「あっぶねぇ危ねぇ……」
 真紅先輩が安堵の息をつく。まるでギリギリの勝負を制したように。
「参りました」
「へへっ! これぞ恋の勝利だぜ」
 希咲が面をとり潔く自ら負けを宣言した。心から自分の実力不足を認めてしまう。
「ふざけんなよ」
「あ? どうしたよ、修一。おいおいまさか希咲が負けたからってそんなに怒るなって」
「っざけんな!」
「やめろ!」
 激高した俺に、真っ先に駆け寄ったのは希咲だった。表情こそないが、静かで激しい怒りを燃やしているのはわかる。
「なんのつもりだ。私は正々堂々戦い破れた。お前はそれを侮辱するつもりか?」
「正々堂々? 今の汚ねぇ手のどこが正々堂々だ。なぁ先輩」
「おいおい、聞き捨てならねぇな。俺が何かしたって言うのか?」
「最後の面で魔法を使用したな、真紅」
 こんなの当たり前だが、シグナムさんも気付いていた。おそらくは魔法とは無関係だろう希咲を帰してから話をしようとしたんだと思う。
 そこを俺が邪魔してしまった。
 そうでなければ、あんな手に一本勝ちを認めるはずがない。
「へぇ、二人共この力を知ってんだ」
「魔法……?」
 希咲一人だけが怪訝顔をする。
 そりゃそうだろう、何をどうすれば剣道からそんなオカルト話に展開されるのか。
 というか後ずさってカルト宗教団と扱われていないだけずっとマシだ。
「ま、この力が魔法ってのは俺も今初めて知ったけどさ」
「どういうつもりっすか先輩」
 イカサマを突きつけられても、先輩に反省の色はない。それより、自分の力の正体を知ったことの方が嬉しそうだ。
 獣が己の身に有る凶器の使い方を知ったように。
「俺だって本当は使いたくはなかったさ。だけど俺にこの恋を捨てられるわけないだろ?」
 勝負には戦う者通しの間で、暗黙の了解が交わされる。
 どこまでやっていいのか。どこまでやるべきか。
 寸止めか、骨折か、命を奪うか。
 それは公式の試合だって、街の喧嘩だって、殺し合いだって変わらない。
 社会がそれを許さないだろうが、そんなもの当の本人達で決めれば他人が口を出すものではないと思う。
 納得して死ぬのなら、死なせてやればいい。
 この勝負が剣道のみでついていたら、俺はそれをおとなしく真紅先輩と希咲の交際を認めていただろう。
 だが、真紅先輩はそれを破った。しかも相手にばれぬように。
 俺とシグナムさんが魔法を知らなければ、卑怯者と扱われることすらないまま終わっていたんだ。
 黙って見過ごせるはずがない。
「てめぇのクソみたいな主義で戦いを汚すんじゃねぇ」
「あぁ? 修一、俺を馬鹿にするのはムカつくが許してやる。だが恋を馬鹿にする奴は絶対に許さん!」
 戦いとは、所詮どんな理由を付けても潰し合い。相手に自分を認めさせるためのもの。
 そこに綺麗事を並べて着飾ったのが正義だろ?
 俺は輪廻さんに拾われる前に時空管理局で働いていた短い間、綺麗事の裏側を見てきた。
 どこまでも醜く、果てしなく下衆な行為も少なくはない。それでも、そんなものにでも正義は付随していた。
 人殺しにも大義名分はいくらでも存在する。
 だから俺は正義に興味がない。
 誰かが正義を、自分の主義主張を語るなら勝手にすればいいと思う。だがそれを誰かに押しつけるな。
「だったら来いよ、これこそ決着は戦いでだろ」
「いいぜ。お前に恋の偉大さを叩き込んでやる。ただし試合だと思うなよ」
「それでいいさ。俺がやるのはいつも“本番”だ」
 ルールを作り、ある程度の安全を敷いた上で行うのが試合なら、いつどこで始まるかわからない勝敗も自分達で勝手に決めるものが本番。
 要するに喧嘩で、時に死合だ。
「真紅恋馬。お前には勝敗に関わらず修一と戦った後、私達と共に来てもらう。お前自身、力の正体を知りたいだろう?」
「わかりましたよ。俺の恋に負けなんてありえねぇだろうけど」
 シグナムさんも戦いを認めた。ならばもう邪魔する者はいない。桧山修一という一人の人間でもって、相対する男を叩き潰す。
「恋こそが全てを燃やし、焼き尽くす心の原動力! 戦いにとってもそれは同じだ!」
「戦いとは、技術、鍛錬、本能、それら闘争心から生まれた結晶。それ以外の後付けは不純物だ!」
 もうずれた歯車は噛み合わず、ひたすら不協和音を奏でるだけ。
 会話など重ねるだけ無意味。ここまで来れば先輩も後輩もない。
 相入れないなら、押し合って比べ合って破棄し合って自分自身を証明するだけだ。