させることができなかった。
 だって俺を『たっ君』と呼ぶ円の微笑みは、今まで見てきたどの笑みとも比べ物にならない程に魅力的な笑顔だったから。

 またも砂嵐。
 一方通行に映像は続いていくけど、これは何処が終点なのだろうか。そんなことを考えているうちに、砂嵐は晴れ新しい舞台の幕が上がる。

「あ、おはようたっ君、朝ご飯できてるよ」
「……おはよう」

 人間、苦痛には強いが快楽には弱い。そんな当たり前のことに気付いた時にはもう手遅れで、たまにのはずだった円の手料理は日常の風景になっていた。
 『本来の住人が起きる前から当たり前のように朝ご飯の準備をしている女友達』という存在は、すでに日常から外れてる。とは修一の言であり、俺はその類いの戯言を全て聞き流している。
 ちなみに、俺が寝ているのに円が家に入れているのは合鍵を渡してあるからだ。

「いただきます」
「召し上がれ!」

 修一が騒ぎまくるのはどうでもいいとしても、この光景がノープレブレムでもないのは確かだ。
 何が一番の問題かと言えばこの状況に慣れてしまい、怠惰に向かって全力疾走しているしまった自分自身だ。

「美味しい?」
「美味しい」
「えへへ。このミニハンバーグ自信作なんだよ」

 だと言うのに、円の嬉しそうな顔を見るとそんなの小さい問題のように思えてくるから困る。というか朝っぱらからハンバーグ手作りしてくれたのか。

「時間かかっただろ」
「ううん。たっ君が美味しそうに食べてくれるから楽しいよ」

 容易く出てくる無防備な笑顔が眩しくて、俺はこの笑顔が見たくて円のそばにいるようになってきていた。
 ザザザッ。そろそろ見飽きてきた砂嵐だけど、急に画面の切り替わりが早くなった。
 ドタドタと足音が聞こえ、ガチャっと扉が開き、バサっと布団が引っぺがされる。擬音ばかりだが実際そんな勢いだった。

「起きなさい! 学校遅刻しちゃうよ!」

 いつもの朝で、いつものイベント。恒例だからこの後俺がとる行動も決まっているわけで、俺はうつ伏せになり枕に顔を押し付けてささやかな抵抗を試みる。

「あー」
「あーじゃないの!」
「うー」
「うーでもないの!」
「めぽー」
「しつこい!」

 布団強奪に対する講義の呻き声に一々ツッコミ入れるとは律儀な奴だ。
 ちらりと円の様子を見ると俺をガン見していて思い切り目が合ってしまった。これはもう起きるしかない。

「……いけず」
「段々と起きなくなってきたねぇ」

 仕方なく頭を掻きつつ上半身だけを起こすと、円に溜息を混ぜられながらどやされた。
 ただ起きない子だと思われるのは癪なので、寝坊の元凶である机に詰まれた数十冊に及ぶマンガの山を指差してみる。

「あいつらが悪いのです」
「あれ全部読んだの?」
「寝る前に少しだけと思いスタートして、読み終わった頃には雀がちゅんちゅんと……」
「ちゃんと寝なさい。そして起きなさい」

 余計に呆れられて、さらに怒られた。
 しょうがないじゃないか、地球の娯楽が生み出す誘惑は桁が違っていて、それは毎日のように秋葉原に通う人種だって現れちゃうよ。

「寝坊したって円が起こしてくれるもの」
「んもぅ。わたはたっ君のお母さんじゃないんだぞ!」
「じゃあ、お母さんになってください」
「そんなこと言うと、起こしにも御飯作りに来てもあげないよ」

 円のこれはいつも口だけで明日も起こしにやって来るのは間違いないけど、変な駄々こねたせいで怒りのボルテージがぐんぐんと上昇しているのがわかる。
 何したって円が今更俺を見捨てられないのは確信していても、あまり怒らせると何食か食事が飛ぶ可能性はあるのでここは謝るべきだ。

「ごめんなさい見捨てないで。孤独死するから。兎はさびしいと死んじゃうんだよ?」
「それは間違った常識だって私に教えてくれたの、たっ君だよ?」
「……めぽー」
「気に入ったの? その台詞」
「めぽー」
「気に入ったんだね。ふふ、ちょっと可愛いよ」

 「可愛いのはお前だよ」とは、思いはしても口には出さない。
 円の怒りは収まってきたらしいので作戦は成功だ、ありがとうプリキュアの妖精さん。元々怒るのには向いてないタイプなので、機嫌の直りが早いのである。
 今の笑顔にちょっとときめいたのは秘密だ。

「たっ君はホント変わったよねー。昔は一匹狼のクールガイって感じだったのに」
「今の俺にとって、その話は黒歴史なのだよ」
「私も、今のたっ君の方が好きだけどね」

 この子ったら、たまにノーガードで恐ろしい言葉を吐くから困る。
 男女として非常に不安定な関係の中で、『好き』と言うフレーズは俺にとって爆弾だ。意味合いはライクだとしても、心臓に悪いことには変わりない。

 おかげでこっちは一気に普通の会話すら気恥ずかしくなってしまう。

「そいじゃ、そろそろ着替えますんで」
「うん、ご飯入れて待ってるから、早く来てね」

 俺の完全覚醒に満足したか、円は元来た道を辿り朝食の準備へと戻っていった。それを見送ってから俺は立ち上がって制服に手をかける。

「変わった……か」

 それは、輪廻さん達にも当然言われたことだ。あまりに変化が劇的だったので、それはそれは気味悪がられたものだった。

 この変化が良いものか悪いものかと問われると、悪いものだろう。
 人殺し。それも大量殺人者がのほほんと暮らしていて良い道理がない。俺のような人間は、同類に殺されすべからく地獄に堕ちるべきなのだ。
 それはわかっている。だがそれでも、俺はこの己の平和を、平穏な今の生活を護りたい。

 ザザザ。
 と砂嵐が過ぎても画面は黒いままで、終わりがもうすぐそこまで来ているがわかる。
 布団に包まり夢現の狭間を彷徨っているような、ぬるま湯に浸かり続けるような生活。

「………………い」

 大切なお隣さんに、可愛い妹みたいな少女、そして自分と同類の悪友共。
 そんな奴らと、自由気ままに笑いあいながら生きる。
 その毎日はいつも通りに崩れ去り、予定調和の闘争が始まった。
 俺にとって、真の日常とは非日常だ。

「い……お……い」

 連続殺人事件に巻き込まれ時空管理局接触。
 輪廻さんが作った玩具との戦闘。
 もう、暫くは平穏無事な生活なぞ望めやしないだろう。
 それでも俺は諦めない。

「いい……ん……さ……い」

 どこまでだって諦めず、平穏のために抗い続けてやる。
 壊れ狂い捩れ歪んだ心で、俺が望んだ平和という矛盾した未来へ手を伸ばす。

「いい加減、おーきーなーさーいー!」

 うるさいなぁ。
 起きればいいんだろ、起きれば。
 ならば始めようか、暁拓馬の平穏な日々を。