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 それがよもや、こんなことだったとは。

 ルイズを殺さない程度に痛めつけて動けないようにする。

 そこへ禊が現れてフーケを捕まえる芝居をしながら逆に逃走させ、あのプライドの高い貴族を自分側に引き込む。というのが禊の算段だった。

 その報酬として、一度は学院に戻された破壊の杖を、こうしてフーケは手にしたのだ。

 壁の破壊を大嘘憑き(オールフィクション)でなかったことにし、再度保管し直されたところで今度は禊が破壊の杖を盗み出す。いくら禊でも自分で戻した杖をその日のうちに盗むとは誰も考えないだろう。

 そもそも、あの杖は禊にとって本来必要のないものだ。

 勝利に安堵した時こそ人の心は脆くなる。そのことを勝てない禊はよく知っている。

 そうして、フーケがルイズの返り討ちにあったことを除けば、概ね予定通りに事は進んだと言えた。

 しかしこの提案を聞いたとき、フーケは禊が何を考えているのかさっぱりわからなかった。そして今もわからない。

「私の目的は達成されたけど、結局あんたの作戦は失敗したのよね?」

『その通りさ。フーケさんは勝ったけど、僕は負けた』

「結局彼女は、ミソギの思うような過負荷(マイナス)じゃなかったということだよ」

 両手の平を上に向けてやれやれといったポーズを取る禊に、ギーシュはつまらなそうな顔で言った。

『そうかもしれないね。ルイズちゃんは僕が思っていたよりも過負荷(マイナス)に足を引っ張られていなかった。いや、引っ張られなくなったと言うべきかな』

「引っ張られなくなった?」

『彼女達の様子を見るに、キュルケちゃんの手管かな。彼女は典型的な特別(スペシャル)だったね。僕はキュルケちゃんこそ先に堕としておくべきだった』

 キュルケが過負荷(マイナス)に堕ちかけたルイズを一度救いだし、今度は復活したルイズの姿を見てキュルケは堕ちそうになった己の心を奮起させたのだ。

 禊が手を出したからこそ、あの二人の絆が急速に深まってしまったとさえ言える。

『でもまあ、不幸(マイナス)幸せ(プラス)で埋められないからこその過負荷(マイナス)だ。いつかルイズちゃんと心を通わせることができる日が来ると、僕は信じているよ』

「そうだね、禊ならできるさ」

 ルイズの名前が出ると複雑そうな顔になるギーシュではあるが、それでも禊の意志を尊重するようだった。

 ギーシュのように禊を信用していないフーケは、純粋な疑問を禊にぶつける。

「いくら主人とはいえ、何故あんな小娘にこだわるのさ?」

 そもそも禊に主人を想うなんて感情があるとは思えないが、必要以上の言葉で刺激を与えることもない。

 問われ禊は右手の人差し指を顎に当て考える仕草をする。

 主人と使い魔の関係性以前に、ルイズは禊の手をはねのけた敵だ。禊の帰還方法を探させるために洗脳するのかとも考えたが、そんなことしなくたってルイズ達は現在禊を帰らせるため奮闘している。

『何でだろうね?』

「わからずにやっていたのかい?」

『強いて言うなら、彼女が前の世界で友達になりたかった子に似ているから、かな?』

 普通に負けて、普通に努力する。そんな普通(ノーマル)な頑張り屋の少年に、禊は敗北した。

 禊にとって負けは日常だが、彼もまた禊の過負荷(マイナス)を本当の意味ではねのけて、禊を倒してのけたのだった。

 その結果、禊はここに召還されたのだ。

『いつだって簡単に諦めるくせに、自分の弱さ(マイナス)を認められない。そんなどうしようもない不幸(マイナス)から、彼女を救ってあげたいのかもしれない』

「……そうかい」

 不幸を認めないことが、真の不幸……か。フーケは、禊の言葉を否定しなかった。

 自分が不幸だと気付かず、どんどん深みにはまっていく人間は確かにいる。

 しかしそれは、フーケが守っている少女もその一人かもしれない。

 そう思ってしまったため、肯定もできなかった。

「まぁ、私は目的のものも手に入れたし、満足さ。学院が宝物庫から破壊の杖がまた消えていると気付く前に、とんずらするよ」

『ばいばい、フーケさん。また会えたら嬉しいよ』

「ははっ! 私は二度とごめんだね」

 それが、フーケと禊の別れの挨拶だった。

 けれども言葉とは裏腹に、フーケはいずれ禊と再会するだろうと予感していた。

 もし禊がトリステイン学院で貴族の存在をひっくり返しているように、帰る方法を見つけるため世界ごと変えていくのなら今現在が不幸(マイナス)のあの子もあるいは……。

          ●

 フーケとの取引を終えたギーシュは使い魔のジャイアントモール、ヴェルダンデの背を撫でながら、部屋で自問自答していた。

 現在無理を言って平民達と同じ部屋に住む彼であるが、他の者達はこの後に控えるパーティの準備で大忙しのため現在はギーシュ一人だ。

 今日彼は禊の機転によりワルキューレの素材を泥に変え過負荷(マイナス)成長を遂げた。それはギーシュという人間がより貴族から遠ざかったといえるだろう。

 素材を泥に変えることにより戦闘力は激減したが、その分耐久性はそれこそアンデッド並と化した。

 フーケが逃走したため用無しになったゴーレムを、禊の手引きであることを悟らせないよう無かったことにしなければ、もっと足止めの時間は稼げていたことだろう。

「ふふ、禊は僕に新たらしい可能性(マイナス)を与えてくれた」

 ギーシュはこれでまた一つ禊に対し陶酔した感情を持ったのだが、未だ残る彼の才能(プラス)は冷静に自分と禊を分析する。

 禊の発想はメイジのそれを遥かに凌駕している。

 青銅より遥かに劣る泥を戦力とする考え方は基本貴族にはない。

 より高価なもの、格式高きものを求め評価するのが当たり前である。

 グラモン伯爵家自体は凝り固まった典型的な貴族なのだが、ギーシュの父は陸軍元帥だ。故に戦闘や戦術においては様々な英才教育を受けている。

 そのために禊の柔軟な戦略にギーシュは過負荷(マイナス)として以外も感嘆したのだった。

 メイジとして見たギーシュの才能こそドットではあるが、個人の戦闘力は決して低くない。

 戦闘向けの魔法素質でない土のドットにも関わらず、ワルキューレの戦闘能力が生徒達から評価されていた事実だけでも彼が無能ではないことを証明している。

 彼の使い魔も一見はただの巨大なモグラだが、モグラは言い換えれば土竜。土に住まう竜でもあるのだ。わかりにくくこそあるものの、それはキュルケの火竜サラマンダー、タバサの風竜とも比肩し得る才を秘めている可能性もある。

 どれだけギーシュが以前の自分を下卑しようとも、元帥の息子を初めとしたこれらの特別(スペシャル)性が消えるわけではないし、ギーシュもそれは薄々わかっている。

 ならば特別(スペシャル)過負荷(マイナス)の違いはどこにあるのか。今の自分が特別(スペシャル)でありながら過負荷(マイナス)になりつつあるのだとしたら、この二つにはそれ程大きな違いはないのでは?

「もしかしたら……考え方なのか? 僕らと禊を分つものは」

 禊の考え方を心で理解することによって過負荷(マイナス)になることができるのだとしたら、本当に禊は負完全の思想でこの世界を負完全に塗り替えてしまえる。

 禊が新たなる思想でこの世界を染めつくしたならば、彼は第二の始祖ブリミルと成り得てしまうのではないだろうか……。

 そこまでいくと発想の飛躍が過ぎるかもしれないが、それでも期待してしまう。そもそも禊は元の世界に帰ることを第一目標としているのだ。世界を相手に戦っている暇はない。

 けれどギーシュは決めた。この先に何が待っていようとも禊に付いていくと。

『やあギーシュちゃん、ちょっといいかい?』

 ノックの音と同時にドアが開けられる。疑問系ながらそこにまるで遠慮的な態度は見られない。

 堂々と扉のロックを無かったことにして部屋へは入ってきた。

「なんだいミソギ?」

 それでもギーシュに驚きはなかった。ただ受け入れるだけだ。

『突然なのだけど折り入ってお願いがあってね。ギーシュちゃんにしか頼めない大事(だいじ)大事(おおごと)なことなんだ』

「おいおいミソギ。僕が友達の言うことを無碍に扱ったことがあったかい。何でも言っておくれよ」

 そう、ミソギが何を企もうとも、ギーシュがどこまで過負荷(マイナス)に堕ちようとも、底の底まで共に堕ちると決めたのだ。

 その誓いの重さは禊が地球に残してきた三人の劣悪な過負荷(マイナス)と並ぶ、生ぬるい友情が育んだ絆だった。

          ●

 様々な問題はあったものの本日予定されていた学院の舞踏会は滞りなく行われた。

 アルヴィーズ食堂の上層階にあるホールにて、貴族の少年少女達は皆それぞれに着飾り豪勢な料理を食しながらの歓談、そしてダンスを楽しんでいる。

 そこに本来なら英雄扱いでパーティの主役になるだろう、フーケを討伐した三人の生徒達の姿は見当たらなかった。

 とはいえそれで何かパーティの進行に支障をきたすわけではない。

 こういう場を壊すのは、いつだって彼の役割であり使命だった。

 突然、場内に響く音楽が中断され誰もが聞きたくなかった声が反響する。

『はーい、皆注もーく!』

 パーティの司会進行用に設けられていた壇上に、マントを翻した禊が上がっていた。

 その不可解な行動と生理的な嫌悪をもよおす声色に生徒達の戸惑いは膨らんでいく。

 そして彼らが抱く最悪の予感は、ごくあっさりとより酷い現実の前に捩じ伏せられる。

『突然のお知らせですけど、このトリステイン魔法学院は、今日から僕がルールブックになります』

 ほとんどの者が呆気にとられた顔で互いの表情を伺ったり、説明を求めるように教師の方を向いたりする。

 同時に誰も彼もが球磨川禊という現実から目を逸らしているようでもあった。

『この学院は酷いことだからけです。貴族の坊ちゃまは憂さ晴らしのために平民に決闘を申し込むし、先生が実は盗賊で宝物庫から宝を盗み出す』

 ギーシュの決闘はもちろん、ミスロングビルが実はフーケで破壊の杖を窃盗したことも既に学院中へ周知されていた。両方共事実なだけに反論がし辛い。

『そんな勝手な人達へ対抗する手段として、この度新たに教師と同じ発言権を持つ生徒会という制度を作りました』

 『生徒会』という聞き慣れないワードに、生徒達は怪訝顔になる。

『皆は知らなくて当然だよ。これは僕のいた学園では実際に運営されている重要度が高い制度でね。まぁ、生徒会を簡単に一言で言い表すなら』

 一呼吸置き、禊は宣言する。支配階級である貴族達に宣言する。

『君達は今日から僕の下僕としてかしずけ』

 気持ち悪い声から発された暴君の言葉に、彼らは固まる。気の弱い者はそれだけで卒倒しそうになっていた。

『なーんて、冗談冗談。せいぜい愚民程度だよ』

「本質は人質じゃろうが」

 教師用に区分けされている最上段で様子を眺めるオスマンが苦々しく呟いた。

 学院の状況を監視し迅速に情報を得て、帰還する方法を探す。禊はそういう名目でオスマンに生徒会発足の希望を出した。

 しかし、事実はそれだけなわけがない。禊は生徒会が持つ権限の一つとして、全生徒での集会を開く権限を提案してきた。

 これは不知火半袖がエリート抹殺のために考案した時と同じやり口である。

 オスマンと共にこれらの意味を理解しているコルベールは、怒りと自分の無力を耐えるようにきつく噛みしめる。唇には薄く血が滲んでいた。

 通常生徒会にそこまでの権限などないが、その点においては強力な自治力を得られる箱庭学園生徒会の特殊性を改悪して流用したのだ。

 なまじ実例のある制度だけにそれなりの完成度とディティールがあり、オスマンも細かいルール制定を後で行うことで、ひとまず時間を稼ぐ方法にでるしかなかった。

「今は耐えるのじゃ。必ず機はやってくる。いつまでもあれの好きにはさせるつもりはないわい」

「はい……!」

 尚も混乱は続く。というよりは、生徒達がようやく自分達の置かれている状況を理解し始め、会場はざわめきを増してきていた。

「おでれーた! こりゃあおでれーた! 貴族の学校を掌握する平民なんて、見るのも聞くのも初めてだぜ!」

 貴族が支配する世界、それも貴族が集中して集まる学園のコントロールを、部分的であっても禊は得たのだ。

 たとえ平民が貴族になれるチャンスのあるゲルマニアでさえ、平民のままで貴族の上に立つことなどあり得ない。

 ハルケギニアの長い歴史においてでさえ、まさしく前代未聞の事件だった。

「ふざけるのもいいかげんにしろ!」

「貴族に対してそんな無礼が許されるはずないだろ! 不敬な平民め!」

 禊の立つ演説台の前に、二人の生徒が飛び出した。マントの色から学年は三年。両者ともトライアングルのメイジだ。彼らは怒りをそのままに杖を禊へと差し向け詠唱を始める。

 しかし一人は暴風で杖を叩き落とされ、もう一人も飛来した小型の火球により杖を焼かれて反射的に手を離してしまった。

 その不意打ちを行ったのは禊の背後にいる二人のメイジだ。

『これも生徒会による集会の一つだから私語は厳禁だよ、モブ貴族君。次に、これから僕と一緒にトリステイン学園を支配する、生徒会のメンバーを紹介するね』

 禊が半身になり壇上の奥側へと腕を伸ばす。そこには一人のメイドを除き四人の貴族が並び立っていた。

『副会長のタバサちゃん』

 視線は虚空に、杖は先の貴族に向けられてタバサは人形のように立つだけ。

『会計のキュルケちゃん』

 先程ファイアボールで杖を焼いた逆徒へ挑発的な笑みを送り、ちろりと赤い舌で唇を舐める。

『書記のギーシュちゃん』

 もはやかつての高貴な身なりは消え去り、身分証代わりのマントとバラの花以外は平民そのものの姿で、ギーシュが暗く笑う。

『そして庶務のルイズちゃん』

 名前を呼ばれると、ルイズはあからさまに不機嫌な顔で頬を膨らまし、そっぽを向いた。どうやら庶務という一番低い役職が気に入らなかったらしい。

『今日から僕達が初代トリステイン生徒会だよ』

 それぞれに思いはあるだろうが、皆楽しむはずだったパーティ会場が一転、学園ごと正体不明の平民から支配宣言がなされたのだった。

          ●

 キュルケは余裕ぶった笑みを作りつつも、内心はかなり焦っている。

 会場はもはやもはや暴動寸前だ。

 いくら禊が学園の生徒達から危険視されていると言っても、それはあくまで平民としての話だ。

 決闘後のギーシュが辿った末路を知る者と生徒会メンバーを除けば、禊の認識はスクエアクラスの魔法が使えるか、特別なマジックアイテムを持った貴族に楯突く悪質な逆徒が妥当だろう。

 自分から下手に近付くのは危険極まりないが、これだけのメイジに勝てるわけがない。そんな程度の認識しか生徒達は持っていない。

 それはある意味で正しい。

 ここで戦闘になれば禊に勝つことはできるだろう。少なくとも負けない。むしろ一対一の決闘でだって結果は同じだ。

 けれど、禊を相手に勝ち負けなぞなんの意味もないのだ。

 ルイズは禊に負けた?

 ギーシュは禊に負けた?

 ――わたしは禊に負けた?

 負けてない。形式の上では、誰も禊に負けていない。

 禊は一度も勝てないまま、今の状況を作り上げたのだった。

 生徒会以外の生徒達でその事実を理解している者は一人もいないだろう。

 大嘘憑き(オールフィクション)は確かに取り返しのつかないスキルだが、それすら禊を構成する一部に過ぎない。

 真に禊を禊たらしめているのは、そのパーソナリティだ。

 このまま全校生徒対生徒会の図式になれば、彼は生徒全員の心を折る。それはそれは下劣に、卑屈に、卑怯に、卑劣に、そして鮮やかに、禊はやってのけるだろう。

 それを危惧して、キュルケとタバサは自ら生徒会入りを志願した。

 さっきも禊に代わり上級生二名を無力化したのは、禊ではなく生徒達を守るためだ。

 ――けれどこれじゃあ、どうしようもないわよ。

 キュルケにも周囲から悪評を浴びていた時期がある。その頃のようにせめて自分が悪役を演じて注目を集めようとしていたのだが、禊が相手ではあまりにも役者が違う。

 ほとんど生徒達の視線は禊へと集中している。後一押し禊が余計なことを口走れば、会場は即大乱闘へと発展するだろう。

「いい加減にせんかお前達!」

 その一喝で会場は急速に静まり返った。声の主はオールド・オスマンだ。

 彼は禊と生徒達の間に立つ。

 学院最大の権力者が登場したことにより生徒達は危険な平民の追放という収拾を期待したが、オスマンの注意は禊ら生徒会でなく生徒達に向けられた言葉だった。

「よいか、生徒会の発足はわしの認可を得て決定されたものじゃ。もう覆ることはない」

 オスマンから発される信じられない事実に、彼らは別の意味で言葉を無くした。

「ミスタ・ミソギが現在羽織っておるマントもわしが直々に与えたものじゃ。無論本物の爵位が与えられたわけではないが、彼は特別に学院内でのみ最低限の爵位を持つ貴族として扱うものとする。彼の傍らに控えるメイドも証の一つじゃ」

 慣れない扱いで多少オドオドしながらもシエスタがその場で一礼する。

 何故学院最悪の危険人物にわざわざ貴族と同じ権限を与えたのか、生徒達は全く理解できない。あちら側に立っていたならばキュルケもまた同じ思いだっただろう。

 けれどキュルケは生徒会発足の場にいたためその意図を理解している。

 ミソギは生徒会長として貴族と同等の権限を得る代わりに、直接生徒達に危害を加えることをルールとして禁じられた。

 例外は生徒会を執行する上でどうしても必要だと認められるか、生徒から禊に手を出した時のみ。

 禊は権利という自由を得る代償として力を大幅に制限されたのだった。

 それに生徒会としての活動もあくまでオスマンの監視下で行われる。過度な越権行為や学院に危害を加えるような内容ならば即活動の停止を宣言されることになっていた。

 オスマンはルールの枠に禊を取り込むことで逆に自分が手綱を握ったのだ。

 キュルケは内心で安堵する。オスマンが直接場を収めたことにより生徒達がその場で螺子伏せられるという大惨事は防がれた。

 そうして、ここにトリステイン魔法学院暗黒の時代が幕を開けたのである。

          ●

 日の沈んだ夜空に、一箇所だけ円形の裂け目が開いている。割れた空間の先は教室へと繋がっていた。

 トリステイン魔法学院のように高価な内装からはは程遠いが、随所にトリステインでは見られない材質の器具があり、先進的な加工が加えられている。

 言ってしまえばそこは、地球での一般的な教室だった。

 そこでは栗色の髪を腰まで伸ばす少女が教室の壁際にある棚に腰掛け、微笑を浮かべながら裂け目から外を覗いている。

「やれやれ、どうにか第一段階はクリアかな。ここまではほとんど僕の手を入れないよう気を使っていたから、正直軽く冷やっとしたものだよ。本当に球磨川君は思った通りに動いてくれないなあ。ライトノベルの主人公ならもうヒロインのフラグを二つや三つは立てているところだというのにね」

 言葉とは裏腹に楽しそうな表情で彼女は笑う。人外の平等主義者、安心院なじみが笑う。

「お待たせしてしまったが、何にせよこれで君達のシナリオも先に進められるよ」

 安心院が言葉と視線を投げたのは空間の先にある世界ではなく、バラバラに教室の椅子に座る三人の男女に向けてだ。

 彼らは一様に振り返り安心院を見ている。

 左手の甲にルーンを持ち、両手を頭の後ろに組みもたれかかる白髪の少年、『神の右手・ヴィンダールヴ』雲仙冥利。

 額にルーンを持ち、次々と弁当箱の中身を胃袋へ収めていく少女、『神の頭脳・ミョズニトニルン』不知火半袖。

 そして大きく開いた胸元にルーンを持ち、豪奢な制服に逆立てた金髪、威風堂々腕を組む男、『神の心臓・リーヴスラシル』都城王土。

 彼らは目的や思想はどうあれ、かつて一度は禊の宿敵である黒神めだかと敵対し後に友となった者達。

 そして、めだかと和解する前の時系列から集められている『悪役』だ。

「さぁ、これでようやくゲーム開始を球磨川君に告げられる。今度は自分で手にしたその似合わない役柄を、最後まで演じきってもらうよ」

 かつて試した球磨川禊を勇者にしてどこまで負け続けられるかを安心院は試した。結果彼はいとも容易く敗北し、勇者という役割も手放してみせたのだ。ならば、

「彼には負け続けながらハルケギニアの『主人公』になり、そして地球の『主人公』に勝ってもらう」

 安心院なじみは考え、そして決めた。彼女が欲してたまらない『できない』ことを。

 長い長い人生、人外生の果てに辿り着いた、挑戦したいと思った『できない』が、敗北の星の下に生まれた負完全を主人公に変える。

 同時にその負完全がもう一人の主人公、黒神めだかを倒すこと。

 二つの不可能を同時に両立させる。これが時空を越え平行世界を操るというできないを可能にしてしまった彼女の、次に目指す不可能だった。

 彼、球磨川禊がこれから成るべき存在。それは、

「戯言遣いいーちゃんのように無為式で、

 魔界再建を狙う魔王真奥貞夫のように勤勉で、

 下から二番目(セカンドラスト)赤羽雷真のように優しく、

 炎髪灼眼の討ち手シャナのように純粋無垢に、

 キリサキシンドローム三日月彼方のように真っ直ぐに、

 筆記官(ライター)黒間イツキのようにお人好しで、

 第16代ザ・ペーパー読子・リードマンのように一途に、

 黄金狼(ラグナウルフ)月森冬馬のように誰かを思い、

 嘘つきみーくんのように狂気で人を☓☓し、

 虚刀流七代目当主鑢七花のように己を完了させ、

 付け焼刃(イカロスブレイブ)佐藤光一のように不屈で在り、

 シルバー・クロウ有田春雪のように必死にあがき、

 正体不明(コードアンノウン)逆廻十六夜のように厚顔不遜に、

 幻想殺し(イマジンブレイカー)上条当麻のように熱血で、

 超越者(イクシード)藤間大和のようにぶっきらぼうに、

 アーバレスト搭乗者相良宗介のようにプロフェッショナルで、

 鬼の目調敦志のようにただひたすらに一人の為に事を成し、

 不可能男(インポッシブル)葵・トーリのように人を惹きつけ、

 吸血鬼の成れの果て阿良々木暦ようにひたむきな……」

 次元の向こうを見据え彼女は言う。

「そんな主人公に、君もなってもらうぜ」

マイナスの使い魔 第一部『球磨川禊の敗北による就任』 完

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