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「ミソギは誰よりも低い位置にいる存在だ。ミソギは勝てない。誰と戦っても、どう戦っても、ね。彼は常に負け続けることを宿命付けられた存在なのさ」
「それはこれ以上無い欠点(マイナス)じゃない。そんなのが何の自慢になるっていうのよ」

 『生まれてこの方誰にも勝ったことがないのが劣等感(じまん)』というのは禊の言だ。ルイズはそれを直接言われたし、あれだけの力を有していながら禊が勝者として誰かを見下ろす様は思い浮かばない。

「僕はその意味を、ミソギと決闘をして周りから仲間がいなくなるまで気付かなかった」
「遠回りしてないで、はっきり答えなさい」

 元々もったいぶった言い回しの多かったギーシュだったが、禊と関わってからその傾向は更に強くなっている気がする。

「ミソギはね、弱者を絶対に見捨てないんだ。僕とミソギが決闘になった発端を君は覚えているかい?」
「ギーシュがミソギに二股がバレた八つ当たりをした、だったわよね」

 ルイズはあえて挑発するような言い方をした。
 昔のギーシュなら必死に言い訳して認めなかったそれを、ギーシュはそれをあっさりと認める。

「ああ、その通りさ。僕がモンモランシーとケティに二股をかけていた時、彼女達は僕に騙された弱者だった。そしてミソギが自分の居場所として選んだ平民の輪は、貴族社会においていつだって絶対的な弱者だ」
「そんなの、あの時がたまたまそうだったというだけで、偶然でしょ?」
「いいや違う。偶然なものか」

 ギーシュはキッパリと否定する。そこには確固たる確信を胸に抱いているのが見て取れた。

「決闘で貴族としての誇りが地に落ちた僕のことだって、ミソギは見捨てなかった」

 ギーシュは右手の平を自分に向けて、左手で手首を掴む。
 そして悪夢だったあの日を思い出してるはずなのに、ギーシュはヘラヘラと笑っている。

「貴族としての地位がひび割れ、かと言って平民の気持ちもわからない。どちらにもなれない僕の手を、ミソギは取ってくれたのだ」
「それもたまたま……」
「たまたまで、君は敵対した相手の手を取るかい?」

 偶然に見ず知らずの人を助けるという話ならよく聞く。
 けれど、わざわざ敵対している相手を助けるなんて展開は、ルイズも見たことがなかった。それも決闘までした相手をだ。

「僕は僕以外にも、ミソギが平民や弱者を助けるところを何度も見ている。もっともミソギ自身はいつもの様子で、そうと意識して見なければわかりやしないけどね」

 それはルイズも初めて聞く情報だった。監視では会話まで聞き取れないため、平民達と仲良くやっている程度の状況しか把握できていない。

「だいたい、どうして平民がミソギに助けられないといけないのよ?」
「貴族に真っ向から反発するミソギは、平民から見れば英雄なのさ」
「英雄? あのミソギが英雄ですって?」

 あんな害悪が存在であってたまるもんですか! とルイズの胸中は荒波が立つ。
 それ以前に、何故『弱者』の側が禊に理解される必要(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)があるのか。

「だって、弱者というからには貴族に虐げられる存在ってことでしょ? 平民の扱いに不平等なんてないじゃない」

 貴族と平民には覆りようのない明確な身分の差がある。
 しかしそれはハルケギニアにとっては『あって然るべきの差』なのだ。

 貴族は魔法によって、様々な面で社会に莫大な利益を社会に与えている。ドラゴンやゴブリンなど外敵や国家間の戦争から人々を守ってきたのも貴族による魔法の力だ。

 貴族がいるからこそ、平民は安定した生活を保障されていると言っても過言ではない。
 ならばこそ、貴族という身分に与えられる特権は成果に値するだけの対価であるはずだ。

「それは貴族から見た一方的な視点だよ。貴族は平民の生活を、知識としてしか理解していない」

 ギーシュは着ている平民の服の襟口を軽く摘みアピールする。それは今のギーシュにとって、もはや知識ではなく実感だと言わんばかりに。

「僕は実際に平民と共に同じ暮らしをしてみて、彼らの貴族に対する思いや憤りを肌で感じとっているよ。平民達が抱いている不平等はルイズ、君が思っている以上にずっと大きなものだ」
「それは具体的にどういう憤りだっていうのよ?」
「教えないよ。これは自分から感じようとしない者に言っても、真に伝わりはしないものだから」

 ギーシュの言葉から、ルイズは埋めようがない溝を感じた。
 それは貴族と平民という意味だけでなく、ギーシュとルイズの人間というレベルで生じているものだ。

 今やギーシュは完全に禊サイドの住人となっている。
 ならば、ここでギーシュの言い分を全面的に信じる訳にはいかない。むしろ早く目を覚まさせてやるべきだ。

「どちらにしたって、そんなのは貴族の苦労を知らない、平民の一方的な文句だわ」
「そうかもしれない。けれど、知りも向かい合いもしないで、平民の意見を切って捨てているのは貴族だ」

 ギーシュの言い分は、まるで貴族の不理解が平民との確執を生んでいるような物言いだ。
 貴族はその横暴な振る舞いで平民を虐げ、力によって無理やり押し付けられた生活を送っている。
 つい最近まで貴族として普通に暮らしていた彼が、そんな関係を本気で信じ込んでいるとでも言うのか。

 実際、そこまでの虐待が平然とまかり通っているなら、ハルケギニアは六千年もの安定を得ていない。
 いくら平民と貴族に魔法という力の差があったとしても、数で圧倒的に勝る平民が一斉に立ち上がり貴族に反乱すれば、国は大きく傾く。

 だが、現実にそこまでの暴動が起きたことなど、トリステインでは一度もなかった。
 つまり、平民の味わう日常が苦いものだったとしても、それを飲み込んで働けるくらいには現状に納得しているということだ。

「言っていることが、さっきから随分大げさね。貴方にとってミソギはイーヴァルディの勇者みたいな英雄なのかしら?」

 まるで子供っぽい発言だという皮肉も込めてルイズは禊をイーヴァルディの勇者と喩えてみたのだが、ギーシュはさも当然のように答える。

「その通りだよ。ミソギはトリステイン……いやハルケギニア大陸にとって救世主だ!」

 ギーシュはその両腕を天へと掲げた。その表情は恍惚に浸っており、目はドブのようにどんよりと曇っていて、ルイズはその純真さに寒気すら感じた。

「ギーシュ、貴方はミソギに関わり過ぎて少し心がおかしくなってしまっているのよ……一度しっかりと療養しましょう? わたしが腕のいいお医者さんを紹介するから」
「僕は正常だよ。わかっていたけど何を言っても無駄だね。そうやってミソギと向き合うことを、初めからあり得ないと頭から否定している間は、何も理解できないとだけ言っておくよ。やはり君はミソギの主人に相応しくない」

 またそのセリフかとルイズはまた苛立つ。その認識がある限り、ルイズとギーシュが分かり合えることは永遠にないだろうことだけは同意できた。

「ギーシュ、貴方がなんと言おうとミソギは過負荷(マイナス)よ! それはもう誰にも変えられない絶対の事実だわ!」
「ルイズ、ならば君はこのハルケギニアを……いや、魔法という既得権益だけで平民を虐げる貴族を変えることができるかい?」

 またわけのわからない方向に話をズラして! ルイズは話を突っぱねようとするが、ギーシュは制止を入れさせないように勢いのまま話し続ける。

「今この世界には自分が貴族という身分という理由で、平民を見下して私腹を肥やす者がいる」

 ルイズだって現実を全く知らない子供ではない。そういうどうしようもない貴族がいて、しかも年々その数を増やしつつあることは知っている。

「君は彼らに貴族として正しい道を示して導けるか?」
「そうなれるように、わたしはここで貴族のあり方を学んでいるのよ」
「いくらその正しさとやらを学んだ所で、それが貴族の正しさで、君がゼロのルイズという事実は変わらないのにかい?」
「………………」

 ルイズはギーシュを睨むだけで、何も反論できなかった。
 貴族の正しさはルイズの信じるべき正義だ。しかし、その正義を学ぶ自分が魔法の使えない学院最底辺のメイジだという事実は、どうあがいても覆せない。
 いくら知識を積んで道徳を身につけ実践しようとも、本来貴族としてあるべき能力を持たないルイズの声は、誰にも届かず笑い者にされるだけだ。ルイズはそれを十年以上、実感として受けてきた。

「それとも君はこの国の王女にでもなるつもりなのかな?」
「な……不敬よ!」
「不敬? トリステインの頂点でさえ、この国の不正を根絶やしにできなかったのは、厳然たる事実じゃないか!」

 この国の中枢がよくない方向に動いていることは子供のルイズだってある程度はわかっている。
 それを全部正すのには、およそ現実的ではない時間と金銭と人脈が必要だろうということも。

「けれどミソギならば変えられる。ミソギだけが変えられる!」

 ミソギを称える時、ギーシュは恍惚のような表情をする。
 確かにミソギは変えた。ここにいるギーシュは、過負荷(マイナス)に落とされた成れの果てだ。

 それはとてつもない恐怖であり、ミソギによる世界の変革に説得力を与える。
 このカリスマ性が自分にもあるだろうか? などと自問するだけ愚かだ。

「貴方、ミソギならなんだってできると思ってるの?」
「ミソギにできるのは台無しにすることだけさ。彼が起こす結果はそれがどういう方向であれ、全てを無茶苦茶に壊す」

 そうして台無しにされたはずの少年がここにいる。ギーシュがこの短期間でこうまで禊に籠絡されたのは、自分自身が被験者だからなのかもしれない。

「なあ、君も薄々は感じているんじゃないかい? ミソギなら本当にやりかねない、と」
「そんないくらミソギだって……」

 そこから先は言葉に出せなかった。嘘でもいいから無理だと答えればいいだけなのに、ルイズは突っぱねることができなかった。
 ただの平民が王族ですらできない偉業を、あるいは異業をやってみせる。
 考えるのも馬鹿馬鹿しいことなのに、“禊ならば”という条件が付くとどうしても頭ごなしにないとすら言えなくなっていた。

「いい加減、少しは素直になりなよ。ミソギは君如きじゃどうにもならない、負完全(とくべつ)な存在なのさ」

 認めるしかなかった。禊は世界を過負荷(マイナス)に包む力を有しているにも関わらず、その主人であるルイズはクラスメイト一人の心すら一ミリも動かせない。

『おやおや、二人してこんなところでどうしたんだい? ルイズちゃんは僕の大事なご主人様なんだから、あんまり虐めちゃ駄目だよ』
「ミソギ……! あんた、勝手にいなくなって何やってたのよ!」

 反論の言葉も見つからず棒立ちになっていたルイズへ助け舟を出したのは、そのルイズが否定し続けた禊当人だった。

『月がルイズちゃんみたいに綺麗だったから夜の散歩をしていたのさ。そうしたら、そこに暴漢が現れて、命からがら逃げ出してきたのさ。いやぁ大変だったよ』

 今度の犠牲者はその暴漢か。ツッコミどころが満載な言い訳だったが、ルイズの脳はまず、禊に心をへし折られる哀れな暴漢の姿を思い描いた。

『なんだいその目は。僕はその暴漢に宝物庫が襲撃されて、お宝を盗まれたという事件をいち早く報告しにいく所なんだぜ?』
「宝物庫の宝が……」
「盗まれただって!?」

 思ってもない事態に二人が慌てふためく姿を見られて禊は満足したのか、いつもの言葉で説明を打ち切った。

『だから、僕は悪くない』

 ギーシュは禊を心配してあれこれ聞いているようだが、ルイズはその全てを無視して、剥き出しの感情が命じるまま宝物庫のある塔へと駆け出した。
 息を乱してその場に到着すると、そこにいたのはキュルケとタバサの二人だ。
 キュルケは力なく項垂れて座り込み、タバサはキュルケに寄り添い今にも倒れてしまいそうな上半身を支えている。

「二人共、大丈夫!?」
「私は大丈夫。でも……」

 タバサはそっと脱力しているキュルケを見やる。

「私も心配いらないわ。仇敵のヴァリエール家に心配されるようなことなんて、一つとしてありませんわ」

 いつもの皮肉たっぷりなキュルケの挑発が、それとわかるぐらいに弱々しくなっている。

「全然大丈夫じゃないじゃない! これも襲ってきた盗賊の仕業?」
「キュルケが弱っているのはミソギと戦闘した結果。盗賊の被害はあっち」

 タバサが杖を指した塔を見上げると、そこには大穴という無残な破壊痕が刻まれていた。
 トリステインに賊が現れて、固定化のかかった壁を破壊していく。ルイズにとっては、どちらも信じ難い事柄だ。

「犯人は大きめの布に包まれた何かを持って逃げた」
「犯人の姿は?」

 タバサは無言で数度首を横に振る。事件はルイズが思っていたよりも酷いものだった。

「そう……」

 それでも、ルイズは盗み自体に禊が関わっていなくてよかったと大きく安堵していた。
 不謹慎だろうが、ルイズにとって誰が盗んだかは自分の進退がかかっていることなのだ。

 そんな見せかけだけの安心は、タバサ達と禊の戦いの話を聞いて、一つ残らず砕け散っていったのだった。

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