どうもフェイトは気負い過ぎている節がある。適度に緊張しているだけならば良いのだが、必要以上に背負い込んでざという時に空回りしかねない。
 あえて車の件を黙ってサプライズしてみたり、軽めの空気を作り出そうとしてはみたが、それでもプレッシャーが上回っているのはフェイト自身の性分なのだろう。
 結局フェイトの緊張をほぐしたのはなのはとの通信だった。なんというラブコール。俺、いらない子ですか。そうですか。年の差やらファーストコンタクトの問題とか、そうそう覆せるもんじゃないよな。
 そこに丁度シグナムから連絡が来たので、半ば無理矢理交代してみた。
 シグナムからすれば、警戒していたらノーガード戦法でこられた気分だろう。だからなんだと言うわけではないが、これから何日続くかわからない張り込みの初日で精神ぺちゃんこになられても困るので、シグナムには緩和剤になってもらった。
 その内に俺は、トイレ借りるついでに近くのスーパーでお買い物。おやつ物色してるとあずき味のコーラを発見したので、ジョークグッズとして買い物カゴにぶち込む。怪しい物大好きな鏡のこと言えない気がするが、フェイトを呆れさせて苦笑させればミッションコンプリートだ。
 それよりも、おやつ購入についてをたしなめられそうだけど。動けない人間にとって食は貴重な快楽なのだ。不味いもの喰うのはストレスだけどな。
 買うものを買って、そろそろ頃合だろうと車に戻る。ここぞとばかりに自分の主張に余念がない太陽と、短い命が尽きるまで己を絞り尽くさんとするセミ達の絶叫がとてもとても暑苦しい。
 あーやっぱ車内でクーラーとフェイトで癒されておけば良かったとか思い始めていた、そんな帰り道。見知らぬ男とすれ違った。いや他にも何人かの人間と刹那的な人生の交差は繰り返しているが、その男が他より妙に特徴的で、俺の意識が強まったに過ぎない。
 年齢は俺とそんなに離れてはなさそうで、真夏に半そでで私服の男だった。服装は日常的であり、色に例えるならば外界を少々薄めるようなだけの白というイメージだ。その白の中で一部分だけ黒が混ざるように、男には右腕がなかった。途中までは腕が存在してるようで、歩いていても右腕の余った布全体が不規則に風で揺れている、みたいなことはない。肘に達するより少し上で、腕を消失しているのだろう。
 別に身体障害者に対して健常者としての優越感とか憐憫の感情なんぞ所有してないが、隻腕の人間が俺の脳内で絶賛発刊中の日常規定書から外れている。よって、視線の中心は男から外れて道の先へ。
 そのまま男を通り過ぎて互いに背を向ける。
「もうこの事件に関わるのは、辞めておいた方がいい」
 確認するまでもない、隻腕男の声。俺は無関心を選択していたのだが、そのまま一期一会ではいさようなら、とはならなかった。
 俺が振り返ると、男も俺を見定めている。
「警告のつもりか?」
「忠告だよ。俺が何を言おうと、捜査を続けるかここで手を引くかを決定するのは、お前自身なのだから」
 選べと言われても、俺は好きで捜査をしている訳ではない。逃げ出したいけど、周りを囲まれてしまっているんだ。ドラクエのボス戦みたいなものであり、過去から続くこの因縁は、そう容易く俺に恒久の平穏を掴ませてはくれない。
 しかしながら大事な部分はそこではなく、隻腕男はここで一戦交えるつもりがないという事実である。
「あんたは何者だ? どこまで何を知っている」
 警告ならば、無視すると実力行使に打つと宣言するのと同じだ。それを忠告に留めて、結論をこちらに委ねている。仮にこいつが殺人犯だとして、高いリスクを払ってまで中途半端なくさびを打ち込みに来るだろうか?
「それに答える義務はないな」
「俺はあんたを、今すぐにでも署の方に連行したい気分だけど」
 こいつは事件について、俺の感知していない何かを知っている。収拾すべきピースだ。
「お前では無理だし、俺はただ一言告げに来ただけで一戦交えるつもりはない」
「そうかい。それは残念だ」
 俺は苦笑した。さして期待してもいなかった宝くじを外したみたいな軽さで。肩を竦め一度間を外し上で、手持ちのナイフを投げた。
「よ」
 隻腕男は予めそうするつもりだったように、淀みなく左腕を前へかざす。ナイフは生まれた小型の魔力シールドに阻まれ停止し、推力を失い重力に引かれ地に落ちる。

「な? 言った通りだろ。これ。この落ちたナイフが君の運命。どれだけ磨いた鋭い刃でも破れない壁はあるし、抗い挑んだとしても摂理に従い落ちるだけ。折れなかっただけありがたいと思えよ」
「好き勝手に宣ってくれるじゃないか」
 続けてノーモーションから魔力を込め拳を打つ。ナイフを投げつけながら隻腕男には見えないよう、浅く自分の手の平を裂いていた。標的は隻腕男の妙に整った顔。イケメン爆発しろとは別に思ってないぞ。
「おっと危ない。小賢しいな、お前は」
 その追撃も実らず、バックステップでスカされる。かすりさえもしない。
「それじゃあね。もう会わずに済むよう祈っておくよ、ペテン師君」
 隻腕男はそのまま転移魔法で何処かへ消えた。見事に見透かされて、連敗記録更新してしまったんだな、俺は。
「そう遠くない未来でまた会うさ」
 誰もいない虚空にそう呟いて、またフェイトが待つ車へと歩を進めだす。シグナムにそろそろ戻るよと念話しながら。
 隠れ家へ戻ると、シグナムはすでに帰っていて、「おかえりなさい」と天然素質の美少女オーラを放ちながら優しい笑みを見せてくれる。そんなフェイトに小豆味コーラのボトルを見せつけたら、なんとも言えない反応がリザルトされた。計画通り!
 まださっきの隻腕男という新たな札は伏せておく。フェイトに余計な困惑を与えないため。あの札がここで切られた意味と理由を考えるために。