「……今はまだ、振り回されてばかりですけど」
「ならば今日の話は、途中経過ということにでもしておこう」
「はい」
 途中。まだ途中なんだ。私はまだたっ君の背中を見つめて影踏みしているだけ。いつか背中じゃなくて、隣を歩こう。そうすれば感じ取れていない、心の声が聞こえる気がするから。
「話題を変えるが、殺人事件の犯人について、テスタロッサお前はどう思う?」
 シグナムが気を使って話を変更してくれたので、私も意識を事件の犯人に切り替える。私がイメージしている純粋な犯人像、か。
「うーん。初めはすごく狡猾な人を想像してましたけど。シグナムはどう思ってるんですか?」
「ここまで追いつめるだけでも相当な時間がかかっている。加えて、これまでの手際も速かった。まず相当な手練だと私は予測している」
 皆が事件の犯人で最も警戒しているのは、犯行スピードだ。でもそれだけだと、疑問に残ってしまうことがある。
「プロの犯罪者なら、自分の居場所がバレても同じ場所に潜伏するのかな?」
 それとも魔導師でなく警察だから、見つからないと安心しているの?
「それなら、潜伏せざるおえん理由があるのだろう。かつての我らのようにな」
「あ……」
 ヴォルケンリッターはずっと地球を拠点にしていた。それは護るべき存在のはやてに、自分達の戦いを知られたくなかったから。
「そもそも地球で魔法がらみの殺人事件が発生していること自体特殊なケースだ。普通の事件と同様に考えるべきではなかろう」
「犯人があの家に執着する理由があるとすれば、それはやっぱり、家族?」
「そうかもしれんし、そうでないかもしれん。判断できる材料はあるのか?」
「それは多分、あると思います。それが判断可能なのはたっ君だけど」
 たっ君は、自分から張り込みを志願したくらい、この家に執着してる。それは一度この家に入ってるから。犯人を発見できなかったのに尚、誰かに任せるのではなく自分で解決しようとしているのは、やっぱり家族を怪しむ何かを握っているのだと思う。
「そうか。何にせよ今わかっていることが、一つはあるだろう」
「それは?」
「犯人は、檜山の瞬殺が可能な程に高度な魔導を持っている」
 檜山修一さんの戦いは模擬戦でしか知らないけど、クロスレンジなら剣士としてシグナムとも互角に戦っていた人だ。弱いはずがないし、そんな人が数分とかからず倒されている。ユーノも直接的な戦闘こそ苦手だけど補助に関してはエキスパートだし、二人揃って倒されるなんて、誰も思ってなかった。
「私は檜山が本気で振るう剣を見ているし、だからこそ言える。あいつはそう簡単に敗れるような剣士ではない」
 シグナムがここまで言うのだから、相当な実力だったんだろうな。檜山さんを高く評価しているからこそ、シグナムは犯人の力を重く捉えてる。
「でも負けてしまった」
 それなら犯人は、一体どれだけの力を秘めているんだろう。これまでだって、この事件の魔導師は特殊な魔法を使用してきた。それこそ、私にはこの殺人犯の力を想像することさえ適わない。
「気を付けろ、テスタロッサ。その相手に最も遭遇しやすい位置にいるのが、お前なんだ」
「はい。心配してくれてありがとうございます、シグナム」
 そうなんだ。張り込みをしている以上、いつ犯人と戦闘になってもおかしくない。
 たとえどんな人が敵でも。私は逃げてはいけないし、たっ君なら犯人のしっぽを掴んだらまず離さない。
「だけど、私は負けません。私だけじゃなくて、たっ君も」
 これまでたくさんの人が、犯人の犠牲になった。どの人も、これまで普通に平穏の中で暮らしていた人達。それが急に非日常に突き落とされて命を奪われた。どれだけ恐かっただろう。どれだけ無念だっただろう。
 あってはならない不条理を止めるには、犯人を逮捕するしかないんだ。そして、事件に巻き込まれてしまった罪なき人々の無念を晴らす方法も、また同じ。
「やります。必ず。犯人を逮捕してみせます!」
 これ以上悲しみを増やさないために、意識不明の修一さんとユーノの意志を私達が繋ぐためにも。
「やはりお前は強いな。いらぬプレッシャーがかかってないかと思い来てみたが、杞憂だったようだな」
「え、そんな、私は強くなんて……」
 これまでだって、何度プレッシャーに負けて、たっ君にも迷惑かけてるのに。というか、シグナムにも心配されてたんだ。ホントに駄目だな、私。
「その意気なら大丈夫だろう」
 それでも、こんな私でも皆は期待してくれている。だったら、全力全開でそれに応えないと。それくらいしか、私にはできないんだから。
 シグナムが帰ってから、ほんの少しでたっ君は戻ってきた。手にはビニール袋を下げていて、本当に買い物だったみたい。それでもたっ君の表情は出ていく前より晴れやかで、良い気分転換にはなったみたいだからそんなに悪いことでもないのかも。
「見てみて、こんなの見つけたんだ!」
 物凄く嬉しそうに、たっ君は袋から買ってきた商品を出した。それはプラスチックのボトルに水滴のついた冷たそうな飲み物なんだけど、私は飲みたいなとは思えない。
「あずき味のコーラ……?」
「えへへー」
 まだ当分、たっ君の隣は歩けそうもないなぁ。