「俺の見立てだと三割ってところかな」
 しかし、それだけあれば脅威と呼べるだろう。
 俺は、スクラップと化したダイセイオーへと赴く。
 本郷が消えた部分である胴体へとかけのぼり、緋色の剣を精製。
 切っ先をダイセイオーへとかざし、警告を開始した。
「おい、意識があるなら大人しく投降しろ。そうすれば、これ以上危害は加えない」
 返事はない。かまわず続ける。
 警告の仕方が管理局のそれと違うのは仕様だ。
「この警告を無視するのなら、装甲を破壊しお前を引きずり出し、抵抗の意思を失うまで戦闘を続行する」
 まだやるかい?
 やるなら、君がッ、泣くまで、殴るのをやめないッ! モードに移行するぞ。と、そういう脅し。
 まだ返事がない。
 ギガントで意識がとんだか、虚勢か、機を伺っているのか、それとも?
「返答がないので、引きずりださせてもらう」
「ままま、待ってくれ!」
 返答あり。虚勢だったか。
 へぇ、絶対絶命のタイミングに、張れるだけの度胸がこいつにあるとは思わなかった。
 たとえそれが、すぐ剥がれるものだとしてもだ。
「で、どうするんだ?」
「出るから抵抗しないから!」
「さっさとしろ。俺は気が短い」
「い、イー!」
 そこで戦闘員化するのか。実はまだ余裕あるをじゃないか、コイツ?
 足元が淡い光に包まれると、しゃがみこみながら両手で頭を庇い、縮こまってるコスプレ男が出現した。
 しかも嗚咽混じりで小刻みに震えているのだから、なんとも痛々しい亀男だ。
 これじゃ自慢の髭が残りわずかな人みたいに、護身開眼もできそうにない。
「お前、まさかずっとコクピットで泣いてたのか?」
「泣いでまぜん」
 泣いてたんだな。装甲破壊して踏み込んだら、漏らされていたかもしれない。
 戦意は最低限の尊厳ごと粉みじんになって、亜空間にばら撒かれたか。
「暴行は加えないが、拘束させてもらう」
「イー!」
 普通に返事しろよ。
 お前にとってその返事は、犬が腹を出して降伏するようなもんなのか?
 俺は軽く溜め息を吐きつつも、拘束用の手錠を精製――
「ガルアァァ!」
 するその前に突如襲いかかってきた、乱入者に殴打された。
 飛行魔法を使ったわけでもないのに、身体が宙を飛ぶ飛ぶ。
 あまり気持ちの良い浮遊感ではないが、自分の意思と関係なくってわけでもない。
「とっさに跳ばなきゃ、ガードした腕がお釈迦だったな」
 完全に無事と言うわけでも、ないんだけどねぇ。
 折れてはないみたいだが、ひびくらいは入っただろうな。
 右手を押さえると鈍痛が走る。しかし守らないわけにも行かないので、そのまま襲撃者を睨みつける。
「グルルルル」
 黄金に煌めく四速歩行の身体。白銀のたてがみからは、常に帯電しているように魔力が弾けている。
 敵対心に満ち満ちている赤い目と唸り声が、これで終わりじゃないことを告げまくりだ。
「ライ……オン?」
 召喚者と思われる男はぽかんと口を開けたまま、呆然としている。
 フェイスガードで表情の細部までは確認できないが、絶対間抜けて炭酸の抜けたコーラ以下の締まらなさを体現していることだろう。
 北極ライオン紛い召喚について、自覚が皆無なのはよぉくわかった。
 主人の性格は反映されず野性味溢れる金属の猛獣は、雄叫びと鋭い爪を俺へとプレゼントしてくる。お手なら主へしてくれればいいのに。
 スピードはあっても軌道は直線的なので退避は難しくない。そう思っていた時期が俺にもありました。
 バックステップを踏んでいたら、空より飛来した火球が俺の数十センチ隣へ落下。
 巻き起こった爆炎に身を焦がされる。
 鋭い翠の双眸で、不死鳥をイメージしたわかりやすい赤き鳥類。そいつが俺を獲物に定めて狩りを始めたようだ。
 いくらバリアジャケットがあるとはいえ、直火焼きはご遠慮願いたいよ。
 それにこの火力はこんがり過ぎる。
 別にステーキの焼き加減にこだわりがあるわけじゃないが、ウェルダンは好きじゃない。
 地面を転がりながらバリアジャケットに付いた火を消して、膝立ちになった。
 追撃があれば、次は魔力を駆使して飛行することも厭わないつもりだ。
 一部焦げたジャケットを再構築する。
 体勢を立て直して仕切り直し……はできなかった。
 新たに降ってきた何かが地面を砕く。
 上から来るぞ! 降ってくる質量が火球じゃなく予想をオーバーしてくれたので、気をつけられなかったけど。
 炎よりずっと硬度と密度のある物体。黒いキングコングが三匹目らしい。
 これでは飛んで逃げることもできん。
 おいおい、本郷よりよっぽどレベルの高い連携攻撃を組んでるんじゃないぞ。
 AIが止まらない。止まっちゃくれない。いや、読んだことないんだけどね?
 落下の衝撃で地面が揺れる。弾けたコンクリートが凶器となり肉を叩く。
 シールドで弾くが立て続けにこいつはキツい。ネタに走る余裕もなくなってきた。
 その場で耐えるだけでも精一杯だというのに、ゴリラが俺の腕を掴み上げた。しかも負傷中の右をだ。
 勢いよく腕を頭上へと導くコング。
 ここまでの慣性だけで、掴まれた俺の腕は悲鳴を上げ、許容範囲を軽く超えて折り曲がっている。
 けれど、もう腕どころじゃない。ここって建物だと何階分だ?
 絶叫マシンは寸止めするから需要があるんだ。
 事故だろうが、故意だろうが、地面と熱いヴェーゼをかます供給なんて――
「がはっ!」
 俺の尊重などあるはずもなく、力任せに地面へと激突。
 クッションを作り直接アスファルトに直撃だけは避けたが、地面にはしっかり何かがめり込んだ窪みができていて、製作協力な俺はその場に捨てられている。
 激痛はもちろん、呼吸ができないし視界も揺らぐ。
 それでも、かろうじて捉えた黒い塊から逃げるため、先も不確かなまま低空を滑るよう飛んだ。
 緊急で装備したウィングでは、たいした浮力は得られないので、すぐ失速して地面に擦りだす。
 着地はできないから、勢いを殺すためまた転がった。
 それでも、そのまま俺自身と変わらないサイズの拳にプレスされるよりは、ずっとマシな有り様だ。
 立ち上がろうとしたが、足元がおぼつかず己を軸として大地さんに直立できない。
 元気に俺と戯れたがる、ライオンの咆哮が鼓膜を刺激した。
 まだじゃれつき足りないのかと思ったが、鈍器で殴られた悲鳴らしい。
 ヴィーやん頑張るな。
「このバカ野郎!」
 ヴィータがこっちに合流して早々、まずは怒鳴られた。
「はい?」
「また無茶苦茶しやがって。腕折れてんじゃねえか!」
 別に自分から弾幕に突っ込んで折ったわけじゃないんだから、怒らなくたっていいじゃない。
「ああこれ? 余裕っスよ。マジ余裕。YO! YOU!」
 自分で言ってて意味わからなくなってきた。
 またお花畑な思考ができるくらいの余裕は出たと、ポジティブシンキングしておこう。
「どこがだよ!」
「それより優先事項があるんじゃないかい?」
 合流していたのは俺達だけじゃないようだ。
 登場していきなり俺をフルボッコにしたダイセイオーより厄介な三匹は、主人である本郷に寄り添っている。
「お前達は……そうか、そうだな。俺がこんなところでくたばってちゃ次元世界がトルバドゥールの魔の手に落ちてしまう」
 本郷は驚いたり、頷いたりしながら一人でぶつぶつ呟いている。
 これは気持ち悪い。そして気持ちわ類。
 家でよく一人言が出るタイプだよ、きっと。
 格闘ゲームで敵を殴って「デュクシ!」とか。
 ちなみにあの擬音はスト二あたりが有名だが、“デュ”はまぁ殴られた音として“クシ”は何の音になるのだろう?
 音としては重たい部類に入りそうだし、払うように発音するのだから余韻が有力か。
 でもそれならそれでどんな余韻になるのか?
 余韻なのだから具体的なものを持ち出すのもどうかとは思うが、イメージはあるはずだ。
 殴った後の風を切る音……それは殴る前だろう。
 仰け反りも、足が地面をする感じじゃないし、違う気がする。
 後は、殴られた相手が肺にたまった空気を吐き出す音。あ、ちょっとこれっぽくない?
「奥深いな、デュクシ」
「お前、頭でも打ったか?」
 いきなりな発言を容赦なく切って落とされた。打ったけど、打ち所は悪くなかったと信じたい。
 俺をおいて攻めに行かなかったあたり、ヴィータの疲弊も小さくはないらしい。
 ライオンが主人を敬うように、本郷の頬へ自分の顔を擦り付けた。
「よし、俺は一人じゃない。皆行こう!」
 その行動が琴線に触れたのか、本郷が覚悟を決めたようにダイセイオーへと乗り込む。
 つくづく主よりできる子達のようだ。
「どうやら、やる気を取り戻したらしいな」
「やらせるかよ! 拓馬、お前はそこで大人しくしてろ」