「暁拓馬、お前に聞いておきたいことがある」
「知り合いから急にフルネームで呼ばれるって、あまり良い予感がしませんよね」
 女の子に本名だけ呼ばれると、好感度アップを感じるのにな。
 シグナムさんの雰囲気が変化したのは藤堂が別行動をとってから間もなくで、シグナムさんの声色は急速に冷たくなっている。
 他のアースラチームと比べて、シグナムさんに平和的なイメージが薄いのは初めからだ。それでも世間話くらいは出来そうなゆとりが、さっきまではあった。もうそんな些細な雑談さえ、この空気では許されないだろう。
「ヴィータに一体何を吹き込んだ?」
「ヴィーやん大人気だな」
 だからと言って、さっきまでの調子を辞めるような俺ではないけどな。
 フェイトだけでなくシグナムさんからも、ヴィータの名が出た。二つの事象は似ていても、表すものが大きく違う。
「あれはよく反抗的な行動を取るが、根は素直な奴だ」
「そいつは知ってるつもりですよ?」
「お前とダイセイオーを倒してから、ヴィータの様子がおかしい。お前が何か関係しているのだろう?」
 シグナムさんの口調こそ質問形式だが、確信しているのは間違いない。
 ヴォルケンリッターには強くないが、精神リンク機能があったはずだ。それがあったからこそ、ヴォルケンリッターは誰も反対せず全員一致で闇の書事件を起こせたのだろう。
 そしてその機能は、俺関連の話題に対しても働きかけている。ヴィータの持つ俺への強い猜疑心が、感覚的にシグナムさんへも伝わった。
 初めから信用などされていなかったが、輪をかけて敵対心を燃やさせているようだ。
 さっきまでは藤堂がいたから、あえて輪を保っていたのだろうが、もうそれも必要ない。ヴィータが抱えていた疑念の本質を、直接確かめにきたのだろう。
「俺としては、一緒に強敵を打ち破って友情を育んだつもりだったのに」
「白々しいな」
 シグナムさんから発せられる威圧感が俺へとのしかかる。門下生にこんなの味あわせていているのなら、そのうち剣道場に閑古鳥が鳴きそうだ。そうして門下生を失ったシグナムさんは自暴自棄となり一人同情で酒を飲むようになる、わけがない。
「私達がトルバドゥールを疑っているのはわかっているだろう」
「どうしてそこまで俺達を疑いますか? トルバドゥールそのものが不透明なのは分かります。
 しかし俺達は時空管理局が関わる前からここに住んでいて、ここまで怪しまれるような問題は起こしていない。それに本郷の一件で俺達の無実は証明されたでしょうに」
 もっともらしい理由を並べてみたが、言い逃れがしたいわけではない。これは撒餌だ。
 会話にも策を弄さない、ヴィータと同様ストレートに自分の意見を出す者に対して、こちらが会話をコントロールするために。よって返される返答は分かっている。
「気配だ」
「気配、ですか」
「お前達には不穏な気配しか感じられない。お前達が犯人でないにせよ、危機感を煽るだろう存在を見過ごすわけにはいかん」
「そいつは酷い言い草だ」
 百戦錬磨の嗅覚。研ぎ澄まされた戦士の堪は侮れない。ちょっとした空気や僅かな仕草や機微からでも、敏感にそれらを感じ取ってくる。
 だがそれこそが肝。ヴォルケンリッターが俺達を敵視する理由、その根幹にあるものは俺が付け込める隙だから。
「つまりそれは、俺達と貴女達が同類である証でしょう? ねぇ、ヴォルケンリッターの将さん」
「それはどういう意味だ?」
「俺達があまり平和的な組織じゃないと見抜く貴女方も、存外人の道から外れている生き方をしてきるのではないですか?」
 ヴォルケンリッターには転生前の記憶は無いが、自分達が何者かとか存在を示すための記憶は初めから備わっている。それは敵との戦い方、つまり戦闘経験も含まれ、さらには殺害方法にも至るだろう。
 俺達が罪人ならば、ヴォルケンリッターも同じカテゴリに属するのだ。
「否定はしない。私達は代々主の願いを叶えるために戦ってきたからな。お前も知っている通り、ここに至るまで奇麗事では片付かん戦いを幾度も行ってきた」
 存在意義から同属を否定するかと思ったが、シグナムさんは二言もなく認める。
 彼らヴォルケンリッターは人間と遜色ない感情や心を持っていても、人間ではなく擬似生命。プログラムから作られた命だ。
 ここで重要なのは彼らは明示的な目的を持って作られた存在であり、闇の書を完成させるために従ってきたと言うこと。
 意思を持っていようがただの操り人形だろうが、ヴォルケンリッターの務めは変わらない。包丁は切るものであり、されとて切るものは選べず。ならば責めるべきは包丁の所持者であるべきだろう。
 唯一の例外、ヴォルケンリッターが自ら対象を選ぶ刃となったのは、やはり八神はやてだな。
「私の戦う理由はこれからも変わらない。お前達が戦う理由は何だ? トルバドゥールが組織を成して向かう目的が見えてこない」
「貴女達はいつだって一途で、戦いの動機も分かりやすい。
 なんせ主の望むべき未来を切り開く行為そのものが、シグナムさん達のアイデンティティですから。ヴォルケンリッターは皆で一つの道を歩んでいる」
 ならば俺達はどうだ? トルバドゥールという一団の本質は何処にあるのか。
 少人数だが一枚岩で成り立っている組織ではない。
「お前達はバラバラだ。連続殺人事件を解決するという共通意識はあれど、個々で見れば価値観や行動は誰も彼もが違う」
「シグナムさん」
「呼び捨てでいい。その敬語も、本当に相手を敬っているわけではあるまい」
 これからの会話に、中途半端な気の使い方は必要ないと仰ってくれたようだ。こっちもそろそろ変に気取る必要もないかなと思い始めていたので、ありがたい申し出である。
「それじゃ遠慮なく。その考察はヴォルケンリッターの総意なのか?」
 シグナムはヴォルケンリッターのリーダー各であるが、一人でここまで考察してまとめる人間ではない。
 こういう頭脳労働がメインとなる仕事は、参謀であるシャマルが適役だろう。
 ならこれはシャマルをメインに置いた考察であるか、ヴォルケンリッター全員を集めて催した会議の結果であるかだ。
「そうだ」
 シグナムは即答する。ここいらはヴィータと同様に、腹の探り合いをして伏せられたカードを読んだり、選んだカードをどう切るか判断するなんてまどろっこしい真似はしない。
 この会話がまず偶発的なものだし、たまたま機会があったから問い詰めているだけだろう。
 俺のシナリオでは、近いうちにシャマルとお茶でも啜りつつ、お互い嘘の笑顔を見繕いながらやるのだろうと考えていた。舌戦ならシャマルより組し易い相手と、歩き話くらいの気軽さで会話しているのだから、これは相当僥倖である。
「ふぅん、中々的を得ているじゃないか。そもそもトルバドゥールの活動目的は犯罪防止や抑制じゃない。トルバドゥールは、“人のまま人を超える存在を作り出す”研究を行っている」
「それはまた随分と矛盾しているな」
 人でありながら、なおかつ人を超える。鏡と修一そして俺は、その可能性を持った候補として輪廻さんに雇われた。
 シグナムの言う通り、きっと輪廻さんの理想は矛盾しているだろう。人である限り人を超えるなんて出来やしない。
「それでも迷わず目指しているのさ、あの人は」
 だって、輪廻さんは誰より狂人だから。どれだけ無茶苦茶な机上の空論でも、自分が唱えれば叶えられると疑っていないだろう。
 けれどもそれは、輪廻さん個人での到達点でしかないのも事実だ。俺達三人は、別に人を超越しようとまでは思っていないから。
「お前達が人間を超ようとするのは勝手だが、それがこの事件とどう繋がる」
「サンプルさ。この事件に絡む者達のデータを輪廻さんは欲しがっている」
 メガネが所持している、これまでの事例にない未知なる召喚能力。それが輪廻さんの計画への接点となり火が点いた。
 輪廻さんは殺人事件そのものよりも、この事件で発生している不可思議な現象について知りたがっていると言っていい。
「あのレアスキル保持者達か」
「そう、原因不明なままこの海鳴市に広がりつつある謎の能力。輪廻さんは何よりその起源を知りたがっているんだよ」
「レアスキル発現の原因を付きとめて、自分の研究に利用する。そういうわけだな」
「現状は、輪廻さんも霧の中歩いているみたいだけどさ」
 直接的な調査対象であるメガネ達は、時空管理局に匿われていて輪廻さんも早々好きに動けない。これはリンディさんが輪廻さんの暴走防止にかけた鎖であり、解明が思うように進んでいない理由はここにもある。
「私達が捜査を始めた頃には、ここまで難航するとは思わなかった」
「それだけ不可解な点が多いってことだろう」
 いくつか点の情報を基に仮説を立てて線に見立ててはいるが、どれも仮説にしかならずいくら積み上げても真実には届かない。
 黒幕を現行犯逮捕したくても僅か数分で殺害を完了し、なおかつ有力な証拠も残さずに消える。
「こういう手合いとは相性が悪い。お前達ともな」
「おやおや弱音か」
「負けたとは言ってなかろう」
「ないとはわかっているが、あんたらに降りられちゃこっちが困る。トルバドゥールも犯人逮捕のために一丸となっているのだから」
 そしてヴォルケンリッターには、ヴィータに疑念の芽を植え込んだのと同じく、このまま疑念を抱き続けてもらわないといけない。 無事この事件を終わらせるため、何より俺が平穏な生活に戻るために。
「さっきも言ったが、お前達が一丸とは思えん」
「事件に対する考えは全員一致でさっさと犯人捕まえようでまとまっているさ。違うのは個人的な趣向の問題だ」
 トルバドゥールには、事件が長期化して面倒くさがる奴や退屈がる奴はいても、喜ぶ者はいないのだから早いところ終わってくれる以上に最良の結果はない。
「趣向……」
「少なくともシグナム、あんたは見ているはず。修一の本質である、強者を求める獣性をな」
 俺達は与えられた指令には比較的素直に従う。ただし、従う理由と従い方は定まっていない。各々が自分で考え自分で決めて動く。 輪廻さんも必要無ければ、任務の遂行方法を指定してきたりはしない。自分を生かした任務の遂行こそが、本来の目的にも繋がると輪廻さんは考えているようだ。
「私が止めなければ、あの男は倒した相手をさらに攻撃していただろう」
「倒したという証が欲しいのさ修一は。相手を欠損させて、自分の力量を広く証明し、さらなる強者を募る」
「馬鹿馬鹿しい。乱世の時代ならまだしも、現代においてその方法で次なる相手を探すのなら犯罪者にでもなるかしないだろう。わかっているのか?」
 そりゃそうすれば、逮捕したい強敵がうじゃうじゃ追ってくるだろうからな。
 シグナムに修一の強豪を求める武人の気持ちは察せても、このやり方は受け入れられるものじゃないのだろう。
 それはそうだ、修一の求めるものはただの力比べではない。人生までもを賭した、命のやり取りなのだ。最高の戦いが出来るのならば死さえ本望という、クラシックな発想であいつは戦っている。
「修一がそこまでやる時は、それ相応に敵が強かった時だな。倒したと宣伝する価値も無い相手は、倒した時点で興味を失くすし」
「そういう問題ではない!」
 シグナムに怒気が宿った。自分と似たストイックさを持つ修一だからにこそ、シグナムは憤りを感じた。
 修一とシグナムの力に対する想いは、近いが決定的な溝があるようだ。
「あれでは、悪戯に自分を捨てているだけではないか」
「人間は、自分を守るために自分を捨てている生き物だぞ」
「捨てている?」
「そうさ、何かに執着して生きるのならば、その他を切り捨てねばならない。求めるのなら、己を貫き生きるのならばいつしか自分を捨てている。守りと破棄を分かち、全てを持って生きるなど不可能だ」
 修一はそれが人より少し分かりやすいだけ。力を行使し強き相手と技を競うという生き方を欲する代わりに、敗北の代償として自分の命さえも切り捨てた。だからこそ修一は、本気の戦いを死合うと呼んでいる。
「何に変えても戦いを望むのか、あの男は」
「そもそも同じ無茶を相手に押し付ける手前、前提として同意済みの相手限定だったはずだが」
「確かに、恋馬は修一を殺しかねない戦い方をしていたが、だからと言って認められはずがなかろう」
「それでもやるんだよ。それが檜山修一だ」
 だからもし先の対戦相手を必要以上に叩きのめしていたとしても、何とか強引にでも正当防衛で潜り抜けられたはずだ。
 まず輪廻さんはそのフォローを忘れてはいないだろう。放し飼いにするにしても、最低限度の柵がなければ組織として成立しない。
「お前も、そのつもりで戦っているのか」
「俺は違うさ。俺は不必要な戦闘は好まない」
 戦闘を求めて生きているのは修一と鏡だけであり、俺はむしろその逆。平和主義者なのだから。
 俺はただ、ちょっぴり怠惰で安定した一般人の生活を甘受したいだけである。