剣道部の誰とも顔を合わせたくない。だから購買部は出来るだけ人と顔を会わせないようにして、体育館の裏で立ったまま一人でパンをかじる。
 味なんてわからない。けど食べないと保たないから食べる。
 このまま帰ろうか……。でもそれは駄目だ。ここで逃げると、きっともう希咲とまともに話せない。
 あいつが転校してきた理由、俺と会いたかったというその真意。俺はそれを知りたいから。
 けど、どうやって? 俺に失望したあいつがそんな話をするだろうか。
 それにどうやって話しかければいい、前に立つだけでもまともに反応できなくなるのに。
 動けば動くほどに、心はがんじがらめになっていく。
 これじゃどっちにしても駄目じゃんよ。
「っくっそ!」
「お前は、こんなところで燻っていたのか」
 悪態をつく俺に、特に強い意志は込められていないだろう、平常通りな声がかけられた。シグナムさんがこっちへと歩いてきている。
 どうしてここに? なんてありふれたこと聞く前に、シグナムさんが先に話を始めた。
「食堂にも剣道場にもいないのでな、探してみたら案の定だな」
「……別に。シグナムさんこそ、わざわざ俺を慰めにくるような人じゃないでしょう?」
 自分でもわかるくらい喋り方が刺々しいな。直すつもりもないが。
 けど言葉そのものに嘘はない。この人はそんな器用でも、“そういった類”の思いやりも持っていないだろう。どちらかというと詮索はせず、声をかけないことを情けと考える人のはずだ。
「別に慰めにきたわけじゃないがな。だが放っておくわけにもいくまい。今日のお前は私の生徒だからな」
「はは、そりゃなんとまぁ……。似合わないっすね」
「そうだな、私もそう思う」
 あまりに予想外の返答とらしくないちょっと軽い調子に、思わず毒気を抜かれてしまった。
 シグナムさんも僅かだが微笑む。あまり笑う人でもないから、何となくそれだけで嬉しい。わぁ、俺ったら単純。
「ホントになんでもないですよ。ちっと調子悪かっただけです。午後はひっくり返してやりますよ」
「獅童希咲か?」
 茶を濁したら、そっこーで新しいものに変えられてしまった。いつも通りな調子で容赦なく核心つくあたり、やっぱこういう話には向かねぇな、この人。
「お前の実力はある程度知っているつもりだ。それに、こう言った話に鈍感なのは自覚しているつもりだが、あそこまであからさまではな」
「幼馴染みがいきなり美少女に成長して現れたんで、眼が眩んで失敗しただけです」
「お前ならむしろ、いつも以上に張り切りそうだと思うが?」
 そりゃそうだよなぁと、俺も思う。我ながら単純構造に辟易するよ。
 ネジが抜けてる前に、ただ被せて固定していないくらいにお手軽な造りだ。
「はは、昔喧嘩別れしちゃったんで。しかも堅物だからどう対応していいのやら」
「獅童は私に似たタイプだ」
 確かに似てる。二人揃って人付き合い苦手そうだ。
 合コンとか不埒な行為と思ってるんじゃないかとか、偏見の眼差しさえ飛ばしてしまう。
「今一度本気で剣を交えれば、それでまた通じるものを見いだせると、私は思うが?」
 あの子不器用なんだったら、剣士らしく剣で語れよ、か。
 それが出来るのなら苦労はしないんだよ。俺が問題起こしたのはその剣なんだから。
 希咲の頭部から流れる血が未だ鮮明に思い出せる。その時沸き上がった感情も、一緒に。
「俺はもうあいつと戦いません」
「そうか、お前達になにがあったかまでは問わん。だが動かなければ、何も解決しないぞ」
「そんなの……」
 言われなくてもわかってる。
 だから、俺はここで逃げながら考えていたんだ。ここから先に敷くレールの方向を。
 でもそれは見つからない。修司に自分のレールどうこう言った早々に脱線事故だ。情けないったらねぇな。
「諦めきれないから、あんな態度していたのではないのか?」
 びくんと、垂れかけていた俺の頭が跳ねた。あまりに図星だったから、声も出せずに驚いた。
「わかりやすい奴だ。だったらお前が後悔を残さないようにしろ。私から言えるのはそれくらいだ」
「いえ、ありがとうございます」
 あれこれ考えて乗り切るのは拓馬で、理解不能な行動で突破するのは鏡のやり方だ。
 俺はあいつ等ほど人間辞めてないから、当たって砕けるしかない。
 絡まる前に突破しろ。話しかけれなくなる前に何でもいいから話してしまえ。
 俺がやりたいことは復縁だから。またあの仏頂面と道を交えるのだ。なんだ、俺は孤高じゃないな。
 そうするためには、剣を交えないままに、心を交えるしかない。
 容易くはないが、やってやるさ。
「やっとまともな面構えになったな。ほら、もうすぐ昼休みが終わる行くぞ」
「はい!」
 勢い任せに返事して、手に残っているパンを口へ放り込み紙パックのジュースを吸い上げ……残ってないぜ。
「むぐぅ」
 あまり口に残っていない水分が、炭水化物に吸われていく。もっさもさだ。
「なんだ、飲み物がないのか? 手のかかる奴だな。ほら」
 俺のしょうもない異変に気づいたシグナムティーチャーが、ペットボトルを投げ渡してくれた。新品ですよ、気前いいな先生!
 それを受け取った俺は、躊躇なく中に入った水でパンを流し込む。
「あざっす。運動する前からカラカラになるところだった」
「ああ、ではいくぞ」
 シグナムさんはなんてことなくペットボトルを受け取ったが、ちょっと待って欲しい。
 回し飲みなんて野郎共とはしょっちゅうだ。
 だからつい、いつも通りに飲み口に口付けちゃった。
 もしあれをシグナムさんが普通に飲めば、間接ちっすという青い春なイベントに昇華されるのではないでしょうか!?
 やべぇ、驚きのあまり敬語になっちまった。
 だって、シグナムさんてそういうの気にするキャラじゃねぇし、つまりフラグだ! 人生初のフラグだ!
 いかん、にやける、にやけるぞぉ。だがここでバレたら終わり。元の木阿弥じゃないか。
 必死に弛緩する頬を平常時に戻しながら、俺は再び精神的戦場へと戻るのだった。どうして俺のシリアスは十分と持たせられないのだろう?