ようやくやめることをやめられたわたしは、一人で自分の道を歩いている。
 ただの帰り道だけど。
 それでも、誰かについて回って道を探すのは終わった。
 全てを捨ててわかった事実は、『捨てたとしてもそういきなり何かが変わることもない』ということだった。
 重荷を捨てても、わたしがわたしであるのは同じなのだから。
 急に軽くなった体は、ふわふわとして地に足が付いてるのかも怪しくて。
 自由過ぎると何をしていいのか却ってわからなくなるのだと、初めて知った。
 知ってしまった。
 知ってしまうと、不安が生まれる。
 何か見つけなければと光を探すと、今度は焦りが生まれる。
 与えられるというのは、安心を得ることでもあったと知った。
 与えられたものを失ったわたしは、なんて弱いのだろう。
 自分で何をしたらいいのかすら、わからなかったから。
 結果としてわたしが選んだのは、自分のやりたいことを見つけるために、もっと多くのことを知るという道。
 見つけるために知る。
 探すために道を歩く。
 それをお祖父様に告げたら、
「やりたいことを探す道か。全部やめた結果、それが見えたのなら、そうするがいい」
 そう返してくれた。
 いい。
 とは言ってくれたけれど、
 正しい。
 とは言ってくれなかった。
 わたしが選んだこの道は、本当に正しいのか。わたしにはわからない。
 それは、誰かが教えてくれた道じゃないから。
 わたしが一人で選んだ道だから。
 わたしは正しい道を選べているのかしら?
「れいかー!」
 ふと、わたしを呼ぶ声が聞こえて後ろを振り返る。
 でもわざわざ背後を確認しなくとも、声の主は誰かはわかっていた。
 わたしが、その人の声を聞き間違えるわけがないから。
「なお……」
 空いてる左手を大きく振って、彼女は笑顔でわたしの背を追いかけてくる。
 爽やかで、見ているこっちまで嬉しくなってしまう笑顔だった。
 わたしが足を止めると、なおはすぐわたしに追いつく。そして自然と歩調を揃えて、わたし達は再び歩き出す。
「れいか、今日は部活?」
「ええ、そうよ」
「そっか、弓道部もちゃんと再開したんだね」
 自分の道を決めたわたしは、全てを元通りにして日常に戻った。
 勉強も、生徒会も、部活も。
 そしてプリキュアも。
「なおも、サッカー部の帰り?」
「うん、そうだよ」
 なおの額に薄く浮かぶ汗は、練習の後だからなのかしら。それとも、わたしの後を追いかけてくれたから?
 後者だったらいいのに、なんて思うわたしはきっとわがままね。
「でも、今日はこれから一度家に帰って、図書館に行くんだ」
「図書館に?」
 なおは本を読むより体を動かす方が好きなタイプなので、少し予想外だった。
「この前れいか、弟達にサッカーの歴史を教えてあげたら喜ぶと思うって、アドバイスしてくれたじゃない?」
「それで、さっそくサッカーの歴史についての本を調べてるのね」
「うん。けど、お昼休みに図書室へ行ったんだけど、あまりいいのが見つからなくって」
 やると決めたら一直線。なおらしい行動の早さだった。
 そう言えば、今日はお昼ご飯を食べたなおはどこかに消えてしまったけど、それが理由だったのね。
「それならわたしも一緒に探すのを手伝ってもいいかしら? 近くの図書館ならよく行くから、きっと役に立てると思うの」
「ホントに? れいかが手伝ってくれるなら、すごく助かるよ!」
 中学生になってから、なおと一緒に過ごせる時間は減っている。手伝いたいだけじゃなくて、それを少しでも埋められると思ったのも本心だった。
「それにしても、れいかはすごいよ。自分のやりたいことと一緒に、あたし達の勉強する意味まで教えてくれるんだから」
「そんなことないわ」
 謙遜じゃなくて、本心からそう返した。そんなわたしに、なおは怪訝そうな表情を向ける。
「どうして? あたしは今でも自分のことで手一杯だよ」
 動いてる動機はどちらかというと弟達のためなのだけど、なおにとっては自分のことと変わらないくらい、当たり前の行動なのね。
「だって、わたしは自分が選んだ道が本当に正しいのか、わからないから」
「それって、どういう意味?」
「わたしは皆から様々なものを学んで、やりたいことを見つけるためにもっと色々学びたいと、初めて自分で道を選んだ。でも、それが正しい道なのか自信がないの」
 今まで自分で何も選んでこなかったから。
 きっとこれは、その代償。
 道を進むのをやめるつもりはないけど、この不安をぬぐうこともできない。
「わたしの選んだ道がもし間違ってたら」
「同じだよ」
「え? 同じって……」
 なおの言う『同じ』の意味がわからなくて、きょとんとした顔で、わたしはなおを見つめる。
 なおは、あの爽やかな笑顔だった。
「だって、もしれいかが間違った道を選んだとしても、あたしが止めるから」
 それはごく当たり前のように紡がれた。紡がれていく。
「人は誰だって失敗するし間違いもするよ。絶対に正しい人なんていない。だから間違ってもいいんだよ」
 間違ってもいい。
 正しい道を選ばなくては、そう考えていたわたしになおの言葉は衝撃だった。
「あたしはれいかがどんな道を選んでも、れいかを応援する。どんな時だってあたしはれいかを守るから」
「なお……」
 選んだ道は消せない。
 だから正しくあらねばならない。
 そうではなかった。
 わたしは道を間違えたって、それを見守って正してくれる人がいる。
「れいかは真面目だから、ちょっと肩の力を抜くくらいが丁度いいんだよ」
「そうね。ありがとう、なお」
「どういたしまして」
 そこでふと大事なことを思い出す。あの日、わたしが本当は何をしたいのかを探し始めた日に、なおがしてくれたこと。
「わたしが全部やめると宣言した時だって、なおが休ませてあげようってフォローしてくれたから、わたしはいつも通りに戻れたんだものね」
 もう既になおは、わたしの間違いを正してくれていた。きっと、わたしが気付いてないだけで、もう何度も助けてもらってる。
「ははは、改めて言われると照れちゃうね。でも、そんなのお互い様じゃない」
 お互い様。
 わたし達は子供の頃から、今でも子供だけど、もっと小さな頃から大切な友達だった。
 かけがえのない。変えたくない友達。
「それに、皆の中でれいかのことを一番わかってるのは、幼なじみのあたしなんだから」
 いつも通りななおの笑顔。だけどわたしにはとても眩しく思えて、熱くなった頬を撫でるように、気持ちのいい風が吹いた。
 もう迷わない。
 わたしには、自分をこんなにも近くで支えてくれる人がいるから。
 わたしは、わたしの信じた道を進む。
 お祖父様、今ならわかります。
 お祖父様がわたしの選んだ道を、正しいとは言ってくださらなかった理由が。
 正しい道を歩むことが大事なのではない。
 正しくあろうとする心こそが大事なのですね。
 正しさを探していくのも、また道だと。
 お祖父様はあえて何も言わないことで、わたしに教えてくださっていた。
 なら、わたしはここでもう一つ、自分で道を選びます。
 わたしの選ぶ、だけど、わたし以外には秘密の道。
 わたし、青木れいかには好きな人がいます。
 その人と添い遂げることはおそらくできない。
 だってこれはずっと一方通行な想いだから。
 それでもいい。
 友達のままでいい。
 幼馴染でいい。
 親友として隣にいれれば、それで幸せだから。
 いつかわたし達の道が別れるその時まで、わたしはなおと一緒にいる。
 全てを捨ててもなお、そばにいてくれるあなたの隣に。