「やっと、謎だらけやった、この事件の真相が見えるんやね」
「まずはジジイが犯人だと断定するまでの過程だな。これはいくつかの手順を踏んだのさ。
 最初はフェイトと共にここへ来て最初に行った、ジジイへの尋問。緩急を付けて魔法について色々と説明したが、ここではまだグレーだった」
 俺とジジイがまともに対話した、これがその始まり。リンディさんを相手取った時以来の、ペテン師として振るう、舌戦の幕開けだった。
「ジジイは最初かなりこちらを警戒していたので、自然と対応は硬くなる。これはジジイの白黒関わらず、不審者の対応したらそうなるものだろう。それを見越したから俺はあえて、普通なら知る由もない新事実をいくつも公開した」
「それって、魔法や時空管理局について?」
「ああ、そうさ」
 フェイトが自然にアシストしてくれるので話を進め易くて助かるな。
 殺人鬼の正体にしてもジジイが事件と無関係ならば、初耳と同じ対応をとらねばならない情報であり、それらをこちらが利用して情報と言う名のゆさぶりをかけたのである。
「まず最初のターニングポイントはここだった。ジジイが魔法について一度もそんなオカルトあり得ないと言わず、驚きが自然で大きかったこと。ここで俺は、何かの匂いを嗅ぎつけた気がした。
 もしジジイが魔法についてを知っているなら、驚きに影が差す。もしくはジジイがドラマや舞台にでも上がってる役者でもない限りは、驚きが不自然になるだろう」
 説明の必要はないので語りはしないが、加えるならジジイがもし演技だとしても俺達を拒絶して聞く耳を持たない態度をとれば、俺達という情報源をみすみす逃したままで逃亡と戦いを繰り返さねばならない。エネミーサイドは組織立っており、しかもここまで自分に接近してきていると言うのにだ。それはジジイにとっては自殺に他ならない。
「だけど逆に魔法を全く知らないなら、もっと魔法自体を理解できない恐怖の対象として忌避してもいいはず。ジジイはどちらとも付かない、しかしその驚きは本物という反応だった」
 そんな愚考を犯すくらいなら、ジジイは多少リスクを孕んでも、自分から踏み込むしかない。殆んど皆無の情報を相手から吸いだして、自分が生き残るための武器として構築していく。それがジジイにとっては最優先事項だったはずだ。
「相手の受け答えのみを手がかりとして、確固たる証拠なんて存在しない。あくまでも俺の経験から推測しただけの話であるけども、俺はこの時点でほぼジジイが犯人だと確信していた」
「ちょっと待ってたっ君。それって、どこかで似たような話を見たような……」
「既視感を感じたのか、フェイトは聡いな。この情報を探るための手法は、管理局内で俺がリンディさんに使った手法そのままだよ」
 同じ穴のムジナならばこそ、ジジイの考えが煤けて見える。俺は相手にまとわりつく蛇であったから、ジジイの中に蠢く蛇の存在を嗅ぎ付けられた。
 ただ、全部が全部満点を取れたわけではない。
「直接的に事件の核となる耶徒音については、巧く間をとりつつの遺影を使った説明で、ごく自然に切り抜けられてしまったよ」
 恐らく耶徒音に付いての追求は、ジジイの想定の範囲内だったのだろう。そして付け加えるならば耶徒音が死んだという事実に限ってはどこにも虚偽は無い。そうして真実に埋もれながら垣間見える虚偽もあったのだけど、その部分はここで説明してもややこしくなるので、一先ずは続きへ。
「耶徒音の死に嘘がないなら、俺はさらに踏み込む。だよな、フェイト」
「その言い方だと、その後に詩都音の下手に入るための口実も、タイミングを計算してたんだね」
「フフフフ。ジジイは俺達にたいして友好的であり過ぎた。下手な協力体制を見せてしまったがために、俺とフェイトを制限のない状態で、詩都音の部屋に入れる羽目となったんだ」
 そうやって、俺がジジイが逃げられないよう縛って、否応なしに破滅へと歩ませたのだけどな。
「フェイトは俺が前回気にしていた押入れや、できるだけ大きな隠れ場所を模索していたが、俺はあえて小物に絞った。そちらはフェイトが調べてくれるし、犯人がジジイなら、調べればするぐにわかるあからさまな証拠のある部屋に、なんとしてでも俺達を通しはしないだろう。
 それにこの部屋に何か重要な証拠があって、かつジジイが犯人ならば、調べる時間はあまり与えられない可能性が高い。俺なら協力する姿勢を見せつつも、何かしら理由を付けてここから離す」
 初めから、それもかなり短めで目には見えない時間制限がかかっている宝探しなんだ。だとしたら、こちらも調べる部位は絞っていくしかない。ならば、問題はどこに目を向けるかとなってくる。
「故に俺は、ノートや小道具などの、重要視はされないが情報を得ることができる物に対して注意を払った」
「そう言えば、たっ君は迷わず詩都音の机に向かってたね」
「俺が、詩都音の直接使用していると思われる机を捜索対象にしたのは、そこにとりわけ生活感のあったからだよ。
 前回に詩都音が何かを隠していたのは間違いないのに、発見にはいたらなかった。だったら決定的な何かより、メモなどちょっとしたものを一時的に残していないかと考えたのさ。それもまた、こちらから許可を取ってからでは処分されるかもしれない小物。ジジイの不意を打てたこのタイミングこその狙い撃ちだ」
 もっとも、現実にメモ用紙的なものは見つからない。ならノートはどうだろうか。ちょっとした事項をノートの端っこにメモして、そのまま忘れてしまうというのはよくある。
 そうして机に備え付けられたノートを数冊取り出して、順番にぱらぱらと捲っていく。
 途中、フェイトに犯罪者扱いされた気がするけど、気にしない。どれだけ信用ないんだよ俺。ここまでロリコン疑惑が侵攻していたのか! むしろそこまでの不信感で、よくフェイトは俺と一緒にいるよな。
 始めは算数のノートで、ひたすら九九が連続して書いてあるだけだった。子供らしく、ひたすら書きまくって覚えたのだろう。その姿を想像すると、ぐっと来るものはある。あれれ、フェイトの予感が的中しちゃってない?
「ま、紆余曲折はあったけど結果として算数のノートにもメモらしきものはなかった。しかしそれより遥かにクリティカルな手がかりを俺は手にしていたよ」
「もういいじゃろ! わしは自分が犯人だととっくに認めておる!」
 このジジイ、よっぽどノートについての話には振られたくないようだ。それもそのはず、ここにはその最たる当事者、美濃詩都音がいるから。
「ま、この話を先にすると話しがややこしくなるから、先に他の話を済ませようか。ジジイ、あんたはわざと犯人の目をくらませる仕掛けをほどこしていたな」
「仕掛けって、いつの間にそんなものを?」
「フェイトも俺と一緒に、その仕掛けは見ていたよ。事実、フェイトには効果抜群だったろうな」
「見ていた?」
 ジジイは俺達に詩都音を犯人と思わせるために、小細工を使った。それはとてもさり気無く、かつ大胆な手法である。
「思い出してごらん。相手は俺達に誤認させるため、視覚を利用した。そしてそんなことが可能だったタイミングは一つしかない。」「っあ! それって、冷蔵庫の!」
「わかったみたいだね。詩都音が耶徒音を冷蔵庫から発見し、愛でていたあのシーン。あの段階で犯人がわかっていなければ、直感的に犯人は詩都音だと錯覚してしまうだろう」
 おまけにそのタイミングで結界も発動してくれた。外部の情報を切断されて、余計に考える暇を奪われてしまっている。
「しかし、それじゃ話が矛盾してしまう部分がある」
「それは頭部についてだよね」
 この部分については、フェイトは自分で答えを導き出していたようだ。なら、ここの解説はフェイトに任せてみるとしよう。
「そもそもあそこで耶徒音の頭だけが冷蔵庫に置かれていた事実そのものがおかしいんだ。耶徒音は自分の身体全てを花びらに変えられて、その力を利用して私達が張った封時結界も魔力を吸収して脱出してる。義直さんは、詩都音が帰ってきて、耶徒音を探しだしたのを知ったから、冷蔵庫の中に耶徒音の首だけを構成したんですね?」
 生首を愛している少女というインパクトを利用して、真実から目を背けさせる。手品師にペテン師、果ては政治家にまで活用されている手法だ。ある意味全部似たようなものだけど。
「そうじゃよ、あそこでわしの正体を知られるわけにはいかんかったからの」
「義直さん、どうして貴方はそうまでして、町の人達を襲ったんですか?」
 失った家族を取り戻したい。それがジジイの願いであり、そうして手に入れた力が擬似生命体である耶徒音の構築能力だ。しかし、ジジイを殺人鬼たらしめる本質は別にある。
「……のう、どうしてわしの息子や嫁は死なねばならんかった?」
「それは……」
「答えろ。ずっと平和に過ごしていたんじゃ。それなのに突然、息子や孫は死んでしもうた!」
 また感情が烈火のごとく燃え上がったジジイの独白に、フェイトはとっさの答えを持ちあわせてはいなかった。
 ジジイの憤怒は加速する。
「あれ以来ショックで婆さんも寝こんで、あっという間にボケてしもうた。正気のまま残されたのはわしは、こんな不幸に!」
 本来なら必然性さえ産まれない理由。
 余りにも自分勝手な思考回路で人を殺す。
「わしだけが孤独に苛まれて、町の連中はどいつもこいつも、幸せそうに生きておる! 納得なんぞできるか! 町の物達もわしと同じ目にあえばいい。そうして愛しい家族を、孫を、失う気持ちを感じろ! お前も! お前もだ!」
 自分さよければそれでいい。
 自分が苦しいなら全ての者達に苦しみを押し付けたい。
 傲慢。
 自分の感情を強制的に押し付けるエゴイズムこそが、美濃義直という老人の本質だ。
「失ったこと、ありますよ」
「ぬう?」
「私も、家族を失ったことがあります」
 感情任せて暴発している義直に、フェイトは語りかける。静かで淀みない、しかしその奥には多くの感情が押し詰められている声だ。
「そうか、ならお前さんにもわしの哀しさが、悔しさがわかるだろう! このどうしようもない無念が!」
「大切な人を失う度に悲しかったし、もっと私がしっかりしていれば助けられたかもって、何度も思いました。でも……」
 穏やかなフェイトの声に、次第にさざ波が立ち、熱が込もっていく。
「私は他の人も同じようになればいいなんて、思ったことはありません」