「耶徒音……か」
 私が詩徒音と接触を果たしてから一時間後。詩徒音が探していた妹である耶徒音が家に戻っていると確認してから、私とたっ君は一端管理局へと戻った。
「たっ君が昨日乗り込んだ時には、耶徒音って子はいなかったんだよね」
 耶徒音の名前を聞いてから、たっ君はずっと何かを考え込んでいる。
 ううん、たっ君だけじゃない。今この会議室にいる皆が、新しく入った情報に頭を悩ませている。それだけ詩徒音から出てきた耶徒音という少女は、事件捜査に大きな影響を与えてるんだ。
「昨日は三人以外での家族の存在は否定していた。詩徒音だけでなく、爺さんもだ」
 昨夜乗り込んだ結果を、たっ君はもう一回振り返る。新しく現れた家族の矛盾が何を意味しているのか、それがたっ君にとっては一番大事な問題なのかもしれない。
「あの家族がたっ君に嘘を吐いてたの?」
 誰ともなくそう呟いたのは、なのはだ。耶徒音が殺人犯で、美濃一家は耶徒音を庇うために、口裏を合わせてたっ君に嘘を教えた。そう考えるのが、一番自然だと思う。
「詩徒音が言った、妹の存在が嘘だという可能性もあるわ」
「それはどうだろうな。あの場で詩徒音がそんな嘘を吐くメリットがあると、僕は思えない」
 耶徒音が嘘だと疑ったのは鏡さんで、クロノがさらに疑問を投げかける。あまり深くまで疑りだすとどこまでが本当で、何が嘘なのかが、わからなくなってくる。
「私には、詩徒音が本当に耶徒音を心配してたように見えたよ」
 詩徒音は公園に一人ぼっちで泣いてた。あの涙は本物だ。だから私は、詩徒音が耶徒音を探していたと信じたい。
「フェイトがそう感じたなら、あたしはフェイトを信じるよ」
「私も、フェイトちゃんの気持ちを信じたいです!」
 詳細まではわからくても、私の心を察してくれたのだろう。アルフとなのはが力強い声で私に賛同してくれた。
「アルフとなのはさんの気持ちはわからなくもないけど、それだけで答えを出すのは早計だわ。拓馬さんも接触した現場にはいなかったけど、詩徒音さんは見ているのよね?」
「俺が見たのは走って家から出ていった部分だけだから、それだけじゃ何とも言えないです。けど徒音とフェイトの電話は俺も隣で聞いていた。そっちは声だけではあるけども、詩徒音から演技とは思えない、本当の安堵を感じたよ」
 たっ君も、詩徒音の話は信じてくれてるみたい。耶徒音の存在を信じると、必然的に嘘があるとすれば詩徒音や家族側になる。そっか。それでたっ君は昨日の一人で乗り込んだ時にした話を、特に重要視してるんだ。
「なら、フェイトが耶徒音と直接会ってみればいいんじゃないの?」
 鏡さんが提案した方法なら、詩徒音さえ了承してくれれば、耶徒音が実在するのか確実に知ることができる。
「それはリスクが高過ぎる。何よりフェイトが危険だ」
 だけどそれを反対したのはクロノだ。すでに仲間にも犠牲が出ているから、かなり慎重になってる。
「私は大丈夫だよクロノ。私も耶徒音が本当に居るのか確かめたいし、皆近くで待機してれば一気に捕まえることだってできる」
「それは……しかし」
「お願い。この任務、私にやらせてください!」
 クロノは揺れてる。揺れながら反対しようと続きを紡ごうとしたのを、私が無理矢理遮った。クロノも私が耶徒音に対面するのは危険と考えつつも、犯人逮捕の勝機でもあると思ってる。それのために、強く反対しきることもできないんだ。
「フェイトちゃん……」
「これは、フェイトさんを信じた方が良さそうね」
 皆の心に迷いが生まれたところで、リンディ母さんが賛同してくれた。他の人達も積極的に賛同してくれてるわけじゃないけれども、しょうがないと認めてくれている雰囲気を出している。クロノが心配してくれるのはわかるけど、私は耶徒音に会いたい。
 そして海鳴公園で詩徒音が流していた涙や、電話越しに質問された、好きを伝える方法の意味を知りたいんだ。
「俺も、賛成できないな」
 ほんの一時、空気が緩んで話が決まりかけていた中で、たっ君が異を唱えた。それだけで場の流れは一気にたっ君へ傾いて、皆の視線もたっ君一人だけに集中する。
「たっ君、どうして?」
「耶徒音に関する事項以外にも、不確定要素が多過ぎる。クロノの言う通り、このままフェイトが一人で会うのは危険だ」
「危険なのはわかってる。だからって何もしないと、明日にも新しい被害者は増えるかもしれないんだ」
 犯人が初めて連日で犯行を繰り返した。それも対象は管理局に属している人達。これは自分を追っている私達への攻撃と考えて間違いない。
 早く動かないと、どんどん味方が倒れていって犯人を捕まえられる力を失ってしまう。犯人の凶行を止められるのは私達だけなのに。
「同じだ」
「え?」
「なんせ未だ犯人の手口や移動手段すら割れてないんだ。このまま会っても、また向こうのペースで持っていかれるのがオチだろうさ」
「………………」
 たっ君が言ってるのは正論だし、そうなる可能性だって否定しきれない。だけどすでに私達はここまで耐えてきた。今日だってすぐ乗り込まずに、一日ズラしたから耶徒音についての情報を手に入れたんだ。
 そして踏み込まずに張り込みをしたから、犠牲も増えている。ここが境界じゃないかな。これ以上ここで踏みとどまって情報が手には入るとは限らないし、悪戯に仲間や関係のない人の犠牲が増えるだけの可能性があるんだから。
「たっ君の言いたい意味はわかるよ。でもやっぱり、ここはもう勝負するところだと思う」
「会議中失礼します」
 会議室の扉がノックされて入室したのはシャマルだ。シャマルはずっと、今回の見回りで犠牲となったシグナム達の治療を行っていた。はやても会議室ではなく、医務室でシグナム達を見守っている。
「シャマルさん。シグナムさんとヴィータさんの容態はどう?」
「はい、正直あまり良い状態とは言えません」
「そんな、ヴィータちゃんが……!?」
「昨日のユーノ君達より内部魔力の受けている影響が大きいんです。多分、ヴォルケンリッターが魔力で構成されているためだと」
 ユーノと修一さんは、リンカーコアに大きなダメージを受けていた。けれど魔力生命体であるヴォルケンリッターは、それよりさらに強い損傷を伴っているとシャマルさんは説明した。
「拓馬さん」
「なんでしょうか、リンディ提督」
「事態はかなり切迫しているわ。これ以上の現状維持は難しいです。ここで容疑者との直接接触を拒んで、事件を解決に導く方法が貴方にありますか?」
 リンディ母さんがたっ君へ告げたのは、私の言いたかったことそのものだった。ここは調査を切り上げて決断すべき段階だと、そう告げている。
「それは無理ですね」
「なら、やっぱり私が耶徒音と会います!」
「落ち着け、フェイト。俺は接触に対して反対してるわけじゃない。次のアクションであの家族に関する事件を、確実な方法で決着にしたいだけだよ」
「次で決着?」
 私が耶徒音と会うのはその決着を付けるためで、さらに会うのを否定しているのはたっ君なのに。その上確実な作戦があるなんて到底考えられない。
「フフフ、ここまで二回も連続でしくじっちゃってるっからね。これでも悔しいんだよ拓馬君は」
 これまで特に目立った発言をしていなかった輪廻さんが、たっ君の心中を語るように話に割り込んできた。
 悔しいという単語が、いつも飄々としているたっ君には、いまいち似合わないように感じる。たっ君がこの事件にこだわっているのは、たっ君自身のプライドでもあるのだろうか?
 たっ君の望んでいるものは平穏だと知っている。それなら、たっ君が誇りにしているものがあるとすれば、それは何なんだろう?
「ああそうですよ。俺はここまで流れを読み違えていたんだ。しかしもう俺達は、ゴール目前まで迫っている」
「実際あんた今回事件捜査の中心にいるくせに、特に何の成果も上げてないわよね」
 楽しげに口角を上げて追い打ちをかける鏡さんに、「うるさいよ」と返してから、たっ君は話を続ける。
「ここいらで“蒔いた種”を刈り取って、一発逆転してやろうじゃないか」
「その発言からして、何か別の策があるとと言うことですね?」
 リンディ母さんの質問に、その言葉を待っていたかのような笑みを、たっ君は見せた。
「要は犯人を断定して、逃げ道を塞いでしまえばいいんでしょう。やり方なら、もうできています」