「大恋上!」
「セットアップ!」
 真紅恋馬の身体が、激しく燃え上がる。
 己の精神を現すかのように顔以外の全身へと行き渡り、手に持っていた竹刀も炎塊となった。
「ふんっ!」
 燃え広がった炎を払うため、竹刀を縦にふるう。
 否、払われた火炎の中からは、銀の輝きを放つ刃が出現。
 同時に身体の炎が吹き飛び、時代錯誤なる着物姿へと変貌する。
 頭部の面手拭いが燃え尽きて、額に巻かれた紅い鉢巻と共に、印象的な尖角の髪型も自己主張を取り戻した。
 変化したのは真紅だけではない。取り出した携帯が光を放ち、俺の姿は瞬く間に、兜の無い緑の鎧に覆われる。
 無骨さよりも、身体の動き安さを優先したために、むしろ甲冑と呼んだ方が良いかもしれないフォルムを有したバリアジャケット。 刀よりは木刀に近い刃を放棄したデバイスを握っている。
 敵を絶つ俺の刀は、刀であり刀ではない。
「しゅ……い……」
 希咲からすれば何がなんだかだろう。気が付けばほんの数分で、剣道場はわけのわからない格好をした男が二人。
 常人の頭にはついていけない戦場になっているのだから。
 それでも、何故か嬉しそうに希咲は続けた。
「やっぱり、お前はあの時から何も変わっていなかったんだな」
 俺は何も応えないままに、デバイス“虚(うつろ)”を中段に構える。
「で、いつ始めるんだ? 俺の愛刀“烈火”は、熱い恋がしたくてうずうずしてるぜ」
 真紅は今にも襲いかかろうとうとする猛獣のように、上段へと刀を振り上げる。
 始まりはもうすぐそこに? 違うな――
「もう、始まってる」
 だって、ここには審判さえいないのだから。
 誰にも止める権利はなく、誰も助ける権利すらない。
 勝敗を決めるのは俺達の意志と命だけ。
「そうかい!」
 真紅が初太刀を見舞う。
 先に手を出せば不利とか、立て続けの戦闘による消耗の回復を待つとか、そんな小細工なんて無い。いきなり仕留めるための一刃。 俺はそれを受ける。魔力が通り緑の刃と化した虚で、滑らせるように流しさる。
「はっはぁ、お前もそうやって逃げて結局負けるのか?」
 一撃を流したとしても次が来る。それを捌いたら、また再撃。
 魔法という概念を理解しないまま、よくぞここまで鍛えたもんだ。
 魔力が付加された真紅の身体と刀は、希咲戦時の攻撃速度を大きく上回っている。
 しかし、だとしても、幾多の戦場を切り抜けてきた俺と虚の速度からすれば、脅威にはならない。
「遅い」
 左に逸らした真紅の刀が次に襲い来るその前に、虚が真紅に胴体に叩き込まれる。
 非殺傷のため真っ二つにはならなくとも、壁まで吹き飛ばすくらいは容易い。
「かはぁっ!」
 ずるり、と。体内の酸素を一気に吐き出しながら、壁にもたれて座り込む。
 自分の胸を押さえて斬られていないことに驚いてる。魔力によるダメージは初めてのようだ。
 俺は追撃をかけず、立ち上がるのを待つ。
「どうした。まだ終わりじゃねぇだろ?」
 たった一撃で真紅恋馬という男が終わるわけない。
 拓馬がすでに三度も相手にしてきた狂気は、もっと大きかったはずだ。
 ならば俺もそれ味わいたい。そういう理由から、真紅が続けられるようになるまでただ待ち続けている。
「ククク……お優しいな。屈辱だぜ」
「だったら早く立てよ。続きをやろうぜ」
「おぅ、俺の恋にも火が点いたしなぁ!」
 持ち直した真紅はすぐに駆け出す。
 これは剣道ではない、何度やられても最後に立っていた者が勝利者だ。それが根底にあるのか、倒れたばかりでも真紅はスタンスは変えない。あくまで正面突破だ。
「るおらぁ!」
 初太刀とそっくりな型。ならば同じく容易に受け流せる。
 だが、その判断が甘かったと痛感させられるのはすぐだった。
「燃える恋!」
 真紅の刀がいきなり燃え上がる。剣は流せても発生した炎は流せずに、俺の腕を焼いた。
「ぐうっあっ」
 バリアジャケットが部分的にでも炭化する。腕の焼き加減は、まだレアだと信じたい。
 受けが通じない剣士か。さて、どうすっかな。
「俺の剣技は、俺の心と同じ燃える恋。触れるもの皆焼き尽くすぜ」
「まだちょっと焦がしただけだろうが」
 拓馬理論で考えるなら、熱い恋の心がレアスキルに感化され炎を巻き起こしたか。
 おいおいそれもうギャグじゃねぇか。
「修一!?」
 炎に炙られたのは流石に許容外の驚きだったか、希咲が焦り叫ぶ。実戦を目の当たりにして、鉄火面も剥がれてきたか。
「恋馬、やり過ぎだ。それは下手すれば火傷じゃすまんぞ」
「遊びじゃないんだよ。これは俺と修一の決闘だ」
 ああそうだ。まだまだ、楽しいはこれからだろ。
 もっと技術を。
 もっと力を。
 もっと心を。
 もっとここまで鍛え上げてきた時間を。
 俺達を根こそぎ出して、嫌になるくらい比べ合おうぜ。
「へへ、やっと面白くなってきたんだからな」
「はは、余裕面か? もとより殺すつもりなんてねぇが……早く降参しねぇとよ、黒こげになっちまっても知らねぇからな!」
 太刀筋は同様でも、付加された炎熱はかなり厄介だ。
 しかもただ発生するだけならまだしも、纏わりつくように伸びてくる。
 どうにかしたくても、好機は見えない。
 戦闘は俺の防戦一方になり、じわじわとダメージは蓄積されていく。
「うぐぉっ!」
 これが何合目かなんてもうわからないが、ついに受けを失敗した。
 重点的に腕へと重ねられた熱が、俺の動きを狂わせたのだ。
 魔力が圧縮された馬鹿力を、虚越しに感じる。
 流しきれない力を逃すために、反射的に後ろへ跳んだ。それでも腕は熱の痛みと、強椀を止めたせいで痺れに苛まれる。
 強引に退かされるとは。優劣がかなり色濃く出てきたな。
「下がったくらいで逃げきれると思うなよ。飛翔恋!」
 真紅が袈裟斬りに刀を振るうと、まとわりついていた炎が。俺に向けて飛来する。
 飛び道具まで使えるのか!
 腕の疲弊が思ったよりも大きく流せない。
≪Protection≫
 自動で発動されたシールド魔法が、俺を炎から守った。
 自己意識外の防御魔法なんて自分の弱さを証明したようなもの、決して喜べたものではない。それでも、このままやられるよりはマシだ。
 しかしシールドに衝突しても炎は消えず、シールドに負荷を与え続ける。
「魔法ってのはそんなものもあるのか。なら力でぶち抜くだけだ!」
 今度は逆袈裟で、もう一つ炎が生み出された。
 さらなる衝撃に見舞われたシールドは、十字と化した炎が起こす過負荷により限界を迎え、崩壊した。
「ぐああああ!」
 唯一の障壁を失った俺は、炎に身を焼かれながら押し飛ばされ、仰向けに倒れた。
 立ち上がろうと足掻くが、真紅はその隙を逃すような男ではない。
「これで終わりだよ修一。極限まで高めた俺の恋。その名も――」
 大技を決めるため走り出した真紅は、途中で跳躍。着地点は俺だ。
 地に向けられた刀には刃を覆い隠す程に、大量の炎が渦巻く。
 串焼きにするには動きがテレフォン過ぎるが、俺は床を転がるように落下点から少し離れる。
「恋極!」
 その奥義は、真紅の言葉とは裏腹に炎獄だった。
 床を浅く貫いた刀から、炎が溢れ出し周囲を赤に染め上げる。
 円形に燃え上がった火炎に、俺はなす術も無く呑み込まれた。
 何が殺すつもりはないだ!
 全身に魔力を回し身体を守らなければ、間違いなく焼け死ぬ。
「があああうお!」
 必死で炎から這いまわり飛び出して、呼吸を整える。
 炎陣から抜け出すまで全身を焼かれ続けた肉体は、痛みで俺に限界を警告しっぱなしだ。
「ふん、やはり俺の恋にはかなわないみたいだな」
 真紅が軽く刀を横薙ぎすると、炎陣は消え失せる。
 床にも焦げ跡は微塵も残っていない。俺が転がった場所にもだ。
 焼けているのは、俺と俺の持つ全てだけ。
 あれは魔力を炎に変換しているわけではなく、やはり真紅自身のスキルと見るべきだよな。
 つまりこの火に屈するってことは、真紅恋馬自身に屈するのと同じってわけだ。そいつは絶対にごめんだな!
 ありったけのプライドで、真紅の傲慢な思い込みに視線で答えをくれてやる。