「泣いてるの?」
 耶徒音ちゃんを探すのにひっしだったから、涙をふくのも忘れてた。きっと目も赤いんだろうなぁ。
「耶徒音ちゃんを探してるの」
「その子は君の友達?」
「ううん、妹」
 大事な大事な妹。わたしの宝物。だからわたしはここまで……。
「そう、はぐれちゃったんだね」
「お家にいたのに、何処かへ出かけちゃったの」
「そっか」
「耶徒音ちゃんって、どんな子なのかな?」
 もしかしたら一緒に探してくれるのかな。このまま一人で探しても、耶徒音ちゃんを連れもどせる気がしない。でも探してくれる人が増えたなら。
 そんな期待をして、女の子に耶徒音ちゃんのことを説明していく。
「わたしとそっくりなんだ」
「そっくり?」
「うん。わたしたち、双子なの」
 女の子と話をしてると、ちょっとだけどわたしも落ちついてきた。
 女の子がメモ帳を出して、耶徒音ちゃんについて書いてるみたい。耶徒音ちゃんの正体を思うとメモは少し恐い気がしたけど、おまわりさんでもないんだから考え過ぎだよね。
「あ、それとひらひらのいっぱい着いた服を着てるんだ」
「それって、もしかしてゴシックロリータのこと?」
「それそれ、ちょっとややっこしいから、名前憶えれてないの」
 女の子の表情が、ちょっとビックリしてたみたいに変わる。それはあんなひらひらなんて、普通の子は着ないもんね。私もあれを着て歩くのは恥ずかしいし。
「うん、これでだいたいわかったかな。私もこの子、探してみるよ」
「ありがとう! あの、あなたのお名前は?」
 良かった。これで少しは耶徒音ちゃんを探しやすくなるかもしれない。女の子は本当に優しい女の子だった。お互いの名前すら知らない子の、姉妹探しを手伝ってくれるだもの。
「私はフェイト・テスタロッサ・ハラオウン。長いから、フェイトでいいよ」
 外国の人は名前ややこしいよう。けどフェイトちゃんって言うのは、憶えられた。
「うん。私は美濃(みの)詩都音。詩都音って呼んでねフェイトちゃん」
「わかったよ、詩都音」
 フェイトちゃんとは、ここだけじゃなくて、友達になりたいな。もし耶徒音ちゃんと会ったら、殺されちゃうかもだけど。
 だけどそれは仕方ないんだ。フェイトちゃんとこれっきりは寂しいけど、何より大事なのは、耶徒音ちゃんなんだから。
「それでね、耶徒音ちゃんを見つけたら、お姉ちゃんがすぐお家に帰るように言ってたよって、伝えて欲しいんだ」
「わかった。必ず伝えるから。ところで、妹さんがもう家に帰ってるって可能性はない?」
「あっ」
 そうだ、わたしが耶徒音ちゃんを探してるうちに、耶徒音ちゃんはもうお家に帰ってるのもありえるんだ!
「私、一度耶徒音ちゃんがお家に帰ってるか、調べてみる」
「うん。それじゃあこれ、私の電話番号。耶徒音を見つけれたら、連絡して」
 フェイトちゃんは、メモ帳を一枚ちぎって、けいたい電話の番号を教えてくれた。それをポケットにしまって、わたしはまた走りだす。行き先は、お家だ。
「わかった。ありがとう、フェイトちゃん!」
「気を付けてね!」
 フェイトちゃんができるだけ死なないためにも、お家に帰っていてね耶徒音ちゃん。わたしに手を振ってくれているフェイトちゃんを背にして、そう思った。
 思いつく近道をかけぬけながら、急いでお家へ帰った。また息はみだれてる。
 そこでわたしを待っていたのは、安心と恐怖。
 わたしたちのお部屋に耶徒音ちゃんは――いた。真っ赤っかの耶徒音ちゃんが。また、人を殺してる。
「耶徒音ちゃん!」
 わたしは思わず、耶徒音ちゃんを抱きしめていた。
 良かった……。耶徒音ちゃんはおまわりさんに捕まってないし、ピストルで殺されてもない。生きて帰ってきてくれた!
 だけど、多分耶徒音ちゃんは、おまわりさんを死体に変えているんだ。これでもっと、解放からは遠くなる。そしてその分だけ、警察の人たちはわたしたちに近付いた。
 本当に耶徒音ちゃんがおまわりさんを殺してきたのか聞かないといけない。それはわかってるのに、わたしには恐くてしょうがなかった。
 耶徒音ちゃんを抱きしめて付いちゃった血が、迫ってくる恐さを加速させる。
 せめてもの幸運は、耶徒音ちゃんがさっきの女の子フェイトちゃんを殺さずにすんだことだけ。
「そうだ、フェイトちゃんに連絡しなきゃ」
 わたしは電話のために、耶徒音ちゃんを離した。フェイトちゃんをゆうせんしてる間は、おまわりさんを考えなくていいから。
 電話は机のはじっこに置いてある。じゅわきだけにボタンがあるタイプで、本体はおじいちゃんのお部屋の方だ。
 フェイトちゃんにわたしてもらった紙に書いてある数字を入力すると、すぐに電話はつながった。
「はい、フェイトです」
 電話ごしでも、誰か話している人がいると思うと、どこかお部屋から切りはなされたみたいに感じる。安心と罪悪感を一緒に感じた。
 ああ、フェイトちゃんは声もきれいだな。
「もしもし、フェイトちゃん。その、詩都音だけど」
「やっぱり、詩都音なんだね。妹さんは見つかった?」
「フェイトちゃんが言ってくれた通り、もうお家に帰ってたよ」
「そっか。良かったね、詩都音」
 耶徒音ちゃんもフェイトちゃんも死んでないのだから、うれしいはうれしいに変わりない。この後を考えると、気が重いけど。
「ありがとう、フェイトちゃん。フェイトちゃんのおかげで、耶徒音ちゃんを早く見つけられたよ」
「うん」
「ねぇ、わたしたち、また会えるかな? 今日のお礼がしたいんだけど」
 フェイトちゃんにはお世話になりっぱなしだし、せめて次に会ったら何かしてあげたい。親切には親切で返さないといけないって、先生が言ってた。
「いいよ、お礼なんて。困った時はお互い様だよ。けど、わたしも耶徒音とはまた会いたいかな」
「フェイトちゃんはすごく優しいね」
「そんなことない、普通だよ」
 普通のやさしさかぁ。耶徒音ちゃんも昔は、やさしい子だったんだよ。今が少しとくしゅなだけなんだ。そしていつか元に戻るはずなんだ。
「でも本当に耶徒音の大切な人が見つかって、ほっとしたよ」
「大切……」
「どうかしたの、耶徒音?」
「大切って何なのかなって。どうして私はこんなにも耶徒音ちゃんが大切なんだろう」
 わたしの大切な耶徒音ちゃん。どれだけ恐い目に合っても、何をぎせいにしても、わたしは耶徒音ちゃんだけは見捨てたりしたくない。今まではそれが当たり前すぎて考えたことも無かった。
「それはやっぱり、耶徒音は妹さんが好きだからじゃないかな?」
「それは……そうだね」
 フェイトちゃんの質問と、自分の返答が何だかおかしくて笑っちゃった。だって、そんなの当然なんだから。
 好き。わたしは耶徒音ちゃんが大好き。好きで好きで誰より耶徒音ちゃんを愛してる。
 耶徒音ちゃんを守りたい。どんな不幸からも守りぬきたい。どこまでも。どうしても。
「フェイトちゃんは好きな人に好きって伝えるには、どうしたらいいと思う?」
「私は、そうだね。言葉で直接伝えられれば良いと思うけど、少し恥ずかしいから名前を呼んだり、触れあったりで伝えるかな」
 うーん、名前なんていつも呼んでるし、触れあうかぁ。毎日お風呂や着がえで触ってるよ。じゃあふだん触らない場所を触ったりすればいいのかな? だったら、
「それってやっぱり、ちゅーしたり?」
「ちゅーって……キス!?」
「家族とちゅーするのって、そんなに変かな。」
 昔はおかあさんとよくしてたなぁ。朝起きたり、夜寝る前とか。今はおかあさんもいないし、ちゅーするきかいがなかったんだけど、フェイトちゃんはしてなかったのかな?
「どうだろう? 私は、その。キスはしたことないから、ちょっとビックリしちゃったけど。えと、気持ちは伝わるんじゃないかな」
 うーん、なんだかちゅーのお話になってから、フェイトちゃんの様子が変だけど。ま、いっか。
「とにかく、どうすればいいのか、何となくわかったよ」
「そ、そう?」
「えへへ。今日は本当いっぱい助けてくれてありがとね! それじゃ、またいつか会おう。約束だよ」
「私も、次に会えるの楽しみにしてるよ」
 電話を切って、私は一度大きく深呼吸する。
 どれだけ絶望したって、わたしにやとねちゃんを見捨てる選択しなんてないんだ。やとねちゃんの死ねばわたしも死んでしまう。わたしの心が、そこで死んでしまう。
 でも、わたしがやとねちゃんを愛している限り、やとねちゃんもわたしを愛してくれるはずだもん。
 悲しいも嬉しいも辛いも楽しいも、ぜーんぶひっくるめて二人で感じるのが一心同体だって、お母さんが言ってた。わたしたちにはそれができるとも。
「ねぇ、やとねちゃん。キスしよっか」
 なんだか自分で言って、ちょっとはずかしくなっちゃった。さっきフェイトちゃんがはずかしそうにしてたのがうつちゃったからだ。
 一心同体でも気持ちを伝えあうのは大事だし、伝えた気持ちもまた共有されるんだと思う。
 わたしの心は伝わってるのか伝わってないのか、しとねちゃんは顔色一つ変えないままに、わたしへと近寄ってくる。
 面と向かいあうと、きんちょうしてくるなぁ。フェイトちゃんの気持ちがちょっとわかった。
 やとねちゃんをじっと見つめながら、わたしは考える。やっぱり、より強く愛してるを伝えるならほっぺより、くちびるだよね。結婚式でも愛をちかうちゅーはくちびるにやっているし。
 だからわたしも、ちかいを立てるためにやとねちゃんとちゅーをする。やとねちゃんを誰より愛し、もうおまわりさんの恐さから逃げない、心のちかい。
 やとねちゃんのほっぺたに両手をそえる。わたしの温もりが、やとねちゃんへ伝わるように願って。
 やとねちゃんと触れあうと、それだけやとねちゃんが好きって気持ちがむねの奥からあふれてくる。
 好き。
 好き。
 好き。
 好き。
 好き。
 好き。
 好き。
 やとねちゃん大好き!
 好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き。
 どれだけ好きを重ねても、わたしの中にある好きは伝えらきれないくらいに、やとねちゃんが大好き。
 わたしのほっぺたが、それだけじゃなくて耳まで熱くなっていく。
 わたしの好きがわたしからもれだしたんだ。もう止められない。私の好きは、ふっとうしちゃった。
「やとねちゃん……」
 大きく広がった好きを全部全部残らず集めて、一つの言葉にぎょうしゅくする。一番大好きを伝えるには、これしか思いつかないから。
「愛してる」
 わたしとやとねちゃんのくちびるが、静かに触れあった。